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カタクリズム:中編  作者: ウナ
聖剣と魔剣
68/72

6章 第2話 折れた剣

【折れた剣】







バジリスクは魔物としては強い分類に含まれている


雄のバジリスクの猛毒と締め付けはくらえば即死に近いだろう

雌はそれに加え"石化"という特異な力を有する

どの魔法に属しているのすら判明していない石化能力は、

今現在も防ぐ手立ては目を見ない事以外ないと言われていた


バジリスクの牙には猛毒がある、もちろん雌もそうだ

牙のある頭を見る事が出来ない、ただそれだけで脅威度は跳ね上がる、

いつ攻撃が来るか分からないからだ


バジリスクの討伐方法は幾つかあるが、代表的なのは複数で囲む事である

盾役が注意を引き、その間に魔法や斬撃などで切断する、

それがもっとも安全で、もっとも確実に勝利する方法と言えよう


胴体は人と同じくらいの太さはあるが、切断出来ないほどでない

人間を切断するのは難しいが、それは無数の骨があるためだ

その点、バジリスクの骨は柔らかく細いものが多い

似たような太さの人間と比べたら切断は容易な方と言えるだろう


硬い鱗もまたそうだ、アイアン程度の武器では厳しいかもしれないが、

ミスリル武器を使えば鱗など無いに等しい


この魔物は決して頭は良くはない、所詮は蛇なのである

人間のように頭を使い、策を弄するような事はありはしない


しかし、策は使わないが蛇の攻撃速度は甘く見てはいけない、

目にも留まらぬ早さの噛みつきに反応出来る人は少ないだろう

牙から注入される毒液は噛みつかれない限りは安全だが、

少量でも流し込まれれば解毒をする暇もなく息絶える事となる


そして、蛇最大の驚異と言えば巻き付きからの締め付けだ

バジリスクほどの巨体ともなるとその締め付けは、

スチールフルプレートを着込んだ騎士すら熟れた果実のように潰す


恐ろしい化け物であることは事実だが、

人類が勝てない相手ではない、それがバジリスクというわけだ


・・・・・


・・・



「…………来い」


雌バジリスクが威嚇音を鳴らすがシルトは動きはしない、

彼は完全に待ちの姿勢で雌バジリスクが攻撃してくる瞬間を待っていた


周囲にいる3匹の雄バジリスクへの警戒も忘れていないが、

雌バジリスクがシルトを狙っているためか、3匹の雄は距離を取っている

おそらく上下関係のようなものがあるのだろう


右手に構える常闇の盾から顔を半分出す形で様子を伺い、

雌バジリスクの頭を見ないよう視線は正面よりやや下に向けている

そのため、胴体や尾の方は見えており、

連動するその動きで上体の動きを予測していた


石化さえ受けなければ驚異なのは雄と同じ牙と締め付けだけだ

頭をフラットにし、冷静に状況を判断し、的確に動けば大丈夫……

自分なら出来る、シルトは己を奮い立たせるように気合いを入れた


雌の胴体が不規則にゆらゆらと動き、

ほんの僅かにだが筋肉が収縮する、シルトはそれを見逃さなかった


即座に盾を斜め上に構え、少しだけ右側に傾ける

刹那、雌バジリスクの鋭い牙が常闇の盾にぶつかり、

盾を傾ける事で衝撃を受け流した結果、

牙は耳障りな音を立てながら盾の表面を滑っていった


勢い余った雌バジリスクの頭は地面へと打ち付けられ、

瞬き程度の時間だが動きが止まる……彼がその瞬間を見逃すわけがない

シルトは盾でいなすと同時に左手の剣を横に払っており、

折れた剣の断面の端で雌バジリスクの左目をえぐった


頭の一部と眼球の表面が裂けて血が飛び散り、

返り血は常闇の盾に跳ねてから流れ落ちる

激痛から雌バジリスクは暴れ出し、

近くにいた雄バジリスクが巻き添えをくらう事となる


雌の強烈な尾による叩きつけを受けた雄は、

胴体の一部が陥没し、陥没した端の肉が裂け、内臓が飛び出す

だが、この程度で死んでくれるほど優しい生き物ではない


バックステップで距離を取ったシルトは、

のたうち回る雌と雄は無視をして、残る2匹の雄を警戒していた

これで逃げて行ってくれればいいのだが、そう甘くはないだろう

シルトの予想通り、雄に雌を残して逃げるという選択肢はないらしい


ゆっくりと上体を高く持ち上げて隙を伺う1匹と、

地を這うように低く近づくもう1匹……

あの巨体だ、すでにこちらは攻撃範囲に入っているだろう


しかし、シルトの手にあるのは折れた剣


リーチは短く、突きによる攻撃もやりにくい

現実的な話、武器として機能しているとは言い難いが、

シルトは新しい武器は買わなかった

理由は簡単である……アヴァロンに使われたら厄介だからだ


ラーズで食料などを買い漁った時、

一緒に剣も買うか悩んだが、彼はあえて買わなかった

死ぬわけにはいかなかったが、誰かを殺すわけにもいかなかったのだ


懐が寂しかったという理由もあるにはあるが……


武器のリーチの差は勝敗を決する差にも成り得る、

それは魔物であっても同じだ


この圧倒的リーチ差を埋めるには、

自分の間合いに……近寄るのがベストだろう

だが、本当に近寄って大丈夫なのだろうか?

相手が蛇であることを忘れてはいけない、それは死に直結する


戦い……いや、この場合は殺し合いだろうか

殺し合いの場合、1度の判断ミスで終わってしまう事はザラだ

冷静でなければ生き残れない、

正しい選択をし続けなければ待っているのは死のみ


人が魔物と戦うというのはそういう事なのだ

理不尽極まりない圧倒的不利、それが人対魔という戦いだ

だからこそ人は群れ、協力し、圧倒的不利に打ち勝つのである


しかし、今のシルトは独りで圧倒的不利に挑まなくてはいけない


鎌首をもたげているバジリスクが先に動き、

シルトは城壁状態でそれを受け、盾で右へと受け流しながら、

左手の折れた剣を盾に添え、盾の表面を滑るバジリスクの鱗を引き裂く


傷は浅いが1メートル以上の傷はつける事ができた

カウンター戦法でいけば独りでも勝てない相手ではないと確信し、

再び盾を構えて待ちの姿勢を取る


傷ついたバジリスクは奇声を上げながら怒り狂っているが、

痛みからか、攻撃に躊躇いが生まれたようだ

その間に地を這っていたバジリスクがシルトの左側から攻めてくる


正面の怒り狂うバジリスクも油断できない状況だが、

左から来るバジリスクにも対処しなくてはならない……


二択だ、どちらが正解かは分からない

しかし、ミスをすれば待っているのは死である

迷っている時間はない、本能で判断し行動しなくてはならない

シルトは左から来るバジリスクを対処することを選択した


常闇の盾は正面のバジリスク側へと向けたまま、

左手の折れた剣を下段に構え、身を低くする


左から来たバジリスクは地を這いながらも僅かに浮き上がり、

そこから一気に加速して大きな口を開け、

剥き出しになった牙が伸び、先端からは紫色の液体が垂れている


軽くバウンドするように浮き上がった頭は、

シルト目掛けて鋭い矢のごとく迫っていた

その瞬間、シルトは更に身を屈める


バジリスクの大きく開いた顎が髪をかすり、

上へと突き出された折れた剣がバジリスクの喉から腹を割く

その状態でシルトは1歩、また1歩と左へと移動し、

さらに大きく腹を割いていった


とてつもない量の血の雨が降るが、

折れた剣では致命傷とまではいかなかった


腹を割かれ、のたうち回るバジリスクを放置し、

先程怒り狂っていたバジリスクへと城壁を解除して向かう

一気に距離を詰め、再び城壁を発動して盾を構えた

近寄ったことにより怒り狂っていたバジリスクが攻撃体制に入ったのだ


それを右へといなし、再びカウンターを入れるが、

大した傷にはならず引いていく


学習したか……くそ、蛇のくせに


視界の隅に雌に胴体を潰されたバジリスクが迫っているのが見え、

正面の怒り狂うバジリスクに盾を向けたままそちらへと視線を動かす

残念な事に、どうやらあの程度では死なないようだ


胴体を潰されたバジリスクはシルトの周りをぐるりと囲むように動き、

怒り狂うバジリスクと並ぶように鎌首をもたげる


マズい……逃げ道を塞がれた


その瞬間、怒り狂うバジリスクの牙が迫り、

打開策を考えていたシルトは一瞬だが反応が遅れる


ゴッ!


盾で真正面から受けてしまい、腕にダイレクトに衝撃が伝わる

何とか肩を盾の裏側に入れる事で倒れはしなかったが、

下手をすれば転ばされていた……そうなれば終わりだろう

左足を後方へとズラして踏ん張り、この一撃は耐える事が出来た


しかし、囲むように動いていた胴体の潰れたバジリスクが、

一気に囲む範囲を狭め、紐を縛るかのようにシルトに迫る


蛇の最大の攻撃とも言える締め付けだ


ヤバっ……!


踏ん張った体制のままだったシルトは、

ここからでは回避は間に合わないと判断し、

盾を自身の正面へと構え、盾の表面に添えるように折れた剣を構える


それとほぼ同時にシルトにバジリスクは巻きつき、

大木すらへし折るような力が加わる


しかし、それはシルトの狙い通りだった


盾に添えられた折れた剣はバジリスクの力によって深く刺さり、

締め付けるための動きによって深く深く肉を割く

それは、瀕死のバジリスクにとっては致命傷とも言える一撃だった


一瞬だが締められた事でローブは裂け、背骨が折られそうだったが、

折れた剣の強烈な一撃は締める力を弱め、だらりと力なく緩んでいった


「ふぅ~~~~…………まずは1匹」


身体に溜まった熱を吐き出すように大きく息を吐き、

肺に冷たい空気を送り込む、脳を動かすための酸素を欲した


休む暇もなく怒り狂うバジリスクの2撃目が迫り、

シルトは再び右へといなしてカウンターを入れる


彼は冷静だった……が、ミスを犯した


胴体の潰れたバジリスク、先程仕留めた奴だが、

奴が動き出していたという事は、雌も動いていたのだ

音もなく這い寄るその巨体に気づいたのは、

怒り狂うバジリスクの2撃目をいなし、カウンターを入れる瞬間だった


猛烈な速度で迫る雌バジリスクの牙に、

シルトは身体を左に捻りながら常闇の盾をそちらへと向けようとするが、

まだ盾の表面には怒り狂うバジリスクが滑っており、

その勢いにより動かす事は出来なかった


『くっそおおおおっ!!』


シルトの雄叫びが夜の闇に飲まれてく

彼はカウンターで入れようとしていた折れた剣を左へ払い、

迫る雌バジリスクへ向けて放つ……ギリギリのところで牙に当たり、

その軌道を逸らす事に成功した


だが、彼はミスを犯した


全ては雌への注意が疎かになったところから始まる

そのミスは音もなく這いより、命を刈り取ろうと息を潜めていた


牙を左に逸した事で地面へとぶつかった雌バジリスクは、

残されたその左眼でシルトを睨む……彼に顔を覆うものはなく、

黄金に輝く瞳に惹き寄せられるように目が合っていた


「……あっ」


黄金の瞳に魔力がこもり、淡い黄色い光を放つ


ダメだ……死んだ


シルトは察しのいい男であり、歴戦の猛者でもある

状況判断能力は人間種の中では指折りの優秀さだろう

彼は、今自分が置かれている状態を正確に理解している


確定された死


目の前に迫る死を感じ、指先が触れたように冷たく重い

視界がグラっと揺れるような錯覚に陥る



一瞬で鼓動は早くなり、喧しいくらいの音が頭の中で響く

膝は笑い出し、ひんやりとする汗が噴き出す

バジリスクの瞳は輝きを増し、光は収束していった……


『ああああああっ!!』


咄嗟に出たのは言葉でもなんでもない、ただの叫びだった

シルトの視界は暗黒に飲まれ、暗闇の世界へと連れて行かれる


・・あぁ・・・・・・僕は死んだんだ・・・・・・・ん?


どこか見覚えのあるその世界に違和感を覚え、

見上げるとそこには空間が割れたような窓が見え、

窓の向こう側にはバジリスクの瞳が光っている


・・あれ?


先程まで感じていた死の圧力から解放されたかのように身体は軽く、

頭はスッキリとしていると言ってもいい、その頭が冷静かは別だが


・・いただいたぞ、お前の身体


その一言で全てを理解した、また僕は身体を奪われたのだ

アヴァロン……人の王と呼ばれる6000年前のメンフィスの王様だ

サラやシャルルを、ジーンさんやラピを傷つけた男だ


・・ふざけんな! 返せよっ!


シルトが声を荒げるが、アヴァロンはその声に心地よさそうに笑う


・・好きなだけ吠えるがいい、くっくっくっ


バジリスクの瞳の光の収束は終わりを迎え、

ギンッという音と共に瞳には小さな魔法陣が浮かび、

石化の魔法が放たれた……が、アヴァロンはそれを睨み返す


彼の……シルトの肉体だが、アヴァロンの瞳には魔法陣が現れた

暗闇の世界から覗くシルトはその視界を窓の外の景色として見ている

それは見慣れた魔法陣だった……常闇の盾の反射の時の魔法陣だ


アヴァロンは瞳だけでそれを発動し、バジリスクの石化魔法を跳ね返す

瞬間、雌バジリスクの頭部は石化が始まり、

ほんの数秒で全身が石と化した


・・めちゃくちゃだな、こいつ


シルトは助かった事を安堵するよりも、

アヴァロンの人間離れした力に恐れ……惹かれていた


それから、アヴァロンは数秒で怒り狂うバジリスクも殺し、

のたうち回っていた残りのバジリスクも殺して回る


・・美味しいとこ持ってくなよなぁ


シルトは先程までの自分の死闘を横から奪われた気分になり、

腹を立てるが、アヴァロンに救われたのは間違いないため、

怒るに怒れない何とも言えない状態にモヤモヤしていた


バジリスクを片付けたアヴァロンは折れた剣についた血を舐め、

両手を広げて月を見上げる


『世界よ、待たせたな! 俺は戻ったぞッ!!』


意味の分からないことを叫び、楽しそうに笑っている


・・楽しそうなとこ悪いんだけどさ、身体返してくんない?


『ハッハッハッハ! (せい)だッ! 俺は生きているぞッ!!』


・・ちょっと聞いてる? お~い


・・えぇい、うるさい奴め


・・んだよ、聞こえてるなら最初から反応しろっての


・・お前だって普段は無視しているではないか


・・いや、そりゃそうでしょ、お前サラたちを傷つけたじゃん


・・それほどあの娘達が大事なのか?


・・まぁな


・・それは良いことを聞いた・・・くくくっ


・・何考えてんだよ、またあの子達に手を出してみろ、殺すぞ


シルトの本気の殺意にアヴァロンはしばし黙る

しばらくしてから視界が動き出し、

アヴァロンが歩き始めたのだと分かる


「まぁいい……それよりも今は腹が減った」


アヴァロンは剣を鞘へと納め、来た道を戻り始める

その先にあるのはリッシたち親子が住むあの村だ


・・ちょっと待て、お前どこ行こうとしてんの?


・・腹が減ったのでな、飯を食いに行くだけだが?


・・荷物に猪の肉入ってるから、それで我慢しろよ


・・ふざけるな、俺がその程度で満足出来るわけがないだろう


それからアヴァロンは無視を決め込み、

黙って村までの道のりを歩いてゆく


・・待て待て、村に行ってどうする気だよ


返事は返ってこない、本気で無視を続ける気のようだ

シルトは辺りを見渡し暗闇の世界に何かないか探すが、

何もない完全なる闇の世界が続くばかりで、

唯一あるのは外が見える窓のみだった


どうしたものかと思案するが、

村が見えたところでアヴァロンが口を開く


「…………女は、いるようだな」


村が見えたと言ってもまだ距離はかなりある

この月明かりだけの闇の世界で奴にはそれが見えるという事だ


・・心底化け物だな・・・・・・で、どうする気よ


・・この世の女は俺に抱かれるためにいるのだぞ?


・・はぁ? じゃあ何、お前あの村行って飯奪って女を犯すってこと?


・・そのつもりだが?


・・バカじゃねぇの、盗賊かよ、王ともあろう者が


・・あまり俺を怒らせない方がいいぞ


・・いや、そんなの僕が許すわけないだろ


シルトは腰に手を伸ばす……が、そこに剣はない

しかし、彼は思い浮かべた、あの剣は自分のものである、と

すると剣は現れ、鎧、盾と彼は身につけてゆく


・・お前も来い


シルトの言葉は殺意と信念が込められていた

アヴァロンがいる、それを当然かのように思い浮かべ、

強く強く念じるように瞳を閉じた


・・チッ


声がする……暗黒の世界全体から響く声ではない

今、目の前から発せられた声だ

瞳を開けるとそこにはアヴァロンが立っていた


・・よし、来たな


・・お前の精神構造はどうなっている、お前こそ化け物ではないのか?


アヴァロンは無理矢理この世界に引き戻され、

腹を立てるよりも、シルトの異常なまでの意思の強さに呆れている


・・黙って抜け


シルトがそう言うと、アヴァロンは何も持たない手で構える

すると、彼の左手には折れていないミスリルブロードソードが現れ、

右手には常闇の盾、身体には常闇の鎧、そして常闇の外套が現れる


・・なるほど、思い描けば何でもありか


・・そうでもないのだがな


シルトも折れていない頃のミスリルブロードソードを思い浮かべ、

折れた剣は完全な状態へと戻ってゆく


・・あれ?


シルトは自身がまだ常闇の鎧や盾を装備している事に気づく

お互い世界に一点物である同じ防具を身に着けているという事だ


・・あぁ、何となくわかったわ


以前、この世界で戦った時、

シルトはアヴァロンの着ていた鎧を自分の物であると強く念じた、

その結果、彼の精神が上回り装備が移動したのだが、今回は違う


今回は、互いに自身の鎧を盾を身に着けているだけにすぎない

ここは精神世界、互いの求めるものが手に入る世界……

つまり、意思の強さでどうにでも出来てしまう世界なのだろう


・・お前が思うほど甘い世界ではないのだが、まぁいい


アヴァロンは剣を手首を回すようにくるりと半回転させ、左後方へと構える

身を低くし、盾を前へと構え、足を大きく開いた待ちの体制だ


シルトとアヴァロンは左手で武器を使う剣士の中でも珍しい存在だ、

左利きなのはこの2人が強い理由の1つとも言えるだろう

しかし、互いに珍しい存在なため、

左利き同士の戦いというのはお互いに不慣れだった


シルトは盾で身体の半分近くを隠し、その後ろに突きの構えをとる

彼の最も得意とする死角からの突きの体制だ


ジリジリとシルトが近寄り、互いの間合いに入ろうかという時、

アヴァロンの肉体はフッと消える……外套の力だ

こうなる事を予測していたシルトは、出現位置であろう背後へと剣を振る


キンッ


ドンピシャとまではいかなかったが予想は当たり、

シルトの剣が根本辺りでアヴァロンの剣を受ける

後少し左を狙っていたら斬られていたかもしれない、

そう考えるとゾッとするが、読みは当たっていた


・・ほぅ、1度見ただけで真宵(まよい)の剣を受けるか


再び消えたアヴァロンは少し離れた位置に出現し、

左手首をくるくると回している

それは、シルトと少し似た仕草だった


この動作は腕や手の調子を確かめるためであり、

同時に次の攻撃の流れを読ませず変化させる予備動作でもあった


シルトとアヴァロンの剣技はとてもよく似ている

シルトの剣技は人真似や実戦形式で学んだ我流の剣だが、

アヴァロンのそれは少し違う


彼は元々いい家柄の男であり、剣術を学んでいた頃がある

彼はそこから無駄を省き、実戦を重ねる事で研ぎ澄まし、

己のみで鍛え、作り上げた技……それがアヴァロンの剣技である


お互いの共通点は2つ


1つ、確実に敵を殺すための技

1つ、体力の消耗を極力抑えた技


この2点の究極の形を求めた結果、

お互いに辿り着いたものが同じだったというわけだ


他人の良い部分だけを吸収し続けて完成させたシルトか、

己の力のみで完成させたアヴァロンか、

どちらが天才か、それは誰にも分からない……

だが、どちらも天才というのが正しい答えなのだろう


・・では、これではどうだ?


再びアヴァロンの姿は闇へと消える

刹那、左側から突きが放たれ、シルトは顔を向けずに回避する

もはや勘のようなものだ、見てからでは間に合わないため、

シルトは感覚だけで戦うことにした


普段の彼ならこんなギャンブルみたいな戦いは好まない

しかし、相手が相手だ、それほどの相手なのだ


上体を反らす事で回避したシルトは、

上体を戻す勢いで剣を振るうが、アヴァロンは消え、

背後に現れた瞬間に下段からの斬り上げを放つ


それをシルトは身体を捻りながら盾を構え、

(すんで)のところでガードに成功した


そして、アヴァロンの剣に異様な力が加わり、

彼の剣は下へと勢いよく弾かれる……反射の能力だ

この瞬間、アヴァロンはシルトの戦闘センスに息を呑んだ


再び離れた場所へと転移し、剣を地面に刺してから笑い出す


・・見事見事、ここまでの使い手とは知らなんだぞ


・・そりゃどうも


シルトは至って冷静だった

この戦いでアヴァロンを制し、その力を御するつもりだった


・・少しだけ本気を出してやろう、5秒だ、耐えてみせよ


そう宣言したアヴァロンは剣を抜くと同時に姿が消え、

シルトの右側に出現し1撃を放つ、それをシルトは盾でいなすが、

既にアヴァロンの姿はなく、視界の隅に剣が迫っていた


反射的に頭を引く事で回避は出来たが、

アヴァロンの剣はシルトの右腕をかすめる


・・くっそっ


シルトが左手の剣を横へと払うが、

既にアヴァロンは転移した後だった


それから、僅か5秒間の間にアヴァロンの放った攻撃は8回、

その全てを受け切ったシルトも人間離れしてはいるが、

何発かはかすめており、シルトの足元に彼の血が流れ落ちる


・・見事! これを耐えたのはお前で2人目だ


・・そりゃ……どうも……くそっ


8回の攻撃の中、1番危なかったのは頭上からの攻撃だった

アヴァロンはシルトの頭上に転移し、落下しながら突きを放った

死角からの攻撃だったため反応が遅れたシルトは、

額の一部を斬られ、流れた血は右目に入り、顎を伝って流れ落ちている


片目はしばらく見えそうにもない


勝てない、そう思える連撃だった

もはや人間の動きでも速度でもないそれは、

魔物などの力とも違う、究極まで研ぎ澄まされた技の力だ


あれを何度かやられたら確実に殺られる


人間の肉体ではどう足掻いても追いつけない、

上下左右前後、全方位から放たれる連撃

今回耐えられたのも奇跡に思えてしまうほどの連撃だった


真宵八連……アヴァロンがそう呼んでいる連撃は、

常闇の外套による転移を繰り返しながら連続で斬りつけるそれは、

如何なる者でもガード不可能な連続剣だ


しかし、シルトは耐え切った


彼の天性の勘の良さもあるが、

アヴァロンの思考をトレースする事がある程度出来たのだ

それは、彼らが似ているからでもある


そこでシルトは構えを変える


常闇の盾をアヴァロンへと向けるが、

向けているのは盾の下部であり、表面は上を向いている状態だ

盾の構えとしてはおかしな状態だが、

これはシルトなりの考えがあっての事だった


見たこともない構えにアヴァロンの口角が上がる

アヴァロンは古の時代に人の王と呼ばれし者、

彼は独りで戦い、数え切れない国を滅ぼし、その手中に収めた


そのアヴァロンですら見たことがない構えは、

彼の好奇心を掻き立て、戦いによる高揚感を与えてくる


シルトは剣を左後ろに構え、盾を突き出している

パッと見では隙だらけではないか、そう思えるのだが、

アヴァロンにはどうしても動くことが出来なかった


強者は戦いの最中に未来をイメージする

それは自身の勝利のイメージであり、

数多の経験が見せる経験則とも言えるものだ


だが、今のアヴァロンにそれは見えない

この予測不能な行動は彼の経験に存在しないため、未来は見えはしない

本来であれば恐怖だろう、しかし、アヴァロンは楽しんでいた


久しい高揚感、命と命のやり取り……殺し合い


彼ほどの強者になると滅多に味わえない殺し合いの感覚、

今アヴァロンはそれを感じ、頬を緩ませている


そして、シルトが動き出す


城壁を解除した素早い動きのシルトは、

盾をアヴァロンへと向けたまま、一気に距離を詰める


この時、アヴァロンには幾つか選択肢があった


外套による転移で背後を取る、最も安全な攻撃手段と言えるだろう

転移により頭上を取る、一度見せているため、

カウンターの危険性はあるが有効な一撃だろう


しかし、剣士としてのアヴァロンにその選択肢はなかった


彼は盾を前へと構え、シルトに向かっていく

シルトの盾の下部とアヴァロンの盾がぶつかる瞬間、

アヴァロンは身体を斜め左下へと滑り込ませ、

地面をえぐるような下段からの斬り上げを放つ


が、その斬り上げは放たれる前に阻止された


今、アヴァロンがシルトの盾をかわし、シルトから見て右下側にいる

左手に剣を持つシルトにとっては一番攻撃しにくい位置だが、

それはシルトの予想通りの動きだった


彼は盾を少し右下に動かし、反射を発動する

それはアヴァロンの剣に合わせたものではない、彼の身体に合わせたものだ

アヴァロンの身体は力の方向が僅かだが変化し、

バランスを崩した彼は自身の勢いで膝をつく結果となった


そこへ、シルトの左手にあるブロードソードによる突きが待っていた

今のアヴァロンに回避方法はない……そう、真宵以外は


常闇の外套による転移……真宵は、

それは如何なる体制であろうと発動は可能だ

しかし、アヴァロンはそれをしなかった……いや、出来なかった


彼の剣士としてのプライドが、傲りとも言える誇りが、

この瞬間での転移は"逃げ"……すなわち"敗北"と判断したのだ


シルトの突きはアヴァロンの首元に深く突き刺さり、

これが現実の肉体であれば即死の一撃だっただろう

アヴァロンの口からは大量の血が溢れ、剣を杖のようにし膝をついている


勝負はあった


剣を引き抜いたシルトは、剣を水平に倒して構える

首を跳ねるつもりだった……が、アヴァロンが手で止める


・・もはや抵抗する気はない……だが、あの構えはなんだ


アヴァロンは剣を投げ捨て盾も離す

何度も咽ながら言葉を紡ぎ、己の敗因を知ろうとしていた


・・間合いを変えたんだよ、あんたと僕は同じ剣を持ってた、

・・なら転移のあるあんたの方が有利に決まってる

・・じゃあ、あとは間合いで勝つしかないっしょ


・・盾……で間合いを……とった、と?


・・そ、盾を前に出せばそれだけ懐に入りにくい、

・・そうなったら選択肢はあまりない、あんたは僕にしゃがまされたんだよ


・・……見事だ


アヴァロンは素直に敗北を認めた、

精神での敗北は即ち肉体の所有権の譲渡になる

主導権を取り戻したシルトは剣を鞘に納め、瞳を閉じて念じる

再び瞳を開いた時、彼の視界には親子の村が映っていた


「ふぅ~……」


シルトは大きなため息をもらしてから伸びをする

流石にこれから帰るのは厳しいか……どうするかなぁ

暗闇の世界で辺りを見渡し、平たい岩を発見し、そこへ移動する


ここなら横になれそうか……


岩の周囲に生えている草を利用した簡単な罠を仕掛け、

荷物を下ろし、中から猪肉を取り出し短剣でスライスする

その後、草木を集めて焔石で火をつけた

パチパチと枝の弾ける音が聞こえ、滴る油がジュウジュウと音を鳴らす


短剣で刺しながら裏表と焼き、荷物袋から塩を取り出す

少量しか持っていなかったが無いよりはマシだろう


かなり遅い静かな夕食を取り、シルトは横になった

平らとは言え岩場なため少々硬いが贅沢は言えない、

見晴らしがいいので安全を考えるとこの場所以外ありえない


熟睡はせず、浅い眠りに落ちたシルトは、

今日の肉体的、精神的疲れを癒やすのだった


翌日、日が登るよりも前に目が覚めたシルトは、

すぐに移動を開始し、セルカ山の洞穴へと戻って行った


それから1週間、アヴァロンが声をかけてくる事はなく、

平和だが穏やかとは言えない生活をしていた


「う~ん……この山籠りに意味はあるんだろうか」


ふと口から出てしまった言葉に悩まされる

答えは分からない……いや、薄々気づいてはいる

おそらく意味は無いだろうという事に


シルトは魔法使いでもなく、むしろ魔力が一切ないため、

普通の人よりも精神をどうこうは不得意だ

そんな彼が我流で人の王をどうこう出来るはずもなかった


「さて、困ったな」


彼は考え込む、頭のいい方ではないと自分では思っているが、

何も考えないよりかは良いだろうと必死に考える

そんな時、久しぶりに奴の声がした


・・おい


・・ん、生きてたのか、残念


・・俺の事はどうでもいい、貴様だ


・・ん?


・・貴様、そのままでいいのか?


アヴァロンの口調がいつもより穏やかな気がした

いつもお前と呼んでいたはずの彼は貴様と呼んでくる、

そういった地味な変化が違和感となっていた


・・そのままとは?


・・貴様も剣士だろう? その剣のままでいいのかと聞いている


・・あぁ……だって剣持てばお前が誰かを傷つけるじゃん


・・そんなくだらぬ理由で折れた剣を持ち歩いていたのか


・・くだらないとは失敬だなぁ、これでも結構大変なんだぞ


・・いつまでそんな物を使っているつもりだ


こちらの話など聞いていないのではないかと思う態度に苛つくが、

アヴァロンは何かを言いたそうな気がしてシルトは素直に答えた


・・お前が言う事聞いてくれるならちゃんとしたの持つよ


・・ならば、貴様はあの娘たちが目の前で殺されそうになろうと、

・・そのゴミを使い続けると言うのだな?


あの娘たち……サラやシャルルたちの事だろう

その光景を想像し、奥歯に力が入る


・・貴様には娘たちを守る力がある、だが今の貴様はどうだ


あの程度の雑魚にも苦戦したではないか、とアヴァロンは続けた

雑魚とはバジリスクの事だろうか?

雑魚とは思えないのだが、奴にとっては雑魚なのだろう



・・力が、欲しくはないか?



その言葉は魅了の魔法でも掛かっているかのように魅惑的だった

力は……欲しい、欲しいに決まっている

力に善悪はなく、使うもの次第でそれは大勢を守れる


アヴァロンが言うほどの力だ、人智を越えたものなのだろう

しかし、奴の誘いは疑わしかった


・・またそうやって僕を乗っ取る気なんでしょ


・・俺を信用できないのは理解している、

・・だが俺としてもお前に死なれては面倒だ、そこは理解せよ


しばらく黙って考え込むが、信用できるはずがない

だが、力は欲しい、是が非でも欲しい

アヴァロンの力を制御出来るなら何だってするつもりだった


・・じゃあさ、約束してくれよ、これは男と男の、剣士と剣士の約束だ


・・内容による


・・その力とやらを手に入れたとして、そこで本当の決着をつけないか


シルトの提案にアヴァロンはしばし考える

だが、悪くない提案だ


・・よかろう、勝者に従う、これでいいか?


・・おっけー


・・では、貴様を導いてやろう……我がヘヌの船へと


・・船? 海なんて出たらデカいイカに食われるぞ?


ラルアース地方ではそれが常識だ

ドラスリア沖にある大渦に住むと言われる強大な魔獣クラーケン

山にも匹敵すると言われる巨体、猛毒の墨、

貼り付いたら肉を全て持ってかれると言われる吸盤……

そして、何よりも恐れられているのはクラーケンの水魔法だ


・・海などに俺の船はない、貴様が鎧と盾を手に入れた墓があっただろう


・・あぁ、あれやっぱあんたの墓なのか


・・正確に言えば違うな、俺の血肉は貴様の着る武具に染み込んいる


・・気持ち悪っ! その言い方は嫌だなぁ


・・あの墳墓はある1本の剣の墓場だ


・・常闇の鎧や盾よりも大事なもんなの?


・・あぁ、あれは俺が生涯で作り上げた最高傑作だ


アヴァロンは剣も打てるのか? と一瞬考えたが、

おそらく違う意味で言っているだろうと思い、続きを待つ


・・剣の名はカレドヴールッハ、憎たらしい聖剣フラガラッハの対なる剣だ


・・聖剣? 対になるって事は魔剣なの?


・・いや、元々は同じ剣だぞ?


アヴァロンが言うには、聖剣フラガラッハを作る時、

予備としてもう1本同じ剣を作ったらしい

しかし、その剣は勇者しか使えぬ剣であるため、

厳重に保管されたらしいが、アヴァロンが盗み出して使っていたらしい


・・ん? 待てよ、それじゃあんたも勇者って事になんじゃん


・・そうだが?


・・はぁ!? 嘘だろ??


・・貴様、なかなかに失礼であるぞ


神の勇者……おとぎ話に出てくる伝説の存在であり、

世界を救い、人々を救い、導いたとされる神の使いだ

その力は巫女など比較にならないほど強く、全ての属性を操るという


・・あんたも全属性使えんの?


・・いや、無理だが?


・・じゃあ勇者じゃないじゃん


・・何を言う、俺は勇者だ


・・自称なんじゃないの~?


・・くっ……言わせておけば……


ちょっと馬鹿にしすぎたか、アヴァロンが黙ってしまった

話を進めたいため軽く謝ると、奴は続きを話し始める




・・遥か昔、古の時代ではカレドヴールッハは光の聖剣だった




アヴァロンの語る1本の聖剣が新生する物語……

それは、許されざる災厄を呼ぶ物語




少し早いけど……Merry Christmas!


挿絵(By みてみん)


「わたくしも今来たばかりですわ」


そう言う彼女には、少し雪が積もっていた。



今回は珍しく挿絵無しですが、いつか追加するかも~?

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