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カタクリズム:中編  作者: ウナ
烏合の讃歌
47/72

5章 第23話 烏賊骨

【烏賊骨】







「それでは、神聖な儀式を始めましょう」


エレアザルの一言で信徒たちは動き始めた

円陣を組むように祭壇の周りに膝をつき、祈りの言葉を捧げる


「バズビ、パザーブ、ラック、レク、キャリエス、オゼベッド、

 ナ、チャック、オン、エアモ、エウア、エウア、

 エーウーアー、チョット、テマ、ヤナ、ザハリオウス」


何度も地面に額をこすりつけ、

中央にいるエレアザルを崇めるように祈りの言葉は続く


「来たれ、煉獄を抜け出しし者、十字路を支配するものよ

 汝、夜を旅する者、昼の敵、闇の盟友にして同伴者よ」


その様子を物陰から伺っているサラたちは、

ひそひそ声で作戦を練っている


「サラが仕掛けて混乱させて、その後に私が制圧するから」


「うん、逃げるように外周を攻めればいいかな?」


ジーンが頷き、サラは儀式場を見渡す

頭の中でルートのイメージを作り、それを何度か繰り返してから頷いた


「シャルルは灯りと援護を、ラピはサラが出てから強化を」


「「りょーかいっ」」


シャルルが親指を上げ、ニカッと笑ってみせる

それに倣うようにラピも同じポーズをしてみせた


「犬の遠吠え、流された血を喜ぶ者、

 闇の中墓場を彷徨う者よ、数多の人に恐怖を抱かしめる者よ」


祈りは続いている、あまりゆっくりはしていられない

念のため作戦を再確認し、シャルルが手を差し出す


「にししっ」


彼女の笑顔で皆が手を重ね、離すと同時に顔から笑顔は消えた


「ゴルゴン…モルモン…

 千の顔を持つ月の庇護のもとに、我らと契約を結ば……」


『生命の輝きをッ!』


祈りが終わる間際、シャルルの魔法が発動すると同時にサラは仕掛けた

突然室内に強烈な光源が発生し、信徒たちは眩しさに目を瞑る

その光を背にサラは走った


飛び出したサラは円形に並ぶ柱の外周を回りながら、

信徒たちの持つ儀式用の短剣を狙う

手に持つ者ならば手首を狙い、

腰に差している者ならば腰紐を斬り、落ちた短剣は蹴飛ばす


信徒たちの目が慣れるまでこれを繰り返し、

既に7人の短剣を部屋の隅に蹴飛ばしていた


サラの存在に気づいた信徒たちは彼女を囲む、

先ほどと同じように力でねじ伏せようという考えだ

だが、今回はそうはいかなかった


「エペタム、いっけー!」


ラピの呼び出した雷を纏う狼、聖獣エペタムが吠える

中空に浮かぶエペタムから雷が落ち、それはサラの背に刺さった

一瞬で全身から力がみなぎり、彼女の動きは加速する


取り押さえようとした男達の手をすり抜け、

壁を蹴り、くるりと回った彼女はそのまま蹴りを入れ、

2人の信徒を倒しながら着地し、剣を鞘へと収める


そこへ信徒たちは一斉に短剣の突きを放つが、

地を這うように猛スピードで駆ける彼女に追いつける者などいない

サラは男達をかわしながら進み、時に壁を蹴り、時に壁を走った


その常人ならざる動きに信徒たちから動揺が走るが、

エレアザルの一言で彼等の目から不安は消え去る事となる


「我らには神々がついています」


たったその一言で信徒たちの目つきは変わり、

格上の相手と分かっているはずだが、恐れずに襲い掛かった

まるで何かに操られているかのようなその表情に、

サラはわずかに恐怖する……


どうしてそこまで信じられるのだろう

どうしてそこまで出来るのだろう

どうしてそこまで残酷になれるのだろう


様々な"どうして"が彼女の中に渦巻くが、今は集中しなくてはいけない

いくらスピードが上と言っても数が数だ、

一瞬でも油断すれば捕まってしまう


サラの動きに翻弄される信徒たちが、

あちこちに散らばり始め、徐々に彼女を追い詰めてゆく


だが、それはジーンの狙い通りだった

サラは暴れまわることで視線を釘付けにしていた

そのため、ジーンが近寄るのを気づいた者はここにはいない


突如背後から爆音がし、弾け飛んだ柱の欠片が信徒を襲う

12本あった柱の2本は炸裂し、左右に倒れる

砂埃が上がり、視界は悪くなるが、中心に人影が見えた

それこそジーンであり、彼女はエレアザルの背後に立っていた


背後からの爆音に驚いたエレアザルは咄嗟に屈むが、

背後から迫るおぞましい気配に振り向こうとした……


「動かないで」


ジーンの一言でエレアザルの顔が止まる

まるで蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動けず、

全身から噴き出る嫌な汗でローブは色を変えてゆく


この場にいた全員がジーンに注目し、

そして、その存在に膝をついた

中には泡をふいて倒れる者もおり、失禁する者までいる始末だ


彼女は魔力の一部を開放している

その波動は部屋中に広がり、物理的な圧力さえ感じるほどだ

この場にいた者達はこれほどの魔力を直接感じた事など無い

今のジーンが放つ魔力は巫女の2倍程度はあるからだ


このくらいなら国中には広がらないでしょ


ジーンはそう考え、脅すために魔力の一部を開放したが、

予想以上の効き目に笑みがこぼれていた


「それが……悪魔の力ですかな」


背を向けたままのエレアザルがギュッと拳を作りながら言う

その手はぷるぷると震えており、それを見たジーンはニヤける


「そうだけど?」


エレアザルの拳の震えは徐々に強まり、次第に肩まで震え出す

そして、彼は高らかに笑い始めた


『素晴らしいっ! やはり私は間違ってなどいなかったっ!』


豹変した老人に若干引いていると、

エレアザルはペナンガンの杖を掲げる


「動かないで」


ジーンの警告を無視し、エレアザルは杖を振り下ろした

その先には祭壇に寝かされていた少年がおり、

少年の胸は杖に貫かれ、その血は辺りに飛び散り、

杖は血を吸い上げ赤く赤く染まってゆく


「まずは貴女を越えねばなりません」


エレアザルが歯茎を見せる笑顔で振り向き、

ケタケタと肩を震わせ笑っていた

その姿は狂気に堕ちた人のそれであり、ジーンはため息をもらす


「予定より少々足りませんがいいでしょう……、

 貴女を越える程度ならこのくらいで足りるでしょう」


少年から引き抜かれたペナンガンの杖は、

大量の血を吸い上げて赤く染まっている

そして、少年の血は溝に流れ、魔法陣は完成していた


『シャルルッ!』


少年の姿を見たジーンが叫ぶ


『分かってる!』


既に走り始めていたシャルルは、

片手に青い炎をまとっている……生の灯火の炎だ


勢いをつけてからジャンプし、

倒れていた柱を踏み台にして一気に祭壇まで飛ぶ

着地と同時に少年の胸に生の灯火を押し当て、連続で詠唱を始めた


「癒やしの息吹よ」


ふぅ~と淡い緑色の息を吹きかけ、次の詠唱へと移る


「魂の再生ッ!」


生の魔法の中でも上位に入る回復魔法である

まばゆい光が彼女の両手に集まり、

その光を吸収した彼女の両手は白く輝く


そんなシャルルを邪魔しようとしたのはエレアザルだった

老人とは思えない速度で杖を横に振り、

ペナンガンの杖がシャルルへと迫っていた

だが、その杖は見えない壁に阻まれて止まる


目を丸くしたエレアザルは背後の存在へと目を向けた

彼の予想は正解である、今の彼の攻撃を止めたのはジーンだ

舌打ちをしたエレアザルは即座に狙いを変える

ペナンガンの杖で少年の腕を刺したのだ


『じじぃッ!』


シャルルが怒りをあらわにし、尻尾はぴんと立ち上がる

だが、治療中のため動くことは出来ない

目だけでジーンに合図を出すと、彼女は無言で応えた

ペナンガンの杖は何かに弾かれ、その勢いでエレアザルは倒れる


「動かないで、次は殺すわよ」


ジーンの真紅の瞳がエレアザルを見下ろす

だが、この老人の心はまだ折れていない

圧倒的力の差などエレアザルには関係ないのだ


ペナンガンの杖を拾い、杖で身体を支えながら立ち上がると、

ローブの袖がめくれ、老人の枯れ木のような腕があらわになった

その腕には複雑な紋様が刻まれている……それも無数に、だ

その瞬間、ジーンの中から声が響く


……おい、女


……なに? 今忙しいんだけど


……そこの老いぼれ、やらかす気だぞ


……なにを?


……すぐに分かる


アスタロトは静かになり、一瞬だが室内に静寂が訪れた

その時、シャルルの治療だけでは間に合わず、少年が息を引き取る

エレアザルはその時を待っていた


ペナンガンの杖から異様な魔力が溢れ、

全魔力は地面に血で描かれた魔法陣へと注がれる


「現われよ、エシュ・レグバ」


エレアザルの一言で魔法陣は光り出す


『ッ! 駄目! 間違ってるっ!』


何かに気づいたジーンが叫ぶが、

既に悪魔召喚の術式は発動してしまっていた


血で描かれた魔法陣が発光し始め、

ペナンガンの杖から流れ出た魔力は室内を満たしてゆく

その濃密な死の魔力は心の弱い者を蝕み、狂気の底へと落とす


『皆、魔法陣から出て!』


多くの信徒たちは膝をつき、涎を垂らして白目をむく

ハーフブリード達は即座にその場を離れ、

部屋の隅でこれから何が起きるのか様子を伺っていた


膝をついた信徒たちがガクガクと震え始め、

顔中に血管が浮き出て鼻血を垂らし、目や耳からも血が流れた

彼等の血は魔法陣に吸い込まれ、次々に倒れてゆく


あまりにも濃密な死の魔力に、

ラピがディナ・シーを召喚し鱗粉による結界を張ると、

彼女たちの周りだけは空気が変わり、

無事だった信徒たちもディナ・シーの領域に避難する


もはや彼等に戦意はなく、放っておいても問題ないだろう

それほどの光景が目の前で起きていた


正気を失い、血を流しながら倒れた信徒たちは、

ドロドロに溶けて形をなくし、地面に吸い込まれるように消えていた

そこに残っているのはローブなどの身につけていた物だけだ


この壮絶な光景の中心にはエレアザル・オシニスがいる

魔力の渦と化している部屋の中心で、杖を支えに必死に立っていた


「ジーン、どうなってるの」


「見ない方がいいと思うよ」


ジーンの言う意味が分からずシャルルは首を傾げるが、

彼女の言う事ならばと、ジーン以外はエレアザルに背を向けた


ジーンはこの部屋に来てから柱の1つ1つや、

地面に描かれた魔法陣に注目していた

その結果、分かった事がある


よく調べていると関心したくらいだが、一部の術式に間違いがあったのだ

それは、ジーンが悪魔召喚の研究をしていた時に躓いた部分で、

記されている書物が古代エルフ文字で書かれており、

幾通りかの解釈が出来るため、答えが曖昧だったのだ


だが、ジーンはラピからエルフの秘術書を貰い受けた

この本を手に入れたからこそ、ジーンは悪魔召喚を成功させたのである

そして、この間違いに気づかず術式を発動した場合……


突然、エレアザルの身体が膨れ上がり変形してゆく

片目は飛び出し、ゴキュッゴキュッと嫌な音を立てている


魔力を制御出来ていないのだ


膨大な魔力を必要とする悪魔召喚魔法とは、

別世界へと繋がる異界の門と、悪魔を縛る契約の鎖を召喚する魔法である

この時に必要な魔力は個人の用意出来る量ではなく、

一級品の触媒の類が必要となる


その全魔力を使わなくてはこの2つを召喚する事は叶わない

エレアザルはそこを間違えているのだ

彼の術式では異界の門すら開けるか怪しく、

仮に開いたとしても契約の鎖が無いため制御など不可能だろう


ジーンが失敗したのは呼び出してしまった存在が強大すぎただけで、

術式としては正しかったのだ


全魔力を魔法陣に注ぎ込み、門と鎖を召喚するのが正しいが、

この術式では一部の魔力しか魔法陣に注がれず、

残りは自身へと集まってしまうだろう


その結果が、エレアザルの肉体の変化だ


魔力に耐えられずに変異してしまったのだろう

ジーンはそう思い、これから肉体が炸裂するであろう事を予想し、

シャルルたちに見ない方がいいと言ったのだ


しかし、次の瞬間……ジーンの予想していなかった事が起こる


一瞬で魔力の質が変わったのだ

先ほどまでの濃い死の魔力ではなく、

肌にまとわりつくような、重い魔力に変化していた


エレアザルの肉体の変異は続いているが、その口元には笑みすら見える

片目が飛び出していることもあり、かなり不気味な笑顔だが、

ジーンはそんな事よりもこの魔力の変化が気になっていた


……アスタロト


……なんだ


……何が起こってるか分かる?


……無論だ


……説明してくれない?


……見ていれば分かる、そろそろだぞ


アスタロトがそう言うと同時に、

エレアザルの肉体の変異速度が急速に早まり、

ローブから何本も触手が顔を出し、こめかみ辺りからは角が生えた


「え、これって……」


ジーンが驚いたのも無理はない

エレアザルは悪魔召喚魔法に失敗したはずだが、

自身と悪魔を融合するという別の魔法が発動しているからだ


これに近い魔法は数種類ある

聖獣召喚魔法の一部だが、聖獣を自身に降ろし、

半獣化して身体能力を大幅に上げる魔法だ


しかし、魔法使用後の反動が厳しく、

一般的には使う人はいないと言っていい

エルフが見た目が変化するのを嫌うという理由もあるが……


「面白いわね」


エレアザルの周囲に渦巻く魔力は彼へと吸い込まれ、

変異は最終段階へと入ったようだった


背の高い儀式用の帽子は落ち、

彼の頭は形を変え、2本の曲がりくねった角が生え、

顔は人とも山羊とも言えるものへと変わり果て、

10本の触手がローブから飛び出し、うねうねと動き回っている


「ゲゲゲゲ……ギギ……これは素晴らしい」


最初こそ正気を失っていそうだったが、

次第に落ち着き、エレアザルは人の言葉を話し始める


「これが悪魔、これが神の力!」


内から溢れ出る強大な魔力に喜びを隠そうともせず、

元老人はゲラゲラと笑いながら魔力を放出し続ける

その量は巫女の2~3倍くらいはあるだろうか


確かに一般人からすれば途方もない魔力だが、

今目の前に立っているのは四神をも超える魔力を持つジーンだ

この程度の魔力で恐れる理由はなく、彼女は笑みすら浮かべていた


「我が名はビフロン……ビフロン?」


エレアザルだった者が自問自答している

どうやら完全に制御出来ている訳ではなさそうだ

そして、呼び出すはずだった悪魔の名が違っている

エレアザルが呼び出そうとしていたのは「エシュ・レグバ」だ


どうしてそうなったのかは分からないが、

今彼の中にいる悪魔は「ビフロン」というらしい


……アスタロト


……なんだ


……ビフロンって強い?


……ふんっ、胸糞悪い奴の配下にそんなのがいたな


……で、強いの?


……第5位階の雑魚だ、話にもならん


……そっか


第5位階と言うと"あの"アモンと同等という事になる

当時の自分なら恐れていただろうが、今の自分には悪魔王の力がある

アスタロトの言う通り、まさしく雑魚であろう


自身の変化にクスッと笑みがこぼれる

あの頃、喉から手が出るほど欲しかったものを今は手にしているのだ

ジーンは忘れかけていた渇望を思い出し、今という幸運に感謝する


「私らしくないわね」


そんな呟きとともに、彼女は障壁を操作する

どんな攻撃が来ても対応出来るように4枚を左右に展開したのだ


「もう見ていい~?」


ラピが両手で目を覆ったまま言うと、

ジーンは忘れてたと手をポンッと叩いて答える


「大丈夫よ、少し面白いことになってるけどね」


皆が振り向くと、そこには悪魔と化したエレアザルがいた

白い高級な生地のローブからぬめりのある触手が伸び、

顔はもはや人とは言えないものとなっている


「あわわわ、すごいことに」


ラピが手足をジタバタとさせて慌てるが、

その横でサラとシャルルは苦虫でも噛んだ顔をしている


「キモっ……」


「ね……」


信徒たちからは動揺の声がもれるが、一部の者は歓声を上げる

すると、エレアザルから伸びる触手の1本が、

歓声を上げた者の口に勢いよく突っ込まれ、

一瞬で皮と骨だけの姿へと変貌を遂げ、触手は戻ってゆく……


「うげ……なに今の、吸ったの?」


シャルルが先ほどよりも渋い顔をして言うと、

ジーンが頷き「多分ね」と付け足していた


「ひっひっひ、この力! 私は神になったぞ!!」


手に入れたばかりの玩具で遊ぶ子供のように、

エレアザルはその力を行使し、力に酔っているようだった

いい加減見飽きたジーンは1歩前へと出る


「その程度で神? 笑わせてくれるわね

 アナタ、大司教を名乗っておいて神に会った事ないでしょ?」


ジーンの指摘は正しい、エレアザルは神に会った事はない

水の聖域まで足を運んだ事はあるが、

ドーム状の水の壁が越えられず、断念して引き返したのである


「それがどうしたというのですか、

 私はもはや神となった、この力こそ神たる証!」


右手を横へと勢いよく振ると、3本の触手が信徒たちの口へと刺さった

そして、信徒たちの肉体は一瞬で干からびる

エレアザルが人間を吸う度に、彼の肉体は徐々に大きくなっていた


「ひどい……」


サラが口を手で押さえて吐き気を我慢すると、

シャルルが背中をさする


「はぁ……その程度で神になれたら、私は何になるのかしら」


わざとらしく肩をすくめて小馬鹿にするようにジーンが言うと、

エレアザルだった者が怒りをあらわにし、触手を地面に叩きつける


『黙れ! 小娘がっ! 我を誰と心得る!

 かの悪魔王が眷属、第5位階ビフロン伯爵なるぞ!』


堂々たる宣言だったが、ジーンはそれをバッサリと否定する


「それよ、それがそもそもおかしいの

 王の眷属なのに神? 第5位階で神? 伯爵が?」


おかしいわよね? と、ジーンは皆に問うように顔を向ける

その表情は完全に相手をバカにしている時の彼女だ

呆れたシャルルはため息をもらすが、

今のジーンがとても楽しそうだったので止めはしなかった


「人間ごときが、調子に乗るなよ」


エレアザルなのかビフロンなのか分からないが、

彼のその一言を聞いてジーンの口角が上がる


挿絵(By みてみん)


「中位悪魔ごときが、調子に乗るなよ」


その瞬間、ジーンの真紅の瞳が淡く輝き出し、

幾つもの障壁によって隠されていた魔力が開放される

膨大な魔力は物理的な波動として周囲に広がり、

真後ろにいたサラ達は尻餅をつく


真横にいた信徒たちも倒れ、ガタガタと震える者や、

意識を失う者、失禁する者が続出する


桁が違うのだ、彼女の魔力は人の領域にない

まさに神の領域なのである


「バ、バカな……その魔力は……ア、ア、アスタロト様ッ」


腰を抜かしたエレアザルだった者は後退りながら言う

ずるずると触手を引きずりながら後退り、祭壇に背が当たり止まる


「へぇ、分かるんだ? なら話は早いわね」


ジーンは笑顔で1歩1歩ゆっくりと歩き、

彼の前で立ち止まり、獲物を狙う鷹のように彼を睨んだ


「アナタがどれだけ小さい存在か理解した?」


「は、はい、お許しを、お許しを」


もはやどちらなのか分からない半悪魔の彼は、

涙すら流して必死に命乞いをすると、

その光景を見てジーンは満足そうにクスクスと笑う


だが、彼女は今後のことを悩んでいた


こんな姿になったエレアザルを人質にしたところで、

効果はあるのだろうか、この老人は元の姿に戻れるのだろうか、

私達は無実で済むのだろうか


そんな事を考えていると、

突如、真上から強大な魔力が迫ってくるのを感知した

咄嗟に飛び退いたジーンは障壁を展開し、サラ達を守る


刹那、ものすごい音と共に天井が崩落し、

大量の土砂と共に強烈な赤い光が降り注いだ

その場にいたハーフブリード以外の者は、

一瞬で発火し、悲鳴を上げる暇もなく黒焦げになってゆく


エレアザルだった者も例外ではなく、

焼け焦げた触手は丸まっており、炭と化した塊だけがそこにあった


「な、なに?」


眩い赤い光に目を細めながらサラが言うと、

次第に光は弱まり、上を見上げると赤く染まった空が視界に入る


「え……」


一行は唖然としていた、誰がやったのかは分からないが、

どうやら地上までの地面を貫いた者がいるようだ

皆が最初に思い浮かべた人物は火の巫女イエルだった

先ほどの赤い光による発火などを見るに火の魔法だと判断したのだ


だが、それは間違いである


天井の穴の向こう側、上空から感じる魔力は、

火の巫女イエルのものではない

もっと異質で、もっと邪悪で、もっと強大なものだ


まるで……あの時ラーズで戦ったサタナキアのような……


その時、天井の穴から声が聞こえてくる

ものすごい数の悲鳴や助けを求める声だ


声を聞いたサラは無意識で飛び出し、一人で外に出る

地上で彼女の目に入ってきた光景は想像を絶するものだった


赤い……空も街も人も……燃えていた


首都である聖都コムラーヴェ全体が火の海と化していたのだ

十数万という人間がこの街には住んでいるため、

この火災による死者は恐ろしい数になるだろう


「助けなきゃ……」


サラが震える口でそう呟くが、足が思うように動かない

全方位が火の海となっているため、

どこから手をつけていいのかも分からないでいた


そして、彼女は思い出したように目を上へと向ける

その先にいるのは、先ほどの赤い光を放ったであろう存在であり、

あのサタナキアと同等の魔力を放つ存在……


悪魔階級・第2位階フルーレティ、またの名をフラウロスという


頭に大きな黒い花が咲いている異様に腰の細い女の悪魔だ

長く艷やかな黒髪はシルクのように美しく、

その肌は誰も踏み荒らしていない雪のように白かった


彼女は悪魔王ベルゼビュートの側近であり、

魔界に6体しかいない上位悪魔の1体である


光のない黒い瞳と目が合ってしまい、サラはごくりと唾を飲む

逃げるべきか、戦うべきかを迷っていると、

地下からジーンがシャルルとラピを抱えて飛び出して来る


『なんじゃこれー!』


シャルルが大火災を見た瞬間叫ぶ

ラピは慌てて駆け回るが、躓いて転んでしまう

そんな彼女をディナ・シーが心配して鱗粉で癒やしていた


ジーンはフルーレティと睨み合い、一歩も動かずにいる

彼女の中のアスタロトが警鐘を鳴らすが、

逃げる訳にもいかない……どれだけの人が死ぬだろうか


何となくこの悪魔が来たのは自分のせいだとジーンは思っていた

もう自分のせいで誰かが死ぬのは御免だ


だが、その考えは間違いである


フルーレティがこの場に来た理由は、

カナランが行っていた悪魔召喚の儀のせいである

悪魔側からしたら、たまったものではないのだ


いきなり強制的に呼び出され、

無理矢理その場に縛り付けられ、命令を聞かされるのである

こんな理不尽がまかり通って良いはずもなく、

悪魔たちは召喚の儀を行ったカナランに制裁を加えに来たのだ


だが、それは悪魔側の都合だ

人間側からすれば悪魔は敵であり、使役するものという認識である

しかし、それは人間側の都合だ

悪魔からすれば人間は餌であり、強制的に操ってくる敵である


水と油とも言える両者だが、現在その中間が存在する……ジーンだ


悪魔王をその身に宿したハーフエルフであるジーンは、

人でも悪魔でもなく、どちらにも組みしていないとも言える


彼女は基本は人側だが、悪魔の仲間……眷属が大勢いる

40の眷属に加え、眷属達の配下である数万の悪魔が、

全てジーンの配下であり、家族とも言えるのだ


この中途半端な存在を、悪魔王ベルゼビュートは気に食わないのである


そのため、直属の配下であるフルーレティに、

悪魔王アスタロトの捜索、捕縛を命じていた

この場には悪魔召喚の儀を行った人間への制裁で訪れたが、

思わぬ拾い物というわけだ……逃す訳がない


無数の悪魔が聖都を闊歩し、人々は無惨に殺されてゆく

火の海と化した都は死臭が漂い、この世の終わりとすら錯覚させる

人々は逃げ惑い、絶望し、絶叫した


挿絵(By みてみん)


教会守護隊の生き残りが人々を避難誘導しているが、

この惨状では助かる者などごく一部だろう

だが、まだ心の折れていない者は必死に生きようと足掻いていた


ジーンとフルーレティの睨み合いが続くが、

サラ達は人々を救うために動き出していた

下位悪魔を何体も倒すが、かなりの数が都に入り込んだようだ


ラピは教会に陣地を築き、ディナ・シーの結界を張る

傷ついた者たちを教会へと集め、まとめて癒やすつもりだ


幸いな事に教会は石造りで出来ているため火災は免れている

さらに、他の建物から少し距離もあるため、

ここ以外に安全な場所が思いつかなかったのだ


地下へと大穴をあけた一撃で教会の一部が崩落しているが、

頑丈な作りなのか崩れる気配はない


サラとシャルルは力を合わせて下位悪魔を次々と倒し、

人々を教会へと誘導して回っていた


その頃、燃え盛る聖都コムラーヴェを、

上空から見下ろす3人の巫女がいた……


「こんな……うそ……」


地の巫女マルロはこの光景を否定するように頭を振る

だが、目の前の光景は幻などではない……現実だ


「間に合わなかった……って事かい」


見慣れた美しい都は無惨な姿へと変わり果て、

命が失われる事は、溢れ出る涙のように止める事など出来ない


「わ~、た~くさん燃えてますねぇ~」


風の巫女ベリンダのその一言で火の巫女イエルが睨むが、

彼女に悪びれる様子はない、悪意はないのだ


「ふざけんじゃないよっ、あたしの街を」


イエルが溶焔の宝玉を強く握り締め、

ベリンダに向かって叫ぶ


『あたしを降ろしな! 急いどくれっ!』


「は~い」


3人の巫女は燃え盛る聖都コムラーヴェへと降り立つ





彼女の到着は、この国が終わる事が確定した瞬間だった……





今回のタイトル「烏賊骨(うぞっこつ)」は、

ことわざの「イカの甲より年の功」から取っていたりします。

イカの甲=烏賊骨=役立たずみたいな意味でつけました。


山羊頭のイカ野郎になったエレアザルが役立たずなのでこのタイトルです。




おまけ



拙者、もこもこ部屋着大好き侍。

挿絵(By みてみん)

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