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カタクリズム:中編  作者: ウナ
得難い幸せ
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第2話 名と血

【名と血】







昨夜は2等級冒険者リザードハンドと一悶着あったが、

翌日の早朝には何事もなかったかのようにリーマンテを出立する


宗教国家カナランの首都コムラーヴェを目指す僕らは、

街道を真っ直ぐ北上し、道中にある宿の側で夜営をし、

3日目の夕暮れに首都を取り囲む壁が見えるところまで来ていた


宿の近くで夜営するのは安全性のためだ

宿には人が集まるため、魔物の類はあまり近寄ってこない


野盗などが来る事も稀にあるが、彼らも散在する宿を潰したくはなく、

基本的には宿や宿泊客を襲ったりはしない

美味しい獲物と認識されれば別の話だが……


既にドラスリア王国首都ドランセルを出てから半月が経過しており、

予定より少しばかり遅れている事に焦りを覚える


コムラーヴェの壁が見えたからと言ってすぐに着くわけではない、

ここから数刻はかかるため、この時間であれば夜営の準備をした方がいい


それほど視界の悪い夜道は危険なのだ


夜は魔の領域……魔物が活性化し、人など簡単に食われてしまう

弱者である僕らはそれを避けるために火を灯し、

寝ずの番で焚き火を維持するのだ


魔物と言えど獣に近い存在である事が多い

獣は本能で火を恐れる、それは魔物であっても変わりはしない


中には知性のある魔物が火を使うとも聞くが、

細かい事を気にしていたら何も出来なくなってしまう

多少のリスクは覚悟の上だ、そのための準備もしてある


僕らは夜営の準備には入らずに前進を続け、

このまま一気にコムラーヴェを目指すつもりだ

危険は承知だが、何のために冒険者を3チームも雇っているんだ


チラリと隊商の列の中央辺りにいる一団に目をやる

リザードハンド……ドッジ・ランベル率いる2等級冒険者チームだ

12名という大所帯なため、依頼料が高いかと思ったがそうでもなく、

通常の2等級冒険者に払う額と同じようなものだった


という事は彼らリザードハンドは、

通常の2等級冒険者よりも個々の収入はかなり低いという事になる

下手をすれば3等級と同等か、それ以下の可能性まである


装備を見ただけでもそれは分かる

僕は2等級冒険者を彼ら以外で2回だけ見た事があるが、

その装備はミスリルや魔法が付与されたモノなど、

1人1人が価値あるものを所有していた


リザードハンドの個々の装備はどう見ても2等級には見えはしない

3等級でも中の上と言ったところだろうか?

悪くはない、だが良くもない、そんなところだ


1人1人の収入が低いのであれば当然なのだが、

彼らは安全性をとってあのチームにいるのだろう


しかし、不満がないわけがない


その不満が横暴な態度や粗野な言動に繋がっているのだろう

2等級とは名ばかりの"小物"というわけだ


確かに戦闘力はあるのかもしれないが、

あのままでは永遠に1等級にはなれないだろう


1等級とは絶対の存在であり、失敗などありえない

まさに生きた伝説とも言える存在であり、人類の頂点である大英雄だ

1等級とはそれだけの力がある、信頼がある

彼らのような小物に務まるような軽いものではない


僕は生きる伝説……1等級冒険者チーム"ハーフブリード"を思い出す

彼らこそまさに英雄と呼ぶに相応しい人達だろう

実際に世界を1度救った大英雄であり、救国の英雄でもある


リーダーの"不動"こと漆黒の剣士シルト

彼の名は随分前から聞くため、2等級時代から秀でた人物なのだろう

聞くところによると彼はスラムの出だという

信じられるかい? 僕と同じような生まれという事だ


この世界で裕福なのは一握りの人間だけだ

大半は貧困層であり、そんな彼らにとって彼は憧れなんだ

夢が詰まっている彼の物語は聞く者の胸を躍らせる


僕のような吟遊詩人が彼の詩を幾つも作り、

今もラルアース全土で歌い続けていることだろう


実際、僕も彼の……いや、僕の場合は彼らのだね、

彼らハーフブリードの詩は作った事がある

子供たちは目を輝かせ、大人たちはうっとりと夢に触れる

どの街でも人気のある詩だったため、結構稼がせてもらったよ


この旅の途中で歌った英雄エイン・トール・ヴァンレン、

彼もハーフブリードと共に世界を救った1人だ

世界から死の概念を取り戻す物語……おとぎ話のようだが事実だ

しかし、この物語はあまり詩にしない方がいい


これほど詩に向いた物語もないのだけど、死の消失事件は多くの悲劇を生んだ

生みすぎた……世界は悲しみに溢れてしまったんだ

そのため、この物語は下手に触れると反感を買ってしまう


思考が脱線していく中、隣に座るセスティアが声をかけてくる


「旦那様、あちらを……」


彼女が指す方へと視線を向けると、小さな赤い光が6……いや、8か


「あれは……」


僕が馬車から身を乗り出して見ていると、

ドッジたちリザードハンドも気づいたようで、

馬の速度を上げて先頭を走る僕らの馬車に近寄ってきた


「旦那、魔物ですが、いかがなさいますか?」


「馬車は止めない、任せる」


「了解で」


簡潔に済ませると、ドッジは仲間……いや、部下か? に、

指示を出し、3等級の2組にも声をかけていた


彼らは腐っても2等級冒険者だ、金や名声のために依頼はこなす

先日のような揉め事は異例であり、それを引っ張るような愚か者でもない

私情を挟んで依頼主に何かあれば信用に……名に傷がつく


ドッジのような輩は欲望と名声こそ最優先だろう、

そんな彼がこの場で恥になるような事をするはずがなかった


「さぁ、働いてくれよ……」


僕は隣にいるセスティアくらいにしか聞こえない声で言うと、

魔物の襲来に怯えてか、それともドッジに怯えてか、

セスティアは僕の袖を指先で掴み、小刻みに震えていた

彼女の肩を優しく支え、御者に声をかける


「少し速度を上げてくれ」


「はいさっ!」


パシンッ! と鞭が鳴り、馬が悲鳴を上げる

同時に荷馬車の速度は上がり、僕らに釣られるに他の荷馬車も速度を上げてゆく


3等級冒険者が隊列の前後をそれぞれのチームで分担し、

ドッジたちリザードハンドは広がるように魔物へと向かって行く


ハッキリ言ってしまえば視界は悪い、

もはや松明から半径6~7メートル程度しか見えないだろう

これは本来ならば夜営するべきところを強行した僕の責任だ


馬で魔物群れを追いやるようにドッジ達が動き、

群れが固まったところでドッジが何かを投げた

ガシャンッというガラスの割れるような音がし、

赤い光は2つ4つと消えてゆく……噂に聞く彼の毒薬だろう


残りの魔物は逃げたようで難なく撃退に成功していた

仮にも2等級というわけか……僕は少しだけ彼らの評価を上げる


「速度を戻してくれ」


御者にそう伝えると少しずつ速度は落ち、通常の早さに戻る

あまり速度を出しては荷馬車や積荷が痛むのもあるが、

暗闇の中で駆けるのは危険だからだ


ドッジたちが戻り、魔物を追い払った事を伝えてくる

彼らは魔物の死体を漁りたいようで、

少し遅れても構わないか? と聞いてきたが、

魔物の種類を聞いた後に追加報酬を払うと約束して断った


今は時間が惜しい、安全も確保したい

そのためならば多少の出費は惜しまない、

事前にそのための金も用意してあったのだ


今回の魔物はスナッチャーが4頭、狼に似た魔獣だ

全長2メートル半近くある毒を持つ魔物だが、

ドッジの毒で2頭は仕留めたようだ


スナッチャーの死体からは毒性の牙や、毒耐性のある毛皮が取れる

魔物であるため肉を食す事はできないが、

牙や毛皮だけでも2頭なら40銀貨程度にはなるだろうか


僕は皮を剥ぐ手間などを差し引いて36銀貨を約束した

するとドッジは上機嫌に頷き、隊列へと戻ってゆく


日が落ちてから随分時間が経ってしまったが、

何とか聖都コムラーヴェの正門へと到着する


この街は入るためには検問を受けねばならなく、

そのため昼間は混み合っており、数時間待たされる事もざらだ

しかし、今は日も暮れてからかなり経っているため、

こんな時間に訪れる者などおらず、僕らは待ち時間無しで受けられた


帽子やフードといった顔を隠すものを外し、

手荷物や荷馬車などは中を見やすいようにし、

怪我人・病人・死人・不審者はいないかを調べる

最後に訪れた理由を聞き、問題無ければ通されるといった感じだ


六神教の総本山である聖都コムラーヴェを訪れる者は多く、

この検問により大行列が出来るのが恒例となっていた


これだけ大きな街は隊商(カールヴァーン)が訪れる事も少なくなく、

検問官も慣れているようでテキパキと仕事をこなしている

受ける僕らも慣れており、彼らが仕事をしやすいようフォローしていた

誰が言ったのか「時は金なり」僕もそう思うからだ


数も多いため、1つ1つの荷馬車のチェックは緩かった

その結果、アーティファクトを入れている木箱は見つからず、

僕らはカナランの首都コムラーヴェに入った


隊商用の荷馬車を置ける広場に移動しながら、

僕は隣のセスティアの様子を盗み見る


奴隷時代の彼女はどこで何をしていたのだろうか、

コムラーヴェのような大きな街に来た事はあるのだろうか、

そんな事を考えながら彼女を顔を盗み見ると、

彼女は無表情のまま流し目で街を眺めており、

僕の視線に気づいたのか、こちらに顔を向けて聞いてくる


「旦那様、いかがなさいました?」


「いや、なんでもないよ」


「そうですか……ご用があればいつでも仰ってください」


「ありがとう、ティア」


あれ以来、彼女が僕を兄と呼ぶ事はない

いつも通りのセスティアだ……悪くはないのだけど、

やはり惜しい気もしてしまう


僕は彼女と本当の家族に戻りたいんだ


幼き日の記憶を呼び起こし、僕はそれを実行している

彼女の頭を撫でたり、優しく抱き締めたり、

これは幼い頃に僕が彼女にしていた事だ


感謝の言葉……ありがとう

これは彼女が僕によく言っていた言葉だ

あの頃の記憶が鮮明に蘇った僕は、

少しでもセスティアに思い出してほしくて続けている


最近は表情が動いたりする事も増えたと思う、

先日の1度だけ兄と言ってくれたのも大きな変化だろう

全く意味がない事なんて無いんだ、続けていれば少しずつでも変化はある


今日はもう遅いため、荷の取引は明日にしよう


商人でない僕が交易のような事をしているのは、

ドランセル出立前にリストを貰っているからだ


このリストにはどの街で何を売って何を買うか記載されている

出資者である商人たちの要望が詰まっているというわけだ


僕はリストの通り仕事をすればいいだけだが、

物資が無い場合や値段が想定外だった場合など、

ある程度の臨機応変な対応は許されている


ここが大事な部分だ


僕の臨機応変な対応で商人としての才を精査されているのである

今回隊長に選ばれたのはそういう意図があっての事だろう

任されたからには期待以上に応えねばならない


流石に疲れたため、この日は早く眠りにつき、

翌日は日の出と共に朝市を回り、昼前に大口の商談が待っている

目玉の商品はアルゴストーンで買い付けた染色液だ


コムラーヴェには六神全ての神殿があり、総本山である教会もある

そのためか、各神に合わせた染色液の消費量が高く、

高額な染色液も飛ぶように売れる事で有名だ


アルゴストーン近郊で採れる鉱石から作られた染色液は、

色の乗りが良く、一部の金持ちから人気である

今回はそれを僕の判断で大量に仕入れてきている……ここが勝負所だ


「ティア、あれを」


背後に控えていた彼女にそう言うと、

彼女は取引相手に失礼のないように静かな動きで1本の瓶を持ってくる

アルゴストーンで手に入れた高級染色液だ

だが、取引相手の地黒な商人アルノーは商品よりもセスティアを見ていた


再び僕の背後に控える彼女を目で追い、

獲物を狙うかのような目つきになった途端僕を見てくる


「アルノー様、いかがなさいました?」


「あぁ、すまないね、珍しい髪飾りだと思って」


そっちか、なるほど……これは使えるか?

僕は高速で思考し、使えると判断した


「私の使用人がつけているあちらの髪飾りは、

 ネネモリの淑女に大人気の品を独自のルートで手に入れた物にございます」


「やはりネネモリか……面白い、聞かせてくれるか?」


半分は本当だが、半分は嘘だ

ネネモリの淑女に人気の品というのは本当だが、

僕はある商人からたまたま譲ってもらっただけで、独自のルートなど無い


「では、その前に染色液の取引を終わらせてしまいましょう」


「そうだな、先にそちらを済ませよう

 何、悪いようにはしないさ……その代わり、髪飾りの話は頼むよ?」


「えぇ、もちろんですとも」


腹の探り合い、そんな上っ面のやり取りが商人の戦場だ

互いに深いところは見せず、良いように話を持っていく

まだ慣れないが、ここは失敗するわけにはいかない


アルノーの使用人がお茶を用意し、僕の前にそれを置く

何とも鼻孔をくすぐる良い香りのお茶だが、

茶菓子の方はイマイチ華がない茶色い焼き菓子だ

お茶を一口飲んで僕はある事を閃いた


「ティア、昼の青い瓶を持ってきてくれるかい」


「はい、ただいま」


彼女は走る事はせずに静かに部屋を退出する

今頃馬車まで走っている事だろう、すまないセスティア

だが、これもまた自分を有利にするために必要なんだ


「これは素晴らしいお茶ですね、香りが実にいい……

 しかし、こちらの焼き菓子ではお茶がもったいない」


「ほぅ、これ以上に合う物があると?」


アルノーは一瞬眉を寄せるが、興味はありそうだ

これは僕の目利きを証明する大きな一手になる


「えぇ、少々お待ちいただければすぐにでも」


「使用人が持ってくるというわけか、

 面白い、ならば待たせてもらおうじゃないか」


アルノーもそれで僕を品定めするつもりのようだった

1杯目のお茶が冷め始めた頃、控え目なノックが聞こえ、

セスティアが入室してくる……息は切らしていない

おそらく入る前に息を整えたのだろう、首元の汗が拭いきれていない


「お待たせしました、旦那様」


透明のガラスで出来た瓶を中身の色鮮やかな青が彩る

彼女の顔くらいあるそれを、セスティアは音もさせずにテーブルに置いた

テーブルに置く前に小指を下に添え、ワンクッション置いてから置いたのだ


「ほほぅ、これは何だね、ガヴィル君」


「こちらはドランセルで人気のシュクセという焼き菓子にございます」


1つ手に取り、アルノーは口に放り込む

味わうように口を動かし、2度3度頷いた


「シュクセは知っているが、これはただのシュクセではない

 この表面の青いソースは何だと思ったが、わしにはさっぱり分からない」


心の中で拳を握る、上手くいったぞ


「こちらはチョウマメという花で作ったソースにございます

 お茶にも使われるチョウマメは茶菓子に最適なのです

 いかがですか? 合わせてお召し上がりいただければと……」


僕に言われてアルノーはお茶を新しく入れ直させ、

一口含んでからシュクセを口に放り込む……そして、黙って頷いた


「素晴らしい、調和が取れてるというのか? お茶の味を邪魔しないものだ」


「お気に召していただけたようで何よりです、

 よろしければそちらは瓶ごとお受け取りください」


「では遠慮なく頂くとしよう」


アルノーは迷うことなく受け取った、どうやら気に入ったらしい

本当はこの焼き菓子はセスティアのために買ったおやつだが、

利用できるものは何でも使ってやる、僕は夢を掴んでみせる……が、

あとでセスティアには別のおやつを買ってあげようと心に誓う


これをキッカケに商談は悪くない条件を提示され、

僕の独自の判断で大量に仕入れた染色液は大きな利益をもたらした


アルノーには髪飾りを買った商人への紹介状を書き、

後はあちらで取引をするだろうという丸投げ状態だったが、

あの商人からは大口の客を紹介した事を感謝され、

アルノーからは新しい商品の取引先を手に入れた事に感謝される


驚くほど良い方向に話は進み、僕は内心震えていた


興奮さめやらぬ雰囲気で馬車へと戻った僕は、

声にならない声を上げながら拳を強く握る

その様子を黙って見ていたセスティアはどこか微笑んでるようにも見えた


隊商のコムラーヴェでの取引は終えたが時間は夕暮れ前であり、

今からの出立は危険を伴うだけだという判断で翌朝にずらす


これをチャンスと思ったのか、

隊商が連れてる娼婦たちは「稼ぎ時だよ!」と張り切っていた

彼女たちは旅をしながら客をとるのが主な収入源だが、

昼間は旅芸人のような事をしている


商人でも輸送業でも無いが、彼女たちも歴とした隊商の一員だ

僕の副業である吟遊詩人という仕事もこれに含まれる

売るものがないのなら身体や技術で稼ぐしかないというわけである


一般的には娼婦や旅芸人とは貧民の仕事だが、

彼女たちは誇りある娼婦たちだった

仕事を恥じる事などなく、競い合うように客をとっている逞しい女性たちだ

僕は彼女たちのように強く生きる女性が好きだったりする


隊商に参加する人達には様々な理由がある

僕のような商人を夢見る者、安全に物資を運びたい者、

その日暮らしの生活を抜けられない者、一定の場所にいられない者……

それぞれの目的があり、利害の一致で成り立つのが隊商という組織だ


春にしては少し冷える夜に、馬車の中で毛布に包まりながら、

隣で眠る妹を見る……月明かりだけなので薄暗くてほとんど見えないが、

穏やかな寝息が聞こえ、もう恐怖は消えたのかと錯覚しそうになる


だが、そんなはずはない


あれからまだ数日しか経っていないのだ、

彼女の心の傷がたった数日で癒えたとは到底思えない


無理を……させているのだろうな……


僕は静かに彼女の頭を撫でる……すると、一瞬肩をビクッと震わせ、

寝息が止まってしまい、ゆっくりとこちらを向いた


「起こしてしまったかな、ごめんね、ティア」


「いえ、構いません……何かご用でしょうか?」


「いや、そういうわけじゃないんだ」


穏やかな口調で言ったつもりだが、

僕が頭を撫で続けていたせいか、彼女はこんな事を言い出す


「少々お待ちください」


「うん?」


上半身を起こした彼女は、使用人服に手をかける

するりと布の擦れる音を立てながらエプロンドレスは緩み、

自身の細い腰に手を回した彼女は紐を解いてゆく……


「え? 待ってティア、何をしているの?」


「……夜伽(よとぎ)の準備を」


「いやいやいや、待って、そういうのじゃないから」


大慌てで身を起こし、両手を大きく振って否定する

こうでもしないと薄暗くて伝わらないかと思った


「失礼しました……私の早とちりでした、申し訳ありません」


なんで、なんで謝るんだよ……そう伝えたかったが、

彼女の行動は今まで彼女が生きてきた事の証明であり、

その事実が僕の脳をガツンと金槌で殴ったかのような衝撃を与えていた


僕は後ろを向き、黙ることしかできなかった

背後からは衣服の乱れをなおす音が聞こえ、何とも言えない気持ちになる


僕だって男だし、セスティアは可愛いと思う、だが実妹だ

主と使用人、聞かない話ではないけど……考えたこともなかった


……いや、そもそもそんな話じゃないか


僕は妹の生きてきた歴史に、事実に胸を痛めているんだ

悔しかったんだ、悲しかったんだ、つらかったんだ、

それを当たり前のように受け入れてしまっている彼女が……


「ティア、僕にそういう事は一切しなくていいから」


「はい、申し訳ありません、二度としないと誓います」


冷静だ、セスティアはどこまでも冷静だ

嫌というほど冷静だ……くそっ


心の中で悪態をつき、モヤモヤする気持ちのまま僕は横になった

しばらく彼女が動く気配はなかったが、

僕が眠りに落ちたと思ったのか、静かに横になったようだ


だが、僕の心は乱れていて眠れそうもない

どす黒い感情が渦まき、どこへ向けていいのか分からない苛立ちが、

思考を心を乱し、痛みなど無いはずなのに胸が苦しかった


耳鳴りが鳴るほど静まり返った夜、眠れぬ僕の背に暖かさが触れ、

身体がビクリと反応しそうになるのを必死で堪える


それがセスティアである事は間違いない

彼女が何を思ってそうしてきたのか分からない僕は、

背中に全神経を集中し、ただじっとしていた


「…………ごめんなさい、兄さん……捨てないで」


震える声に目に一瞬で涙がたまる

僕は反射的に彼女の方へと身体を向け、その華奢な身体を抱き締めていた

セスティアが腕の中で慌てているが知ったことじゃない

今、僕は彼女を抱き締めたいんだ


「僕はずっとティアの側にいるよ、約束だ」


声を出して分かった、僕の声も震えている

涙がとめどなく溢れてきて、感情が心から漏れてしまう

ティアの肩も震えており、僕の胸辺りが少し湿っている


「絶対に離さないから」


僕は力強く彼女の細い腰を引き寄せ、

頭を抱えるようにして何度も何度も綺麗な髪を優しく撫でる

彼女の穏やかな寝息が聞こえてくるその時まで……


・・・・・


・・・



翌朝、少し気まずくなるかと思っていたのだが、

セスティアの様子に変化はなく、いつも通りの彼女だった

肩透かしな感じはしてしまうが、逆にありがたいかもしれない

変に意識してしまってはこれからの旅が気まずいだけだ


隊商の皆は日の出とほぼ同時に動き出し、

美しく巨大な都市だった聖都コムラーヴェに名残惜しさを感じながら、

僕らは最終目的地である産業国家ラーズ首都を目指す


道中で魔物を見かけるが、こちらの数が多いため近寄ってくる事はなく、

特に問題もなく、幾つかの散村を経由しながらラーズ首都へと到着した


既にドランセルを出てから21日が経過している

予定より1日遅れだったが、この程度なら誤差の範囲だろう


細かな取引は別の者に任せ、

僕はリザードハンドを引き連れてある場所へと向かう

2等級である彼らを雇ったのはこのためとも言えよう


ラーズ首都を囲む壁付近はスラム街となっており、治安は悪い

中央付近は馬車が揺れないほど整備された石畳だが、

スラム街ともなると別だ、手入れなどされていないに等しい


僕らは中央通りから横道に入り、スラム方面へと向かっている

この旅の最重要取引の相手がそこに店を構えているからだ


最重要取引……即ち、アーティファクトである


今回、アーティファクトの輸送を秘匿するのには幾つか理由があった

1つ目は、高額商品であるため、狙われる危険性を減らすためだ

2つ目は、このアーティファクトは国に申告していない品であるためだ


アーティファクトとは1つで戦況を変えてしまうと言われる兵器である

そのため、発見者は国へ報告する義務があり、

効果や威力次第では国が半ば強制的に買い取る場合もある


国の買取額は相場より下な場合が多く、買い叩かれると言ってもいい

金が欲しい者や、手に入れた事を知られたくない者など、

それぞれの理由はあるが、申告しない者が後を絶たないのが現実だ


仮に見つかった場合、法的に罰せられるほどではないが、

最悪の場合はアーティファクトの没収がありえる

そのため、秘匿して輸送する必要があり、

取引相手もまた真っ当な場所には居ないというわけだ


パッと見ではただのスラムの掘っ立て小屋に見えるその店は、

入り口に大柄な男が立っており、腰には鉈をぶら下げている

その時点でここが真っ当な店でないのは明白だった


キナイの店……ラーズにある裏取引専門の店である


ラルアース全土から盗品や秘匿物が集まり、

珍しい品の多い事で一部の者には有名な店でもあった


リザードハンドのリーダー、ドッジが男に声をかけ、

何かを握らせてから店内へ案内される、彼は店主と顔なじみらしい


キナイの店と言えば裏の世界では有名な店であり、

僕ですらその名は知っているが、訪れるのは初めてなため、

少々緊張しながら店内へと入ると、独特な匂いが漂っていた

香の類だろうか、少し甘いような、あまり好きな匂いではない


セスティアは顔色一つ変えずに僕の後ろをついてきているが、

彼女の度胸を少しばかり羨ましく思ったりもする


「よぉ、キナイの旦那、久しぶり」


「これはこれは、ドッジ様」


2人がそんなやり取りをし、僕が紹介される……

ドッジの紹介という事ですんなり取引に入る事ができた

彼はそれだけ裏稼業に精通した人なのだろう


「では、失礼して……」


店主のキナイが、僕が差し出した木箱を丁寧に開封する

中身は光沢のある布地で包まれた篭手のような物だった

僕もこの時初めて中身を見たため、これが何なのかすら分からない


一瞬防具の篭手かと思ったがそうでもなく、

指先部分は棘のように鋭く、取り外し可能な3本の爪が別についている

爪には刃があり、これだけでもナイフとして使えそうだ


ナジャレフはアーティファクトとしては価値は低いと言っていたが、

本当にそうなのだろうか? これはかなりの価値ある物に思えるが……


キナイが小さな拡大鏡を取り出して念入りに確認している

しばらくして彼はアーティファクトに手をかざし、何かをしているが、

僕には何をしているのかは分からなかった


しかし、それで鑑定は終わったようで、

キナイはアーティファクトを木箱へと丁寧に戻し、蓋を閉めてから口を開く


「これはまた珍しい品ですねぇ……さてはて、困ったものだ」


わざとらしい態度だったが、

僕は自分が感じたこの武器の価値を信じて強気の交渉に出る


「このアーティファクトは刃だけでもかなりの物でしょう?」


「えぇ、確かに、その点は素晴らしいと思いますが……」


そこでキナイは僕を値踏みするようにじっくりと観察した

なるべく悟られないように平常心を維持するが、

相手は裏稼業でも有名な商人だ、僕程度の演技では見抜かれてしまう


「ガヴィル様はこの武器の効果をご存知で?」


「いえ、私は託されただけですから、存じてあげておりません」


「なるほどなるほど……」


再び顎に手を当てて悩むキナイは、ポンっと手を鳴らす


「では、これでいかがでしょう?」


彼が持ち出した使い古された算盤(そろばん)が額を提示する

ナジャレフから言われている額とほぼ同じだが、気持ち届かない

もう一押し……僕にいけるだろうか


「防具としても使えそうなこのアーティファクトです、

 もう少しだけ色を付けていただくわけにはいきませんか?」


「ん~……ハッキリと申しましょう、

 このアーティファクトは使える者が限られるんですよ」


キナイの表情が一気に険しいものとなる

不味い、何かミスをしてしまったかもしれない


「こちら、見たところ近接武器のような構造です

 しかし、この武器は魔法使い専用のアーティファクトなのですよ」


「え……」


僕は驚きのあまり目を大きく見開く、

確かに先ほど見た構造からは格闘技術を持つ者の装備に見えた

それが何故魔法使い専用なんだ?


「それはどういう……」


キナイはフードから覗かせる鋭い瞳で僕を睨み、

何かを察したのか、ため息を1つついてから続ける


「これを使うためには膨大な魔力が必要であり、

 近接武器でありながら魔法使いでもないと使えないという事ですよ」


「それも、宮廷魔法使いクラスのね」と彼は付け加える

あぁ……それでは使い手はほぼいないだろう、

魔法使いで身体能力が優れた者など稀だ


「なので、これ以上の額は難しいですねぇ」


どうする、ナジャレフの提示額に少し届かないぞ

染色液の利益でも足りないほどだ……くそっ、どうする


僕は自分の功績が無意味なものになる気がして焦ってくる

その焦りはキナイにとってはつけ込む隙となり、

取引はこのまま終了してしまう流れになってしまった……が


「そちらの刃だけ別で売るという選択肢はあるのでしょうか?」


意外にも口を開いたのはセスティアだった

彼女は口を開いてから慌てて頭を下げ、何度も謝る

いや、これは好機だ! 助かったよ、セスティア


「キナイ様、私の使用人が失礼しました……ですが、

 彼女の言う通り、刃だけでも価値はかなりの物、

 それは貴方もお認めになっていましたよね?」


「えぇ……まぁ」


キナイが言葉に詰まった、いける!


「では、刃だけ別の買い手を探すといたします

 私もナジャレフ様に託された身、

 依頼主の提示額に届かない取引はできません」


「まぁまぁ、落ち着いて……

 そうですね……では、こちらでどうでしょう」


キナイは算盤を叩き、新たな提示額を見せてくる

その額はナジャレフに提示されたものを少しだけ上回っている


「取引成立ですね」


僕はキナイと互いに良い取引が出来たと握手を交わす

大量のドラスリア金貨を受け取り、

1人では持てないため、セスティアにも一部を持ってもらう

彼女は見た目に反して結構力があるようで、危な気なく持っていた


ドッジたちリザードハンドが僕らを囲むように護衛し、

馬車まで辿り着いた僕らは金属の箱に金貨をつめて鍵をする

すごい量の金貨だ……さすがはアーティファクトか……


僕は金貨の山に胸が騒がしいくらい興奮していたが、

先ほどの取引を思い出し、セスティアに声をかける


「ティア、さっきはありがとう」


「いえ、差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした」


彼女はいつもの淡々とした口調で謝るが、

謝る必要なんて無い、むしろ褒めるべきところなんだ


「ティアのおかげでいい取引が出来た、これは本当だよ」


「勿体なきお言葉、ありがとうございます」


うーん……どうやったら僕の感謝の気持ちは伝わるのか……

興奮気味の頭で色々考え、1つの答えを出す


「ティアの望みはあるかい?」


「望み……ですか?」


「うん、何か欲しいものとか」


僕の問いにティアはしばし考え込み、

何かを閃いたのか、少しだけ顔を赤くして言いにくそうにしていた

彼女は肌が白いから赤くなるのがすぐ分かってしまうんだ


「なんだい? 多少の無理でも叶えてあげるよ」


「……本当によろしいのでしょうか?」


「もちろん、これは僕からの感謝の気持ちだから受け取ってくれると嬉しい」


再びティアは俯き気味に黙ってしまい、

何度か口を開いては言葉が出ずに閉じてしまう


どうしたものかな……僕が困っていると、

彼女は意を決したようにスカートの端をギュッと握り、僕を見た


「名前が……欲しいです」


「え?」


彼女の言っている意味が分からなかった


「旦那様と…………兄さんと同じ名前が……」


「……」


やっと理解した

セスティアは僕と同じように家族に戻りたがっていたんだ

嬉しくて今にも小躍りしそうだったが、その気持ちを堪えて口を開く


「……駄目でしょうか」


僕が黙ってしまった事が不安だったのだろう

控え目な妹は目尻に涙をためながら懇願している、

彼女の生まれて初めてのワガママかもしれないそれを、

妹が大好きな僕に断れるはずもなかった


「駄目なわけがあるか、嬉しいよ」


その時、僕はセスティアの笑顔を初めて見た

幼い頃にも見たかもしれないが、その記憶は僕にはない

今の彼女の笑顔が僕にとっては初めての笑顔だったんだ


・・・・・


・・・



あれから5ヶ月が経った


ドラスリア王国首都ドランセルへと戻った僕は、

今回の隊商による利益が予想の遥か上なのを評価され、

店を構える商人ではないが、交易商人として正式にナジャレフに雇われた


交易商人として数年実績を重ねれば店を持つ事も出来るだろう

僕は夢にまた一歩近づいたんだ


リザードハンドの問題はその後の活躍もあり不問としたが、

噂というのは止める事ができず、彼らの評判は悪くなったようだ


アルノーは僕が紹介した商人と取引を始め、

ネネモリの装飾品を幾つもカナランへ持ち込んで稼いでいる

彼らとの繋がりを持った僕はそのおこぼれを頂いていたりもした


あの隊商は僕に様々なものを与えてくれた

富、繋がり、そして……


「おはよう、兄さん」


挿絵(By みてみん)


セスティア・ガヴィル……それが今の彼女の名だ

奴隷という立場だった彼女の所有権を放棄し、

ただの1人の人間となった彼女にガヴィルの姓を与えるため、

僕がとった行動は少しおかしなものだったのかもしれない


年齢が近いため養子にするわけにもいかず、

かと言って勝手にガヴィル姓を名乗らせるのも難しかった

これは僕が商人としての地位を手に入れてしまったためだ


ある程度の地位を得た名は勝手に名乗ってはいけない

その家が既に存在していないのなら構わないが、

そうでない場合は混乱を招くからだ

そのため、彼女にカヴィル姓を名乗らせるのは難しかった


そして、僕らが出した答えは……籍を入れることだった


書面上は夫婦となり、僕らは同じガヴィルとなった

しかし、僕らは男女の関係ではない、兄妹だ


この世界で兄妹での婚姻はよくある話だが、

僕らはそれを望んではいなかった……ただ、家族に戻りたかったんだ


籍を入れたばかりの頃はガヴィル婦人として扱われ、

セスティアはいつも困った顔をしていたが、

いつの間にか周りも彼女を僕の妹として認識し、

仲の良い兄妹として近所では有名になる


「おはよう、ティア」


僕らは朝の挨拶を交わし、優しいハグをする

穏やかな一日の始まりだ


「本日の予定ですが……」


時折、以前のような態度を取るセスティアに困惑するが、

これもまた彼女に染み付いてしまった一部なのだろう


僕ら兄妹は貧困という理不尽に一度は引き裂かれてしまったが、

まだちゃんとした兄妹ではないかもしれないけど、僕らはこれでいいんだ

僕とセスティアは兄妹なのだから、幾らでも時間はある


僕らの中にはどこを切っても同じ血が流れている

それは、切っても切れない絆であり、(えにし)


「行きましょう、旦那様♪」


笑顔のセスティアはふざけてそんな事を言うことがある

まったく困ったものだが、可愛い妹の笑顔が見れるならそれもまたいいものだ


「行こう、ティア」



僕ら兄妹は生きてゆく、この過酷な世界で懸命に生きてゆく




今回でガヴィル兄妹のお話は終わりです。

いかがでしたでしょうか? カタクリズムにあるまじきハッピーエンド!?


実は今回の短編にどうしても入れたかったお話がありまして、

文字数の関係で削り落としましたが、やはり勿体ないのでこちらに。






秋の心地よい日射しの中、ドランセルの街を歩いていると、

背後を歩いていたはずのセスティアが少し遅れていた

というより、ある店の前で止まっていた


彼女はガラス越しに店内を熱心に見つめている

何がそんなに気になるのかと興味の湧いた僕は彼女に近寄り、

目線を同じ高さにして店内を覗く


「あ……」


セスティアが驚いて顔を赤くしている

僕は構わず店内を眺めるが、これといったものはない、

普通のパン屋のようだが……お腹が空いているのだろうか


「何か食べるかい?」


僕がそう聞くと、彼女は慌てて否定してくる

短い髪がぶんぶんと横に揺れ、必死さが伝わってきた


「何を見ていたんだい?」


「それは……」


頬辺りの髪をいじりながらセスティアは俯く

この後の予定まで時間も無かったため、

僕はそれ以上聞くのをやめて先を急いだ


取引相手との商談を済ませた後、

俯きながら後ろをついて歩くセスティアを見る

あれから元気がない、どうしたものか


今日はしきりに髪を気にしているようだが……あぁ、そうか


セスティアに晩飯の食材を買いに行くようお願いし、

僕は別の用事があるからと一旦別れる事にした


急ぎ足である店に向かう僕は今朝あった事を思い出していた


早朝、セスティアは玄関前をホウキで落ち葉を掃除をしていた

これは彼女の日課なのでいつも通りの光景だが、

今朝は少しだけ違っていたんだ


道行く女性を眺め、髪をいじってから俯き、落ち葉を掃く

この繰り返しだったのが印象的だった


そこで気づけてあげられたのなら良かったのだが、

この程度の事も気づけない愚兄を許してほしい


急ぎ足を更に早め、ある店の扉を開く

店主に事情を話して、夕暮れ前には報酬を払って店を出た


はやる気持ちを抑えながら、

秋の少し肌寒い風で火照った身体を冷ます

僕は「よし!」と気合を入れてから我が家へと向かった


玄関を開けようとすると、先に扉が開き、

中からセスティアが顔を出す


「おかえりなさいま……せ」


セスティアの言葉が途切れる

僕を見上げたまま固まっており、落ち着きなく視線を動かしている


「ただいま、ティア」


僕はいつも通り彼女を優しく抱き締め、家へと入る

我に返ったセスティアがちょこちょこと動きて離れて行き


「お夕飯は出来ております」


と、口調こそいつも通りだが、視線は泳いでいた

彼女がこんな風になっているのは僕のせいだろう

それはもちろん、僕の長い金髪が短くなっているからだ


「いただくよ」


僕は笑顔で彼女の手をとり、テーブルまで一緒に行く

セスティアの作ってくれた温かくて美味しいシチューをいただき、

満腹になったところで片付けを始めた彼女を呼んだ


「ティア、ちょっといいかな」


「はい、何かご用ですか?」


まだ口調が固い時が多いが、これでも少しはマシになった方かな

そんな事を考えながら、彼女の手に紙袋を手渡す


「はい、プレゼント」


「え……」


紙袋を抱えたまま動かない彼女に、僕は笑顔で言った


「日頃の感謝の気持ちさ、受け取ってくれるかい?」


「私は何も……受け取れません」


セスティアは今の生活が幸せだと言っていた事がある

これ以上ないほどの幸せだ、と


だが、それでは駄目なんだ


セスティアは知らなきゃいけない、幸せはもっとあるんだよ

これまで得られなかった幸せは無数にあって、

彼女はそれを知らないだけなんだ

だから、僕は彼女のために小さな幸せを届けに来た


「いいから開けてごらん、もう返品は出来ないものなんだ」


複雑そうな表情で紙袋を開いた彼女は再び固まってしまう

一目見て理解したのだろう、それが何であるのか


僕は静かに彼女に近寄り、

中身を手に取って"それ"を彼女の頭にかぶせる


サラサラとした長い綺麗な金髪が彼女の頬や肩を撫で、

その髪質は自分と全く同じものだった


「これ……兄さんの……?」


「髪が伸びるまでそれを被っているといい」


同じ髪質だから肌触りは悪くないだろう? と冗談っぽく笑うと、

セスティアは大粒の涙をポロポロと零して泣いていた


「あれ……なんで? どうしたんだい?」


彼女の目線に合わせるように屈み、

人差し指で涙をすくいながら頭を撫でると、

突然セスティアは僕の胸に飛び込んでくる


僕の胸で声を出しながら大泣きし、

落ち着くまで僕は彼女の髪……いや、僕の髪か? を撫でていた


「兄さん、ありがとう……でも、こんなのズルい」


「断れるわけがないよ」と文句を言ってくる

そうだろうね……流石に切った髪は戻らないからな

少しズルいのは自覚していたが、

こうでもしないと彼女は素直に受け取ってくれないだろう


「そろそろ長くてウザったかったんだ、

 丁度いい機会だからティアのウィッグを作ってみただけだよ」


僕の言い訳はすぐに嘘だと見抜かれる

半分は本当なんだけどなぁ……なんて事を考えながら、

長い金髪を揺らす彼女に魅入っていた






挿絵(By みてみん)


今回の短編を閃いた時に最初に作ったお話がこれだったりします。

なので、アルナウトは長髪でセスティアは短髪だったのですよ。


ではでは、次回からは多分きっと6章です!多分!!

また何か短編閃いちゃったら今のうちに投稿しちゃうかもだけど!


感想などお待ちしてまーっす!

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