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カタクリズム:中編  作者: ウナ
烏合の讃歌
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5章 第17話 遮光

【遮光】






ケイ・ヴェル・ラシュフォード


彼女は大貴族ラシュフォードの次女として生を受け、

絶えず双子の姉であるノルと比べられて生きてきた


絶対的な才を持ち合わせた姉は、

いつしか彼女の中で雲の上の存在となってゆく……


全てが、全てが違うのだ


勉強、魔法、身体能力、社交性……

何をやっても姉には到底及ばず、

いつしか彼女は……諦めた


見た目こそ全く同じだが、中身が違いすぎる

周りが姉ばかりそう扱うのは当然のこと、

自分は姉の劣化品なのだから……


諦めてから彼女の心は軽くなり、

見るもの全てが新鮮に感じ、新たな生を受けた気分だった


私らしく生きていいんだ


彼女は生を謳歌していた

親が決めた相手と結婚したが、彼を愛し、

子には恵まれていないが幸せな夫婦生活を送っている


幼い頃の姉は嫉妬の対象であり、憎悪の対象だったが、

見方を変えてしまえば何という事はない

姉は憧れの対象であり、尊敬の対象となっていた


金魚のフンのように後ろをついて回り、

姉の言葉に胸を躍らせ、いつも側で見ていた


まるで自分が姉になったかのように、

ノルのやる事、成功という揺るぎない結果に興奮し、

彼女と喜びを共有していた


そんな日々はあっという間に過ぎ去り、

気がつけば数年という時が経っていた

その頃には自分にも妹ができていた……ミラだ


ノル姉様はミラを私同様に愛し、

私もミラを心から愛した


だけど、ミラが成長するにつれ、

あの子の才能が開花し始めた……

それはまるで幼い頃のノル姉様のようで、

当時の気持ちが蘇り、私の中に闇が広がってゆくのを感じた


どうして私だけ……どうして双子なのに……

どうして姉妹なのに……どうして私だけ……


闇は私の心を黒く染め上げ、

いつしか私の中に1つの感情が育ち始める


……殺意


そう、それが私の中に芽生えた感情

姉であるノルに対して、妹であるミラに対して、

考えてはいけない事だと分かっているけど、

あの頃の私にはどうする事も出来なかったの


劣等感が心を蝕み、殺意が埋め尽くし、

私の心はいつ決壊してもおかしくない状態だった

もう限界、そう思ってた頃に私はまた"諦めた"


でも、今度のはただ諦めた訳じゃないのよ

二人は諦める必要なんて無いから分からないかもね


"諦める"のと"覚悟する"のは同じなのよ


私のは前向きな諦めだから、同じなんだ

多分二人には分からないんだろうなぁ……

そこだけは私の方が優れてるかもね?


私は覚悟したの、

これからもノル姉様とミラを見守ると


私には出来ない事が簡単に出来てしまう二人だけど、

そんな二人を見守る事は私にしか出来ないから、

だからそれが私の諦めた理由


その瞬間から私の中の闇は晴れ、

心の底から二人を愛する事ができた

自分の居場所を取り戻したんだよ


しかし、この日々も長くは続かなかった


ある日を境に姉は姿を見せない事が増え、

妹は世界を救う旅に出た……死が消えたためである


見守る事こそが自分の役目だった彼女は、

再び居場所を見失いかけていた

徐々に不安と恐れが彼女の心を蝕み始める頃、

姉ノルの秘密を知ってしまう


姉は力を求めていた……その力は絶対的な力、

神器と呼ばれる伝説に出てくる神々の武器である


その1つ、黒面(こくめん)アザエルを手に入れた姉は、

取り憑かれたように研究し、次第に力を使いこなしてゆく


圧倒的な魔力は人智を超えており、

姉は本当に雲の上の存在になってしまった

そう思ったのも束の間、ケイの視界は半分覆われる


「え? な、何これ」


力いっぱい剥がそうとするがピクリともしない

恐る恐る鏡を見てみると、そこには白い面が映っていた


「これ……姉様と同じの?」


慈愛に満ちた穏やかな表情の白面(はくめん)は、

彼女の中にある闇と正反対のように思え、

自分には似合わない、と鼻で笑う


そんな彼女の思いとは裏腹に、面は彼女に力を与えた

最初から持っていたかのようにしっくりと来る力は、

彼女の中に新たな感情を芽生えさせる


こんな力……持ってちゃいけない


私は見守るの、二人を見守るのは私にしか出来ないの

こんな力があってはダメ、私には必要ない

私は特別じゃいけないの


ケイは白面を剥ぎ取ろうとするが無駄に終わる

腕力でどうこうできる物ではないのだ


「ど、どうしよう……こんなのノル姉様に見られたら……」


それからの彼女は必死に力を隠し続けた

自身の財を切り崩し、魔力を抑える物を買い集め、

彼女は1つのアーティファクトと出会う


アーティファクト"魔女の地下牢"


黒き鋼で出来たそれは貞操帯の形をしている

陰部を覆うように装着する金属製のバンドだ


錠前が付いており、複雑な形の鍵で施錠する

その鍵以外では外す事は出来ず、

その鍵もまた未知の金属、黒き鋼で出来ていた


黒き鋼……別名デリーヴァルマン


純度を極限まで高めた鋼鉄に近い金属であり、

現在ではその製造方法は存在しない

硬度は鋼鉄よりも遥かに高く、

重ねがけされた魔法によりミスリルを上回っている


しかし、アーティファクトとしては珍しく、

この貞操帯は事実上破壊可能である

それは、オリハルコンより硬度が低いためだ


だが、そこまでして彼女の操を奪おうとする者などいないため、

この数年間、ケイは魔女の地下牢をつけていた

その鍵は肌身離さず首から下げており、

夫婦の営みが行われる日のみ鍵を使用する生活を送っている


そんな彼女は今、人と悪魔の戦場で、岩陰に隠れて鍵を握っていた


姉であるノルは黒面の力を使い、悪魔の群れと戦っている

その姿を目に焼き付けながら、彼女は迷っていた

地の巫女マルロの言葉が頭をよぎり、自然と鍵を握る手に力が入る


姉の魔法は暗い紫色の毒霧を操るものだ

その猛毒は悪魔の身体すら一瞬で蝕み、

肉すら腐り落ちるほどだが、即死させられるものでない


わずか数秒だが殺すまでにかかってしまうのだ

その数秒が今のノルにとって一番の課題だった

奴らは死に物狂いで襲いかかってくる、死ぬまでの数秒間を……


人間の身体能力など遥かに超越した存在である悪魔が、

その数秒で一気に間合いまで入って来てしまうのだ

ノルのような非力な女性など一瞬で葬れる力を有した悪魔は、

一矢報いようと必死に足掻くのである


彼女は霧を操り、空を飛んではいるが、

そのままでは魔力の消費が激しすぎるため、

この状態を維持する事は困難なのだ


残りの魔力で倒せるのはせいぜい30、

しかし空中を維持した場合、それは20まで減る

どう計算しても魔力が足りない


悪魔達は彼女の魔法を見抜いてか、

時間差で向かって来ており、巻き込まれないよう広がっている

明らかに知性のある化物だとノルは分析していた


少し威力を落として魔力の消耗を減らしては?

ダメ、それでは間合いに入られ殺されてしまう


範囲を狭めて消耗を減らしては?

ダメ、討ちもらした瞬間に殺される


ノルは今まで使っていなかった部分の脳まで総動員するが、

やはり魔力は足りないという結論しか出なかった


ギリッと扇子を握る手に力が入り、

妖艶な美しさが数々の男を虜にしたその顔は険しくなっている

その様子を岩陰から双子の妹であるケイは見上げていた


「姉さま……」


ケイが小さく呟くと、ノルはチラッとこちらに目を向ける

別に声が聴こえた訳ではないが、

この危機的状況で愛する妹が気になったのだろう

だが、その焦る表情を見たケイは1つの決意をする


「そんな顔、私の大好きな姉さまじゃないよ」


ケイは握り締めていた鍵を人差し指と親指で持ち、

岩陰でしゃがみ込み、いそいそとスカートの中に手を伸ばす……

焦りからか鍵は上手く入らず、カチカチと音を立てていた


その頃、ノルは地上へと降下を始め、

分厚い煙の壁を作り、ケイの元へと走ってくる


「ケイ、ここは危険です、逃げなさい」


だが、先程の岩陰からケイの返事はなく、

不安になったノルは岩陰を覗き込む


「あ……」


「ケ、ケイ……何をしてるのかしら」


ドレスのスカートをたくし上げ、

自身の股をイジろうと足掻いてる妹がそこにいた


「えっと、これはね、違うの、そう、違うの」


必死に言い訳をしようとするが、

逆にその焦りようが怪しく見えてしまう


「……今は追求しません、早くお逃げなさい

 そうですわね……オエングス様の方へ逃げるといいですわ」


ノルは顔の下半分を扇子で隠し、目線は合わせないように言う

その頬は僅かに赤みを帯びているようにも見えた


照れてる姉さま可愛い!……なんて思ってる場合じゃない!

あぁ、でも照れてる姿なんてレアよ! レア!


ケイの思考はノルの意外な一面に混乱しているが、

そのタイミングで、ついに鍵が鍵穴に入る


「入った!」


嬉しくて思わず声に出してしまった彼女は、

姉の耳が赤く染まった事に気づき、

自身も恥ずかしくなり、顔は夕焼けよりも真っ赤に染まる


カチッと音を立てて解錠され、

ゴトッと音を立てて魔女の地下牢は落下する


その音でノルの視線はケイの足元へと動き、

ある書物で見た魔力を封じる器具と酷似する"それ"を目にする


「それは……」


口を閉じる事すら忘れるほど驚いていた

なぜ妹がこんな物を? なぜそれを付けていた?

様々な疑問が頭に渦巻くが、妹の一言で全てを理解する


「おはよ、アシエル」


ケイが言うと同時に彼女の顔半分は白面に覆われ、

春先の日差しのように暖かい魔力の波が辺りに広がった

眩い光は辺りを照らし、その光は悪魔たちを遠ざける


ケイのドレスは淡黄蘗(うすきはだ)に輝き、

彼女の指に絡みつくように小さな光の蛇が這う


「なるほど……そういう事ですの」


ノルは全てを理解した

自身に足りない力……アシエル

その力は自分ではどうやっても引き出す事は叶わなかった

それもそのはずだ、その力は双子の妹であるケイのものだったのだから


蛇は彼女の全身を駆け巡り、次第にその太さを増し、

ケイは身体をくねらせ蛇が這うくすぐったさに微笑む


「しかし、いつの間に……どうやって……」


ノルは目の前で蛇とじゃれている妹を眺めながら、

なぜ妹が神器を手にしたのか、その理由を考えていた

だが、答えはすぐに出る


(わたくし)とケイは一卵性双生児、

 つまり、魂が元は1つというとこかしら」


結論にたどり着き、頭の中の疑問は消え、

再確認するかのように愛する妹の顔をまじまじと見つめる


似ているなんてものではない、

ほぼ同一人物と言っていいほど似ている

その事実を再確認した事により、ノルはある事に気づく


「近すぎて気づかなかったのかしら……」


自分と同じという事は、その才もまた同じ

唯一とも言える自分の理解者になりえる存在、

それが愛する妹ケイだったのだ


今まではずっと下に見ていた

何をしても出来損ないの妹に腹を立てた事も少なくはない


しかし、妹はその力を隠していた


妹自身、気づいていないだけで、

自分と同等の才を持っているのかもしれない

この子は(わたくし)なのだから


ノルの中でケイの評価は大きく動き、

守るべき存在から、肩を並べるべき存在へと変わる


「ケイ、いらっしゃいな」


「はい、姉さま」


ケイはいつも通り姉の言うことを聞く

だが、今の彼女は今までの彼女ではない

隠し事をしなくてよくなった解放感と、

自身が特別でいいのだと自分を認められた満足感と、

憧れていた姉の横に並べる幸福感を噛み締めていた


姉は妹の頬に手を添え、妹は姉の頬に手を添える

二人は時間をかけて見つめ合い、同時に微笑んだ


「ケイ、力を貸してくださる?」


「もちろん、姉さまのためなら」


頬に添えられた手はゆっくりと下がって行き、

首、鎖骨、胸の谷間、腹と進み、静かに離れてゆく

そして、二人の手は指と指を絡ませてから、

手の平を合わせ、彼女たちは"敵"を見据える


挿絵(By みてみん)


醜い化物たちはケイの放つ光に怯え、

警戒しているのか、その足を止めていた


「よろしくて?」


「うん!」


二人は微笑み、同時に詠唱を開始する


「「素晴らしき輝きは影が欠くべからざる、

  影を恐れるなかれ、光影(こうえい)は一つであり、全である」」


ノルの身体に紫の煙が絡みつき、

ケイの身体に淡黄蘗の光が絡みつく


「「(ルーモ)(・マルーモ)贈物(・ドナーソ)」」


二人の面が離れ、空へと上がってゆく

それに吊られるように二人に絡みつく煙と光は空へと上り、

交わることの無いように思える光と闇が溶け合い、

空は灰色の分厚い雲に覆われた


光は遮られ、濃い影が辺りを暗くし、

分厚い雲からはしとしとと雨が降り始める

その雨は淡黄蘗と紫の二色で出来ており、

大地に触れると草花は急速に成長を始め、瞬時に枯れる

草花の一生が一瞬で訪れたような現象だった


そして、それを浴びた悪魔たちは、

急速に筋肉が膨張し、角は伸び、魔力は膨れ上がる

かと思った瞬間、筋肉は衰え、角は抜け落ち、魔力は枯渇し、

その身体は骨と皮だけの屍となった


不思議なことにこれを浴びた人間に変化はなく、

誰もが空を見上げ、この不思議な雨を見ていた


雨はすぐに上がり、空は晴れ渡る

暖かい日差しの下、双子の姉妹は肩を寄せ合い、

目を閉じて微笑んでいた


この辺りの悪魔はミイラのようになり、

その生命は終わり、大地に帰ろうとしてる

しかし、1体だけそれを逃れた悪魔がいた……グゼフォンだ


オエングスと対峙するグゼフォンは吹子(ふいご)を使い、

その爆風で雨を吹き飛ばし、身を守ったのだ

だが、その隙が仇となり、

オエングスの斬撃を左腕と右股に受ける


自身の美しい身体を傷つけられたグゼフォンの表情は醜く歪み、

天使のような姿とは不釣り合いな黒い感情をあらわにする


「下等な人間風情が、我を傷をつけるとは……万死に値する」


その声は酒で喉をやられた男のような濁声で、

美しい外見とは合わないものだった


「やっと声が聞けましたね、予想とは違いましたが」


オエングスは腰に赤剣モラルタと黄短剣ベガルタをしまい、

地面に転がっていた黄短槍ゲイ・ボーを蹴り上げ、空中でキャッチする


更に、左手をかざし、

30メートル近く離れた位置にあった赤槍ゲイ・ジャルグも呼び寄せ、

ゲイ・ボーを下段に、ゲイ・ジャルグを上段に構えた


「虫けらが、図に乗るなよ

 生まれてきたことを後悔させてやる」


グゼフォンの目は赤く染まり、

翼の白い羽根は抜け落ち、赤黒い蝙蝠のような翼に変わる

爪や牙が伸び、下顎は前へと飛び出し、

先程まであった美しさなど微塵も感じられない化物に変異した


「それが本当の姿ですか」


オエングスは冷静にグゼフォンの変化を観察するが、

先程までとは魔力量やプレッシャーがケタ違いだった


「こちらも本気にならねばいけないようですね」


そう言い、ゲイ・ボーでゲイ・ジャルグを叩き、

リーンという鈴の音のような音が響く

その音に反応するようにベガルタとモラルタも共振し、

4つの音は共鳴し、1つの音域を作り出す


「神器解放」


その瞬間、彼の背にある真紅のマントがなびき、

彼の金糸のように綺麗な髪は揺れ、キラキラと光を反射する

白金の鎧は光を浴び、より一層深い輝きを見せた


辺りには波状の音が響く

これはオエングスの持つ4つの神器から奏でられる音である

音は次第にリズムを刻み、メロディーへと変化する


1本1本がとてつもない魔力を放つ神器を、

4本同時に解放するのはリスクを伴う

だが、オエングスは今それをしなくては勝てないと判断した

それほどなのだ、目の前の悪魔の力は


以前戦ったタイセイをも凌駕する力を感じていた

もはや人では勝てぬ存在、それが第三位階グゼフォンなのである


オエングスは南の空にチラリと目を向ける

その先にいるのはグゼフォンすら赤子に思えるほどの存在、

"それ"がいると分かっていても……


後の事など考えている余裕はない


左手のゲイ・ジャルグを動かそうとすると、

左中指に力が入らない事に気づく


くっ……連戦続きで握力が……


しかし、すぐに握力は戻り、不思議そうに左手を見つめる

何度か槍を持つ手に力を込めるが異常はないようだ


なんだったんだ……まぁ、今はいい


オエングスは二本の槍を空中に投げ、二本の剣を抜剣し、

低い姿勢で走り出し、二本の剣に魔力を込める


赤と黄の残光がオエングスの軌跡を残し、

彼の流れるような剣技に、赤と黄の光は舞っているようでもあった


変則的なS字の斬撃と、鋭い一直線の突きを同時に放ち、

突きはグゼフォンの左肩をかすめるが、

グゼフォンも黙ってやられている訳ではない


吹子を地面へと向け思いっきり吹き、

辺りは爆炎が包む……吹子から炎が吐き出されたのだ

その爆風でグゼフォンは空高く飛び立ち、

蝙蝠の翼で姿勢を制御し、吹子を構える


オエングスはモラルタを回転させる事で炎を巻取り、

巻き取られた炎はモラルタへと吸い込まれてゆき、

赤剣モラルタの輝きが増したようにも見えた


上空のグゼフォンを目で追い、オエングスは大地を全力で蹴る

しかし、空飛ぶグゼフォンは人の跳躍力で届く高さではない

いくら神の使徒として覚醒したオエングスとは言え、

甲冑を着込んだ状態では8メートルがいいところだ


届くわけがない


グゼフォンは下等な人間にゲスい笑みを向け、

吹子から炎を吐き出す


「燃えろ、燃えろぉぉぉっ!!」


炎で一瞬オエングスの姿が見えなくなるが、

空中では回避など出来る訳がない

"勝った"……グゼフォンはそう確信していた


炎が空気中の塵を焦がし、

雨上がりのひんやりとした空気を一変させる


視界から炎が消えた時、グゼフォンは一瞬恐怖する

オエングスの姿がないのだ


「まさか……あの程度で骨すら残らなかったのか?

 人間とはどこまで脆弱なのだ、はっはっはっはっは!」


まだ全力ではなかったのだがな、とニヤけていると、

背筋に冷たいものを感じ、即座に右を向く

すると、目の前に赤い剣が迫っており、

紙一重のところで避けることが出来、冷や汗が流れる


「残念だったな! 人間!」


オエングスは返事すらせずに二撃目を放つ

黄短剣ベガルタによる上段からの振り下ろしだ

それはグゼフォンの鼻をかすめる程度だったが、

奴の鼻からは血が吹き出し、鼻での呼吸は困難になる


「チィッ」


即座に魔器である吹子を使い、

炎の壁を作って距離を取ろうとするが、

その炎は赤剣モラルタに絡め取られ、吸い尽くされた


「随分とおしゃべりになりましたね」


オエングスは鼻で笑ってから二本の槍を操作し、

それを踏み台にして加速する


そうか、アレで寄って来たのか!


気づいた時にはすでに遅い

オエングスはもう間合いに入っており、

強烈な連撃を放つ……が、グゼフォンも受けてばかりではない

吹子によるガードで完全に防ぎ、空中での攻防が始まった


先程まで地上で行われていた攻防とは全く別物である

それは一撃一撃が先程までの比じゃないのだ


オエングスは神器解放の一撃を連続で放っているのである

尋常じゃない魔力を消耗してしまうが、

そうしなくてはヤツを止められない、殺せないと分かっているのだ


実際、グゼフォンはその猛攻を辛くも防ぎ切っている

これでもまだ押し切ることが出来ないのだ


このままではジリ貧になってしまう

オエングスは一旦距離を取り、黄短槍ゲイ・ボーを掴む


「流星光底の一撃を……はぁぁぁぁぁっ!!」


黄金の輝きが辺りを照らし、

まるで光の槍と化したゲイ・ボーを手に空を見上げた


彼は右手に構えたゲイ・ボーを太陽へと向け全力で投擲する

一瞬で光へと吸い込まれてゆく槍は見えなくなった

オエングスは即座に剣に持ち替え、再び特攻を始める


その間、グゼフォンは待ってくれていた訳ではなく、

奴は魔器に膨大な魔力を込め、ある炎を呼び出していた……


ある炎とは……魔界の火山ダボスの炎である


硫黄の臭いが強いその炎は、消えることがないとされている

過去にその炎を消したのは6000年以上前の水の巫女のみであり、

事実上、消せない炎なのである


吹子に溜められた"ダボスの炎"を、

オエングスに確実に当てるチャンスを伺っていた


「いい加減、終わりにさせてもらうぞ」


「それには同意します」


オエングスの連撃を吹子で防ぎながら、

一瞬の隙の逃すまいとチャンスを待つ

防戦一方に見えるが、ダボスの炎さえ当てれば勝ちだ

そう考えているグゼフォンに焦りはない


逆に魔力の消耗が激しいオエングスは、

尋常ではない量の汗を流し、徐々に剣技の鋭さはなくなっている

後は時間の問題……グゼフォンは守りに徹していた


刹那、オエングスの左手に握られていたベガルタが宙を舞う


「なっ!」


迂闊だった、握力が弱まっている事にも気づかず、

吹子で弾かれた瞬間に剣を手放してしまったのだ


グゼフォンはその隙を見逃してくれるほど甘い敵ではない


ニタリと邪悪な笑みを浮かべたグゼフォンは、

吹子の中に溜め込んだダボスの炎を一気に解放する


至近距離から硫黄臭い炎が襲いかかり、

ギリギリのところでモラルタにより炎は巻き取られるが、

オエングスの金糸のような髪の先に火がつき、鎧の肩部分にも火がつく


即座に手で払い、火を消そうするが、それは間違いだった

払う手にも炎は纏わりつき、広がってゆく


戦いは一瞬の判断が命を分ける

その判断の早さが英雄と一般人の違いなのかもしれない

父であるディムナがそう言った事もあった


その瞬間のオエングスは最善の行動を最速で行った

モラルタで髪の先を切り、肩当て(ショルダーアーマー)と籠手を捨てたのだ


ダボスの炎、その対処法は引火した部位を切り捨てること

それしか対処法は無いのである


彼の迅速な行動によりダボスの炎を耐える事が出来たが、

左手は痺れており、まともに剣すら握れない

肩当てと籠手も失い、魔力は限界間近……

グゼフォンは再びダボスの炎を召喚し終えている


「これは……マズいですね……」


右手にモラルタを構え、オエングスは突きの連打を放つ

わずかでも時間を稼いで左手に握力が戻るのを待つためだ

片手での攻撃が通るとは思っていないが、

出の早い突きの連打で吹子を使う隙を与えないようにしていた


「そろそろ終わりだ、諦めろ、人間」


「それは……どうですかね」


オエングスは突きを連続で使い続けている

グゼフォンはそれを身体を傾けるだけでかわしながらニタニタと笑う


「お前は人間にしてはよくやった、誇っていいぞ」


「お褒めいただき光栄ですが、まだ終わりではありま…っ!」


その会話が油断を招いたのか、

突きは吹子をかすめ、オエングスは体勢を崩す


グゼフォンの口は耳まで裂けるように上がり、

表情だけで"もらった"と言っているのが分かるほどだった

即座に体制を崩したオエングスを追撃する


「これで終わりぎぇっ!」


吹子からダボスの炎が溢れ出そうとした時、

グゼフォンの言葉の語尾は変な発音になる


片目の視界は真っ暗になり、口は動かない

何が起こっているのか分からないが、

目の前にいる下等な人間の口角が上がっている事に気づく


「ぐ…げっ……」


オエングスは穏やかな表情で近寄り、

グゼフォンの頭に刺さる黄短槍ゲイ・ボーを引き抜く

既に槍から光は失われており、普段のゲイ・ボーへと戻っていた


先程、魔力を込めて太陽へと投げたゲイ・ボーは、

時間をかけて遥か上空まで上り、そこから向きを変え、

グゼフォンの頭上へと降ってきたのだ


「だから終わりではないと言ったでしょう」


オエングスはゆっくりと降下してゆき、

グゼフォンだったものは大地へと叩きつけられた

美しかった面影などどこにもなく、

そこにあるのは醜い肉塊でしかなかった


「やれやれ……魔力が空ですよ」


手放してしまったベガルタを拾い、

二本の槍を剣と融合させ、その二本の剣を鞘へとしまい、

オエングスは左手の握力を確認しながら南の空を見上げる




「後は任せますよ、エイン君」




その言葉は願いにも似たものだった……

体調不良で更新が遅れてますが、気長に待ってくれると助かります。


挿絵(By みてみん)

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