5章 第25話 御神槌
【御神槌】
イエル達は燃え盛る聖都コムラーヴェを駆ける
辺りには逃げ遅れた人々の死体が無数にあり、
死の臭いが充満した聖都は地獄と呼んでも過言ではなかった
だが、イエルの姿を見た生存者達からは歓声が上がる
巫女様が来てくれた、何とかしてくださる……
そんな期待の眼差しを向けていた
イエルはそういった期待が嫌いではない
自分にはその力が、神から授かった巫女の力がある
それこそ自分の役目だと胸を張って言えるのだ
走りながらも家々の火を集めて鎮火して行く姿を、
後ろを走るニールとリグレットは見ていた
生存者達が期待の眼差しを向けるのも無理はない
巫女という存在はそれほどに別格だった
今、イエルの遥か頭上には直径10メートルにもなる火球がある
燃え盛る家々を鎮火するために集めた火を貯蔵しているのだ
これは後で戦闘に流用するためである
悪魔は火の耐性が高いため、イエルの属性では相性が悪い
そのため、高位魔法でしか対処が出来ないため、
魔力の消耗という点で不安が残る
彼女は火を消すのではなく奪っている
もちろん狙ってだが、結果的に鎮火しているというだけなのである
そして、その火を流用する事で長期戦にも対応するというわけだ
巫女となって月日が長く、実戦経験も豊富なイエルだからこそ、
即座にこの状況を利用する戦術を選んだのだ
火の巫女の姿を後ろから見ている2人は、
自分たちが相手にしようとしていた巫女という存在を、
少々下に見積もりすぎていたのではないかと考えていた
先の戦いで体験した死の巫女の力……
あれでも彼女は本気とは言えなかっただろう
今、目の前にいる火の巫女の実力を見れば明らかだ
上空の巨大な火球を見て思う、火の巫女ですらこれなのだ、
巫女の中で最強と謳われる死の巫女があの程度なはずがない
そう思うだけで背筋に嫌な汗が流れる気がした
そうこうしていると、3人は三叉路へとたどり着く
別のルートから来たエイグットは先に待っており、
ワニ頭の下位悪魔の頭をねじ切っているところだった
「エイグット!」
リグレットの人形のように美しい顔に笑みが戻り、
彼へと駆け寄ると、悪魔の返り血まみれの彼が振り向く
その姿はイエルからしたら悍ましいものだが、
リグレットにとっては愛しい弟なのである
彼女はそのまま弟へと抱きつき、怪我は無いかと調べていた
エイグットは姉の頭を撫で、引きつった笑みを返す
その笑顔にニールも釣られて笑顔になり、
ミョルニルの3人は再会を喜んでいた
「お楽しみのところ悪いんだがね、急ぐよ」
イエルの一言で3人は頷いて走り出す
丁度その時、前方100メートルほどのところで、
建物が炸裂するように爆発し、業火の中から巨大な悪魔が姿を現す
全長6メートル近くはあるだろうか
獅子のような顔と、6本の腕が印象的な悪魔だった
「なンだい、ありャ……マジもんのバケモノじゃナいカ」
ニールが愚痴をこぼしながらも大槌を構えると、
彼女をイエルが手で制し、右端の口角を上げて親指で上を指す
なるほど、あれを使うってわけね
察したニールは構えは解かないが走り出す事はなかった
リグレットが上空の火球に目をやると、
火球はうねり、形を変えてゆく……
「オー、オー、オオ、オー、オー……」
まるで賛美歌のような歌をイエルが口ずさむ
突然どうしたんだ? とニール達は驚いたが、
それが詠唱の一部である事を理解した
彼女の歌声に合わせて火球は形を変え、
彼女の言葉に従うように動き始める
「御神槌よ、天誅を下せ……ファイロ・タンブーロ!」
火球は巨大な槌へと姿を変え、空中でぐるりと回り始める
そして、イエルの詠唱が終えると同時に回転したまま飛んで行き、
巨大な悪魔……第五位階ブエルへと迫った
ファイロ・タンブーロがブエルの頭部へと命中し、
大きくよろめいたブエルはそのまま家を破壊しながら倒れる
そこへイエルが両手を天高く掲げ、一気に振り下ろす
『爆ぜなッ!!』
ファイロ・タンブーロは大きく振りかぶってから、
高速でブエルへと叩き込まれ、爆発、炎上した
その爆風は尋常ではなく、100メートル離れた彼女達にも届く
火災により脆くなっていた周囲の家屋は倒壊し、
銅鑼でも鳴らしたかのような轟音がコムラーヴェ全体へと響き渡る
火柱は20メートル以上にもなり、
近寄る事すらままならない熱風が押し寄せてくる
ニール達は目を細めながらその光景を見ており、
巫女という存在の評価を跳ね上げざるを得なかった
・・・・・
・・・
・
エイン達が聖都コムラーヴェに到着するが、
中に入ろうにも、入り口から溢れ出る住民たちに押し戻されていた
馬車のままでは無理だと判断した彼らは、
徒歩で人々の波を避け、隅の方を少しずつ進んで行く
乗り捨てた馬車は逃げ惑う住民たちに一瞬で奪われ、
既にその姿は見えなくなっていた
聖都を囲む壁の外には火災の煙を眺めて呆然とする者や、
涙する者、はぐれた家族を探す者、火傷により苦しむ者、
負傷者を治療する者、動かなくなった家族にすがる者、
どんな形であれ、絶望という色に染められた者達が溢れ返っていた
大混乱の聖都は、門を抜けると顔をしかめてしまう熱が押し寄せてくる
壁に囲まれたこの街では、熱がこもってしまい、
火の入ってる窯の中にでもいるような暑さだった
もわっとした何かが焼ける臭いが鼻に届き、
熱と臭いから不快感が増してゆく
「……ひどい」
リリムが口を手で押さえながらこの凄惨な光景を見ている
彼女は死の巫女として、この理不尽な死に溢れた状況に何を思うのだろうか
「はぐれないように着いて来てくれ」
エインが先頭を歩き、その後ろにリリム、
アシュとプララーと続き、最後尾に赤狼のラングリットとオズワイドが続く
アシュは早く戦いたくてうずうずしている様子で、
今にも走り出してしまいそうな彼の襟首をプララーが掴んでいる
ラングリットとオズワイドは落ち着いた様子で、
ヘルムのバイザーを上げたまま燃え盛る街を見ていた
リリムは錫杖型の御神木のショートワンドを強く握り締め、
歩きながら瞳を閉じて魔力感知をすると、
上空の神々の強大な魔力が邪魔をして正確な位置は分からないが、
4人の巫女とジーンと思われる魔力を感知する
ジーンの魔力は神々に匹敵するため、街の外からでも分かってはいたが、
彼女のすぐ側に強力な魔力の反応があった……おそらく悪魔の首領だろう
その他にも数箇所から強めの反応を感じるが、
この禍々しい感覚は中位悪魔のものだろう
そこで彼女はエインを呼び止めた
「エイン、少し待ってください」
彼が立ち止まるの確認してからリリムは続ける
「一番強い魔力にはハーフブリードの方達が当たっているようです」
「彼らがいるのか」
エインは少し驚いた顔をして考え込むが、
リリムの話は終わっておらず、彼女の言葉を待った
「他の巫女たちも来ているようです、
1人はハーフブリードの方に向かっているようですね」
「あらやだ、すごい事になってるのね」
プララーが驚いているのか分からない態度で言うが、
内心は穏やかではない……生の魔法使いである彼も分かるのだ
この先にいる悪魔の尋常ならざる魔力量が……
「俺たちじゃ小物がいいとこだぞ」
アシュがそんな事を言い、プララーは目を丸くする
彼が自分の力量を理解した発言をしたからだ
「どうすんだよ……たいちょーさんよぉ」
その言葉はエインへと向けたものだった
不意に隊長と呼ばれ驚いたエインは言葉に詰まる……が、
すぐに作戦を口にした
「アシュ、プララーは俺と共にリリムをカバーする、
赤狼の2人は好きに動いてもらって構わない、頼めますか?」
「「御意」」
赤狼の2人は頷き、即座に行動に移ってゆく
彼らが去った後、エインはリリムへと目を向けて言う
「リリムはどうしたい?」
「えっと、あの……他の巫女と合流していいですか?」
「了解だ、アシュとプララーもそれでいいな?」
「おう」 「えぇ」
目的が決まった事により、彼らも動き出す
リリムが感知した一番近い巫女……水の巫女シャルルの元へ
しかし、動き出してみて分かった事がある
近いと言っても火災は街中に広がっているため、
倒壊した建物や広がる炎で思うように進めないのだ
聖都の一番大きな道……六神広場へと続く中央通りは、
何かの攻撃によるものなのか、完全に破壊されている
そこから火災が発生したのか、既に燃え尽きた後の家もあった
ここを通れれば早いのだが、そうもいかない
道がえぐれ、まともに歩ける状態ではないからだ
とてつもない威力の攻撃があった証拠だろう
中央通りを迂回しながら進むと、
破壊された事により視界が通り、教会の一部が目に入る
教会もまた一部崩壊してはいるが、七色の光に包まれていた
「あれは……」
「話で聞いたラピさんの妖精でしょうか」
「おそらく……あそこにハーフブリードが」
エインは銀の腕に力を込め、腰にさす風斬りの長剣に手を添える
自分の力でどうにか出来る相手だといいのだが……
エインは先の戦いで本物のバケモノと出会った
その名はタイセイ、人智を越えし者……半神だ
あのレベルが出て来られたら俺にはどうしようもない
自分の非力さ、無力さを痛感し、歯を噛みしめていると、
リリムはそっと銀の腕に触れ、微笑んでいた
「大丈夫です、エインは1人じゃない」
彼女はそう言って後ろにいる2人にも視線を向ける
「そうだな……ありがとう、リリム」
「いえいえ」
照れるように手を前で振りながら頬を染めていると、
突然彼女の表情は険しいものに変わり、
ショートワンドを構え、先端についている鈴がシャンっと鳴る
その1秒後、倒壊しかけていた燃え盛る建物から、
ワニの顔を持つ悪魔が姿を現した
即座に抜剣したエインが剣を抜いた勢いで一撃を入れる
しかし、その皮膚は硬く、傷は浅かった
「滅びの理よ……」
リリムの詠唱が終え、黒い玉が出現する
彼女はその玉を両手を広げることで引き伸ばし、そのまま悪魔へと走る
ワニの悪魔が大口をあけて待ち構えると、
リリムは姿勢を低くし、悪魔の股下をスライディングで通り抜けた
そして、通り抜けると同時に悪魔の両足は切断される
倒れた悪魔の脳天をアシュが全体重を使って貫き、
ぐりぐりとひねってトドメを刺していた
「いたた」
リリムが太腿をさすりながら立ち上がると、
彼女の裏腿からは血が流れていた
それを見たプララーがすぐに治療する
「リリム、あまり無茶をしないでくれ」
エインは心配そうにそう言うが、
リリムは「このくらいへっちゃらです」と笑って言うと、
エインは困り顔でため息をもらしていた
そうこうしながら彼らは進み、やっと目的の巫女へと辿り着く
そこで彼らが見たのはおびただしい数の悪魔の死体だった
2人のハーフキャットが息を荒くしながら背中合わせに立っている
周りには悪魔の群れが8体いるが、転がっている数はその3倍はいるだろうか
これをたった2人でやったのか……
いくら巫女がついているとは言え、自分に出来るだろうか?
エインは想像してみるが、あまりいい答えは出なかった
『加勢する!』
嫌なイメージを振り払うようにエインが先頭を走り、
アシュとプララーが続き、リリムはその場から詠唱を始める
2人のハーフキャット……サラとシャルルは街中を駆け回り、
数十という人々を救い、数十という悪魔を倒していた
彼女たちの働きを快く思わなかった悪魔の中隊長は、
先にこの2人を倒すよう命令を出した
その結果、彼女たちは36体の悪魔に囲まれ、
健闘していたが疲労も限界に達しそうな状況だった
そんな時にエイン達が援護に来てくれたのだ
『ホント助かるッ!』
シャルルが満面の笑みでそう答えると、
エインは口角を少しだけ上げ、1体の悪魔に突きを放つ
彼の突きは悪魔の腹部を貫き、
剣を銀の右手に持ち替えたエインは全力で振り上げる
悪魔の腹部は大きく裂け、臓物がこぼれて倒れた
そこへエインはトドメを入れ、次の目標へと向かっていた
アシュはエインの右の悪魔を狙い、突きの連打を放つ
「オラオラオラオラオラー!!」
アシュの攻撃は致命傷にはならないが、牽制にはなっていた
そんなアシュの背中を守る位置にプララーは陣取り、
同時にリリムをカバー出来る位置をキープしている
彼らの戦いを見てサラとシャルルは互いに目を合わせて無言で頷く
「負けてッ!」
「られないっ」
シャルルの水の刃が悪魔の左足を切断し、
バランスの崩れた悪魔の首筋をサラが斬る
一撃で倒せるほどの威力はないが、2人の連携は完璧だった
そして、ハーフキャットという人間を超えた身体能力により、
次々と悪魔を屠ってゆく
「……這い寄る闇の手」
リリムの魔力が膨れ上がり、錫杖がシャンっと鳴る
すると、リリムの足元から黒い影が伸び、
影に触れた2体の悪魔が闇に引きずり込まれてゆく
脱出しようと必死にもがくが、影から無数の黒い手が現れ、
悪魔を離さぬようしがみつく……そして、2体の悪魔は影へと消える
あっという間に8体の悪魔を倒し、それぞれが呼吸を整えていた
「ありがと、助かったよー」
シャルルが改めてお礼を言うとリリムは笑顔で返した
サラも小声でお礼を言っていたが、
おそらく聞こえたのはシャルルだけだろう
倒した36体のすべてが下位悪魔だった
悪魔について詳しい者がいないため、
この悪魔達に命令を下した者がいない事に気づいている者はいない
サラとシャルルに詳しく状況を聞くが、
彼女たちの話は信じられないものだった
大司教エレアザル・オシニスが悪魔を召喚し、
自ら悪魔と化し、死んだというのだ
更に、教会は子どもたちを生贄にも使っていたという……
「そんな……ひどすぎる……」
リリムは涙すら浮かべて驚いている
「坊さんなんてそんなもんだろ」
アシュは平然とそんな事を言い、プララーに怒られていた
「では、悪魔の報復ということですか?」
エインが2人のハーフキャットに問うが、
彼女たちも分からないのだ、答えられるはずがない
「とにかく、他の巫女様とも合流しましょう」
エインが話を切り上げて移動を始めようとすると……
「アタシ達はまだ逃げ遅れた人がいないか見てくるよ」
シャルルがそう言い、サラはその横で頷いている
エインはどうしたものかと考えたが、ここで議論しても時間が勿体ない
「わかりました……ですが、今回の敵は強大です
なるべく巫女様は集まってくださると助かります」
「は~い」
シャルルの気の抜けた返事に一瞬不安になるが、
彼女たちの実力ならば大丈夫だろうと判断して2人を置いて先を急いだ
「あ、もし逃げ遅れてる人がいたら教会に集めて!」
去ろうとしたところシャルルがそう言って親指を立てる
リリムが元気よく「はい!」と返事をして走り出した
「いいの? シャルル」
「ん?」
エイン達を見送ってからサラが口を開く
「巫女は集まった方がいいって言ってたけど」
「わかってるけど、ん~……助けられる人がいるなら助けたいじゃん」
そう言うシャルルはどこかシルトとかぶって見えた
サラはクスッと小さく笑い「そうだね」と返す
「なんで笑ったー!?」
「ふふっ……ううん、私たち……シルトさんと家族だなって思って」
サラが笑いながら言うと、
シャルルは考え込むが意味が分からない
だが、悪い意味じゃないのは分かったから笑顔になった
「そっか! よーし、もうちょっとがんばろー!」
「おー」
仲良く拳を掲げる2人の背後に1体の悪魔が忍び寄る
彼女たちはまだそれに気づいていない
聖都コムラーヴェの美しい街並みは今は見る影もない
炎と悲鳴がこだまする地獄と化した街で、
忍び寄る影は獲物を狙って息を潜める
「……見つけたぞ」




