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カタクリズム:中編  作者: ウナ
烏合の讃歌
44/72

5章 第20話 王の帰還 其の三

【王の帰還】其の三







「父さん、後何人殺れますか」


ダンは荒い息遣いで隣に立つ父ヴォーダンに聞く

その父は既に立っている事も奇跡のような有り様で、

普通ならばとっくに意識を失っているような重傷を負っている


「後1人は…………道連れにしてみせる」


父は血反吐を吐きながらよろめく身体を剣で支え、

かすれる視界で敵を捉えていた


ダンとヴォーダンを囲む元ドラスリア兵は残り10人

普通にやれば敗北は確実だろう

だが、この親子には策とも呼べない策があった


母メノッサと、妹フノッサの魔力が回復すれば……


それだけに賭けているのだ

魔力とは早々回復するものではない

だが、少し休めば多少は回復するのも事実であり、

その少ない魔力で起死回生を狙おうとしている

そして、その僅かな希望のために2人は命を使おうとしていた


1人でも多く生き残るために


兵士達は想像以上の抵抗に恐れ、

誰もが「お前がやれよ」と動かずにいた

ヴァンレン親子にとってその間はありがたい

ほんの僅かでも希望に手が届く可能性が上がるからだ


しかし、部隊長らしき男が声を上げ、

5人の兵が同時に動き出す


「父さんは一番端を」


「あぁ」


もうほとんど見えていない眼で敵を見る

ぼんやりと影のようなものは確認できるが、

相手がどんな体勢なのか、どちらに武器を持っているのか、

それすらも分からなかった


ダンは異様に低い姿勢から突きの構えで待ち構える

これは彼がエインに教えた技の1つ

義足になった事により以前よりスピードは出ないが、

それでも初見の相手は仕留められる自信があった


今、ダンは敵から奪った鉄剣(アイアンソード)を構えている

ドラスリアの双頭の竜が刻印された量産型の剣だ

手には全然馴染んでいないが、

自分の剣はこの戦いで曲がってしまったのだ


双頭の竜の紋章を見てダンがニヤける


「懐かしい剣だ」


ダンは短い間だがドラスリア騎士団の1人だった事がある

それ以前はドラスリア軍人だったのだ

その当時を思い出し、思わず笑みがこぼれてしまう


たくさんの思い出があった

嫌なこと、楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと……

どれも今となって大切な思い出だ

だが、その先にある記憶、

あれだけはどうしてもいい気分にはなれない


結果としては良かったのだが、どうしてもな


軍を辞め、騎士団に入り、しばらくした頃である

彼は久々に自宅に帰り、母の姿を見て悲しんだ

母をそうしてしまった原因を知り、彼は剣を手に取った


そして、その先で誤ちを犯し、その代償に右足を失ったのだ


あの一件がなければ今の自分はいない

それは間違いないのだが、あの時の自身の行動を恥じていた


「ったく、こんな時だってのに、嫌なことを思い出す」


ダンは右手に握る剣に力を込め、目の前の敵に集中した

敵は5人、一番左端は父に任せたので、残り4人だ

その4人は足並みを揃え、確実に仕留めにきている


さぁ、どうしたものか……


ダンはそこまで考えて「ふふっ」と小さく笑う

この期に及んでまだ生き残る方法を考えていたのだ


この命、くれてやろう


迷いは消えた、その瞬間ダンの視界はクリアになる

敵の動きが異様にゆっくりに見え、

揺れる鎧の金具すらじっくり見れるほどだった


そして、ダンは一歩を踏み出す


義足とは思えない踏み込みで間合いを一気に詰め、

上半身のバネを利用した強烈な突きを一番右端の敵へと放つ

それは、エインの使う"疾雷の突き"の原型とも言える突きだった


盾を構えた一番右端の兵士は驚愕し絶望した、盾を貫いたのだ

ダンの放つ突きは盾を貫き、腕を貫き、

鎧を貫通し、兵士の心臓を捉えたのだ

その強烈な威力に兵士は吹き飛び、着地するよりも先に絶命する


隣にいた兵士がダンの超速の突きに目を丸くするが、

すぐに向きを変えて大慌てで剣を振るう

一方、ダンはその場で上半身のみを使って突きを放つ


兵士の剣はダンのこめかみをかすり、肩にもかする

ダンの剣は兵士の鎖骨の間を貫き、その兵士もまた後ろへ吹き飛ぶ


ダンは足が悪い、そのため上半身は毎日鍛えているのだ

そして、彼は農作業も毎日こなしている

もともとパワー型の剣士だったダンの今の筋力は、

現役時代よりも上と言えるだろう


2人の兵士が瞬殺されるが、流石に敵も黙って見ているわけはない

兵士達は1人が殺された時に向きを変え、

全員がダンへ向かって動いていたのだ

そして、3本の剣が同時にダンに迫る


まだ2撃目の突きを放ったばかりの彼は体制が崩れており、

その突きをかわすことは叶わない


と、思ったが……2本の剣はダンには届かなかった

白髪の髪が視界に入り、それが赤く染まってゆく

3本目の剣はダンの左肩に刺さるが、彼はそれを力で押し退けた


『父さんっ!!』


父ヴォーダンは2人の兵士の剣をその身で受けたのだ

ダンは父に駆け寄るが、敵がいてそれすら叶わない

残った右腕で必死に剣を振るうが、剣は弾かれ、ダンは膝をついた


顎に剣先を押し付けられ、顔を上げさせられる

視界の隅には血を流して倒れている父が見え、

目に涙を溜めながら歯茎から血が出るほど噛み締める


「降参する」


ダンは必死に涙を堪えながらそう呟いた

だが、兵士達がそれを許してはくれなかった……


「はぁ? 今更何言ってんだ? お前は殺りすぎたんだよ」


大げさな身振りで辺りを見渡せと言わんばかりに兵士は言う


「何人死んだと思ってやがる、あぁ?」


1人の兵士がダンの顔を蹴り、彼は倒れ込む

その顔を踏みつけ、兵士は続けた


「最初から素直にしてりゃこんな事にはならなかったんだよ」


剣先を右肩に当て、グリグリと押し込んでくる

ダンは唇を噛むことでその苦痛に耐え、一言も発しなかった


「このじじいも、随分やってくれちゃいましたねぇ……ったく」


別の兵士が父ヴォーダンの亡骸を蹴飛ばし、

枯れ木のように細くなっていた父の身体は転がり、

その顔が、目がダンの目と合う


もう光はなく、虚ろなその瞳に自分の顔が反射し、

涙がとめどなく溢れ、父の姿は歪んでゆく

声を殺して泣くダンを兵士達は笑い、彼の義足を引っこ抜く


「ほ~らよっ! お前らの領主様だ、返すぜぇ~!」


その義足を屋敷へと投げつけ、兵士達は爆笑する

屋敷の中から村人たちが様子を伺っており、何人かは涙していた


1人の兵士がダンの背中に座り、

頭をペシペシと叩き、笑いながらこう言った


『お前ら出て来い! 領主様がどうなってもいいのかぁ?あぁん?』


だが、その言葉にここまで黙っていたダンが声を上げる


『出て来るな!!』


彼のバカみたいに大きい声が響き、

上に座っていた兵士は思わずビクッと身体を震わせる


「お前は黙ってろよ」


上に座る兵士は短剣を引き抜き、彼の左腿に深く突き刺した


「っ!?」


必死に声を出さぬよう堪えるダンだが、

兵士は短剣をグリッとねじり、それには耐え切れず叫ぶ


『うっ、ぐあああああああああっ!』


更にグリグリと短剣を回し、彼の腿をえぐる


「黙ってろって言ってんだろ?」


その光景を見た村人たちは堪らず声を上げた


『頼むっ! ダン様を解放してやってくれっ』


自分が代わりになると言い出したのはロドリエゴだった

だが、兵士がそんな交渉を受けるわけがない

方や領主、方やただの農夫だ、釣り合うわけがない


『お前ら全員出てこいっ! もちろん、王様もなぁ!』


村人たちからはざわめきが起こるが、

そのざわめきはダンの一言で静かになる


『出て来るなと言っているっ!!』


ダンは両肩から血を流し、左腿から血を流し、

右足の義足は投げ捨てられ、立つことも出来ない姿だ

そんな男が「来るな」と叫ぶ


ダンの意志が、覚悟が胸に刺さり、村人たちは涙する

そこで、ロドリエゴの妻アーシャノは言った


「あんな最高の領主様、あたしゃ見捨てられないよ」


その言葉に村人たちは少しして「もちろんだ」と頷いた

彼等は思い出していたのだ、ダンという領主を


彼はいつでも村を想い、民を想い、

不作の年には税を減らし、柵が壊れれば修理に来る

年に1回は少ない財を切り崩して宴を開いてもくれた


明るく、優しく、誠実で、情に厚い、少し涙もろい領主様


これが村人たちからのダンの印象だった

そのダンが今目の前で無惨に痛めつけられている

この光景を黙って見てられる者はこの村の住民ではないだろう


出て行こうとする村人たちをメノッサとフノッサが止める

だが、彼等の意志は硬かった


「オレたちができんは、こん程度だ

 オレたちの分まで………生きてけろ」


彼等の言葉に涙を流すことしか出来ない自分が悔しく、

フノッサは母の胸で声を殺して涙を流す


「フノッサちゃん……彼を、頼むね」


ソデルはフノッサの頭を撫で、笑顔を向けて言った

そして、彼等は出口に積まれていた家具をどかし始める


「坊主、これ持ってけ」


リーカスじいさんがイーリアスに草刈り用の鎌を渡す

研ぎたてのその刃は下手な刀剣より切れ味はいいだろう


「…………」


イーリアスは黙って受け取る、彼の目尻には光るものがあった


少年はこの国の、この世界の現実を目の当たりにしている

世界はとても厳しくて、とても残酷で、とても理不尽だ

物語に出てくるような英雄譚はごく一部で、これが現実なのだ


弱者は強者に虐げられる


ひどく当然で、ひどい現実だ

少年はそれを目に焼き付け、胸に深く刻み込む

この光景を忘れてはいけない


村人たちがぞろぞろと外へと出て行き、

彼等は屋敷の前に一列に並べられた

そして、ダンは顔を無理矢理上げさせられ、

村人の彼等1人1人と目を合わせてゆく……


「おい、こいつの名は」


一番端にいたアーシャノの喉元に剣を突きつけ、兵士はダンに問う

だが、ダンは黙っていた……すると、兵士は剣を横に引く

アーシャノの喉が裂け、ごぼごぼと血を吐き出しながら倒れる


『てめぇぇぇぇぇぇっ!!』


ダンの大声で空気が震えるが、

兵士は笑って次の村人の喉元に剣を押し付ける


「こいつの名は」


「…………ロドリエゴ」


「そうか、ロドリエゴさんよぉ、あばよっ」


兵士は剣を横に引く

血が飛び散り、ロドリエゴは前に倒れ込む


『何故だ!! 何故こんな事をするっ!!』


ダンは涙をボロボロと流しながら言うが、

兵士達はそんな彼を笑っていた


「お前らが悪いんだ、抵抗なんてするからな」


兵士はゆっくりと歩き、次の者……ソデルの元へゆく

彼の喉に剣を押し付け、ニタァと邪悪な笑みを浮かべた


「あ、あ、あなた達は、て、天罰が下ります!」


ソデルは震える声でそう言いながら失禁していた

だが、それが彼の最後の言葉となった


『やめてくれっ!…………頼むっ」


ダンの嘆願は虚しく響く

だが、この世は不条理だ、彼の願いは叶わない

次の者、リーカスの喉が裂け、辺りに鉄臭い匂いが広がった


「やめでぐで……頼む、頼むがら……お願いじまず」


涙や鼻水を垂らしながらダンは額を地面にこすりつけて嘆願する

だが、その願いは叶わない……次の村人も倒れ、その次も……


「お願いじまず、許じでぐだざい、お願いじまず」


何度も何度もダンは謝り、お願いするが、

そうする度に兵士達は笑い、彼の顔を無理矢理上げさせ、

村人が1人1人殺されてゆく光景を見せつける


「俺の命ならあげまずがら、お願いじまず」


彼の悲痛の叫びは誰の耳にも届かない

この世はひどく残酷で、ひどく醜い

その現実だけが彼の心を砕いていった


村人たちはそんなダンに微笑んで死んでゆく

1人、また1人、死んでゆく


悪夢にしてもタチが悪い、夢ならば覚めてくれ、

何度も何度もそう思ったが、ここは嫌というほど現実だ


すべての村人が殺され、死体が一列に並んでいる

ダンはその1人1人の名前をフルネームで言える

全員と話した事があり、仲も良かった

まるで村全体が家族のような、そんな間柄だったのだ


その彼等はもういない

そこにあるのは肉と骨と皮で出来た骸だ


胸の奥から痛みがこみ上げ、口から胃の内容物を全て吐き出し、

涙と鼻水と涎を垂らしながら彼の力は抜け、

ここではないどこかを見ているような虚ろな目に変わった


「おいおい、壊れちまったか~?」


ダンから反応はなく、彼はもう生きる気力を失っていた


「チッ、つまんねぇ」


ダンの頭を地面へと投げ捨て、兵士が振り向くと、

遠くで土煙が上がっているのが見えてくる


「ありゃ、なんだ」


兵士達がざわざわとし始め、

徐々に近づいてくる地響きを感じ、それが大群である事が分かる


「ド、ドラスリア軍か? なら王様差し出せば何とかなるだろ」


「いや、ラシュフォードだったらどちらにしてもダメだ」


「どうする? 逃げるか?」


「いや、しかし、王は目の前だぞ?」


兵士達は慌て、口論を始める

だが、1人の兵士は即座に行動に移っていた

屋敷を塞いでいる家具を蹴飛ばし、1つ1つどかし、中へと侵入した


中にはメノッサとフノッサがイーリアスを庇うように立っており、

彼女たちの魔力はまだ回復していないようで、

手には使い慣れていないであろう刀剣が握られている


兵士はニタニタと笑いながら剣を構え、

メノッサとフノッサの武器を叩き落とす

そして、2人を蹴飛ばし、彼女達は倒れ込む


イーリアスは先ほど貰い受けた鎌を構えるが、

兵士の剣と比べてリーチが違いすぎる

リーチの差は圧倒的戦力差になりえるのだ


ただでさえ身体的にも技量の面でも劣っているため、

今の彼に兵士を倒せる可能性はほぼ無いに等しいだろう


案の定、イーリアスは一瞬で拘束され、

彼のフードとマスクは剥がされる


「間違いない、お前はイーリアスだな」


少年の力では抗うことなど出来ず、

腕を無理矢理引っ張られてゆく……が、

外へ向かおうとした兵士の足をフノッサが握る


「陛下を……返せっ」


彼女は先ほど腹を蹴られ、まだ立ち上がる事すら出来ない

そんなか弱い少女がなんと強い心を持っているのか

だが、現実は甘くはない……フノッサの手は払われ、

彼女はみぞおちに蹴りを入れられる


「ごほっごほっ」


呼吸が出来なくなり、何度もむせる

目からは涙がこぼれ、必死に手を伸ばすが、

イーリアスと兵士は遠ざかる


「捕まえたぞ! ずらかるぞっ」


兵士が仲間にそう言うと、仲間の1人が駆け寄る


「待て、これだけ済ませる……心を折るためにな」


そう言って彼は判子のようなものを取り出した

これは少し変わった魔道具である、武器として使う物ではない


兵士が魔道具を少しひねると、一瞬で熱くなり、

金属部分が発熱でオレンジ色に変わる


「や、やめろっ」


少年の非力な抵抗など無意味で、

兵士はイーリアスの前髪を上げさせ、

その魔道具……"罪過の烙印"を押し当てる


『あああああああああっ!』


イーリアスの叫び声が辺り一帯に響き、

彼の額から煙が上がり、辺りに肉の焼ける匂いが広がった

罪過の烙印を離すと、そこには一首(ひとくび)の竜の痕が残る


ドラスリア王家は双頭の竜を紋章にしている

これはラシュフォードとの盟約の証であり、

2つの国が1つになった証でもある


一首の竜とはドラスリア王家にとって王位継承権剥奪の意味がある

本来は罪を犯した王族に押される烙印だが、

王太后エレナ・ベル・ドラスリアはイーリアスを捕らえた時に、

この烙印を真っ先に押せと命令を下していた


仮にその後に逃げられたとしても、

烙印がある限りイーリアスに王の資格が無くなるからだ


そして、烙印は少年の額に刻まれた


事実上、イーリアスは王位を剥奪されたと言える

少年王は膝をつき、頭を垂れて涙を流す


「あぁ……あぁ………うっ」


その泣き声が1人の男を呼び覚ます


『王たる者が泣いてどうする!!』


その声はダンだった

彼は立つことも出来ず、全身から血を流して、

地べたに這いずることしか出来ないが、

シグトゥーナ村の全ての人達が命をかけて守ったいた者に言う


『諦めるなっ!……王よっ!!』


次の瞬間、ダンは蹴飛ばされ、黙らされるが、

その二言が少年王の心で消えかけていた火に新鮮な風を送った

火は勢いを増し、彼の目には光が戻る


兵士達が半笑いでダンを見下していたが、

1人の兵士が「急ぐぞ」と皆を急かす


思い出したかのように慌てて準備をし、

1人の兵士がイーリアスをロープで結んでいると、

彼はぶつぶつと何かを言っていた……


「……草木を潤し、岩をも押し流す水よ」


刹那、イーリアスの目の前に15センチほどの棒状の水が出現し、

それはロープを結んでいた兵士の顔面に直撃する

運良く目に当たり、兵士の右目から血が吹き出す


ロープが緩んだ瞬間にイーリアスは走り出し、

その姿を見ていたダンは微笑む


『おい! 逃がすなっ!』


兵士達が追おうとするが、土煙はもう村の入り口まで来ており、

地響きもかなりのものになっている

それだけの数が来ているという事だ


イーリアスは一か八かに賭けた


全力で地響きの元へと向かい、

恐怖からもつれる足を必死に踏ん張り、力の限り走った

途中まで追ってきていた兵士達は、

この尋常じゃない地響きに恐れをなし、逃げ始める

そして、少年の視界に旗が飛び込んできた


糸とハサミの紋章……真なる王家ラシュフォードのものである


先頭を走り、首を掲げているのはミラ・ウル・ラシュフォード

その首は王太后エレナ・ベル・ドラスリアのものだ

ミラはエレナの首と共に終戦を知らせて回り、

両軍をまとめ上げてここまで進軍してきたのである


その軍はすでに4万を超えている


『全体、止まれっ!』


ミラの合図に続いて、伝令係が「全体、止まれ」と叫んでゆく

大軍は一斉に止まり、土煙が辺りを覆った


イーリアスはふらつく足でゆっくりとミラへと近づき、

ミラは馬を降りてから彼……少年王イーリアスを迎える

彼の前で膝をつき、頭を垂れて言う


「陛下、ご無事で」


「あぁ……」


ミラは立ち上がり、村を見渡す

何軒が家が倒壊しており、いくつか死体も転がっている

村の外には負傷したドラスリア兵も数名いた

ここで戦があったのは間違いないだろう


「ミラ、こっちに来てくれないか」


「はっ」


イーリアスはそう言うと小走りでヴァンレン家へと戻ってゆく

ラシュフォード軍は村の外で待機させ、

50名の兵士がミラに付き添い、王の後に続く


しばらくしてヴァンレン家が見え始めると、

そこには一列に並んだ死体があった

その手前には領主であるダンと、

前領主であるヴォーダンが血を流して倒れており、

屋敷は破壊された跡があった


「ここで何が……」


ミラがこの地獄のような光景を見て嫌な汗をかく


「彼等が……私を救ってくれた」


その時、ダンのうめき声が聞こえる

大急ぎで駆け寄ったイーリアスはダンの無事を確かめる

すぐに王宮魔導師が呼ばれ、生の魔法による治療が始まった


屋敷の中にはフノッサとメノッサが気絶していたが、

命に別状はないようだった

だが、ヴォーダンは……既に事切れていた


治療により意識を取り戻したダンが、

真っ先に言ったのは「奴等を逃さないでくれ」だった

ミラはすぐに部隊を送り、1時間もしない内に全員が捕まる事となる


彼等、元ドラスリア兵は全員打首が決まり、刑はその場で執行された

何の慰めにもならないが、ダンはその光景をじっと眺めていた


「ダン、凱旋に付き合ってくれないか」


イーリアスがそう言うが、彼は首を横に振る


「すみません、陛下

 俺は……もう……もう………うぅ」


涙が溢れ、彼からそれ以上の言葉は出て来なかった

どう声をかけていいのかも分からないイーリアスは、

黙ってその場を去ることしか出来なかった……



今日、この平和くらいしか取り柄のない小さな村で、

100を超える命が消え、村人は1人残らずいなくなった


弱者は強者に虐げられ、弄ばれ、殺された


この件は少年に王としての責務を与え、

心に深い深い傷として刻み込まれた


少年は王として帰還する……


だが、城を去った頃の彼より今の彼は大人びていた

彼を逃がすために散った騎士、助けてくれた多くの人々、

彼を守るために戦った力なき者達、

その犠牲が少年を王へと成長させたのだ


少年……いや、王は4万の大軍を率いて城へと戻る

民衆は王の帰還に歓喜し、誰もが笑顔で迎えてくれた

しかし、王の表情は明るいものではない……

そして、彼は民衆の前で演説を始める


挿絵(By みてみん)


『私はイーリアス・ベル・ドラスリア6世、

 この国、ドラスリア王国の国王である!』


民衆は大いに盛り上がるが、

イーリアスが王笏(おうしゃく)を鳴らし、静まり返った


『私の額には一首(ひとくび)の竜の烙印が刻まれた

 だが、それがなんだと言うのだ!!

 ドラスリアの双頭の竜は支え合う証であり、

 私個人が一首で何の問題がある! いや、無いと断言しよう!』


再び歓声が上がるが、イーリアスは手で制す


『私は独裁など望まない、身分の差すら望んではない

 1人1人が手を取り合い、助け合う国家を望んでいる』


今まで以上の歓声が上がり、拍手喝采に包まれる

だが、次の一言で民衆は静かになり、どよめきが広がった


『多くの犠牲が出た、多くだ

 何を喜ぶのだ、私1人戻ったところで彼等は返っては来ない』


民達は戸惑っているが、王は気にせず続ける


『私達、残された者は、彼等の分まで生きねばならない

 今後、このような犠牲が出ぬよう良くせねばならない』


彼の瞳には光るものが見えた


『人は死ぬのだ、当然だ

 簡単に、呆気なく、嘘みたいに死んでゆく

 だが、それを受け入れていいのか? 違うだろう!』


彼が何を言いたいのか民衆には分からなかったが、

今まで見たこともない少年の変化に、民は黙って聞いていた


『私はもう…嫌だ、この国からこんな事は無くしたい

 心の底からそう思う……だから! 皆さんにお願いがあります!』


王が民に願うなど今までは無かった

王とは命令する立場であり、お願いするなど……まるで対等ではないか


『まだ幼く無力な私に力を貸してください! お願いします!』


王は頭を下げた

それには大臣達が一斉に止めに入ったが、

彼は頭を上げる気配もなく、頑なに願い続けた

その想いは民衆を動かし、民から一斉に歓声が上がる


『おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』


イーリアス、イーリアスと王の名が連呼され、

民達は応えてくれる、彼の想いに




この瞬間、少年は間違いなく王となった




・・・・・


・・・



その後、エレナ側についた貴族はノルにより処刑され、

主のいなくなった領土はラシュフォードの傘下に入った者に配られた


イーリアスは王座に戻り、今回の功労者として、

ラシュフォード三姉妹に爵位と領土を贈る

それは、ダン・ドンナー・ヴァンレンにも贈られた

だが、ダンはそれを辞退した


「私は領主失格です、民を全て失いました

 あんな小さな村1つ守れない者など領主であるべきではない」


彼はそう言い、イーリアスの前から姿を消した

だが、イーリアスは彼の村に高い壁を築き、

王都から移住者を募り、村へと送った


条件が良かったのもあり、あっという間に50名が移住し、

ダンは新しい住民たちとどう接していいのか戸惑っている様子だった

最初こそ嫌がってはいたが、ダンも少しずつ心を開き、

ゆっくりだが村は活気を取り戻しつつある


シグトゥーナ村には王から贈られた慰霊碑が立ち、

新しく出来た壁は魔物を通さず、静かで平和な村が戻ったのだ


しかし……過去のシグトゥーナ村はもう無い


長年共に暮らしてきたあの村人たちは誰一人いない

その現実がダンを苦しめ、悲しませていた


しばらくして、王城にヴァンレン家が呼ばれる

エインを除くヴァンレン家は城まで馬車で向かい、

すんなり城内に通され、謁見の間に案内される

そこでイーリアスの言った言葉は度肝を抜かれるものだった


「フノッサさん、結婚しませんか」


「は?」


笑顔で言うイーリアスは至って真面目だ

思わず「は?」と言ってしまったダンは慌てて背筋を正す


「お断りします」


フノッサは丁寧にスカートの端を摘み、深く頭を下げて断る


「何故ですか? 私は王ですよ、悪くないと思いますけど」


「お断りします」


フノッサの態度は変わらない

慌てる兄と、クスクスと笑う母


「理由を伺っても?」


「わたしはエイン兄さまを愛しております」


「は?」


今度はイーリアスが「は?」と言ってしまう

ありえないものでも見たかのような表情に、

メノッサは笑いを堪えるのに必死だった


「何か?」


フノッサは至って真面目だ

だが、その真剣さが逆に恐ろしくもある


「実兄を愛していると、だから王である私とは結婚できないと」


「はい、そのように言ったつもりですが」


彼女は当然のことのようにそう言う

彼女にとってそれが当然だから仕方ない


イーリアスは頭を抱えて考え込む

この返答は予想していなかったのだ

断られる事は想定してはいたが、まさか理由が"これ"とは


「……えっと、1つ質問してもいいですか」


「はい、なんなりと」


イーリアスは疑問に思った事を素直に聞いてみた


「実兄と子を成したいと?」


「当然じゃありませんか、この世に兄を愛さない妹がいるとでも?」


フノッサは若干不快そうにそう答えると、

隣にいたダンが「俺、愛された記憶ないんだけど」と洩らすが、

フノッサがひと睨みして黙らせる


「そ、そうですか……本気なのですね

 ですが、私も諦めるわけにはいきません」


イーリアスは苦笑しながらも決意を胸に言う


「私は貴女がいいのです」


「お断りします」


フノッサが即答で返す度にイーリアスの頬が引きつるが、

彼は諦める気配はない、相当彼女を気に入ったようだった


この場にいた誰もが将来彼女が王妃になるなど想像もしていないだろう

だが、それはそう遠くない未来に実現する事となる


未来には、何があるか分からない……


この先、カナランで起こる出来事など、誰が想像出来ただろうか

神ですら予測できない自体に世界は動き出す




大変動(カタクリズム)は始まっているのだ




今回でドラスリア編のお話は終わりになります、お疲れ様でした!

引き続き、カナラン編もお楽しみくださいまし。


今回の「王の帰還」は少し悩みました。

僕はあの村の住民が大好きだったので、殺したくないって想いもあって、

でもストーリー上、設定上ああするしかなくて、ちょっとへこんでます。


複数の投降サイトの合計PV数が15万を超えました!感謝感謝(*´∀`)


挿絵(By みてみん)


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