第1話 詩は蒼き花と共に
前回、次回から6章と言いましたが……あれは嘘だ!(ごめんなさーい)
いえ、3年くらい前に書いた短編見つけてしまいまして、
それを少し手直ししたのでついでだから載せようかと思いまして!
今回のお話は本編とは全然関係がありません。
カタクリズムの世界で描かれる一般人の物語です。
なので、飛ばしてもらっても構いませんが、よかったらお楽しみください。
時系列的には3~4章辺りと思ってくださいな。
【詩は蒼き花と共に】
隊商とは安全に物を運ぶため、
護衛を雇って隊列を組み、長距離の旅をする一団であり、
複数の商人や輸送を生業とする者たちが共同出資をし、
互いの輸送のリスクを軽減しようという組織である
護衛には主に3等級冒険者が使われるが、
荷物次第では2等級冒険者に依頼する事もある
この世界には野盗や魔物といった驚異が多いため、
戦う術を持たない者たちにとって護衛は必須であり、
冒険者の仕事の大部分を占めている仕事でもあった
死と隣り合わせの旅が当たり前の世界で、
弱者は弱者なりに頭を使って強く生きていた
これは、そんな隊商の1つ……クランナリー商会の隊商の物語である
長い冬も終わり草花が芽吹く頃、
日の出と共に眠そうな目をこすり、男が目を覚ます
彼の名はアルナウト・ガヴィル、長身で細身の男だ
ふかふかのベッドから身を起こし、
長い金髪を手櫛で整え、テキパキと身なりを整えてゆく
彼はクランナリー商会というドラスリア王国の商人達の組織に属してはいるが、
彼自身は商人ではなく、輸送を生業としている
輸送業は荷馬車と馬さえいればどうとでもなる仕事だ
彼は商人になるための元手が無いため、自分で野生の馬を捕まえ、
手懐け、荷馬車を自作してこの仕事を始めた
何とも多才な男だが、それでも彼は商人にはなれていない
商人とは金貨を山程持った者だけがなれる存在なのである
力なき者たちにとってそれは憧れであり夢となる
しかし、この男……才能は他にもあった
身支度を終えたアルナウトはくすんだ手鏡で自分の姿を確認する
彼は見た目こそ大事だと思っているからだ
実際、彼の見た目は淑女たちには受けていた
町娘たちからは手の届かない高嶺の花のような眼差しを向けられ、
貴族たちからは美しい男というだけで優遇される事も多い
そう、彼の考えは間違ってなどいないのだ
アルナウト・ガヴィルは下民の出だが頭がいい
ガヴィルという姓も彼自身が勝手に名乗っているものだ
本当の彼には家の名など無く、ただのアルナウトなのである
両親は薬を買う金がなく流行病で亡くなり、
兄は戦争でひと稼ぎしようとして戦死し、
妹は自分が幼い頃に奴隷商に買われて行った
そんな惨めな人生など真っ平御免だ!
アルナウトは持てる才を余すことなく発揮し、
惨めな人生からの脱却に成功している
裕福とは言い難いが、生きていく分以上に稼ぎはある
そんな彼はある日、取引先の商人の元で1人の奴隷と出会う
奴隷の少女の名はセスティナ……アルナウトの実妹だった
互いに兄妹であると認識は出来なかったが、
商人が彼女の名を呼び、彼の名を呼び、互いに知る事となる
アルナウトはその場で商人と商談に入り、
全財産に近い額を叩いて少女を買ってしまっていた
必死さが商人の目に止まり、必要以上の額を搾り取られてしまったのだ
身支度を終え、鏡で自身を見ていると、
部屋の入り口からノックが聞こえ、アルナウトは顔を向ける
「失礼します」
控え目な声が聞こえ、彼は声の主を待つ
普通に開けば音が鳴る扉を、どうやっているのか静かに開き、
声の主……セスティアが顔を出す
「おはよう、ティア」
「おはようございます、旦那様」
兄妹の笑顔の挨拶……だが、妹は兄を旦那様と呼ぶ
実際、彼女の主は兄であり、所有権を得ている
間違ってはいないのだが、兄妹としてはどうなのだろうか……
アルナウトは複雑な思いが胸の中で渦巻く、
何度お願いしてもセスティアは変えようとしないのだ
奴隷という立場が長かったためだろうが……このままでいいのだろうか
まだ彼女を買って半年程度しか経っておらず、
慣れていないのもあるのかもしれない
幼い日に別れてから10年近く会っていなかったのだ、
その溝を埋めるには半年では足りないのかもしれない
10年……人格を形成する大事な時期に、
彼女はずっと奴隷という立場で過ごしてきた
根幹部分に刻まれた奴隷という立ち位置から動けず、
自身の境遇を受け入れ、これ以上酷くならないよう振る舞う
なんと悲しいことなのか……
性別の自覚なんて無い歳で女というだけで売られ、
彼女は幾人かの買い手を渡り歩き、今に至る
我が妹の事で胸を痛めるが、アルナウトは笑顔を崩さない
優しく頭を撫で、ゆっくりと優しいハグをしながら言う
「起こしにきてくれたのだね、ありがとう」
「勿体なきお言葉、ありがとうございます」
彼女の言葉に感情というものは感じられない
淡々と、まるで他人の事のように言葉を紡ぐ、
それがセスティアの処世術となっていた
アルナウトと同じ金髪は頬辺りで切り揃えられている
前の持ち主が彼女の綺麗な髪をバッサリと切り、売り払ったのだ
痛ましいその姿にまた胸がチクリと痛む
冒険者のような戦いに身を置いている者でない限り、
女性は髪を伸ばすのが一般的だ
今の彼女のように短い髪は貧困者のようで恥とされている
使用人の服を身にまとい、短い髪を揺らして彼女はお辞儀する
見た目から言動から、全てが彼女の身分を……立場を表していた
「本日のご予定ですが……」
セスティアの淡々とした口調が今日の予定を伝えてくる
言われなくても覚えていたが、数少ない彼女の声を聞けるチャンスだ、
わざわざ邪魔をすることなどしはしない
「ありがとう、僕は商会に顔を出してくるから、
その間にティアには旅の支度を頼んでいいかな?」
「かしこまりました」
「ありがとう、それじゃ行ってくる」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
セスティアの美しいお辞儀を横目に家を出る
再び何とも言えない気持ちが胸の中で渦まき、振り返って我が家を見渡した
たった3部屋しかない我が家に使用人など必要ないのだが、
あの場で彼女を買わない選択肢はなかった
残された唯一の血縁者、実妹であるセスティア
正直な話、あの場で名を聞くまで記憶から抜け落ちていたが、
名と顔が一致し、驚くほど鮮明に記憶は蘇った
10年という歳月は彼女を変えるには十分で、
記憶の中の幼子とは全くの別人とも言えたが、
不思議と納得が出来たのだ、妹ならこう育っただろう、と
兄である僕から見ても妹はかわいいと思う
そのせいか、奴隷としてはかなり高額だったが、
僕が生きてきた人生の中で最高の買い物だったのは間違いないだろう
軽い足取りでドラスリア王国首都ドランセルの中央広場を歩く
中央広場の一角にある巨大な建物、そこにクランナリー商会がある
首都の中でも一等地である中央広場に面した場所に、
これほど巨大な建造物を建てているのだ、商会の力はかなりのものだろう
入り口のドアを開閉するためだけに雇われている男が、
僕の顔を見てお辞儀をしてからドアを開き、
機嫌の良さそうな雰囲気で声をかけてくる
「いらっしゃいませ、ガヴィル様」
「あぁ」
僕は彼の横を通り抜け、クランナリー商会へと足を踏み入れた
中はまるで貴族の豪邸かのような作りだが、
ここはあくまで商人たちの組織……商会である
僕を出迎えるように待っていたのは商人のネール・ナジャレフ、
高そうな宝石のついた指輪をいくつもした恰幅のいい初老の男だ
「おぉ、来たかね」
「はい」
ナジャレフと軽い挨拶を交わし、
この後、昼前に出立予定の隊商について話し合う
今回の隊商は僕にとってとても大事な、大きな仕事である
それは、僕が初めて隊長を任された隊商であるためだ
隊商の規模は、荷馬車が11台、総勢70名の中規模なものだった
しかし、今回は荷が問題だ
穀物や果物で上手く隠してはいるが、
今回の輸送の一番の目的は……アーティファクト武器である
現在の技術では制作は不可能なアーティファクト……
たった1本のアーティファクト武器で戦況は変わるとも言われる代物だ
その価値は貴族が家宝にするほど高価であり、
物によっては国宝に認定されている物まである
今回のアーティファクトは、ある冒険者が遺跡で発見した物だ
発見した冒険者は大興奮したが、自身で使えるようなものではなく、
売るという選択肢しかなかったため、商会へと流れたというわけだ
詳細までは知らされていないが、使用者が限られる代物らしく、
アーティファクトとしての価値は低い方らしい
だが、それでもアーティファクトだ、僕の稼ぎの50年分近くにはなるだろう
今回の輸送先は産業国家ラーズ、直接入国する事は出来ないため、
途中で宗教国家カナランを経由しなくてはならない、結構な長旅という事になる
距離と荷物、その両方が難しい依頼のため、今回の報酬は普段の数倍はいい
そして、今回の護衛は2等級冒険者に依頼しており、
念の為に3等級冒険者も2組来るらしい
ここまで厳重にしては逆に目立ってしまう気もしたのだが、
大口出資者であるナジャレフの発言力は強く、今回はそういう形となった
そして、その隊商の隊長を任命されたのが僕だったのだ
僕はナジャレフの元で幾つもの仕事をこなしてきた
中には違法な取引もあったのは知っていたが、僕は黙って仕事をこなした
少しずつ少しずつ彼の信用を得て、ついに実ったというわけだ
今は妹のためにも稼がねばならない
彼女を買った事により商人への道は遠退いてしまったが、
この仕事を上手くこなせばナジャレフの片腕になれるかもしれない
そうなれば後は簡単だ、ナジャレフに投資してもらえばいい
僕は秘めた野心を表に出すことなく、ナジャレフと握手を交わす
「では、行ってまいります」
「あぁ、頼んだぞ」
僕はクランナリー商会を後にして中央広場を横切る
足取りは軽い、ほどよい緊張感もある、悪くない状態だ、
冷静に物事を見る事が出来ている今の僕は好調と言えるだろう
家で待つ妹の元へと急ぎ足で向かい、家に入って早々彼女を呼んだ
「ティアッ、ティアッ、準備は出来ているかい?」
「はい、旦那様、こちらに」
少し興奮気味に声を張ると彼女の声が裏口の方から聞こえてくる
僕は急ぎそちらへと向かい、まとめられた荷物を見て頷く
「よく出来たね、ありがとう」
荷物を並べ終えて立ち上がった彼女の頭を撫でて微笑むと、
普段は見せない少し驚いたような表情で彼女は口を開く
「あ、あの……何かあったのですか?」
珍しく彼女から質問をされた
「え、あ、うん! 今回の仕事で僕は商人になれるかもしれないんだ!」
興奮気味に答えると、セスティアは小首をかしげ、
2秒ほど思案してから少しだけ口角を上げる
「それは喜ばしいことですね、おめでとうございます、旦那様」
普段の感情の無い言葉ではなく、じんわりと心がこもった言葉に聞こえた
僕は嬉しさのあまりか彼女を抱き締め、ありがとうと何度も繰り返す
僕の腕の中でもぞもぞと動く彼女に気づいて慌てて離すと、
彼女の顔はほんのりと朱に染まり、2人の間に僅かに気まずい空気が流れる
それを咳払いで吹き飛ばし、僕は彼女にお願いをした
「馬車がくるまで外で待っててくれないかな?
来たら教えて荷物を積み込んでほしい、いいかな?」
「かしこまりました、旦那様」
その声はいつもの彼女のもので、少しだけ残念に思う
だが、僕はこの程度でめげはしないぞ
「ティアの準備もできてるかな?」
「はい、私の荷物は少ないので……」
彼女の私物などごく僅かだ、身支度などすぐに終わってしまうだろう
それを思い出し、僕は苦虫を噛んだような顔をしてしまう
悪いことを聞いてしまったな……
何とかこの空気を払拭したく、僕はある事を閃いた
先日、ある商人から買い受けた1つの髪飾り、
クリスタルで出来たそれは花を象っており、
ネネモリの淑女に人気の品と聞いている
僕は何かあった時のために手に入れておき、
髪飾りによる効果が最大のタイミングで使おうと思っていた
ようは、金持ちの女性を落とすタイミングで、だ
慌ただしく部屋へと戻り、小さな木箱を開いて中を確認する
買った時と同じ輝きを放っているそれを手に、
僕は家の裏口から外へと顔を出してセスティアを呼んだ
「ティア、おいで」
「はい」
走ることなく、だが遅くもない足取りで彼女は近寄ってくる
僕は握りしめる木箱に手汗が染み込んでしまわないか心配になるほど、
妙な緊張により手汗をかいていた
「これを、君にあげるよ」
僕は木箱を彼女の前へと出し、その手をとって握らせる
「え…………どうして私なんかに」
慌てた様子がまた可愛く、僕は笑顔で続ける
「今回は大事な仕事だ、ティアも着飾らないとね」
断りにくいよう僕はそう言い、彼女は渋々木箱を受け取った
「……ありがとうございます、大切にいたします」
彼女は本当に大切そうに木箱を胸に抱き、瞳を閉じる
数秒ほどそのまま胸に抱いていたが、
何かを覚悟したかのように木箱を開いた
水色のクリスタルで出来た花は、
彼女の色の薄い透き通るような肌に似合うものだ
いや、彼女であればどんなものでも似合ってしまうかもしれない
箱を開いたまま固まってしまっている彼女に、
僕が手を伸ばして髪飾りを取り、彼女の髪に花を添える
予想通りというか、想像以上に似合っていた
「似合っているよ」
「ありがとうございます」
慣れない髪飾りが気になるのか、
そわそわとするセスティアは愛らしく、自然と頬が緩んでしまう
彼女は当たり前の幸せを知らなきゃいけないんだ、
これからもっともっとたくさん知ってもらわなきゃ
僕の決意など知る由もないセスティアは、
まだ髪に触れていいのか迷っているようで落ち着かない様子だった
そんな彼女に僕は言う
「僕は男だからそういうのは下手でね、好きにやってごらん」
「はい……では、お言葉に甘えて……」
彼女なりにしっくりくる位置へと付け直し、
満足したのか僕にお辞儀をしてから仕事へと戻って行った
相変わらず感情が見えにくい子だが、今日は少しだけ嬉しそうに見えてしまう
季節外れの冷たい風が吹き、ぶるっと震えがくる
それに気づいたセスティアは外套を持ってきて僕にかけてくれた
お礼を言った僕は、彼女にも外套を……と思ったが、どこにあるか分からない
「ティアも身体を冷やさないように」
「はい」
言われた通りセスティアは外套を取ってくる
彼女の外套はケープのようなものなので少し寒そうではあるが、
無いよりかは遥かに暖かいだろう
僕は家の中へと戻り、荷物の確認などを行っていると、
外から馬車の音が聞こえ、コツコツという妹の足音が聞こえてくる
立ち上がった僕は彼女を待った
「旦那様、馬車が到着いたしました」
「ありがとう、荷物を頼むよ」
「かしこまりました」
こう言ったが僕も2つの大きなカバンを持つ
セスティアはそれを止めようとしたが、その言葉は無視をして、
僕はさっさと馬車に荷物を積み込んだ
その後、御者にあれこれと指示を出していると、
荷物を積み終えたセスティアが「終わりました」と一言だけ言う
僕は「ご苦労さま」と彼女の頭を撫でてから馬車に乗り込み、
中から手を差し出してセスティアを引っ張るように馬車に乗せる
「出してくれ」
御者が馬に指示を出し、馬車が動き出す
ガタガタと揺れる車内で僕は気になった事を口にする
「家の鍵はかけたっけ?」
「はい、先ほど荷物を積み終えてから戸締まりはいたしました」
「さすがティア」
「ありがとうございます」
僕らのやり取りを聞いて、御者がこんな事を言う
「旦那さん、お綺麗な奥様ですねぇ、羨ましい」
おそらく御者はセスティアの服装を見ていなかったのだろう
ケープで隠れてしまっていたからかもしれないが、
普通であれば使用人服を妻に着せる者はいない
しかし、セスティアを綺麗と言われて悪い気もしなかったので、
僕はあえて否定はせず、首都の外までの道のりは夫婦でいようと決めた
「そうだろう? うちの妻は美しいと評判なんだ」
僕の言葉にセスティアが明らかに動揺している
まるで今にも否定したいかのように身を乗り出し、
しかし主に恥をかかせぬように口を閉じ、
やり場のないモヤモヤに落ち着かない様子だった
「だ、旦那様……」
僕の裾を引っ張りながら小声で言う彼女に笑みを向け
「今は合わせておきなさい」
とだけ言うと、彼女は小さくなるように黙ってしまう
少し意地悪だったかな? とも思うが、こんなセスティアが見れるのだ、
これもまた悪くないと思ってしまう、意地悪な兄だった
今日の僕はどうかしているのかもしれない
大きな仕事を前に興奮しているんだろうか?
これは失敗しないように気を引き締めないといけないか……
冷静だと思っていた自分がこんなにも悪戯ばかりするとは思っておらず、
これから始まる大きな仕事へ向けて気持ちを切り替える
「御者さん、実は僕らは夫婦じゃない、兄妹なんだ」
「あ、そうでしたか、これはこれは、失礼しました」
申し訳なさそうに前を向きながら頭を下げる御者を見てから、
隣に座るセスティアへと目を向けると、
彼女はホッとしたように胸を撫で下ろしていた
少しだけ複雑な気分だったが、今は仕事に集中しなくては……
僕らを乗せた馬車は首都を出て、門の横にある空きスペースに停車する
そこには荷馬車が11台並んでおり、80名を超える人々が集まっていた
これが今日から僕の隊商だ
僅かに震えがくる、まるで骨の芯が震えているような、
不思議な高揚感と緊張感が身体を熱くする
僕は隊商の人達を集め、出立の挨拶をした
「この隊商の隊長を任されたクランナリー商会のアルナウト・ガヴィルだ」
指笛が鳴り、どうやら歓迎されているらしい
よかった、空気が悪かったらどうしようか不安だった
「ラーズまでの長旅にはなるが、みんなよろしく頼む」
拍手が起こり、照れくさそうに馬車へと移動する僕の背後に、
セスティアは付き従い、物陰でため息を吐く僕の顔を覗き込む
「大丈夫ですか? 旦那様」
「あぁ、大丈夫さ、少し緊張しただけだよ」
「リラックスできるお茶でも飲まれますか?」
「いや、もう大丈夫さ、ありがとう」
できた妹だ、僕は果報者かもしれないな
心配してくれる妹の頭を撫で「さぁ、行こう」と馬車に乗り込む
こうして僕らの隊商はドラスリア首都ドランセルを出立した
旅の1日目、日が落ち始めた頃にリーン砦を抜け、
トレイド家の領土にある散村の1つ、イルミネンを訪れる
海が近いため塩を特産としている街である
僕はこの街で塩を70キロほど仕入れ、
代わりに穀物を60キロほど売り捌く
隊商とはこうして訪れた街で商売をしながら進んで行くのだ
旅の2日目、僕らはドラスリア王国の西部にある、
アルサイクという街に立ち寄った
ここはワインで有名な街であり、ワイン職人は商会と契約している
大半は首都ドランセルへと卸されるが、一部は国外へと渡ってゆく
今回はその国外への出荷というわけだ
元々契約を結んでいるためワインの買付は予想より早く終わり、
昼前にはアルサイクを出立する事が出来た、これは僥倖だ
次の目的地であるファンブレ男爵領アラゴストーンを目指す
ここの関所で税を取られることはないが、厳しい検問で有名な場所でもあった
今回の荷物……アーティファクトを知られるわけにいかないため、
僕には秘策があった……が、その前にやるべき事がある
僕は隊列を停止させ、それぞれのグループにある事を伝えてゆく
それは「女は馬糞などで股を汚せ」というものだった
反発する声は多少あったが、
アラゴストーンを知っている者から反対する声は上がらなかった
こうでもしなければ若い女は酷い目に合うのが目に見えているからだ
セスティアにもそれを命じ、
彼女は汚してもいい奴隷服に着替え、自身の股や胸に馬糞を塗りたくる
酷い臭いだが仕方ない……ここの関所さえ我慢すればいいのだ
案の定、関所では検問官がセスティアに下卑た視線を向けるが、
酷い臭いと汚らわしい服装に吐き気がし、それ以上近寄る素振りはなかった
さて……本題はここからだ
僕はナジャレフに託された書状を懐から取り出し、
金貨の詰まった袋と共に領主であるファンブレ男爵へと献上する
先代のファンブレ男爵が暗殺されてからは落ちぶれた家だが、
継いだ息子は、この関所の力を利用して少しずつ力を取り戻しているという
反乱を企てていた組織を捕らえるキッカケになった事もあり、
その功績を認められてか、先代と同じ男爵の地位を手に入れている
噂によると父親にそっくりだと言う
見た目だけの話ではなく、その中身のゲスさもだ
書状に目を通したファンブレ男爵は怪訝な表情をしていたが、
予想よりも金貨の量が多かったようで、上機嫌になり、
大した検査もせずに僕らを通した、予定通りだ
そして、アルゴストーンへと到着した僕らはまず果物を売る、
あまり長期で運んでいては価値が下がってしまうためだ
続いて穀物の残りも売り払い、代わりに染色液などを購入した
取引も旅も順調だ、ここまで野盗や魔物の類とも遭遇していない
まるで風の神の加護でも受けたかのようなスムーズさだ
商人は大地の実りを糧とするため、地の神を崇める者が多いが、
僕のように輸送を生業とする者は風の神を崇める者の方が多い、
輸送業の最大の敵は天気だからである
もう日が暮れているため、今日はアルゴストーンで一泊する事となった
関所の件があったため、早い時間にアルサイクを出立できたのは助かった
街の中は安全なため、安心して休む事ができる
それだけで隊商にとってはありがたい事なのだ
旅の3日目、僕らは南下を続け、ライネル家の領土へと入る
道がよくなったのがその証拠だ、馬車が傷みにくく旅人に優しい道だ
ライネル家の領土は広く、山岳地帯も多いため、
ここを抜けるのに3日以上は覚悟した方がいいだろう
そして、山岳地帯が多いため、山賊の類も多いと聞く
警戒を怠らないよう挑まなければいけない
とは言っても、こちらには2等級冒険者と3等級が2組みいるのだ
恐れるものなど何もないと言っていいかもしれない
今回同行している2等級を僕は知っていた
彼らは【リザードハンド】を名乗るチームだ
リーダーのドッジ・ランベルは薬師であり、毒を使うという
12名という冒険者のチームとしては異例の多さだが、
その実力は確かなものであり、武功の数々は僕の耳にも届いている
いや、これは正確ではないな、僕は彼らを調べた事がある
これは僕の特技の1つなのだが、そのために調べたのだ
その特技をこれから披露しようじゃないか
夜営中、固まるように休んでいる隊商の中央で、
焚き火を囲む者たちの前へと出て、こう言うのさ
「1曲いかがかな?」
そう、これが僕の特技、詩さ
僕は吟遊詩人として旅先で歌っては小銭を稼いでいたんだ
皆の歓声が上がり、僕はセスティアに目を向ける
すると、彼女は黙って僕のクルースと呼ばれる弦楽器を持ってきた
弓で弾くこの楽器は口が自由なため詩に向いている
6本の弦があるが、2本はドローン用のため事実上4本で奏でる楽器である
皆が注目する中、僕はクルースを腹に当てて演奏を始めた
奏でられる音は穏やかであり、眠気を誘うようなメロディだ
しかし、時に激しく、ゆっくりと緊張感を与えるような、
冒険心をくすぐる曲を奏でながら僕は歌う
黄色い雷 戦場を駆け
瞬く間に 棺桶作り出す
かの疾雷 無口な剣士なれど
剣を交えれば 語り継がれし物語
逃れられはしない 避けられぬ死よ
死体の山を築いて 高みへと
かの疾雷 星の夢を見るなれど
剣を交えて 物語を刻む
逃れられはしない 避けられぬ死よ
恐れ恐れて 努々忘れるな
我らの雷 戦場を駆け
瞬く間に 棺桶作り出す
かの疾雷 見ては逃げろ どこまでも
剣を交えれば 棺桶行きだ
さぁ 駆けろ 我らの雷よ
今日も 棺桶作り出せ
最後にポロロンとクルースの音が鳴り、
僕がお辞儀をすると拍手喝采が起こる
この歌はドラスリア王国の英雄エイン・トール・ヴァンレンを唄ったものだ
彼の戦場で付けられた異名は疾雷、
凄まじい鋭さを誇る突きによるものだと言う
ここはまだドラスリア国内なため、自国の英雄の歌は受けが良い
予想通りの反応だった客たちは満足そうに疾雷について話している
しかし、2等級冒険者の一団は楽しそうにはしていなかった
彼らのためにも冒険者の歌の方がよかったかな?
そんな事を考えながら僕はセスティアと共に馬車へと戻り、
次の日の支度をしてから眠りにつくのだった
旅の4日目、この日はひたすら山岳地帯を進んでいた
山道であるため何度も馬車が止まり、思うように進みはしない
結局2日かけて山を越え、3日目の昼過ぎに見えてきた街、
ジャトロフ峠にある鉱山の街ウラルに到着したのは、
旅の開始から7日目の夜だった
旅の8日目、ウラルで一泊した僕らはここでの商談に入る
塩を売り、鉄や銅の鉱石を買いつける……上々な取引が出来たと思う
塩が予想より高値で売れたのが大きかった
隊商は昼過ぎにウラルを出立し、南下を続けていた
やっとの思いでジャトロフ峠を越えて平地に出ると、
一気に進む速度は早くなり、あっという間にカナランとの国境に辿り着く
旅の12日目、宗教国家カナランの北西部、
山の麓にある散村の1つであるリーマンテに到着する
目立った特産品の無い小さな村だが、
肉などの食料を仕入れる事が出来たのはありがたかった
これは売り物ではなく、僕らのための食料だ
少し早い時間だったがリーマンテで疲れた身体を休め、
ここから一気にカナランの首都コムラーヴェを目指す予定だった
途中で何度か夜営をする事になるが、
目立った特産品の無い村々を回っても意味がない
山を越えるのに少し手間取ってしまったため、少しでも急ぎたかったのだ
風の神の加護があるのか、幸いなことに魔物の類とも出くわしていない
この勢いのまま一気に距離を稼ぎたいところだった
隊商の皆は僕に従ってくれている
慣れない指揮に最初は戸惑ったが、何とか様になってきた気はする
いまいち冒険者たちとは上手くいっていないが、
彼らは金のため、名声のため、余計なことはしないだろう
その日の晩、皆が寝静まった頃、何かが動く気配に目を覚ます
セスティアが馬車から降りようとしているところで、
厠か何かかと思い、僕は再び目を閉じた
どれほど時間が経ったのかは定かではないが、
突如大きな悲鳴が聞こえ、僕は跳ね起きる
そして、隣にセスティアがいない事で、
彼女が外へ行ったのを思い出し、慌てて馬車から飛び出した
『ティアッ! どこだっ!』
僕の叫びに返ってくる声はない
隊商全体が慌ただしくなり、何事かと起きてくる者が多かった
人の動く音で彼女の声が聞こえないのかもしれないと思った僕は、
皆に動くなと命令し、耳を澄ます……
すると、小さな音だが確かにセスティアの声が聞こえてくる
『ティアッ! どこだ!? 叫べっ!!』
「旦那さ………」
声が途切れた、何かあったんだ
バクバクと騒がしくなる鼓動に苛つきながら、
近場にいた3等級冒険者たちを引き連れて声の方へと向かう
『ティアッ!』
「んー! んー!」
「旦那、あっちだ」
冒険者の1人が指差す方向に月明かりに照らされた人影が見えた
人影は別の人影を抱えるように走り出し、僕も走り出す
しかし、冒険者たちの方が足が早く、彼らに「頼む」と叫んで息を整えた
小走りに彼らの後を追い、やっとの思いで追いつくと、
そこには先ほどの3等級冒険者が4名転がっていた
「え……」
そして、人影は月明かりを浴び、その顔を晒す
1人はセスティアだ、彼女は男に羽交い締めにされていた
彼女を拘束する男……2等級冒険者のドッジ・ランベル
「何をしている……」
僕は最大限の怒りを込めてそう言った
だが、彼は僕をあざ笑うかのように舌舐めずりをする
「いえいえ、ただのお遊びですよ」
「そうか……なら、僕の使用人を返してくれないかな」
「えぇ、いいですとも」
ドッジはセスティアを解放し、下卑た笑みを浮かべる
解放されたセスティアはガタガタと震えており、
僕が抱き寄せて落ち着かせている
「彼らは、どうして倒れている」
僕が3等級冒険者たちを見ながら言うと、ドッジは笑いながら言う
「そいつらがこのドッジ様に楯突いたんでね?
すこぉ~しばかり眠ってもらっただけさ、殺しちゃいない」
彼の言うことは本当だろう、倒れている彼らの胸は動いている
しかしこれは許されざる行為である、契約とは信用が第一だからだ
「僕の中で、貴方への信用が揺らいでいます、次は無いよう頼みますよ」
「気をつけますよ」
反省の色などない、次もやりかねない、そう思えた
そして、僕の腕の中で震えるセスティアの尋常ならざる状態に、
この男が何をしようとしたのかハッキリと理解した
「ドッジさん、娼婦なら一緒に同行しているでしょう?
そういうのはそちらでお願いしますよ、この子はうちの使用人だ」
「えぇ、理解してますとも……だがね、
あんな娼婦じゃ満足できねぇんだわ、このドッジ様はよ
その点、そのお嬢ちゃんなら問題なく合格だ」
「貴方は雇い主の所有物に手を出すと?
組合の方に抗議させていただく事になりますが構いませんか?」
「チッ……」
ドッジは舌打ちをして引いていく
彼が動くと同時に周囲から人の動く気配がし、
僕が囲まれていた事に今気がついた
恐怖から膝が笑うが、腕の中で震えるセスティアを怯えさせないため、
僕はなけなしの勇気を振り絞って彼女に笑顔を見せる
「もう大丈夫だよ、ティア」
「……ありがとうございます、旦那様に大変なご迷惑を」
いつもの淡々とした口調でそんな事を言うので、
僕は人差し指で彼女の口を塞ぐ
「迷惑じゃないよ、兄妹なんだから」
「旦那さ…………」
言葉が詰まり、セスティアは涙を拭って言った
「ありがとう、兄さん」
懐かしい響きが脳内を駆け巡る
幼き日に1度か2度だけそう呼ばれた事がある気がする
内側から暖かくなるような、不思議な感覚が僕らを包み、
急に恥ずかしくなって身を離す
「戻るぞ、ティア」
「はい、旦那様」
今の僕らにはこの方がいいのかもしれない、そう思うアルナウトであった
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翌日、リーマンテを出た僕らはカナランの首都コムラーヴェを目指す
どんな困難が待っていようと、不安な要素があろうと、
この旅の先にある夢を掴むため、僕らは旅を続ける




