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カタクリズム:中編  作者: ウナ
聖剣と魔剣
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6章 第4話 瞳を閉じれば

【瞼を閉じれば】








リッシを救うために家を飛び出したシルトは、

近場にいた野盗を背後から襲う


左手の剣で1人目の男の鎖骨の隙間を突き刺し、

引き抜くと同時に常闇の盾で横にいた男の顔を殴る

倒れた男にトドメを刺し、次へと向かった


まだ彼の存在に気づいた者はいないが、

数秒もすれば騒ぎになるだろう

その数秒でどれだけの距離を稼げるか、それが勝負の分かれ目だった


手前にいた2人は集団から少し離れていたため、

1秒でも時間を稼ぐために殺したが、

ここからは違う、1人1人相手をしていたらキリがない


人と人の隙間を縫うように滑らかな動きで、

通り過ぎる瞬間に利き手である右手を斬りつけ、

男たちの悲鳴が上がるが構わず突き進む


8人ほど斬った辺りで野盗たちはシルトという存在を認識し、

一斉に攻撃を始めようとしていた……だが、彼は止まりはしない


常闇の盾を前へと構え、野盗の集団にぶつかる寸前で城壁を発動する

400kg近い重さが付与されたシルトの突進に耐えられる者はいない

猛牛にでも跳ねられたかのように人が吹き飛び、

その瞬間に城壁を解除してひた走る


迫る斧や鉈をかわし、防ぎ、次々に1撃を食らわせてゆく

圧倒的な強さに野盗たちから恐れの色が見え始め、

その恐れが隙となり、シルトは1歩また1歩とリッシへと近づく


彼が家を飛び出してから13秒経過し、

17人の野盗を退けた時、やっとリッシの赤髪の坊主頭が見えた

彼は横たわる父にすがりつくように泣いていたが、

野盗たちの騒ぎを聞き、こちらを見る


目があった瞬間のリッシは神でも見たかのような表情だったが、

すぐに表情は曇り、横たわる父を見て俯く


シルトが彼の前まで到着し、背を向けて構えると、

彼らを囲むように野盗たちは集まっていた


「おいおい、なんの騒ぎだぁ? おぉん?」


頭目らしき男が鉈で肩を叩きながら現れ、

野盗たちの群れが2つに割れていく


この男をシルトは知っていた……奴の名は"六指のイカナ"


生まれつき右手の指が1本多い彼は、

幼い頃に両親に奴隷として売られ、12歳の頃に主を殺し、

その財を盗み、裏の世界へと染まっていく


奴はギルドが発行するハウジーブックにも載っている悪党だ

ハウジーとは(ほうき)の事であり、

ハウジーブックとは掃除対象の載った本である

いわゆる賞金首のリストが載った本というわけだ


六指のイカナの賞金は金貨30枚前後だったはずだが、

これほどの盗賊団を作っているなんて話は聞いたことがない


ギルドの情報もあてにならないな……と、心の中で愚痴をこぼしながら、

シルトはジリジリと距離を詰めてくる野盗たちを警戒していた


左手にあるアイアンロングソードは刃こぼれし、

まともに斬れる状態ではない、あと1人が限界といったところだろう

そこでシルトはロングソードを油断しているイカナの隣の男に投げつけ、

男の腹部に突き刺さり、一瞬だが野盗たちが動揺する


その隙に手斧を長剣を持っている野盗へと投げ、

くるくると回転する手斧は野盗の頭蓋へと吸い込まれていった

至近距離での投擲をかわせる者は少ない、

それが出来るのは一部の強者のみだろう


シルトは投げると同時に走り出しており、

手斧が額を割った男の持っていた長剣を奪いつつ、

右手の常闇の盾で攻撃を防ぐ


さらに地面に落ちていた曲剣(シミター)をリッシの方へと蹴り飛ばし、

下がりながら2人の野盗を斬り伏せた


これで何人殺れたんだ……もはや数えている余裕はなく、

リッシのいる場所まで下がり、略奪品を背に構える


弓使いの位置を視界から外さないよう気をつけ、

近寄る野盗の得物を確認しながら適切な対処を繰り返す

尋常ではない集中力を必要とし、体力よりも先に精神力が尽きそうだった


突破出来る部分は見た限り無いだろう

どうする……この状況でもシルトは頭を巡らせる

これは彼の強さの1つと言えるだろう


「リッシ、そこの剣を地面に突き立てておいて」


先程蹴り飛ばした曲剣をリッシの方へと足で寄せ、

すぐに使えるように抜いておいてくれと指示したのだ

だが、リッシは動かぬ父から離れようとせず、ただこちらを見ている


「早く! 死にたいのかっ!!」


少し声を荒げるとリッシは慌てながらも曲剣を地面に刺した

そこで野盗の頭目であるイカナが笑い出す


「かっかっか、お前生き残れるとでも思ってんのか?

 こっちが何人いると思ってんだ、バカなのか? バカだよな?」


指が六本ある右手で顔を覆いながら腹を抱えて笑う

それに合わせるように周りの野盗たちも下卑た笑みを浮かべていた


だが、それはシルトにとっては好機でしかない


城壁を解除し、一瞬で間合いを詰めたシルトは、

敵から奪った長剣の鋭い突きをイカナの腹部へと放ち、

刺さると同時に左へ払い、その勢いを殺さず右手の盾で顔を殴る

もちろん盾で殴る直前に城壁を発動して、だ


大の男が臓物を撒き散らしながら3メートル近く吹き飛び、

野盗たちにぶつかり、彼らの恐怖の視線が集まる中、絶命する

イカナの顔は半分近く陥没しており、

人間の仕業とは思えない力が加わった事は誰が見ても明らかだった


「ば、化物か……」


頭目の無残な死は野盗たちに動揺と恐怖を与え、

頃合いと思ったシルトは大きな声でこう宣言した


『死にたい奴からかかってこい! この"不動のシルト"をナメるなよ』


「いっ……1等級!?」


1人の叫びがこだまするように連鎖し、

野盗たちは今相手にしている者の正体を知る


「ま、間違いねぇ……間違いねぇよ、アイツは不動だ」


「確かに、詩の通りの出で立ちだが……」


「俺は本物を見たことがある、間違いねぇ……奴だ」


シルトたちを囲む野盗の輪が1歩2歩と広がってゆく

頭目の無残な死を見せつけられ、彼の正体を知り、

近寄れば避けられない死が待っていると理解したのだ


だが、この中には1等級と聞いて高揚する者もいた


弓使いの野盗の彼はシルトの右前方にある家の屋根に構えている

1等級を殺せば泊がつく、そう思った彼は弓を引き絞り、

いざ放とうとした瞬間、シルトと目が合い恐怖した


そして矢は放たれる……が、それはシルトから少しズレていた

しかし、シルトはあえて射線上に移動し、

右回りに回転しながら常闇の盾の表面で矢をかすめるように軌道をズラす

曲がった矢は辺りを囲んでいた野盗の1人に命中し、痛みから叫び声が上がった


今の常識離れした技に野盗たちの恐れは増し、

1人の野盗が叫ぶように言った


『誰だ! 矢なんか撃ったバカは! 二度とやんなクソがっ!!』


状況は好転している、このまま行けばいけるかもしれない

シルトは最大限の警戒を続けながらリッシの前を維持している

流石に全員を殺すだけの体力も精神力もないが、

ここまで見せつければ引いてはくれないだろうか……そう考えていた


「僕は君等を殺したいわけじゃない、彼を守りたいだけだ」


「そのガキか?」


「そそ、だから引いてくれないかな」


シルトのその言葉に野盗たちはざわつき始める

頭目を失った彼らに決定権を持つ者がいるのかどうか……

そこで、1人の男が前へと出る


「悪いな兄ちゃん、それは出来ねぇ相談だ」


「君みたいな弟持った記憶はないけど、なんで?」


このくだらないやり取りはシルトにとって必要な時間である

彼は会話中に息を整えようとしているのだ


「そりゃ、お前さんが1等級……不動のシルトだからだ」


「ちょっと意味が分からない、なんでそうなる?」


他の野盗からも疑問視する声がチラホラと漏れ始める

ここは見逃した方がいいんじゃ……そう思う人数の方が多そうだった


「お前さんの鎧と盾、売ればいくらになんだ? へへっ」


「あ~……そういう事ね」


シルトの持つ常闇の装備はどれもアーティファクトと呼ばれる物だが、

これをアーティファクトと知る者は少ない、

アーティファクトとは一般的には武器しかないからだ


「俺の目は誤魔化せねぇぜ? お前さんの盾、

 さっきの矢を曲げた時、斧を防いだ時……いや、

 これまで何度も使ってきたはずの鎧や盾がそんなに綺麗な訳がねぇ」


見たこともない材質だしな、と男は続ける

その言葉に野盗たちから何が言いたいんだ? という声が上がるが、

男は皆にわかるようにハッキリと言った


「分からねぇか? 奴の鎧と盾はアーティファクトなんだよ」


「本当か!?」


「武器以外にもあるのか?」


大げさな身振り手振りで、まるで演劇のように男は仲間を煽る


「アーティファクトは破壊不可能、ようは傷がつかない

 仮にだ、仮にあれがアーティファクトだったらいくらの価値があると思う?」


仲間の反応を待つように皆へと視線を向ける

すると、野盗の1人が恐る恐る口を開いた


「ご、5000金貨くらいか?」


「バカ言っちゃいけねぇ、一点物だぜ?」


「じゃあ……10000?」


「へへっ、もっとだろうな」


1万金貨……途方も無い額に野盗たちの目の色が変わる

分かりやすい奴等だが、こうなっては戦いは避けられないだろう

さて、問題はどう切り抜けるか……


思考を巡らせようとしたが相手は待ってはくれない

1万金貨という強烈な追い風を受け、野盗たちは血走った眼を光らせ、

各々が持つ得物を構えて突っ込んでくる


「チッ」


先頭の男の斧による振り下ろしは盾でいなし、

体制の崩れた男を抱くように間合いを詰め、

刃こぼれしているアイアンロングソードをみぞおち辺りから肺へと突き刺す

そのまま後方へと男を投げ捨て、次の男の斬撃を盾の表面で滑らせながら、

敵の懐に飛び込んで、常闇の盾で相手の喉を潰した


城壁の重さを利用して後続へ向けて男を吹き飛ばす

数秒だが時間の余裕が出来、シルトは左足を軸に反転して、

地面に刺さる曲剣(シミター)を抜く


剣を抜くと同時に回転しながら矢の攻撃を弾く

ついでにぐるりと辺りを見渡し、次にどの敵が来るのか、

なんの武器を持っているのかを確認し、最適解を導き出す


尋常ではない集中力と観察力を必要とする状態だが、やれないほどではない


シルトは数々の戦場で得た経験と知識、

そして類まれなる戦闘センスにより、複数の相手もやれなくはない


残りおおよそ90人


この状態を維持しながら倒せるのはおそらく20人が限度だろう

それ以降は体力が持たず、思考が鈍り、ジリ貧になるのが目に見えている

それまでに、どうにかして打開策を考えなくてはならない


だが、相手は待ってはくれない

ここぞとばかりに畳み掛けようと必死の形相で迫ってくる

こんな状態では考えている余裕などなく、ただ目の前の敵をどう斬るか、

どうかわすか、どう防ぐか、どう殺すかしか頭は動かない


そうこうしている内に3人を斬り捨てたが、

曲剣(シミター)がひん曲がり、まともに斬れる状態ではなくなる

これだから曲剣は嫌いなんだ……と、心の中で愚痴をこぼしながら、

近場にいる野盗の得物を確認し、使えそうな武器を持つ者に狙いを定めた


男は片手直剣を持っており、

長さ的にシルトが使っていたミスリルブロードソードに近い

材質まで判断する時間はなかったが、今は贅沢は言っていられない


本来とは違う角度で曲がった曲剣を構え、

狙った男へと突撃し、間合いまで後1歩というところでシルトは曲剣を投げる

至近距離からの投擲を回避できるはずもなく、

シルトの狙い通り、男の右手首は落ち、直剣が握られた右手は中を舞う


それを落下前にキャッチし、邪魔な右手を投げ捨て、

向かって来ていた男の体を城壁を乗せた盾で吹き飛ばす


一息……ほんの一息だが静寂が訪れ、

その一瞬でシルトは深い深い呼吸をして息を整えた


「ふ~~~……シッ」


まだまだ闘争心に溢れるシルトを前に、野盗たちの足は重くなっていく

嫌でも見せつけられる実力差に、人間がゴミのように吹き飛ぶ様に、

本能が拒絶する……アレには近づくな、と


「もう1度言う、死にたいヤツからかかってこい」


トドメと言わんばかりのシルトの言葉は、

野盗たちの戦意を喪失させるには十分だった

詰め寄ろうとしていた野盗たちは1歩2歩と下がり、

シルトとリッシを囲む円は広がった


チャンスだ、打開策を考えろ


左右を見渡し、恐怖で蒼白となった表情の野盗たちを見て、

なんだかおかしくなって鼻で笑ってしまう


「お前らさ、怖いんだろ? 死にたくないんだろ?

 金なんて他に稼ぎようはいくらでもあるだろ、命を無駄にするなよ」


シルトの言葉は野盗たちにとって甘い囁きだった

しかし、金という麻薬は人の判断を鈍らせる


相手はたった1人、たった1人殺せば大金持ちだ


苦しい生活を余儀なくされてきた彼らにとって、

その誘惑はあまりにも魅力的だった


シルトの時間稼ぎなど無意味だと言い放つかのように2本の矢が放たれ、

1本は剣で叩き落され、1本は盾に防がれる

だが、この2本の矢が引き金となり、野盗たちは一斉に襲い掛かった


『殺せーーーーっ!!』


ありとあらゆる方向から襲い掛かる野盗たちに、

シルトは思考を加速させ、一切の無駄のない動きで対処する……が、

彼がどれだけ優れていようと人間である事には変わりない


優れた剣豪でも3人同時の突きは防ぎようがないという


それは、シルトであってもそうだ

彼の人間離れした反応やセンス、経験を持ってしても、

これだけの数を同時に相手するのは不可能と言ってもいいだろう


6撃目までは予測通り対処は出来ていた

しかし、7撃目の槍はシルトの右太ももをかすめ、

14撃目のメイスは背中を強打する……徐々にだがシルトは追い込まれていた


この乱戦が始まってからシルトは武器を変えながら戦い、

15人の死体を築き上げた時、彼の集中力と体力に限界が訪れる


1本の矢が左脇腹に刺さり、よろめいたところに長剣の突きが迫る

見えてはいた、見えてはいたが身体が動いてくれなかった

切っ先が腹部に触れ、衣類を貫き、肉を割いて体内へと入ってくる


熱い……痛いというより熱いと感じた

長剣は嫌な角度でシルトの腹部を貫き、

突き刺した男はチャンスだと全力で剣を動かす


激痛など生易しいほどの痛みが全身を(いかずち)のように走り、

喉の奥から鉄の味が勢いよく登ってくる


これは致命傷だ、鈍った頭でも瞬時に理解できるものだった


ここで死ぬのか……こんな辺鄙(へんぴ)な村で、

くだらない正義感を振りかざして、愛する家族すら傷つけたまま、

僕はこんな終わり方でいいのか?


意識が飛びそうになる中、瞳を閉じれば不思議と痛みは消える

それと同時に自分の体内に鉄が侵入してくる感覚がある

視界が霞んでよく見えないが、4箇所から刺されたようだ


脚の力が抜け、両膝をついて天を仰ぐ……僕はこんな終わりでいいのか?

その問いだけが繰り返し繰り返し頭の中を駆け回り、

幾度も幾度も考えようと、1つの答えに集約する


こんな終わり方は許されない


一度は消えた蝋燭(ろうそく)の火が風により再び燃えるかのように、

シルトの心に"死ねない"という炎が宿る

その業火は彼と身体を共有しているアヴァロンへと燃え広がり、

アヴァロンの心にもまた"死ねない"炎が宿る


腹と腰に4本の剣が深々と刺さったまま天を仰いでいる彼は、

もはや動く気配はなく、その姿を見たリッシは絶句したまま震えている

野盗たちは勝どきを上げ、大金星をあげた事に酔っていた


刹那、空気が一瞬で変わり、魔力など感じられない人すらも、

死んだはずの一等級冒険者"不動のシルト"に釘付けになる


冷たいような熱いような嫌な空気が村中に広がり、

彼の身体に深々と突き刺さる剣が震え出す……


「なんだ……何が起こってる」


「死んだんじゃないのか?……お、おい、お前もう1回刺してこいよ」


「なんで俺なんだよ、お前行けよ」


野盗たちは感じたことのない恐怖に怯え、

誰一人として動かぬシルトに近寄ろうとすら出来なかった


カタカタと音を立て始めた剣は肉体から抜け始め、

1本、また1本と音を立てて地面に落ちてゆく


あれだけ深く突き刺さった剣が抜ければ血が吹き出すものだが、

何故か彼の身体からは血が吹き出さず、

それどころか見る見るうちに傷が塞がっていくではないか


「こいつ、人間じゃなかったのか……?」


その疑問は正しい、人間であればありえない光景だろう

しかし、シルトという男は紛れもない人間だ、

魔力が無いという一点を除けば……しかし、彼の中に居る者は別だ


彼の中には"邪悪なる神"が宿っている


野盗たちがどうするか迷っていると、

突如突風でも吹いたかのような衝撃が広がり、

近くにいたリッシは吹き飛ばされ、野盗たちが奪った物資にぶつかる


立っていた野盗たちの大半が尻もちをつき、

死体となって転がされていた村人たちも吹き飛ばされていった


衝撃波の中心はシルトだ

彼を中心に円形状に衝撃波は広がり、辺り一帯を吹き飛ばす

魔法という形を成していない濃密な魔力は、

物理的な干渉すら起こしてしまうほど凝縮されており、

魔力を見る眼を持たぬ者にすら肉眼で捉える事が可能だった


黒い魔力がシルトから溢れ出し、彼の背にある外套は闇へと変わる


ガタガタと震えながら立ち上がった野盗たちの目には、

空間が歪んでいるように見え、心が逃げ出せと警告を鳴らし続けている


誰もが言葉を失い、彼から目を離せないでいるが、

上空には濃密な魔力の影響で雷雲が渦巻き、

さながら噂に聞く魔界に来てしまったかのような錯覚すらあった


静かに音もなく立ち上がったシルトは、首をゴキッと1度鳴らし、

血の気の失せた青白い顔の虚ろな眼で辺りを見渡す


彼の瞳は薄暗くなったこの地で最も美しい黄金へと変わり、

黄金の虚ろな眼は野盗たちを静かに見つめ、ゆっくりと口を開く


《王たる我の前である、伏せよ》


脳内に直接響くその声は強制力を持っていた

誰もが逆らう事が出来ず、顔面を強打する勢いで地面にこすりつける

まるで上から重石でも乗せられたかのように動けなくなり、

あまりの圧力に嘔吐する者も出始めた


人類の王……アヴァロン


この場の誰一人知らぬ王は普段の荒々しさを感じさせない穏やかな表情だった

静寂と恐怖が闇となって村を飲み込み、王はゆっくりと歩き始める


彼の進む道に1人の野盗がいたが、その手を平然と踏み潰し、

その背後にあった村人の死体の山に腰を下ろす


アヴァロンは足を組み、顎を上げて辺りを見渡した

薄汚い貧しい村だ、王たる自分には似合わぬ地だろう

伏している野盗どももまた王たる自分の前に立っていい存在ではない


《これよりお前達に慈悲をくれてやる

 至上の喜びに震え、伏したままその時を待て》


野盗たちは脳内に響くこの声に自我を保つのがやっとであり、

言葉の意味など理解できなかった

それは、リッシもまた同じであった


アヴァロンは左手にある粗末な剣を投げ捨て、

腹部についた血を指でなぞり、宙空に1本の線を引く

すると、線は1本の漆黒の剣となり、

指をくいっと曲げると、剣は彼の手へと収まった


(わらべ)、面を上げよ》


リッシの拘束が解かれ、急速に肺は空気を欲しがり、

ぜぇぜぇと荒い呼吸のまま恐る恐るシルトを見上げる

だが、そこに鎮座するは少年の知る男ではなかった


姿形は同じであっても全く異質な者、

この世ならざる者、絶対的強者……リッシの少ない知識では、

その者は"神"としか言い様がなかった


父親の亡骸の上に腰を下ろした神は、あまりにも冷たい眼を向けてくる

それだけで死んでしまうのではないかと思うほどだったが、

神の言葉に逆らう事など出来るはずもなく、リッシは神を見上げていた


《お前は"これ"と知り合いだったな?》


神は漆黒の剣で自身の鎧を2度叩き、"これ"が意味するものを察する

返事をしようと思ったが声が出ず、ただただ歯がガチガチと音を鳴らすのみ


《よい、眼を見ればわかる

 では、お前は殺さないでやるとしよう》


奴に恩を売っておくのも悪くはない……と、神は続けているが、

リッシの混乱する頭では理解が出来なかった


神は何を思ったのかスッと立ち上がり、左手に持つ漆黒の剣を手放す

剣は浮き上がり、神は辺りを見渡してから手を払うように動かす

すると……剣は高速で宙を舞い、地面や家屋を破壊しながら動き回る


ギギギギギギギッ


目にも留まらぬ速さとはこういう事を言うのかな?

リッシがそんな風に考える間も無く、野盗全ての首は落とされた


思考が後からやってくる


目に入る情報を処理できず、数秒遅れで理解する

人間の首が、一瞬で何十人という首が切断され、

その全てが宙を舞いながら神の元へと集まっていく


神はそれを見上げ、血の雨をその身に受けながら、

握った拳を広げ、歯を見せ笑った


それと同時に漆黒の剣は形を変え、

空に穴が開いたかのような巨大な黒い円となる

厚みはなく、薄い円形の漆黒は血の雨を受け止め、

まるで飲み干しているかのように見えた


血の雨が降り止むと、数十にもなる頭部は落下し、

漆黒の円へと飲み込まれ、消失する

理解が追いつかない、現実かも分からない

自分の眼を疑ってしまうほどの光景が続いていた


空いた左手で腹部をさする神は、傷がない事を確認したのか、

満足げに1度頷き、その手で顔を覆う


《童よ、我に救われた生、せいぜい謳歌するといい》


顔を覆う手が離れ、先程まで辺りを飲み込んでいた黒い気配は消え、

シルトが村人たちの死体の上に倒れ込む

リッシにとって父親の死体の上に、だ


それを見過ごせるほどリッシは出来た子供ではない

だが、その普通の発想が出てくる事に少し驚いていた

先程までの地獄のような時間の中では、そんな発想すら出てこなかっただろう


実際、神と思わしきあの者が父の死体の上に腰をおろそうと、

リッシには微塵も不快感はなかったのだ


まだこれが現実なのかハッキリとは分からないが、

よろける足に力を込めて、父の元へと歩いていく

上に倒れているシルトの身体を押し、何とかどかす事に成功すると、

父の遺体はまるで焦げたかのように黒く染まっていた


「なんだよ……オレが何したよ……」


涙がじわっとたまると、タガが外れたように溢れはじめ、

かすれる声で泣き喚き、現実の重さが彼の胸に深い深い傷を作ってゆく


泣き声で起きたシルトは、目の前で泣く少年の頭を撫でようと手を伸ばすが、

リッシはその手を払い、ガタガタと震えて後退る


「え……」


なぜ自分にそんな眼を向けるのか分からないシルトは、

リッシの瞳に宿る恐怖と嫌悪の理由を知ろうと辺りを見渡した

そして、瞬時にその意味を理解した


首の無い100近い死体が村中にあるからだ


地面には何かでエグッたような痕があり、

何軒かの家は綺麗に切断されている

この常識ではありえない光景はアヴァロンの仕業だろう


そこでシルトは気づく


自分の腹や腰を触り、突き刺さった剣が無い事を確かめ、

傷跡すらない身体に驚く……どういう事だ?


あの時、僕は致命傷を受けていたはずだ

確実に迫る死を感じた、それほどの怪我だった

だが、今の身体にその気配すら感じる事は出来ない


服は破れているため、剣が刺さった事は間違いないだろう

血の痕も残っているため、それは疑いようのない事実だ


アヴァロンに再生能力なんてあるのか?

そう考えるが、常識が通じない相手の事だ、考えるだけ無駄だろう

シルトは思考する事を放棄し、目の前で恐怖している少年に眼を向ける


リッシの眼は明らかに僕を恐れている

それもそうだろう、アヴァロンを目の当たりにしてしまったのだ

メンフィスの戦いでもその惨たらしさと言ったら……

大きなため息をもらし、村中に転がる死体を見て頭を掻く


どうしたものかなぁ……


おそらく家の中には数名の女性が生きているだろう

リッシの面倒は彼女たちに任せれば大丈夫かもしれない、

しかしこの死体の数は……女子供じゃどうしようもないだろう


村を捨てるしかないよなぁ……


近隣に村などなく、子供の足ではかなりの長旅になるだろう

女子供だけで隣の村へ行けるのか?……難しいかもしれないな


さて、どうしたものか


シルトがリッシや女性たちの今後のことを悩んでいると、

聞き取れるかどうかのか細い声が耳に届く


「で……出てってくれ……村から、村から出てってくれ!」


声の主はリッシだ、わかってはいたけど結構ショックだった

このまま見捨てていいのか悩んでいたが、拒絶されては仕方ない

ゆっくりと立ち上がり、そのまま背を向け歩き出す


首の無い死体から1本の剣を拾い上げ、腰に差してから出口を目指す

家の中には女性たちがまだ隠れている、その事を思い出し、

振り向いたシルトは大声で言った


『リッシ! 女性たちが家にいるから助けてやって!』


確実に聞こえたはずだがリッシはこちらを見ようとはせず、

ただただ俯いている……その姿に胸を痛めるが、シルトは村の出口へと向かった

すると、出口辺りでずっと黙っていたアヴァロンの声がする


・・これがお前の望んだ結末か?


・・うっさいな、あの子は救えたんだからいいだろ


・・嫌われてもか?


・・いいんだよ、それで


・・そうか


それ以降、アヴァロンが喋る事もなく、静かにその場を去るのだった

シルトの背中には何とも言い難い思いが伸し掛かっていた





半年も更新せずごめんなさい!


身体的に少々難しかったのと、忙しかったのと、

今回の話を書き直しまくったせいです! 言い訳です!


でも、実際今回の話は10万文字くらい書き直しました。

どう考えてもシルトがあっけなく殺されてしまう未来しか見えず、

かと言って簡単に生かしてしまうと人間の領域を超えてしまう。

それでは設定がめちゃくちゃになってしまうので、そのギリギリを探してました。


スランプにも陥って、そんな時に楽しいゲームを見つけて現実逃避したり、

本当に遅くなってごめんなさい!!

次回からはもう少し早い更新を目指しま~す。




おまけ



挿絵(By みてみん)

バレンタインの時に描いたマルロ





挿絵(By みてみん)

正月に描いたエイン&リリム





挿絵(By みてみん)

いつか描かれるシャルル&サラ




ではまたー!

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