5章 第29話 Falling Down 其のニ
【Falling Down】其の二
「さァ、エイグット……歯ァ食いシバれ」
ニールはそう言うとミョルニルを手にする
器用にぐるぐると回し、遠心力を高め、
いつでも強烈な一撃を放てる状態をキープしている
自我を無くしたエイグットは人ではない声で吠える
その咆哮を聞いたリグレットは涙を堪えて叫んだ
『姉御ッ!!』
『オうッ! 任セとけッ!』
ニールは今までで感じた事もないほどの力が湧き上がっていた
一瞬でも気を抜くと意識は持って行かれそうになるが、
この命の輝きにかけて、それはさせない
「こレで最後なンダ、力を貸シな、ミョルニル」
愛おしそうに手に持つ大槌を見つめ、
そこへ竜の逆鱗によって高められた魔力を一気に流し込む
大槌はそれに応え、死の破壊の力を付与した
鮮やかな赤に輝く蝶の羽根に紫が混じり、
更に色鮮やかなものへとなってゆく
「エイグット……今楽ニしてヤる……」
ニールの瞳に光るものが見えた
そして、彼女は飛び立つ……高く、高く
空中でぐるりと回転し、落下の勢いと羽ばたきを合わせ、
急降下しながらの強烈な振り下ろしだ
『こいツは、ちィっとばカし痛ェゾッ!』
ニールの大声が教会内に響き、彼女の大振りの一撃が放たれた
エイグットだった者はそれを両腕で防ごうとするが、
ガードなどお構いなしの破壊の一撃は、
そのまま片腕とともにエイグットだった者の頭部を潰す
だが、悪魔と化した彼はその程度では死ななかった
ニールの足を掴み、勢いよく放り投げる
彼女は羽根を大きく動かし、何とか勢いを殺すが、
それだけでは止まらず、教会の壁へと激突した
内蔵のいくつかが破裂したのか、
口からドロっとしたものが溢れ出る
だが、そんな事はお構いなしだ、どうせこの身体はもう持たない
ニールは再び自身の胸を強く叩いた
『もっトだッ! モッと寄こセッ! お前ノ怒リはそンナもんカッ!!』
竜の怒りを呼び起こし、ニールの魔力は跳ね上がる
肉体はとうに限界を超え、彼女の皮膚は鱗で覆われていた
「いイゾ……イイゾ」
頭がうまく回らない……口もうまく動かない
だが、手足は動く、まだやれる!
「エイグットなァ……楽シカッタなァ……」
ニールはミョルニルを構え、涙を流していた
「マタ旅デモしヨウや……なァ」
痛々しいニールの姿を見ていたリグレットは溢れ出る涙を拭いもせず、
憧れる姉御と最愛の弟の最後をこの眼に焼き付けていた
「な、エイグット……まタナ」
ニールの全魔力がミョルニルへと注がれ、
彼女の背に輝く蝶の羽根は消える
大槌は小刻みに振動し始め、刻まれている蝶の紋様が強く輝いた
ニールが走り出し、エイグットだった者は黙って待ち構える
まるでその姿が、自分を殺してくれと言っているようで、
リグレットの涙は勢いを増し、袖で拭うが溢れ出る
『エイグットーーーーーーーーーっ!!』
リグレットの悲痛の叫びと同時にニールの一撃が放たれた
その一撃は、当たった瞬間は大した事がないようにも見えたが、
腹で受けたエイグットの背中から巨大な蝶の羽根が咲き、
その胴体に蝶の形の大穴ができる
「ざじ……が……ど……ぬ」
エイグットの最後の言葉は分からなかったが、
ニールは満足そうに微笑み、彼の僅かに残った髪を撫でる
すると、彼の身体は崩壊を始め、塵となって消えた
そして……ニール・グレイヴは倒れる
リグレットがもつれる足で駆け寄ると、
ニールの身体はロウのように真っ白になっており、
彼女が触れると服だけ残して崩れてしまう
「あ……あぁ…………あぁぁぁぁぁっ」
リグレットの悲しい泣き声が教会に響いていた
しばらく泣いていた彼女は、腰から革袋を取り出し、
ニールだった……塩を回収する
彼女はその塩を集められるだけ集め、静かにその場を去った
・・・・・
・・・
・
マルロの光翼が12枚になろうという時、
六神は上空50メートル程度まで降りてくる
《……腐りの神子となるならば……》
六神の力が増し、ギギギギギギという激しい不快音が響く
まるで下手なバイオリンでも聴いているかのようなそれは、
この世界そのものが軋む音だった
《……永劫の眠りへと誘いましょう……》
神々の力は光となり、それぞれの光が線で繋がってゆく
上空50メートルほどの位置に、
聖都コムラーヴェを覆うように巨大な六芒星が描かれた
六芒星の下は眩い光に照らされる
その強烈な光は、目を開くことすら困難なほどだった
この六芒星は、過去の神話戦争である神を封じた力である
かの神の力は強大で、神々が力を合わせてもなお抗い、
悪魔王との戦いで地の神が倒れた事により封印は失敗に終わった
《《《封印神法・六大星天》》》
六神による神法が完全な形で発動するのは、
人類の歴史上初の出来事だった
神々は世界に直接介入する事は滅多にない、
それは自然の法則から外れてしまうためだ
神が動く、それは因果律を乱す可能性が高く、
未来予知にも等しい神託が下せなくなってしまうため、
最悪の場合、世界が崩壊してしまうリスクがある
そのため、神々は基本的には巫女や使徒に任せていた
神々は手出しをしないのではない、出来ないのだ
では、その神々が六柱全て介入してるのは何故か?
今回の出来事はそれほどの事なのだ
放置すれば世界が崩壊する可能性が限りなく高く、
介入しても未来が守られる保証はない
神々でも見通せない未来がこの先にあるのだ
神々は1つの可能性を危惧していた
新たな神、マルロがどちらへ転ぶのか……
今、その答えは出た
黄金の光翼には邪悪な漆黒が混ざり、
マルロは"腐りの神子"にならんとしている
腐りの神子とは、それは即ち、悪魔王と呼ばれる存在だ
悪魔王とは、悪魔達にとっての神なのである
六神をも超える力を持ったマルロが悪魔王となった場合、
世界に未曾有の災厄が訪れるのは間違いないだろう
それだけは阻止しなければならない……
よって、六神は介入すると決めたのだ
封印神法・六大星天は発動する
光翼は上空50メートルの六芒星に触れ、折れ曲がり、
潰されるように徐々に降下する
それを見たジーン達は、この場が危ないと判断し、
ジーンがサラとシャルルを両脇に抱き、ラピは彼女の背に乗る
現状、最速で移動できるのはジーンの障壁による移動だからだ
しかし、それは叶わなかった
どういう訳か障壁の操作が上手くいかない
「どうしてっ!?」
ジーンの慌てる声が皆を一気に不安にし、
迫る六芒星に押し潰される未来が脳裏にチラつく
『アスタロトッ! 何とかしてっ!』
声に出さなくていいはずのアスタロトの名を叫び、
ジーンがどれだけ慌てているか手に取るように分かる
だが、アスタロトは至って冷静に言葉を返す
……女、心配するでない、問題など無い、見ていろ
アスタロトの言葉で安堵したジーンは、
サラとシャルルを離し、背中のラピに降りるよう言う
「なんで逃げないの?」
サラが聞いてくるが、ジーンは額の汗を拭きながら、
少しでも冷静に見えるように答える
「アスタロトが大丈夫だって、見ていろだってさ」
そっか……と、サラは胸を撫で下ろす
横にいるシャルルもホッと息をもらしていた
……忌々しいクソじじめ……いつか見ていろ
アスタロトがそんな事を言っているが、
それが何の事なのか分からないジーンはあえて聞かなかった
そうこうしている間にも六芒星は降下を続け、
今では上空30メートルほどの位置まで下がっている
このまま封印は成功する、そう思った時……事は起きた
マルロの背から伸びる翼が急速に増えたのだ
12枚から22枚まで一気に増え、六芒星を押し返し始めていた
……チッ、20を超えたか……もはや六神程度では駄目だろうな
アスタロトが舌打ちをする
あの六神を"程度"と言ってしまう辺りが、
本当に悪魔王なんだなぁとジーンは思うが、
それ以上に聞きたい事があった
……ダメって、封印は失敗ってこと?
……あぁ、このままじゃ押し返されるな
……それって逃げた方がいい?
……好きにしろ、どこにいても同じようなものだからな
いや、待てよ……と、アスタロトは少し間を置いてから言葉を続ける
……光の主の元へ行け、そこが一番安全だ
……光の主? マルロちゃんのところ?
……マルロちゃんだか、マリネちゃんだか知らんが、そいつの元へ行け
……マしか合ってないけど?
……い・い・か・ら・行けっ!!
アスタロトがまだぶつぶつ言っているが、
ジーンは皆に事情を説明し、マルロの元へと急いだ
道中でリリムやドラスリア騎士団の2人と合流し、
最後にエインと合流して少女の元へと走る
「状況は理解しました」
リリムは皆から話を聞き、今どうするべきなのか考える
横目でマルロを見るが、少女は無表情で血の涙を流しているだけだ
ジーンが言う通り、マルロの目の前は安全地帯のようで、
光翼が襲ってくる気配はなく、
落下してくる瓦礫も光翼で消滅するため安全だ
とりあえず、落ち着いて考える時間はありそうだった
「えっと、ベリンダさんでしたっけ?」
「なぁに~?」
ベリンダは顔を赤らめ、興奮冷めやらぬ状態で返事をする
イエルを無視した時に比べれば落ち着いているようだ
「風の巫女ですよね」
「そうだけどぉ~?」
何とも能天気な声にリリムのやる気が削がれるが、
気を引き締めて立ち上がる
「私たち巫女も神々のお手伝いをしましょう!」
この場にいる巫女……リリム、ベリンダ、イエル、シャルルだ
マルロの状態があれなので、リリムの言う巫女とはこの4人だろう
「なにをするのぉ~?」
ベリンダが少し興味を持ったのか、
中空でくるりと回ってからリリムに近づく
その豊満な胸がぶるんと揺れるが、リリムは見なかった事にした
「皆さんは巫女だけが使える結界を使えますか?」
結界……何かを封じる時に使う魔法だが、
巫女だけが使えるものは通常の魔法の比ではない強固さだ
「アタシは分かんない」
真っ先に口を開いたのはシャルルだった
彼女は巫女になったばかりであり、
巫女の魔法は殆ど使えないと言っていい
「あたしゃできるよ」
イエルは自信たっぷりに言う
筋肉を見せつけるように力こぶを作り、ニッと笑ってみせていた
「わたしはぁ~、よく~、わかりませぇ~ん」
ベリンダのゆっくりな喋り方が、
この状況ではイライラさせられるが、
リリムはできるかできないかを知りたかっただけなので笑顔になる
「分かりました、結界を使えない2人には教えますね」
イエルさん、とリリムが言うと、
イエルは黙って頷き、シャルルの元へと向かった
私があの人かぁ……リリムは苦笑するが、
諦めてベリンダの元へと向かう
だが、リリムはベリンダという存在を舐めていた
ベリンダの魔法は特殊すぎて、リリムにも理解できなかった
魔法学が根本から違うようで、教えようにも教えられないのだ
「これは……困りました」
リリムが唸っていると、背後にいたエインが声をかける
「使ってみせてはどうだろうか?
俺がオエングス殿に習った時は無理矢理使わされたんだが……」
なるほど! と、リリムは手をポンっと叩き、
小規模の結界魔法を発動する
「安らぎの揺り籠」
発動した魔法をベリンダに見せ、こんな感じですと説明をする
すると、ベリンダは「なぁんだ~」と言って指を回し始めた
「6・4・2……ロロ・リーロ・ルー」
ベリンダの指先に、拳ほどの大きさの三角すいの結界が出現した
「ロロちゃんなのねぇ~、それなら~、できるわよぉ~」
ロロちゃんとは、ベリンダの中での結界魔法のことだ
リリムはどこから突っ込んでいいのか分からなくなり、
大きなため息を吐いてから姿勢を正す
「それです! それの上位もできますか?」
「できるわよぉ~♪ 6・4・2・8……」
「あ! 今はいいです! 待ってください!」
そう? と少し寂しそうに指を引っ込めるベリンダに、
リリムは再び深いため息をもらす
それからイエルの方へと目を向けると、
丁度シャルルが結界魔法を発動したところのようだった
「この子は筋がいいさね」
イエルが親指を立てて二カッと笑うと、
それを真似てシャルルも親指を立てて笑う
これなら行ける!……リリムはグッと拳を握り、
再びマルロへと目を向ける
少女は無表情のまま赤い涙を流し、虚空を見つめている
そんな少女の頭上には徐々に輪になろうとしている結晶があった
見慣れない"それ"をリリムは注意深く見るが、
ジーンがリリムの目を手で覆う
「あまり直視しない方がいい、目が潰れる」
「そうなのですか?」
なぜ知っているのだろうと不思議に思ったリリムは、
彼女に問うが、その答えは明確かつ納得のいくものだった
「私の中の悪魔王アスタロトがそう言ってる」
「なるほど……」
つい、もう1度見ようとしてしまうのを何とか止め、
シャルルの結界魔法が安定するまで大人しくしていようと決める
「アスタロトが、この輪が完成したら世界の終わりって言ってる」
『えぇっ!?』
いきなりとんでもない事実が飛び出し、
素っ頓狂な声を上げて驚くリリムは目をぱちくりしてジーンを見ていた
「私は知らないわよ、アスタロトがそう言ってるだけ」
そうは言われてもあの悪魔王の言う事だ、見過ごせない
自分たちが知らない知識を持っているのは間違いない
「巫女の皆さん、少しいいですか」
リリムは何かを決めたように真剣な表情になり、
巫女たちを集めて口を開く
「私たちの力ではマルロちゃんを抑える事は不可能です」
「だろうね」
イエルが当然だとでも言いたげだ
それには皆が頷いていた
「はい、ですから彼女のここ……輪だけを封じます」
リリムが指差す先にあるのは、マルロの頭上に輝く半月状の結晶
それは、徐々にだが輪になろうとしているのが見て分かる
「輪が完成したら終わりってのを信じるのかい」
イエルの言葉はもっともだ、
言っているのは本来は敵である悪魔王だけなのだから
「私はアスタロトさんを信じようと思います」
だが、リリムは即答した
その自信がどこからくるのかは分からないが、
彼女のその意思の強さに皆が頷く
「4人の巫女の力を合わせて、四象結界を張ります」
四象結界……伝承に出てくる結界魔法の1つである
巫女が4人揃わないと発動できない魔法であり、
事実上、実現不可能な魔法の類とされていた
「今回はシャルルさんが結界魔法に慣れてない事もあり、
ごくごく小規模の四象結界を張りたいと思っています」
「ごめんね、アタシが足引っ張って……」
シャルルが申し訳なさそうに頭を下げると、
リリムは慌てて駆け寄り、顔を上げさせる
「いえいえ! この短時間で発動できただけでもすごいです!」
私なんて幼い頃に1ヶ月もかかったんですから、と彼女は言う
「四象結界は3人ではダメなんです
絶対に4人の巫女が必要なので、発動できただけで十分なんです」
これは、シャルルを安心させるために言っているのではない
リリムはこの伝承にのみ残る結界魔法について熟知しているのだ
なぜ彼女がそこまで結界魔法に詳しいのか……
それは、彼女が"死の巫女"であるがためである
彼女の魔法の大半は相手を殺すか、何かを破壊する魔法だ
幼い頃の彼女はそれが嫌で嫌で仕方なかった
そのため、リリムは破壊以外の魔法を必死に学んだのだ
チラリと空を見上げると、神々の作り出した六芒星は、
上空40メートル辺りまで押し戻されており、
もう時間が無いと判断したリリムは結界魔法の準備に入る
「巫女以外の方は下がっていてください」
エイン、アシュ、プララー、サラ、ジーン、ラピは距離を取り、
これから始まる巫女達の魔法に、僅かな恐れと期待の眼差しを向けていた
「あ、待って、アタシもう魔力ないよ」
突然シャルルがそう言うが、
ベリンダが笑顔でシャルルの元へ飛んでゆく
「はぁ~い♪」
ベリンダがシャルルの顔を指で撫でると、
シャルルの尻尾はボワッと膨らみ、耳はピーンと立つ
「にょぇっ……って、あれ?」
シャルルが内から湧き上がる魔力に気づき、
どうして? と困惑していると、ベリンダはウィンクをして離れた
「え、え??? 魔力の譲渡?」
軽いパニックになっているシャルルに、
ベリンダは笑顔で頷くと、シャルルの目が輝いた
「すごい! 後で教えて!!」
「ふふふ、いいわよぉ~♪」
教えを乞われるなど初めてのベリンダは満面の笑みで答える
しかもそれが自分と同じ巫女なのだ、これほど愉快なことはない
「準備はいいですか?」
リリムの掛け声に巫女たちは頷く
そして、4人の巫女はマルロの眼前へと立ち、
手と手を取り合い瞳を閉じる
「万物の母たる四象の楔」
今、4人の巫女による四象結界が発動する
世界に選ばれし4人の巫女が手を取り合い、
たった1人の少女を救うため、力を合わせる
そして、世界に新たな神が誕生する
カナラン編、というかマルロ編、
英語タイトルの三部作を最後までお楽しみください!




