5章 第21話 潜入
今回は後書きにオマケ小説があります。
よかったら感想お聞かせくださいまし。
【潜入】
ドラスリアとラシュフォード三姉妹の戦いも終戦を迎え、
三姉妹が事後処理に駆け回っている頃、
宗教国家カナラン聖都コムラーヴェでは………
助けを求める声を聞き、教会の屋根にある煙突に入ったサラは、
強烈な悪臭のする煙突を地下へと進み、
おびただしい数の骨の山と、淡く光る赤い鉱石のある洞窟にたどり着く
おそらく教会の地下にあるであろうこの洞窟は、
明らかに人為的に出来たものであり、
灯り代わりに赤い鉱石がそこら中に置かれている
しかし、鉱石の赤い輝きだけでは薄暗く、
夜目の効く半亜人である彼女でなければ、
骨に躓くことなく歩くのは難しかっただろう
音を立てぬように骨を避けながら、
いつでも突きが放てるよう剣を構えながら慎重に進む
口に巻いたタオルで若干息苦しいが、
この酷い悪臭は耐えられるものではないため諦めるしかない
悪臭の原因は辺りに散らばっている骨……そして、腐肉のせいだ
何の動物のかまでは分からないが、その数は尋常ではない
その時、彼女の耳がピクピクッと動き、何かの音を拾う
半亜人は音に反応して無意識に耳が動いてしまう習性がある
………話し声?
サラは聞き耳を立て、会話の内容を探ろうとするが、
洞窟の壁に反響して届いた音は聞き取りづらく、
彼女は音の方向……狭い通路を目指す
通路の入り口辺りに転がっていた骨を跨ごうとした時、
彼女はこの場のおぞましさを理解する
「うそっ……これ全部……?」
彼女が跨ごうとした骨は人間の頭蓋骨だった
よく辺りを見渡すと、中には亜人らしき頭蓋骨もあり、
この場にある骨の大半は人類のものだった
一瞬、ここは共同墓地か何かなのかと思ったが、
それにしては乱雑に骨が散らばっている
これではまるでゴミ捨て場だ
どうして教会の地下にこんな場所が……
風に乗って届いた声「助けて」、
山積みにされた人の骨、腐った肉、赤い鉱石、人為的な洞窟……
大司祭エレアザル・オシニスはこの事実を知っているのだろうか?
人の良さそうな老人だったが、人間の男は信用出来ない
サラは嫌というほど見てきたからだ、人間の男たちの醜さを
荒んでゆく心を落ち着かせようと深呼吸をして、
強烈な悪臭を胸いっぱい吸い込んでしまい、彼女は噎せ返る
「ごほっごほっ」
だが、咽たことで意識が逸れ、彼女は落ち着きを取り戻す
再び慎重に動き出し、狭い通路へと入って行った
通路は幅1メートルほどで、高さは2メートル無いくらいだ
なんとも言えない圧迫感がある狭い通路を慎重に進む
先ほどの骨が山積みにされていた広場と違い、
通路には赤い鉱石が少なく、更に薄暗い
そのため、彼女は目を凝らし、聞き耳を立て、
音を立てぬようつま先で歩き、さながら泥棒のようでもあった
ハーフキャットという種族のせいか、気配や音を消す事には長けている
そんな彼女は隠密行動に特化していると言ってもいい
実際、ハーフブリードの仕事で隠密行動が必要な場合は、
サラが担当する事が多かった
シャルルは生の魔法使いなため単独行動はさせられない
サラは近接攻撃を得意とするため単独行動には向いているのだ
潜入は彼女の数少ない自信がある分野なのである
シルトからこの特技を褒められた事を思い出して、
少しだけ頬が緩みそうになるが、今は気を引き締めなくてはならない
そのシルトに再会するためにも……
通路は途中で十字路になっており、
彼女は慎重に全ての道の様子を伺ってから音に集中する
すると、右の道から先ほどの会話が聞こえ、
左の道からは「助けて」の声が聞こえてくる
サラは迷うことなく左の道を選び、
焦る気持ちを抑えながら音を殺して進んで行った
左の道を慎重に進みながらも、
背後から聞こえてくる会話に耳を傾けていた
「リ…デル村の……」
「……ったよ、今日は……の……」
大人の男達の声で何かを話しているが、
拾える内容だけでは何の話をしているのかは分からなかった
だが「リ…デル村」これだけは分かった
それは「リンデル村」の事だろう
カナランとの国境付近にある村で、元々はラーズ国の村なのだが、
何度か戦争でカナラン領になった事もある村だ
そのリンデル村には過去に1等級の仕事で訪れた事がある
戦争の度に犠牲者が出るため、人々は離れていったが、
一部の者は残り、この地に咲く薄紫色の花「リンデル」を売買していた
リンデルはこの辺りにしか生息しない植物で、
綺麗に色が入る染色液が作れるので重宝される植物である
この薄紫色の花は60度程度の熱を加えると変色し、
それを絞り、布などでこす事で濃い紫の鮮やかな染色液が完成する
上品なその色は貴族たちから人気で、高値で取引されていた
そのため、戦争に巻き込まれやすいこの村を離れない者もいるのである
しばらく戦争が起きていなかった頃に、
リンデル村の付近に凶暴な魔獣が現れる事件があった
魔獣の名は"スコル"という、巨大な狼のような魔獣だった
スコルは元はフェンリルと同じ氷を操る魔獣だったが、
火の低級精霊を食べて、その身に炎を纏ったと言われている
フェンリルはハーフブリードが1等級に昇格する一因となった魔獣である
そのフェンリルの変異種であるスコルは、
1等級以外では倒せないだろうと言われ、彼等に依頼が行ったのだ
カナラン側にも数十を超える被害が出ていたため、
2国からの共同依頼という珍しい仕事だったので記憶に残っていた
サラはあの村を訪れた時の記憶を呼び起こす
記憶上にあるリンデル村は子供が多かったように思う
村長が奴隷を買って労働力としていたのだろう
大人の人数のわりには子供が異様に多いのが印象的な村だった
徐々に記憶は鮮明になり、様々なことを思い出す
村で出会った痩せ細った子供たち、感じの悪い村長、
傷みかけていたヤギのミルク、焼けた草原
そして、全身に炎を纏ったフェンリルの変異種スコル
あのわんわん強かったなぁ……
一瞬で命を落としていたかもしれない事を思い出し身震いしたサラは、
頭を切り替え、なぜあの村の話が出たのか考えるが、
結局答えは分からず、今は助けを呼ぶ声の主を探す事を優先した
この先のはずだけど……
通路の終わりが見え、広めの部屋が見え始める
その時、彼女の耳が反応し、男の声を拾う
男は複数いるようで会話が聞こえてきた
「交代の時間だ」
「あぁ、これで久々の上だ」
「そうか、羨ましいな、オレは後3日はここだ」
「まぁ頑張れよ、オレは酒でも飲んで女でも抱くとするさ」
「お疲れ」
会話を終えた男がこちらへと向かってきている
ここは狭い通路のため、隠れる場所などない
どうしよう、倒す? 逃げる?
サラは通路から一瞬だけ顔を出し、室内を見渡した
左手前に大きめのテーブルと6つの椅子、
それ以外に障害物らしきものは見当たらない
部屋の左右には牢屋らしきものが並んでおり、
例の娼館を思い出させるような作りだった
幸い、室内はかなり暗い
夜目の効く彼女の目でも男を視認出来てはいない
距離はまだかなりあると判断したサラは動いた
片手で鞘を持ち、少しだけ強めに地面を蹴り、
一気に飛び出した彼女は、足を前に出して地面を滑るように移動して行く
椅子と椅子の間をすり抜け、テーブルの下へと入った瞬間、
手と足でブレーキをかけ、彼女は息を殺して気配を消した
テーブルの下から様子を伺うと、
20メートルほど先から男が歩いてくるのが見える
赤い鉱石の光しかないため、相手にはまだ見えていないだろう
男はゆったりとしたローブを羽織っており、
その胸には六神を示す紋章が刺繍されている
カナランの教会の紋章だ
やっぱり教会がここを……
ここでは見つからないとも限らないため、
剣に手をかけ、じっと息を殺して待った
徐々に男は近づき、6メートル近くまで来ている
この距離なら普通の人間でもこの暗さの中で相手を目視出来るだろう
だが、男は気づいている様子はなく、
テーブルの横を通り過ぎ、通路に入って行く……が、
そこで例の「助けて」の声が響いた
その声はサラのすぐ近く、真横から聞こえきたため、
彼女は驚き、ビクッと身体を震わせた
その時、鞘の先が椅子に当たり、ガッと音が鳴る
「ん?」
通路に入りかけていた男は振り向き、
声のした牢屋を見てから辺りを見渡す
サラは全身から冷や汗が流れ、口に手を当ててじっとしていた
男はテーブルに近寄り、再び辺りを見渡す
気のせいか……そう思ったところで男は動き始める
テーブルを回り込むように移動し、
先ほどサラが鞘を当てた椅子の前で止まった
「ったく、椅子はしっかり入れろとあれほど」
男は几帳面な性格だった
椅子はしっかり片付けられていないと気が済まないのだ
男は椅子を手に取り、一度引いてから押し込むと、
予想していなかった位置で椅子は止まり、
何かに当たった衝撃が手に伝わる
「ん? なんだ?」
男がテーブルの下を覗き込むと、
突然椅子が顔面を直撃し、鼻は折れ、鼻血が吹き出す
「ぐぁ」
男がそう声を上げた瞬間、赤い影が見え、彼の意識は遠退いた
鞘のまま男の脳天を叩いたサラは、彼が気を失ったのを確認し、
彼のベルトを引き抜いて、手を縛ってからテーブルの下に転がす
今度は綺麗に椅子を片付け、満足そうに頷いたサラは、
先ほど声がした牢屋へと顔を向けると、
そこには5~6歳の男の子が横たわっており、
呼吸が壊れた笛のように空気が漏れる音を鳴らしている
すぐに助けようとするが、先ほど話していたもう1人の男が、
物音に聞き、こちらへと向かっていた
サラは辺りを見渡し、隠れる場所を探すが、やはりそんな場所はない
どうしよう、どうしよう
迷った挙げ句、彼女は普通の人ではしない選択をした……
「誰だ、暴れてるやつは」
もう1人の男は牢屋1つ1つを覗きながら言う
おそらくサラが男を倒した時の音を、
牢屋の中の者が立てたと思ったのだろう
男は腰にあるメイスを抜き、
鉄格子をカンカンと鳴らしながら歩く
その様子が娼館時代を思い出させ、
サラの中に黒い感情が広がってゆくのを感じていた
男が助けを呼んだ少年の牢の前まで来る
鉄格子をメイスで叩き、お前かぁ? と聞いているが、
少年はピクリとも動かず、ただ横たわっていた
そして、その鉄格子にもたれかかるように、
メイスを持つ男は倒れ込む……
サラが天井から現れ、一撃で気絶させたのだ
彼女は真上に跳躍し、剣を天井に突き刺し、
真下まで来るのをじっと待っていた
男の持つメイスが落ち、ガランガランッと大きな音を立てる
サラはその音に驚き、尻尾がブワッと膨らむが、
急いでメイスを足で踏みつけ、その音を止める
その時、少々強く踏みつけてしまい、
メイスは曲がり、地面は少し砕けていた
「痛たた……」
踏みつけた左足の調子を確かめる
わずかに痛みがあるが、歩けないほどではない
「気をつけなきゃ……」
サラはまだこのブーツを使い熟しているとは言えない
咄嗟の時などは、つい強く蹴りすぎてしまうのだ
聞き耳を立てて辺りを探り、
近寄ってくる人の気配が無い事を確認したサラは、
目の前の牢の錠前に剣を差し込み、全体重をかける
すると、パキンッという軽い音がして錠前の鉄が割れた
扉を開き、中へと入ったサラは少年の上体を起こして声をかける
「大丈夫? 助けに来たよ」
「……だれ?」
「私はサラ、もう大丈夫だよ」
サラが優しく声をかけるが、少年はそれ以上喋れなかった
彼は最後の力を使い、声を届けたのである
少年は無意識に魔力を使い、声を魔法のようなもので送っていた
すでに魔力は枯渇しており、限界はとうに超えている
サラに救われた事により安堵し、
彼の緊張の糸が切れてしまい、息を引き取った
何度も彼に呼びかけるが返事は無く、
彼の身体は徐々に体温を失ってゆく
外傷もないのになんで?
死因が分からなかったサラは自分のせいかと疑うが、
彼女はただ彼を起こしただけだ、死因になるはずがない
分からないという事が彼女を不安にさせ、
どこへ向けたらいいのか分からないモヤモヤだけが胸に残った
少年の身体を寝かせ、両手を組ませてから1枚の銅貨を握らせる
これは死後の世界で使うためのものだ
以前、シルトからカナランではそういう文化があると教わり、
それを覚えていた彼女は少年に銅貨を握らせたのである
牢から出た彼女は、他の牢も確認する
どうやら全ての牢には1~2人の子供が入れられており、
全員で何人いるのかも分からないほど大勢の子供が捕まっていた
どうしよう……ここで出してもこの人数は連れて歩けない
逃げ道を確保してからじゃないとダメかな
みんなの力を借りないと、私1人じゃ無理……
サラは子供たちの助けを乞う視線に後ろ髪を引かれながら、
この人間の悪意に満ちた洞窟内の探索を再開した
・・・・・
・・・
・
その頃、シャルル、ジーン、ラピの3人は、
水の巫女であるシャルルの権威を利用し、
再びエレアザル・オシニスと謁見していた
「巫女様、急ぎの用とは何事ですかな?」
「時間が無いから単刀直入に言うね! 地下に案内してっ!」
その瞬間、エレアザルの眉間にはシワが寄る
普段は笑顔で優しそうな老人だが、
その奥に秘める眼光は老人とは到底思えないものだ
その鋭い眼がシャルルへと向いた
「理由を伺っても?」
「神さまの命令だから!」
「神託ですかな?」
「そう!」
「神託ではなんと仰っておられましたか」
そこでシャルルは言葉に詰まる
これはあくまでハッタリであり、内容など考えていなかった
その様子を見かねたジーンがフォローに入る
「神はこの地に災いが迫っていると、
その原因が地下にあると言っていました」
「ほぉ……」
エレアザルは長い髭を撫でながら考え込む
横目でジーンを見るが彼女に疑う余地などないように見える
だが、水の巫女シャルルの様子は別だ
彼女は目が泳ぎ、尻尾も慌ただしく動き、落ち着きがない
ジーンのフォローにホッとしているようで、大きなため息をもらしていた
更にジーンの腰辺りから覗き込むエルフの少女、
ラピは明らかに何かに怯えている様子だ
まるで何かがバレないか冷や冷やしているかのように……
「嘘……ですな」
「っ!?」
シャルルの尻尾がピーンと伸び、大きい目を更に大きく見開く
ラピは「あわわ」と声を洩らし、ジーンは「やれやれ」と首を振る
「ど、どうして嘘になるの! アタシは巫女だよ?」
「えぇ、分かっております
しかし、これでも一国の主、その程度の嘘は見破れますぞ」
「ど、どうしよ、ジーン」
シャルルが涙目で助けを求めると、
ジーンは小さなため息を洩らしてから前へと出る
「嘘をついた事については謝ります
ですが、ここの地下に何かがあるのは確かです
それを確かめる義務が私達にはあります
ご理解いただけると助かるのですけど……」
「義務ですか……それは神に関係があると?」
エレアザルの鋭い目がジーンへと向く
だが、ジーンはその程度の視線など気にもせず、平然と続けた
「えぇ、もちろんです
私達は神託に従って行動しています、それはご存知ですよね?」
「存じております」
「これもその一環と思ってくれないかしら?」
エレアザルは髭を触りながら考え込む
その煮え切らない態度に焦ったシャルルが口を挟んだ
「信じて! アタシは水の巫女として頑張りたいの!」
「巫女様の事は信じておりますとも」
「なら、早く案内してくれないかしら?
私達には時間がないの、世界は待ってくれないのよ」
ジーンが微笑みながら赤い瞳でエレアザルを睨む
その瞳に睨まれたエレアザルは全身から冷や汗が流れる
蛇に睨まれた蛙といったところだ
だが、次の瞬間エレアザルの中に1つの閃きが舞い降りた
「……いいでしょう、地下へご案内致します」
エレアザルが魔法の鍵を使い、扉を開く
上下に続く螺旋階段を降り始め、3人もその後に続いた
長い長い階段を降りながらエレアザルは聞いてくる
「ところで、ジーン殿の目はどうしてそのように?」
「ん、私、悪魔になっちゃったみたいなの」
『な、なんと!? 悪魔ですと?』
驚きのあまり大声を上げて止まってしまう
その声にびっくりしたシャルルは手で両耳を前に倒し、
頬を膨らませて目の前にいるエレアザルを睨む
「これは失礼しました」
エレアザルが謝り、シャルルは「別にいいよ!」とすぐに許す
「悪魔とは、本当に"あの"悪魔なのですかな?」
「そうみたいですよ」
自分のことを他人事のように答えるジーンに、
わずかな違和感を覚えるが、確かに彼女からは妙な魔力を感じる
隠し切れない禍々しさというのだろうか、
普通の人からは感じられない何かは感じられた
ジーンは障壁により魔力を抑えているため、
彼女の膨大な魔力は感知されていない
そもそも、彼女の魔力を解放してしまうと、
町の中にいる魔力を感じ取れる者全てがパニックになるだろう
それほどジーンの持つ魔力は強大なのである
エレアザルが再び階段を下り始め、3人は続く
途中でエレアザルから何度か魔力感知の波動を感じるが、
ジーンは障壁でそれを弾き、真なる力は見せないようにしていた
螺旋階段が終わり、少しばかり目が回ったような感覚の中、
案内された一室に3人は通された
そこには大きなテーブルを囲むように椅子が8つ並んでいる
部屋に窓はなく薄暗いが、赤い鉱石の灯りがあり、
その不思議な光に吸い寄せられるようにラピが手を伸ばしていた
「これ綺麗だねー」
ラピが赤い鉱石を手に取り、様々な角度から覗いていると、
シャルルも面白がって鉱石に手を伸ばす
だが、彼女が触れた途端、赤い光を放っていた鉱石は砕け散り、
室内は更に薄暗くなった
「え? ええ!? ア、アタシ悪くないよ!!」
触っただけだからと必死に言い訳をする彼女に、
エレアザルはホッホッホと笑いながら言った
「その石は生の魔力が強い者が触れると割れるのですよ
まさか砕け散るとは思いもしませんでしたが、
説明しておかなかったこちらの落ち度ですので、お気になさらず」
流石は巫女様と付け加えて笑っているが、ジーンの目は誤魔化せない
この鉱石は確かに生の魔力に反応し砕け散るようだが、
それは相反する魔力がぶつかり合い、相殺されて起きる現象だからだ
シャルルの持つ生の魔力は巫女になった事により強まっている
その強い生の魔力がこの鉱石の放つある魔力を凌駕し、砕けた
すなわち、この鉱石は死の魔力を放って光っているのだ
そして、ジーンはその性質を持つ鉱石に心当たりがある
鉱石の名は【ループクンド】という
カナランとドラスリアの国境付近にある小さな林の奥に、
直径20メートルほどの小さな湖が存在している
湖の周りだけ地面が白くなっており、
地層を調べた者によりそれが無数の骨だと判明している
何故その一角に尋常ではない数の骨が埋まっているのかは謎だが、
その骨が層となり、水を通さず、湖を作り出したと言われていた
【死の湖】と呼ばれるその小さな湖は水深6メートルほどで、
透明度の高い綺麗な水のため、天気がいいと水底まで見渡せる
白い大地と青く透き通った水、そして水底に広がる赤い光……
これこそがループクンド鉱石である
水深6メートルの位置にあるため、採掘作業は困難だが、
自然に発光する珍しい石のため、発見当時は高値で取引されていたが、
1ヶ月もしない内に光は消え、ただの骨と金属の塊となる
その結果、購入した者達から怒りの声が上がり、
カナランは即座に石の流通を禁止し、
人々の記憶からは忘れられていった鉱石だった
ラピはそっとと赤い鉱石ループクンドを棚へと戻し、
割れてないか冷や冷やしている様子だ
その横でジーンがこの場の秘密に1つ気がついていた
「ここは何をするところなのですか?」
ジーンの問いにエレアザルは答える
「古くは倉庫だったのですが、
長く使われていなかったので改装しましてな
今は信徒たちの修練場として使っております」
修練場……上手いこと言うわね
ジーンは地下に降りて気づいた事が幾つかある
その事実がここはそんな場所ではないと言っている
「厳しい修行なのかしら?」
「そうですな……神に仕える者として耐えねばならぬ事もあります」
「そう……」
ジーンは辺りを見渡し、広域に魔力感知を行った
地下空間のだいたいの構造が分かるが、
足元から下だけは見通す事が出来ない
構造的に地下へと続くようだが、その下は見えないのだ
やっぱりね……
彼女の中で結論が出る
そして、ジーンは行動を開始した
「中を案内してもらえるかしら?」
「えぇ、もちろんですとも」
シャルルは鉱石に触れないよういつもより慎重に動き、
そのせいか口数も減っている、その後ろにラピが続く
彼女は薄暗いこの地下が苦手なようだった
自然の洞窟を削って作られた人工的な地下空間は、
木や石の骨組みにより支えられており、
見た感じでは100年や200年どころじゃなく前のものだろう
何度も補強されたような跡があり、
安全面は大丈夫そうだが、どことなく不安にはなる構造だ
ところどころに地上へと続く通気口があり、
それを覗き込むが、かなり長いように見えた
ここはそこまで深い位置なのだろうか
降りてきた螺旋階段を思い出すが、
そこまでの深さにいるとは到底思えない
ならば、この通気口自体が地上より上まで続いているという事になる
教会の外観を思い出すが、それらしきものは見当たらなかった
という事は、この通気口は隠されており、屋根まで続いているのだろう
教会はカナランで一番高い建造物だ、
その高さは30メートルにも及ぶだろう
更に、通気口から強烈な悪臭がジーンの鼻に届く
顔をしかめていると、後ろを静かに着いてきていたシャルルが叫ぶ
『くっさっ!!』
彼女はバッとその場から離れ、鼻を指でつまんでいる
まだ臭いに気づいていないラピは不思議そうな顔をするが、
その数秒後に興味本位で顔を突っ込んでみた通気口で、
強烈な悪臭をダイレクトに受け、通路の隅に嘔吐した
「酷い臭いでしょう?
動物の死骸などを肥料にしているのですよ」
エレアザルはそう言うが、
これは酷いなんて言葉で済ましていいものではない
「へ、へぇ……」
シャルル息を止めながら通気口を避けるように通り抜け、
ぷはぁっと大きく息を吐き出して、口で呼吸していた
ラピも嘔吐したものに土をかけてから皆を追いかける
彼女はポケットにあったハンカチで涙を拭いていた
しばらくして、3人が案内されたのは広い部屋だった
ジーンは入る前に一瞬足を止めたが、
今は室内に入り、大人しく椅子に座っている
エレアザルが言うにはここは瞑想の間らしい
これといった物は置いていない広い部屋だが、
通路などと比べるとこの部屋だけ壁の作りが違っていた
「へぇ、瞑想かぁ、ついでにやってこうよ!」
シャルルがそんな事を言い、ラピもそれにのっかる
ジーンだけは「好きにしたら?」と呆れている様子だったが、
2人は座り、瞑想を始めていた
魔法使いにとって瞑想は大事な修行の1つである
魔法のイメージを固めるため、神への信仰心を高めるため、
優れた魔法使いほど瞑想は大事にしていると言ってもいい
だが、瞑想を始めた2人がすぐに目を開き、
2人とも怪訝そうな顔をしていた
「ふふ、もう終わり?」
ジーンが笑うが、シャルルは唸りながら言う
「ん~、なんかおかしいなぁ」
「ね、わたしも変だった」
「だよね?」
理由が分からない2人は話し合っているが、
真実にははたどり着けなかった
そこへ、ジーンが助け舟を出す
「ここが、魔法を使えない部屋だからだよ」
「え? 何それ」
「それじゃ、ここでどうやって瞑想するの?」
ラピの問いはエレアザルへ向けてだった
部屋の入り口辺りで髭を触っている老人は笑顔で答える
「それが修行ですな」
ホッホッホと笑う老人を、ジーンだけは横目で睨んでいた
本当にこの爺は口が上手いわね……
私達"魔法使い"3人を"魔法が使えない部屋"に入れて、
どうするつもりなのかしらね?
シャルルとラピは先ほどのエレアザルの言葉で騙されたようだが、
ジーンは部屋に入る前から分かっている
この部屋が"そういう"部屋なことも、この先に何が起きるのかも……
老人の鋭い眼光は彼女らを捉えていた
語られぬ物語……【炎狼へと続く花】
これは、死の概念が消失する以前の出来事である
ハーフブリードが1等級になり、しばらく経った頃、
ラーズとカナランの国境付近の小さな村「リンデル」に、
炎を纏う狼の魔獣スコルが現れ、両国は大騒ぎとなった
魔獣であるスコルに国境など意味はなく、
両国に甚大な被害が出た事により、ラースより討伐依頼が出される
その内容は珍しく、カナランの冒険者組合と共同依頼だというのだ
両国の冒険者組合が会合を開き、
スコル討伐が可能なチームを話し合った結果、
満場一致で彼等しかいないという結論が出た
両国の組合に指名された冒険者チーム……ハーフブリード
生きる伝説とも言える1等級の彼等に白羽の矢が立ったのだ
彼等はまだ1等級として大きな仕事はそれほどこなしていないが、
確実に、迅速に依頼をこなし、ほぼ無傷で帰ってくるため、
その実力は間違いないものだと認識されつつあった
1等級として失敗は許されない
久々の大仕事にシルトの頬が緩む
「いい額だね」
ジーンが報酬欄を見て微笑んでいた
あのジーンが微笑むほどだ、かなりの額である
サラとシャルルはお互いの荷物を確認し合い、
忘れ物がないよう念入りに準備をしていた
ラピは相変わらずウェールズの餌ばかりカバンに詰め、
まるでピクニックにでも行くかのような持ち物だ
そんな彼等が自宅を出発したのは依頼を受けた次の日の早朝で、
朝から馬車を走らせ、国境付近の「リンデル村」へと急ぐ
馬車でおおよそ2日半の距離だが、それを2日で移動する予定だ
普通であれば馬が潰れてしまうが、
そこはラピの強化魔法によって解決している
彼女の強化により馬は普段以上の速度で走り、
普段以上の持久力も手に入れる
こうして2日後の昼前にはリンデル村に辿り着き、
このご時世に随分と腹の出ている村長から歓迎を受けていた
「いやぁ、ハーフブリード様がわざわざ来て下さるとは」
ゴマをするこの男が村長である
口ひげを生やし、高そうな服に身を包み、
低い身長を誤魔化すかのような背の高いハットをかぶっている
お世辞にも痩せているとは言えない膨よかな体型をしており、
独特な油っぽい匂いのする香水をつけている40過ぎの男だ
サラとシャルルの第一印象は「油臭いおっさん」だった
村長が手をパンパンと二回叩くと、
痩せ細った少年少女たちが料理を運んでくる
その中の1人が転んでしまい、地面にスープをぶちまけてしまう
『お前ぇっ!!』
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
村長が転んだ少年を蹴飛ばし、彼は何度も謝る
だが、村長は追い打ちで蹴りを入れ、
三発目が入る瞬間に村長の足が止まった
「はい、そこまで」
村長の足を止めたのはシルトの足だった
彼は微笑のまま村長に詰め寄り、ただ笑顔を向けていた
異様な圧を感じて後ろに引いた村長は、
倒れている少年を睨もうとするが、シルトがそれを許さなかった
「そこまでって言ったよね」
今度の彼は笑っていない
抜剣こそしていないが、まるで剣を喉元に突きつけられたような、
今すぐにでも命を刈り取られそうな、そんな気がして村長は尻餅をつく
「わかってますよ、へへへ」
村長は笑ってはいるが声が震えている
そんな村長に再び詰め寄ろうとした彼のマントが引っ張られる
「シルトさん」
サラが彼を止め、シルトの表情はいつもの緩い雰囲気に戻る
「ほいほい」
少年を立たせたシルトは、真新しいタオルで彼を拭き、
そのタオルを彼に渡して下がらせた
「ラピ、さっきの子、少し火傷してたからお願い」
「はーい」
ラピがとことこと少年を追って部屋を出る
室内に静寂が戻り、重苦しい空気が充満していた
だが、シャルルの一言でその静寂は破られる
「せっかくだから食べよっ!」
各々が席につき、食事を始める
少年の治療を終えたラピが戻り、
「なんで先に食べてるのー!」と怒っていた
しばらく賑やかな食事が続いたが、
ミルクを口にしたサラが難しい顔をしている
「どしたの?」
シャルルが聞くと、サラは口元を手で隠して言った
「ちょっと傷んでるかも」
サラからミルクを受け取ったシャルルは匂いを嗅ぐ
すると、僅かにだが腐りかけた臭いがし、サラに向かって二度頷いた
その様子を見ていたジーンが口を開く
「傷んでるの?」
「え、あ…………うん」
サラは言っていいのか悩んでしまった
先ほどの様子を見るに、また子供たちが怒られるのでは? と思ったのだ
だが、ジーンの考えは違うようだった
「村長さん、このミルクはいつの?」
「も、もちろん今朝のものだ」
「そうよね、私達に古いのを出すわけないものね」
そう言ったジーンは席を立ち、窓の外を眺める
外はまだ明るく、昼過ぎといったところだ
小さな村の外には草原が広がっており、
その草原の一角に焦げた跡が見える
「スコルが目撃されたのはいつかしら?」
「1週間ほど前だ」
草原の焦げはその時のものだろう
だが、このミルクは……
「ちょっと見てくる」
ジーンが部屋を出る時に1人の少年に声をかけ、
ミルクの保管庫へと案内させていた
その様子を黙って他のメンバーは見ており、
村長はどうしたらいいのか分からぬ様子で彼等に問う
「ひ、ひとりで行かせていいのですか?」
「えぇ、彼女は元素ですよ」
「なるほど……」
シルトの一言で全て納得してしまった
元素と言えば天才魔法使いで有名だ
更に、精霊使いとしても名を馳せている
しばらくしてジーンが戻ってくると、彼女は皆に説明を始める
「スコルの位置はだいたい分かったよ」
「早いね」
ジーンは若干勝ち誇ったように口角を上げ、
食事が終わり次第調べてみようと提案した
「了解」
村長はそんな彼等ハーフブリードの手際を見て関心する
最初はこの若造が? とも思ったが、
実際に見てみて分かった、彼等は本物だ、と
日が傾き始めた頃、ハーフブリードが調査を始める
まずはジーンが言ったミルクの保管庫辺りから調べ、
すぐに地下の空洞を発見する
「なるほど、これで移動してたのね」
流石に入って行く勇気はない
狭い洞窟での戦闘となればスコルの炎を防ぐ手段が無いからだ
後でその穴を塞ぐように村長に命じ、
彼等は再び調査を開始した
しばらくしてサラが声を上げ、
皆が集まると、そこには"リンデルの花"が咲いていた
だが、その花は変色している
「この花って熱で変色するんだよね?」
「って言ってたねー」
「って事は………」
サラがそう言いながら顔を向け、皆がそちらへと視線を動かすと、
変色したリンデルの花が一直線に続いているのが見える
「ビンゴかな」
シルトがそう言うと、皆が一斉に頷いた
臨戦態勢で彼等は進み、しばらくして地面に穴を見つける
「ここから出入りしてるっぽいね」
辺りは焦げた跡があり木々は炭と化していた
焦げ跡を追って行くと、大きな湖に出る
そして、その一角から湯気が立ち込めていた
「まさか……」
「みずあび?」
ラピが想像した事を言い当て、苦笑する
だが、その考えは正しかった
水面から顔を出した獣は顔が炎に包まれており、
体長4メートル近くある巨大な狼だった
「ジーンさんはウンディーネを、
シャルルは回復準備、ラピは僕とサラを強化、
サラは右から回り込んで、僕は左から行く」
即座にシルトの指示が飛び、彼女たちは迅速に行動に移る
「エペタム、いっけー!」
ラピの聖獣エペタムがシルトとサラに雷を落とし、
2人は身体の底から力がみなぎる感覚に包まれる
それと同時に2人は走り出し、
スコルまでの約80メートルの距離を一気に駆け抜ける
湖からゆっくりと上ってきたスコルは湯気が立ち込め、
瞬時に水分は蒸発し、猛烈な炎が全身を包む
口から炎を吐き出し、シルトとサラは盾で炎を弾きながら進んでいた
ジーンの呼びかけに応え、ウォーターウンディーネが現出する
この場は水が豊富なため、いつもより強力な力を感じていた
そのウォーターウンディーネに命令を下す
「あの魔獣を屠れ」
ウンディーネは空中でくるりと回転してから、
一直線にスコルを目指す
その両手からは巨大な水球が放たれるが、
スコルの炎と障壁が阻み、ダメージは無い
スコルが暴れ、炎を辺りに撒き散らし、
シルトとサラが盾で防ぐが吹き飛ばされる
更に炎は無差別に辺りを燃やし、
シャルルとラピの元へも炎は到達する
「あつつっ、逃げるよー!」
ラピが走り出し、シャルルが続く
その後ろからゆっくりジーンが着いてくるが、
彼女は今走ることは出来ない、
ウンディーネに指示を出し続けているからだ
吹き飛ばされたシルトとサラが立ち上がり、
再び走り出すと、ウンディーネの攻撃は変化する
薄氷のように薄い水の刃を作り出し、
それを高速で回転させて放ったのだ
円形の刃となった水はスコルの魔法障壁にぶつかり、
パリンッパリンッとガラスの割れるような音が二回響く
その音は知っている
以前フェンリルと戦った時もその音がしてから剣が通るようになった
そのため、シルトとサラの2人は見つめ合い、頷き、
タイミングを合わせて突っ込んでゆく
シルトは大盾を投げ捨てて両手で剣を握り、大振りの一撃を入れる
真上から真下への振り下ろしだ
その斬撃はスコルの首を一撃で切り落とす
サラの放ったのは低姿勢からの斬撃だ
スコルの左前足と左後足を切り落とした
そして、スコルは倒れ、身に纏っていた炎が消える
「あちち、サラ大丈夫か~?」
「うん、なんとか」
そう言いながら毛先についた火を叩いて消している
髪の毛の焼ける鼻をつく臭いが辺りに広がっていた
「毛先切らないとな」
「うん……」
しょぼくれるサラの頭を撫で、シルトが言う
「大丈夫、少しだけ毛先を切れば元通りだよ
それにサラは可愛いんだから、どんな髪型でも似合うよ」
その言葉にサラは顔を真っ赤にして俯いていた
シャルル達も合流し、スコルの皮を剥ぎ始める
フェンリルの時のように高値で売れるはずだからだ
「シルさん、首落とす事なかったんじゃないの?
これじゃあまり高く売れないかもよ?」
ジーンがそんな事を言い、シルトががっくりと膝をつく
「マジか……」
しばらくして皮を剥ぎ終えると、
皆スコルの血によって汚れていた
「ねね、入ってかない?」
シャルルが指差すのは先ほどスコルがいた湖だ
まだ湖からは湯気が立ち込めており、それなりに温かそうだった
「んじゃ、見張りしとくわ」
シルトは背を向け、腰を下ろす
そんなシルトにシャルルが言う
「シルさん、覗いたら殺~す!」
『覗かないからっ!』
あはは、と皆が笑う、もはや様式美となっている流れだ
女性陣が湖で水浴びを始めるが、
ほどよい温度のお湯だったため、水浴びというより風呂のようだった
キャッキャとはしゃぐ彼女たちの声を背中で聞き、
シルトは辺りに敵の気配がないか真剣に探っている
娘のように育ててきた彼女達のあられもない姿など見せる訳にはいかないのだ
それと、彼も男であり人間だ
背後が気になって仕方ないのである
そのため、彼は見張りに集中し、気を紛らわせているのだ
シルトという男は幼い頃から戦いに明け暮れ、
生きるために己を鍛え続けていた
人の真似をし、それを自分なりに改良し、
より効率的に、より正確に相手を殺す方法だけを鍛えていた
その結果、思春期を血なまぐさい戦いだけに捧げ、
大人になってからもそれは続き、
いつしか2等級冒険者になっていた
彼はリーダーである事に責任を感じ、
仕事が途切れないよう、皆の安全が確保されるよう努めていた
それと同時に己を鍛える事は欠かさず、
女っ気の無い生活を続けていたのだ
スラウトが全滅し、1人になった後も、
まるで死地を求めるように1人で依頼をこなし、
命のやり取りである戦いの中だけに生きていた
そのため、彼は誰とも交際した事がなく、もちろん経験もない
そんな彼はサラとシャルルと出会い、
一緒に暮らし始め、育ての親となったが、
成長してゆく彼女たちに魅力を感じないと言えば嘘になる
ハーフキャットは見た目がいいことでも有名だ
サラとシャルルはその中でもかなりのものであり、
亜人嫌いが見ても可愛い女の子達だろう
更に、美人で有名なジーンもいるのだ
そういった経験のないシルトには刺激が強いのである
だが、彼は彼女達を"そういう目"で見たくないため、
必死に本能を抑え、無我の境地に達しようと努力している
残念ながらまだ境地までは達していないが……
そんなシルトに背後から声がかかる
『シルさーん、一緒にどお~?』
言ってきたのはシャルルだ、またからかうつもりだろう
「はいはい、今度ね~」
シルトが片手をひらひらとし、適当にあしらうと、
少ししてから耳元で突然声がする
「今がいいの」
気配すらなく、ビクッと身体を震わせたシルトは、
思わず振り向いてしまう
すると、そこにはシャルルがおり、
お腹を抱えて笑っていた……もちろん服を着ている
だが、その服は見たことがない
普段からシャルルは露出が多いため、大差はないが、
手足と腹が露出している黒い服を着ていた
「あれ? そんな服持ってたっけ?」
「にっしっし~」
シャルルが見せびらかすように一回転してから、
横に飛び退き「じゃじゃーん」と両手を広げて見せる
そこにはサラ、ジーン、ラピの3人が同じ服を着て立っていた
「ん? お揃いなの?」
「そだよー」
ラピが「どう? どう?」と言いながらくるりと回る
「どうと言われも……黒いね?」
その一言に、シャルルがため息をもらして言う
「シルさんホントダメ男だわ」
「えー……なんで僕が貶されてんの」
もじもじとしているサラや、笑っているジーンを見るが、
どうやらサラとラピだけはひらひらのスカートが付いているタイプのようだ
「んで、それ何なの?」
「何って、水着だよ?」
「水着……買ったのか」
「うん」
この世界で水着は滅多に使われない
ドラスリアにある唯一の海岸で貴族たちが着る程度だろう
その水着をわざわざ仕入れ、購入したのだと言う
「で、何かないの? シルさん」
「何かって言われてもなぁ……高かった?」
「はぁ、マジシルさん」
シャルルが呆れたように肩をすくめる
それを見て皆は笑っていた
「そこは普通可愛いとか似合ってるでしょーが!」
「あぁ、そういう事ね」
なるほどなるほど、と手をぽんっと叩き、シルトが頷く
「それ以外を思い浮かべる方がどうかしてるよ!」
「うん、可愛いし似合ってるよ」
シルトは笑顔でそう言うが、シャルルが腕をクロスして言う
「はい、アウトー! もう遅いし、それワタシが言ったやつだし」
「どうせいっちゅうねん」
再び皆が笑い、和やかな時間が過ぎてゆく
そして、サラからシルトの分も手渡され、
彼は物陰で着替えてきた
「何かちょっとキツいな、こんなもんなの?」
シルトの水着は黒いハーフパンツだ
彼がそれを引っ張りながら物陰から出てくると、
既に皆は普段の服に戻っており、彼だけが水着だった
「それはないんじゃないかなぁ」
「あはは! ごめんね!」
「でも、もう暗くなっちゃうし……」
サラがそう言い、空を見上げると、
確かに空はオレンジ色に染まっている
「じゃあ戻るか、ちと待っててね」
そう言って物陰に戻ってゆくシルトを眺めながら、
彼女達は談笑を始める
「あ、シルさん、サラに御礼言ってね!」
「ん? なんで?」
常闇の鎧を着てきたシルトが物陰から出て来る
「その水着、サラからのプレゼントだって!」
「え、なんで私だけ」
サラがそこまで言いかけるが、シャルルが口を塞ぐ
もごもごと暴れるサラを押さえつけて彼女は言った
「サラは恥ずかしがってるだけだから、
それシルさんにってサラが選んだんだからね、感謝しろー」
「そっか……ありがとね、大事に使うよ」
サラへ笑顔を向けると、彼女は大人しくなり、
小さく「うん」と返事をして微笑んだ
こうして、彼等の炎狼スコル討伐依頼は終え、
リンデル村に戻り、一泊してからラーズへと帰還した




