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カタクリズム:中編  作者: ウナ
烏合の讃歌
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5章 第19話 王の帰還 其の二

【王の帰還】其の二







シグトゥーナ村での戦いが始まった


開幕でメノッサの2属性魔法が炸裂する

彼女の使った魔法は火と水の中級魔法

相反する属性はぶつかり合い、中規模の爆発を起こす


爆発自体の威力はよろめく程度だったが、

それにより発生した霧で視界は悪くなり、

ドラスリア兵と村人は互いを目視する事はできなくなった


次の瞬間、ドラスリア兵たちから悲鳴が上がる


視界が悪く、隣の仲間程度しか見えないため、

彼等は何が起こっているのか把握出来ていない

だが、間違いなく攻撃を受けている、それだけは理解していた


『盾の壁っ!』


部隊長らしき男の叫び声で兵達は一斉に動く

密着するように整列し、最前列の兵達は盾を前面に構え、

その頭上を二列目の者たちが盾で覆い、

後ろの列の者が前の列の頭上に盾を構えてゆく

壁というよりも、一枚の大岩のような形になった


盾の壁が完成すると、

ゴンッ!ゴンッ!と何かが盾にぶつかり、

その1つが盾の隙間を通り、足元に落ちてくる


それは、拳ほどの大きさの石だった


ただの村人の力ではこの大きさの石を投げても、

数メートル飛べばいいところだが、

村人との距離は20メートル以上は離れていたはずだ

そのため、石を見た者が真っ先に思ったのが「どうやって」だった


答えは単純だった


人類の歴史で最も古い武器の中の1つ、

それは……スリングと呼ばれる投石器だ


石などの硬い物を飛ばすだけの単純なものだが、

攻撃力も悪くなく、狙いもつけやすい

何より、道具がほとんどいらないのが利点だ


実際、シグトゥーナ村の者達も石と布を使っただけである

ドラスリア兵が来る前に老婆たちが石を布で包んでたのはこのためだ


布で包んだ石を縦回転に回し、遠心力で遠くへ飛ばす

これならば誰でも使うことが出来、老婆であろうと、

20メートル程度の距離は簡単に飛ばせるのである


降り注いだ石により、7名のドラスリア兵が倒れた

残りは40名……対する村人はまだ60名のままだ

先制攻撃は成功と言えるだろう


石の雨が止んでからしばらく経ち、

風により霧が晴れると、そこには村人の姿はなかった


「チッ……どこ行きやがった」


部隊長らしき男が辺りを見渡し、隊に指示を出す


「隊を10名ずつに分ける、

 5名は怪我人を村の外まで運び、残りはオレの隊に加われ」


統率の取れた動きで迅速に行動してゆく

正規兵だからこそ出来るスムーズな動きだ


隊を3つに分け、三叉路のそれぞれの道へと向かわせる

ハヴァの魔女がいようと相手は村人だ、

10人もいればどうとでもなるという判断だった


「魔女を見かけた小隊は合図のラッパを鳴らせ、

 合図が聞こえたらイーリアスを追っている者以外は集合せよ」


ハッ!と全員の声が揃う


彼等はラシュフォード軍との戦争の中、逃亡した兵達である

ノルの戦術に圧倒され、逃げた兵士は少なくはない

更に悪魔という化物の出現により、脱走兵は爆発的に増えていた


敵前逃亡は死罪、それがドラスリア軍の常識だ

それでも逃げてしまうものなのだ、死の恐怖からは……


そして、行き場を失った者達が集まり、

50人ほどの集団を作って野盗となる

これもよくある話だ


実際、ラルアースに存在する盗賊団の大半は元軍人である

かの有名な大盗賊クガネ率いる"爆殺"もまた元軍人が多く在籍していた


そんな彼等も好き好んで盗賊になりたい訳ではない

可能であれば真っ当に生きたいのだ

そして、それが可能になる可能性が限りなく高い標的が目の前にいる


イーリアス・ベル・ドラスリア6世


王を捕まえれば敵前逃亡程度の罪は帳消しになる

それほどこの戦争においてイーリアスには価値があるのだ


これは、ただの武装した元軍人達ではない

この一戦に今後の人生が掛かっている彼等は、

戦争に出ていた頃よりも遥かに士気は高いのである


失敗は許されない


元軍人の一人一人がその想いを胸に剣を握り、

この一戦に全身全霊をかけて集中する


3つの部隊に分かれた兵達は1軒1軒の家を見て回る

念入りに、慎重に、迅速に……


三叉路の中心から3軒離れた家に5人の兵士が押し入る

だが、室内には人の気配はなく、

ここもハズレか……そう思った瞬間の出来事だった


メリッ、パキッ


何かが弾けるような音がした瞬間、

年季の入ったボロ屋は揺れ始め、すぐに倒壊した

巻き込まれた兵士は木材の下敷きになり、

絶命した者、身動きが取れない者、骨が折れた者と様々だ


もともとシグトゥーナ村にはボロ屋が多い、

家を修繕する余裕などこの村には無いのだ

家を支える柱に隙間が出来ると薄い板を差し込み、

誤魔化し誤魔化しやってきたのだ


そんなボロ屋は、少し手を加えるだけで倒壊させる事が出来る

柱に差し込んだ板を割り、大人が数人で押せばすぐに倒れるだろう


村人たちは躊躇などしなかった

家はまた建てればいいが、命は1つだけだからだ

弱者である彼等に選択肢など少ない

何かを犠牲にしなくては、犠牲になるのは自分なのだから……


砂埃が立ち込め、視界は悪くなる

外を捜索していた5人は家が倒壊した事に驚くが、

視界が悪く、近寄る事が困難なため、

仲間の無事を確認する怒鳴り声が響いていた


「た、助けてくぐぉっ」


仲間の声が聞こえたと思った瞬間、

その声の主は命を落とす……敵だ


『気をつけろ! 近くにいるぞっ!』


兵士達は剣を突き出しながら慎重に進み、

先程死亡した兵士の元へとたどり着く

彼は木材に潰され、身動きが取れないところを、

切れ味のよくない刃物でめった刺しにされたようだった


「ふざけやがって……ぶっ殺してやる」


仲間の死体を見た兵士は手を震わせ、怒りに身を委ねる

彼は砂埃の中を闇雲に駆け抜ける

すると、すぐに人影を発見した


仲間かどうかなど確認もせず剣を振り下ろし、

目の前にいる人影の背中に致命傷を与えた


『ぎゃああああああっ!』


絶命する声が響き、大量の血を流しながら倒れたのは村人だった


『ざまぁみろっ!!』


そう彼が叫ぶと、右後方の脇腹、左脇腹、背中に何かがぶつかった


「ご……ごぼっ」


大量の生温かい血が口から溢れ、言葉を発する事は叶わない

3人の村人が農具で彼の身体を刺し、全力で押し込んでいる

それを見た彼は意識が飛びそうな中でも剣を振るう


右手に持たれた鉄剣(アイアンソード)で、

左脇腹を刺している老婆の胸元を深く突き刺し、

すぐに引き抜いて右脇腹を刺している40代の女性の首を斬りつける

だが、彼女は彼の右後方にいたため、

剣は首に1センチほどめり込んだだけで止まっていた


事切れた兵士から剣が落ち、首を切られた女性は倒れる


「だ、大丈夫か!おまえっ!」


背中を刺していた男が女性を抱き上げた……彼は彼女の夫だ

喉に血が流れ込み、上手く話せない妻を抱き、

男は涙した……が、妻よりも先に彼は逝く事となった

別の兵士が声のする方へと向かい、

ここへとたどり着いてしまったのである


『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ!!』


妻の声にもならない悲痛の叫びが響くが、

それも途中でぷつりと途切れた……


今、シグトゥーナ村は地獄と化した

血で血を洗う殺し合いの場……戦場となったのだ


元ドラスリア軍……残り34名

村人……残り56名


村のあちこちで悲鳴が聞こえてくるが、

今は悲しむ余裕も、怯えている余裕もない

一人でも少ない犠牲で生き残る事こそ最優先なのだ


そう、村人たちは元から犠牲が出ることを前提で動いている

弱者である事を理解し、どうすれば生き残れるか必死に考え、

辿り着いた答えは"全員が助かる道"を諦めることだった


一丸となり、犠牲も厭わない戦い方で活路を見出す

1人でも多く生き残るためにはそれしかなかったのだ


一方、元ドラスリア兵達は一人も死ぬ気などない


イーリアスさえ捕らえれば未来は約束されているため、

兵士達はこの戦いで犠牲が出る事をよしとしていない

相手は弱者である村人だ、正規兵である自分たちは強者だ

勝てて当然、負けるなどありえない……そう思っているのである


この差は僅かな差ではない


気持ち程度で人の力は変わらない……本当にそうだろうか?

本当に追い込まれた人間というのは、

獣よりも遥かに恐ろしいのではないだろうか


元ドラスリア兵達も状況的には追い込まれてはいるが、

彼等は武装などで明らかに優位に立っている

この僅かな精神的余裕が、死に物狂いの者とは大差なのだ


彼等は同じ人間である


正規兵だった兵士達は鍛え上げられてはいるが、

村人達も日々の肉体労働で鍛えられている

年齢や性別こそバラけてはいるが、同じ人間だ


英雄など一人もいないのである


現状で英雄に一番近いのはエインの母メノッサだろう

だが、彼女は長い闘病生活と老いのため、

全盛期ほどの力は出せないのは明らかだ


次の強者と言うとエインの兄であるダンだ

彼は元騎士団の一人であり、仮にもエインに剣を教えた男だ

片足は義足だが、まだ十分戦えるだろう


そして、忘れてはいけないのがエインの妹フノッサだ

彼女は死の神を崇拝している、それも尋常ではないほど、だ

一歩間違えれば狂信者と言っても過言ではないだろう


エインに対する想いを見ていれば分かるとは思うが、

彼女は根っからの依存気質なのだ

そんな彼女には魔法の才がある


死の魔法……全属性の中でも特に攻撃に特化した魔法だ


彼女の分厚すぎる信仰心は、

普通では知り得ない様々な魔法のイメージを彼女に与える

より正確に、緻密に、確かなものとして……


魔法とは確かなイメージが出来れば呪文は何でもいい

よりイメージを鮮明にするために呪文とは唱えるものなのだ


そこにある事が当然というイメージは簡単に出来るものではない

何も無い場所にリンゴがあると言われて、

疑うことなく信じられる人が何人いるだろうか……?


これが魔法を使える者が100人に1人程度しかいない理由である


幼いため、フノッサが使える魔法は中級止まりだが、

あの歳で中級7章まで使いこなせる者は早々いない

彼女は英雄の卵といったところなのである


そんな彼女……フノッサは敵に囲まれていた

家を倒壊させて敵を巻き込む作戦だったが、

倒壊させるのが少しだけ早く、1人も倒せなかったのだ

その結果、10名の兵士に囲まれている状態だった


彼女と行動を共にしているのは老夫婦が1組、

村のみんなに農具を作ってくれる偏屈じいさんのリーカス、

シグトゥーナ村では珍しい10代後半の若い男ソデルの4名だ


兵士5名が一斉に突きを放ち、老夫婦が盾となって息絶える

この老夫婦はまともに動ける身体ではなかったのだ

彼等は今自分達が出来る唯一の事を実行したのである


カウンターでソデルとリーカスが1人の兵士に襲いかかった

ソデルは農具であるクワを大きく振りかざし、真下に振り下ろす

いつも農作業でやってきた動きだ、その正確さと威力は相当なものである


盾で防いだ兵士はよろめき、そこへリーカスの鋭い一撃を入れた

彼が持つのは、ホークと呼ばれる大きなフォークのような農具だ

手入れをしたばかりのホークは薄い鉄板の兵士の鎧を貫き、

胸部から腹部にかけて致命傷を与えた


1人が殺された事により兵士達は戸惑う

まさか仲間2人も殺されたのに、

即座に反撃をしてくるとは思っていなかったからだ


そして、その反撃はまだ終わっていなかった


「霧散、飛散」


挿絵(By みてみん)


幼さを感じる高い声が耳に届く

その声は澄んでいて、歌でも歌わせたらさぞ素晴らしいだろう

そんな事を思ってしまうような愛らしい声だった

だが、目の前で起こった現象は愛らしくないものだった


フノッサの両手には黒い霧状の玉が握られており、

彼女が流れる水のような動きで兵士の懐に入り込み、

その両手を押し付ける……すると、兵士の腹には大穴があいていた


音もなく、静かに兵士は即死する


フノッサの動きは止まっていない

そのまま次の兵士へと行き、慌てた兵士は盾でブロックする

だが、それは間違いだ……彼女は死の魔法の使い手なのだから


彼女の手に触れると盾は砂状に崩れ去り、

その盾を握っていた腕もまた崩れ去る

そのまま手を押し込み、その兵士もまた腹に大穴があく事となった


「こ、こいつ、魔女の娘かっ!」


一人の兵士がそう言った

一瞬で兵士達に動揺が走り、一歩二歩と後退る


「どうする? 合図を出すべきなのか?」


「いや、それは魔女の時って指示だろ」


兵士達は予期せぬ出来事に混乱し、動きが止まっていた

その一瞬でリーカスとソデルが1人の兵士を仕留める

そして、フノッサは魔法が切れたため、

次の詠唱へと移行しようとしていた


『今だっ!』


兵士達が魔法が切れた瞬間を狙い、3人で突きを放つ

熟練の戦士でも三方向からの攻撃は防ぐのは難しいと言われている

相手は13歳やそこらの少女だ、誰もが"獲った"と思っただろう


「無塵」


しかし、彼女の詠唱は短すぎた

異常なまでの信仰心と、母譲りの魔法の才により、

フノッサは中級までの死の魔法であれば一言で発動出来るのである


三方向からの突きが彼女へと迫ると、

剣先が見えない何かに触れ、塵一つ残さず消滅してゆく


「ひっ!」


思わず剣を引っ込めた兵士は、次の瞬間リーカスのホークの餌食となる

そのまま突きを続けた2人の兵士は腕が無くなり、

転げ回り、出血多量で死亡する事となった


これで3対3……フノッサを恐れた兵士は背中を見せて逃げるが、

リーカスの投げたホークと、ソデルの振り下ろしたクワと、

フノッサの死の魔法「乱離」で絶命した


「ふぅ……」


大きなため息をもらしたフノッサはその場で片膝をつき、祈りを捧げる


「死の神よ、邪な魂をそちらへ送ります」


祈りを終えた彼女は自分で立ち上がる事が出来ず、

ソデルに手を引いて起こしてもらっていた


彼女は強さだけで言えば英雄と言ってもいいかもしれない

だが、彼女はまだ幼い……もう魔力が限界に近いのだ

顔は上気し、呼吸は乱れたままだ


今の彼女が使える中でも上位の魔法を4連続で放ったためである

最初に使った魔法は同じ魔法を2つ発動していた

次に広範囲魔法を使い、最後に遠隔魔法を使っている


まだ成熟していない彼女は魔力量が少なく、

連続使用の場合、中級魔法を5回が限度なのだ


「フノッサちゃん、無理しちゃダメだよ」


ソデルが彼女に肩を貸しながら労う

シグトゥーナ村の中に若い女の子がいないため、

まだ年の近いフノッサに自然と惹かれていた


しかし、フノッサのあの性格などを考えると頭が痛くなる

自分は本当にこの子が好きなのだろうかと疑いたくもなる

歳がそこそこ離れているせいもあるだろう、幼すぎるのだ


だが、次に歳が近いというと20後半の女性になる

彼女は実の姉だ、そういう感情を抱く方がどうかしている

更に姉は人妻だ、よって選択肢にすら入らない


シグトゥーナ村は高齢化の進んでいる村だった

若者は皆出て行ってしまうのである


そんな中、まだ歳の近いフノッサを対象として見ているのだが、

"あの"フノッサであるため、彼はいつも悩んでいた


しかし、今日の彼女を見て彼の心は揺らいでいる

幼いながらも必死に戦い、自分よりも遥かに強く、そして美しかった

そんな彼女に惹かれてもおかしくはないだろう?


まるで自分を納得させるようにソデルは頷き、

横にいるフノッサは怪訝そうな顔をする


「ふんっ、これだから若いもんは」


リーカスがいつもの偏屈っぷりを発揮しながら、

兵士に刺さったホークを抜く


「ドラスリア軍も地に落ちたのぅ!

 軟弱者ばかりになりおって、わしの時代には……」


リーカスがぶつぶつと文句を言いながら歩いてゆく

若者2人は苦笑しながらついて行った……


・・・・・


・・・



戦いが始まってから30分が経過していた

たった30分で死傷者は大量に出ている


元ドラスリア兵……残り24人中負傷者8名

村人……残り23人中負傷者2名


村人は健闘しているが、

ヴァンレン家がついていないところの被害は大きかった


元ドラスリア兵は少なくなった部隊を1つにまとめ、

各個撃破の作戦に切り替えている

そのため、今は一方的な虐殺状態になっていると言える


村人は地の利を活かし、策を講じ、

死に物狂いで戦い、何とか互角程度になっていたのだ

だが、相手が結束し、数の暴力で来られてはどうする事も出来ない


散り散りに逃げた村人はヴァンレン家で落ち合い、

テーブルや家具を倒して壁を築いていた


「ダンよ」


父が珍しく声をかけてくる

少し驚いたが、ダンは駆け寄って言葉を待った


「私がメノッサとフノッサの魔力が回復する時間を稼ぐ」


彼女たちはもう魔力が尽きかけており、

まともに立っている事もままならない状態だった


「しかし、父さん……無茶だ」


ダンはそう言いながら理解していた

自分が同じ立場だったらそうしたであろう事を……


父ヴォーダンは今年で67になる

数多の戦場で戦い、数え切れないほどの犯罪者を捕まえている

そんなヴォーダンは身体中傷だらけで、年齢よりもガタがきていた


「老いたとは言え、これでもヴァンレンだぞ? 侮るでない」


「侮ってなど……」


ヴォーダンは黙って息子の身体を強く抱き締め、

名残惜しそうにゆっくりと身体を離し、

ダンにだけ聞こえるような小声で言った


「いざという時はフノッサを……分かっているな?」


「……はい」


生き残りで若い娘はフノッサただ一人だ

その意味は理解している


ヴォーダンはダンの肩に手を置き、一言を残してゆく


「陛下を頼む」


ダンが黙って頷くのを確認してから、

ヴォーダンはフノッサの元へと歩いて行った


「フノッサ、最後まで諦めるんじゃないぞ」


「はい……父さま」


彼女の目には涙が溜まり、必死に堪えている

そんな娘の頭を抱き締め、父は優しく撫でる


「母さんを頼むな」


「はい……はい……」


静かに父の胸で泣き、今できる精一杯の笑顔を向けた


「いってらっしゃいませ、父さま」


「うむ」


父は威厳のある返事をし、背を向ける

その背に手を伸ばしかけるが、フノッサには掴む事が出来なかった


ヴォーダンは妻であるメノッサの元へと行き、

座っている彼女の前に腰を下ろす


「行ってくる」


「えぇ、行ってらっしゃい」


メノッサは涙は見せず、黙って口づけを交わす

若い頃にしたような長い長い口づけが終わり、夫は立ち上がった


居間に飾ってあった古い剣を手に取り、それを引き抜く

剣はよく手入れがされているのか輝きを失っておらず、

それを見たヴォーダンは少しばかり微笑み、鞘に収めた


「私が出たらここを閉じなさい」


そう言って村人に家具をどかさせる


「ヴォーダン様……」


村人たちは涙し、元主である彼のために家具をどかす


「オレもついていきます」


そう言ったのは村の入り口に住むロドリエゴだ

彼は幼い頃からヴォーダンと友だった

お互い髪は白くなったが、あの頃の思い出は色褪せていない


「ありがとう、ロド

 だが、君は皆を守ってやってくれ」


瞳にその強い意志がハッキリと見え、

ロドリエゴは黙って従うことしか出来なかった


「ヴォーダン」


声をかけてきたのは白いフードの少年

イーリアス・ベル・ドラスリア6世

彼はマスクに手を伸ばし、素顔を晒して言った


「……ありがとう」


「勿体なき御言葉、感謝致します」


ヴォーダンは少年王に深く頭を下げ、優しく微笑んだ

そして、出口へと目線を動かし、表情は鋭いものへと変わった


一人の男が屋敷から出てくる

その男の髪は真っ白で、風に揺れて光っているようにも見えた


男の名はヴォーダン・ドンナー・ヴァンレン


あちこち手直しした跡のあるくたびれた服を着ているが、

気品と風格は兼ね備えており、老人とは思えない強さを感じた


手に握るのはサーベルと呼ばれる少し湾曲した古い剣で、

それをゆっくりと鞘から抜きながら歩いていた

鞘を左手に持ったまま、彼は言う


『我が名はヴォーダン・ドンナー・ヴァンレン、

 死にたい者から前へ出なさい、私が死の神に会わせてやろう』


負傷者を除く16名の元ドラスリア兵が囲んでいるが、

彼の放つ異様な圧に一瞬怯んでいた

しかし、少ししてから一部の兵士が笑い出す


「老いぼれがよく吠える」


「アンタ、状況理解できてんの? あ、ボケちゃってんのかね?」


あっはっはっは! と一斉に笑いが起きるが、

ヴォーダンは黙って睨み続けていた

その目つきが恐ろしく、誰も近寄ろうとしない


「どうした、口だけか」


ヴォーダンは鞘で先ほどボケてると笑った男を指す

その挑発に苛ついた彼は剣を振りかぶって間合いを詰めた


『黙れ、じじいがぁぁっ!!』


上段からの強烈な振り下ろし

今のヴォーダンではまともに受ければ後ろに倒れてしまうだろう

だが、彼は避けなかった


鞘でその一撃を受ける

サーベル用の鞘もまた曲線を描いており、

それに沿うように兵士の振り下ろしは流されてゆく


そして……兵士の剣が地面につくか否かのところで、

ヴォーダンのサーベルの切っ先が兵士の喉を捉えた

辺りがざわつく中、ヴォーダンは剣を引き抜き、

トドメの一撃を入れる


「さぁ、次はどなたかな」


僅かに息を切らせながらヴォーダンは構える

久しぶりの実戦で、想像以上に自分が老いている事を実感していた

余裕があるように見せてはいるが、後1・2人が精一杯だろう


なら、私にできることは……


「どうした、いつでもいいぞ、かかってきなさい」


時間稼ぎだ


「私から行くぞ? いいのか?」


鞘で一人一人の顔を指してゆく

まるでこれから殺す相手を選ぶかのように……


兵士達はこの老兵を舐めていた

だが、先ほどの太刀筋、只者ではないのは明白だ

ここまで仲間を失いすぎたため、誰もが臆病になっていた

そのため、この老人のハッタリが見破れず、攻めあぐねていたのだ


そして、ヴォーダンは老いぼれと言った男を鞘で指す

指された兵士は怯え、目線すら合わせようとしなかった


そんなやり取りがしばらく続き、

痺れを切らした兵士が前へと出て言う


「おい、お前とお前、同時に行くぞ」


「お、おう」


「任せろ」


3人の兵士が突きの構えで向かってくる

どうやらこれが最後らしい……だが、これも悪くはない

願わくば、娘たちが無事であるといいのだが、

その願いが叶うことは難しいだろう


だが……だが……せっかく笑顔を取り戻した妻が、

こんな結末でいいのだろうか……いや、いいはずがない

そんな哀れな事はないだろう?

ならば、私にできることはこれしかない


1人でも多く、一瞬でも長く、それだけだ


ヴォーダンは鞘とサーベルで2刀流のように構え、

重心を落とし、じっくりと敵を見定める


二歩だけだが1人が早く向かって来ている

その後ろの2人はほぼ同時といったところだ


ならば


ヴォーダンはサーベルで先頭の男に突きを放つ

男は盾で防ごうとするが、サーベルは曲線を描き、

盾の外側から胸を突いてきた

十分致命傷となり、男が前かがみに倒れ込む

予想していなかった2人の兵士の片方が半歩止まってしまった


これを狙っていた


ヴォーダンは半歩早い方の兵士に向けて鞘での突きを放つと、

慌てた兵士はそれを盾で防ぐ

そして、ヴォーダンは兵士の盾を持っている手の方へと回り込み、

サーベルでの突きを放ち、兵士の脇腹に深く突き刺す


即死こそしなかったが、刺された兵士はもうダメだろう

だが、老いた身体ではここまでだ

最後の3人目に対処できるだけの体力と筋力がない


よろめくヴォーダンに向けて最後の兵士が振りかぶる

右上段から下段への振り下ろしだ

ヴォーダンは残った力を振り絞って鞘でそれを受けるが、

いなすことは叶わず、彼の肩に深く剣がめり込んだ


「ぐぅっ」


肉が裂け、骨が砕ける

衝撃とともに熱さのようなものが肩口から広がり、

発狂してしまいそうなほどの激痛が襲ってくる


だが、そこで剣は止まっていた


ヴォーダンは動く左手で鞘を振るうが、

相手の兵士が焦って転んだだけで殺せてはいない


ふらつく足でよろよろと兵士へと詰め寄るが、

立ち上がった兵士は笑みすらこぼしていた

そして、兵士は剣を振りかぶる


あぁ……ここまでか……私は頑張れたのかな……


剣が首へと迫る時、見慣れた人影が視界に入ってくる

ここにいてはいけないはずの者が……


『父さんっ!!』


父の姿を見て、ダンが飛び出してしまったのだ

彼は義足で必死に走り、父を殺そうとする兵士の背中を刺した

そのままダンは父の身体を支える


『父さん!』


彼のバカみたいに大きな声が響き、

耳鳴りでまともに聞こえなくなってきていた耳にも届く


「ばかものが……」


ヴォーダンはそう言いながら笑っていた

そんな父を見て、ダンは歯を見せて笑う


「父さんの息子ですから」


父の身体を支えて真っ直ぐ立たせ、

ダンは地面に落ちていたサーベルを拾って父に渡す


「父さん、もう少しだけ付き合ってくれ」


「ふんっ……親遣いの荒い息子だ」


飛びそうになっていた意識をギリギリのところで戻し、

ヴォーダンは剣を構える……息子と共に




親子は剣を手にする……大切なものを守るために




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