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カタクリズム:中編  作者: ウナ
烏合の讃歌
39/72

5章 第15話 悪魔

【悪魔】






エイン達とミョルニルは硬直状態が続き、

互いにこれからの作戦を練っているところだった


ミョルニルのリーダーであるニール・グレイブは、

"竜の逆鱗"を使用し、超人的な力を手に入れた


それは、仲間のロワ姉弟も同じであり、

彼等はハーヴグーヴァという伝説の魔物の血を使い、

全身に紋様を刻み、並外れた力を手に入れている


その代償は小さいものではなかった


ニールの左腕は深手を追っていたが、

傷口は硬い鱗で覆われ、完全に塞がっていた

更に、黒目は縦に割れ、爬虫類のような瞳になっている


ロワ姉弟の姉であるリグレットは全身から血が流れ、

無茶な戦い方をした結果、その両手はボロボロだ

人形のように美しかったその姿は今は見る影もない


弟であるエイグットもまた同じである

華奢で美しかった彼は今や体格のいい筋肉質の大男だ

筋肉が膨張した影響で上着は破けており、

浮き出た血管と全身から流れる汗が合わさり、

まるで酒の席で筋肉自慢をする男のようだった


満身創痍……その言葉が丁度いいだろう


だが彼等はそれでよかったのだ

今相手をしてる奴らの実力を考えたら、

死人が出てないだけでも奇跡に近いのだから


相手は疾雷、死姫、ドラスリア騎士団の精鋭2人

まともな奴等なら相手にしようとすら考えないだろう


しかし、彼女達ミョルニルには夢がある


1等級……それは生きる伝説

吟遊詩人は彼等の冒険譚を歌い、子供たちは夢を見る

その夢を大人になっても諦められない人が稀にいる

冒険者とはそんな奴等ばかりなのだ


中でもニールはその夢を強く求めていた


使用人の娘として生を受けた彼女の人生は、

ほぼ決まっていたと言ってもいい

その先に待つのは使用人としての人生か、

路上生活という2つの未来しかなかったのだ


だが、彼女は抗った

決められた人生などクソくらえと思っていた

類稀なる身体能力を持って生まれたからには、

それを活かさない手はないだろう?


そして、彼女は2等級という、

現実的なところでいう最上位の冒険者となったのだ

普通なら2等級で満足してしまうが、

彼女は違っていた……満足なんてしていなかった


使用人の娘である自分が貴族以上になれる唯一の道

それが1等級という生きる伝説


聞けば1等級の彼等は下民の出らしいじゃないか

それは幼いニールにとって唯一の希望であり、

彼女が人生をかけるに値する夢となったのである


そんな彼女の夢を一緒に見たいと思った二人がいた


ニールが仕えていた低級貴族の子、ロワ姉弟だ

彼女達は幼い頃から見ていたニールに憧れ、

姉御(ニール)の語る夢に胸を躍らせた


彼女達の抱いた大きな夢は、

アーティファクト武器ミョルニルを手にした事により、

もはや目標にしていいものになっている


そして……今彼女達には超人的な力がある

それがどんな代償を払うものだとしても構わなかった

先に待つのは、長年追い求めていた夢なのだから……


互いの姿を見て3人は笑い出す


「姉御、何それ……ふふっ」


「お前ダってひデぇもんだゾ?」


「ボ、僕ノ方がひ、ひどイよ……」


エイグットは悲しそうに眉を八の字にするが、

筋骨隆々の大男がそんな顔をしても違和感しかない

そんな彼の背中を力強く叩き、ニールは言う


「気にスんなっ、ウチが何トかしてやル」


豪快に笑いながら今や自分より大きくなった彼を励ます

その根拠のない自信が今のエイグットには有難かった


ニールは彼等に気づかれないようにしているが、

内心は穏やかではなかった


死姫への奇襲が失敗した時点でこの戦は負けだろう

勝てなくはないかもしれないが、

犠牲が出る可能性が限りなく高い……

それほどエイン達の実力は予想を超えていたのだ


ウチだけなら何とかなりそうだけど……


チラッとリグレットに目をやる

過剰回復により全身から血を流し、

傷こそ塞がっているが、出血量が酷い


続いてエイグットへと目をやる

尋常じゃない身体にはなっているが、

彼の冷静な頭脳はもはや機能してないと思っていい


チッ……ここまでか


ニールは深いため息をもらし、ロワ姉弟に告げる


「変なのモ近寄ってキてる、撤退すルよ」


「姉御……いいの?」


「あぁ」


遥か遠くの空に見える黒い影、

その中に1つだけ異様な殺気を放つ存在、

"あれ"は相手してはいけない、本能がそう警告する


奴等は真っ直ぐこちらへ向かっている

おそらく狙いはウチらか巫女だろう

何で狙ってるのかなんて分からないが、

アレを相手できるほどの余裕はない


「こノままカナランまで引クよ」


ロワ姉弟は頷き、3人は撤退を始めようとした……が、

突如エイグットの左腕が切断され地面に落ちた


「グあガアあアアッ!」


エイグットの咆哮のような叫び声が響く

ニールは瞬時に辺りを見渡し、

何が彼の腕を切り落としたのか探るが、近くには誰もいない

いるのは20メートル近く先にいる奴等だけだ


だが、その中の1人……死姫を見てニールの表情は変わる


「んの(あま)ァ!」


死姫は破壊魔法を極細の糸のように変え、

それを操り、エイグットの腕を切断したのだ


「ごめんなさい、外しましたっ!」


死姫の声がわずかに届き、

ニールの腹の奥から熱いものが込み上げてくる


「外しタ……だァ?てめェ……」


殺せ、壊せ、潰せ、喰らえ


再び彼女の中に竜の憎悪が渦巻き、

一瞬でも気を許せば持っていかれそうになるが、

爪がめり込むほど手に力を込め、何とか自我を保つ


「リグレット、エイグットを連れテ引け」


「え、でも、一人じゃ……」


「いいカら早くシなッ!」


ニールが大槌ミョルニルを大地に叩きつけ、

砂煙が上がり、視界が遮られる


「今ダっ!行け!」


ニールの掛け声で彼女は弟の残された腕を引っ張るが、

弟の筋肉により膨れ上がった身体はびくともしない

それどころか、彼女の身体がぐいっと引っ張られる


「きゃっ」


リグレットの小さな悲鳴と同時に、

エイグットの巨体は砂煙へと突進して行った


「なッ!……チィっ」


ニールは唾を吐き捨て、彼の後を追う


切断された腕から吹き出す血は止まり、

切断面がボコボコと膨れ上がり、

彼本来の肌よりも真っ白な腕が生える


その皮膚は人のそれではなく、

つるつるとした……まるで軟体動物のそれだった

表面はぬめりがあり、光を反射している


砂煙を抜ける間際、彼……エイグットは何かを呟く


「*******」


人の言葉では発音すら出来ない声を発し、

彼の前方に直径4メートルほどの魔法陣が出現する

その紋様は見たこともない未知のもので、

ニールには何の魔法なのかすら分からない


魔法陣からは黒い煙が吹き出し、辺りは闇に包まれた

突然の事に驚いたニールは足を止め、1歩2歩と後ずさる


「みんな離れるなっ!円陣を組もう!」


疾雷の大声が響き、即座に円陣を組んだようだ

視界を奪われたのだ、悪くない判断だ

心の中で疾雷の評価を一段階上げておく事にした


だが、この視界では自分も迂闊に突っ込めない

どうする……と悩んでいると、

エイグットはお構いなしに煙の中へと入って行った


「おイ!エイグットっ!」


止める声が聴こえていないのか、

我を失っているのか、彼は止まらなかった


その時、ニールは気づいてしまった

彼の眼が今までのガラス玉のような美しい瞳でなく、

眼球が少し膨れ上がり、透明な膜で覆われ、

眼の前に広がる闇のような黒目に変わっている事に


「あイつ……」


ミョルニルを握る手に嫌な汗をかき、

再び服でそれを拭き取ってから大槌を構え直す


そして、戦況は動く


闇の中から飛び出した1つの影があったのだ

疾雷だ、奴が勢いよく吹き飛んでいる


だが、上手いこと受け身を取り、

即座に体制を立て直す辺り、歴戦の猛者だけはある

見た限りダメージも大して無さそうだ


更に、闇の中から叫び声が響く

その声はエイグットのものだ


『エイグットッ!!』


ニールは叫ぶが、反応はない


『こっちだ!』


疾雷が仲間を呼び、闇の中からぞろぞろと姿を現した

それを追うように現れたエイグットは、

まだ人間だった方の腕は肩辺りから切断され、

大量の黒い血を吹き出しながら暴れている


『エイグット!やメろ!!死ンじまうッ!』


だが、傷口は一瞬で塞がり、

再びボコボコと膨張し、軟体動物のような皮膚の腕が生えた


『********ッ!!』


エイグットは発音出来ない言葉を発し、

ハーヴグーヴァの墨で描かれた紋様は発光する

口からはよだれを垂らして獲物(エイン)を睨んだ


美しかった彼の面影はなく、

醜い化物となった彼の前に6つの魔法陣が出現し、

高速で回転を始める


「なんダ……ありャ……」


『エイグットーっ!』


逃げるか迷っていたリグレットが駆けつけ、

弟に叫ぶが、彼はこちらをチラリとも見ず、

目の前にいる獲物だけに集中している


「私の後ろへっ!」


死姫が錫杖を大地に突き刺し、

舞のような動きを始めた


「我、死の目なり・・・我、死の耳なり・・・我、死の手足なり・・・」


ニールの目には見える

直視するのが恐ろしいと感じる魔力のうねりが

それはエイグットのもそうだが、

それよりも死姫の操る魔力の方が恐ろしいと感じる


なんなんだ、巫女ってのは……人じゃないのか


詠唱が進むほど死姫の目から光が失われ、

感情の無いような無表情になり、

その虚ろな目で哀れむかのようにエイグットを見る


「迷い子を誘い、導け

 儚くも刹那の時、我と共に」


その瞬間、エイグットの魔法陣から魔法が放たれる

6つの黒い光は一直線に死姫に迫り、

ニールとリグレットは「とった!」と思った


反魔(インヴィアブロ)


死姫の目の前に魔法陣が出現し、

6つの昏い光が衝突した……かに見えたが、

6つの光はぐにゃりと形を変え、

死姫の魔法陣の周りをぐるぐると回る


「え……何あれ」


リグレットは理解が及ばず、

光が屈折する謎の現象にただ目を奪われる


だが、ニールは気づいていた

エイグットの放った6つの黒い光の魔法は、

回転しながら徐々に死姫に吸収されている事を……


死姫の両目から血が流れ始め、

後ろにいた疾雷が彼女の肩に手を置こうとするが、

それは褐色の長身の男? に止められていた


魔弾(ディアクゥーロ)


死姫がそう言うと同時に、

回転していた6つの黒い光が放たれる

それはエイグットへと一直線に進み、

彼の胸に6つの穴をあける


大量の黒い血を吐き出した彼は、

受け身を取る事なく前に倒れ、

6つの穴から血がビュッビュッと吹き出ていた


『エイグットーーーーッ!』


リグレットは駆け寄り、彼に生の魔法をかける

だが、おかしな事に生の魔法をかけた部位から煙が上がり、

皮膚が焼けたように腫れ上がる


「え、えっ?!」


腫れ上がった皮膚はボコボコと膨張し、

6つの穴も即座に塞がり、血は止まった……が、

彼の意識は戻らず、リグレットは何度も呼んでいた


「チッ……なンナんだ、この戦イは」


死姫は自分の足では立てないようで、褐色の男が担いでいる

となると、残りは疾雷と槍使いか……


戦力的には勝てるかもしれない

だが、気になる"あれ"も近づいて来ている

悔しいが、ここは引くしかない


「なァ、疾雷の」


ニールは大槌を大地に立て、両手を広げて言う


「停戦しネーか?」


「……何が狙いだ」


まぁ、こっちから喧嘩売ったんだ、信用されねーよな


「あんタらも限界ダろ?

 こっチも1人マズい状態ダ」


「…………」


「引かセてくレねーカ?」


一瞬悩んだようだが、疾雷は剣を収めて言う


「あぁ、元々こちらに戦意はない」


「助かル」


「だが、背後を狙うようなら次は女だろうと容赦はしない」


疾雷の目はマジだ、すげぇ殺気してやがる

なんだよ、あれでも本気じゃなかったってか

ったく、女だからって手ぇ抜きやがったか


ニールはこの男に少しばかり好感を持つ

それと同時に「まだ甘いな」と思うのだった


倒れているエイグットをニールが担ぎ、

後ろから支えるようにリグレットも続く

その様子を疾雷はじっと見つめていた


「なァ、疾雷の……あンた名前は」


「エイン……エイン・トール・ヴァンレンだ」


「そうか、エインか……うちは」


「君の事は知っている、2等級冒険者"死蝶のニール"」


仏頂面のままエインが言う

そんな彼に感じた感情は悪くないものだった


「気づイてたノか……」


「あぁ、途中で、だが」


と、彼は大槌ミョルニルを見ながら言う

どうやらあの疾雷に知られる程度には知名度があるようだ

それが少しだけ嬉しく、ニールの口角は上がる


緩んだ頬を軽く叩き、真面目な顔に戻った彼女は、

エインに片手を上げながら謝罪した


「悪かっタな、コれも仕事ダったンだ」


「戦争だ、恨みはしないさ」


「あんタ、いイ奴だナ」


ニールはニカッと微笑み、背を向け歩き出した

そんな彼女の目からは大粒の涙がポロポロと落ち、

地面の色を変えていた


「姉御……」


リグレットにはその涙の意味が分かっている

背を向けたのは疾雷たちにという訳ではない


彼女は……夢に背を向けたのだ


声を押し殺し、顔をしわくちゃに歪め、

無言で泣き続ける彼女を見守りながら、

3人はカナラン方面へと足を進めていた


・・・・・


・・・



その頃、リーン砦付近


ラシュフォード軍は大盾を最前線に並べ、

悪魔の侵攻をほぼ完全に防いでいた


だが、それは防ぐだけである

いまだ1匹も倒す事は出来ていなかった

その主な原因は、この悪魔という異質な化物のせいである


悪魔……それは神話上の存在

おとぎ話や伝承で伝え聞く程度のもので、

現実に存在は確認されていなかったものだ


1ヶ月ほど前にそんな噂もあったが、

あの大地震以降その噂も沈静化している


そんな彼等に目の前の存在が理解できるだろうか?

答えは簡単だった


兵たちは恐怖し、逃げた者も少なくはない

それでも命令をこなし、悪魔の侵攻だけは防いでいた

攻撃に転じるほどの余裕が無かったのだ


そして、この悪魔たちは通常の槍程度では傷すらつかない

強靭な肉体と、魔獣のごとき力、

高位魔法使いを優に超える魔力を有している


人類など劣等種族でしかないと実感させられる存在

それが悪魔なのである


だが、まだ知る者はいない

ラシュフォード軍が対峙している悪魔、

「メジード」「アミマッド」というこの悪魔が、

魔界では低級とされる第7位と8位である事など……


悪魔には階級がある

それは第9位階から第1位階まで存在し、

その力は比べるのも馬鹿らしいほどの差がある


ラーズ軍が苦戦した42の悪魔

あれは第9位……最下位であり、

戦闘能力で言えば悪魔の中では最弱の分類だ

2等級冒険者であれば何とか倒す事は可能だろう


プルスラス、バルバトスは第6位である

6位ならば何とか人類でも勝てる可能性はあるが、

それが可能なのは英雄と呼ばれる一握りの存在だけだ


ハーフブリードが苦戦したアモンは第5位である

このクラスになると人間では勝つことは不可能に近い

それほど5位と6位の間には差があるのだ

アモンに勝利出来たのは1等級という人類最強の存在が集まり、

力を合わせた事で勝ち取った勝利なのだ


ラーズを襲った悪魔の総大将サタナキアは第2位であり、

6体しかいない上位悪魔の1体である

ジーンが呼び出したネビロス、サーガタナスもまた第2位だ

神に迫る力を有する桁違いの化物であり、

人類では到底勝てない存在と言えるだろう


そして、第1位は悪魔王と呼ばれる3柱

魔界での神にも等しい存在……それが悪魔王である

その力は上位悪魔であろうとも追従を許さず、

悪魔の世界……魔界にて圧倒的強者として君臨している


そして、今回リーン砦に現れた悪魔、

メジードとアミマッドは7位と8位である

2等級冒険者ならば何とか勝てるかもしれないが、

この戦場に立っているのは通常の兵士だ


では、彼等にこの悪魔が倒せるだろうか?


個人なら勝てないだろう……しかし、彼等は軍隊だ

戦略や数により勝機は十分にあるのである

軍としての機能がまともに機能していたら……だが


最前線の彼等は見たこともない神話上の存在に恐れおののき、

冷静な判断を失い、連携は乱れ、

唯一守られた命令が防ぐことだけだった

結果、防戦一方で1体も倒す事が出来ずにいたのだ


前線の兵の疲労が限界に達しようとしていた頃、

幾人かの大盾持ちが破られ、前線は崩壊しようとしていた

この時、誰もが生きる事を諦めかけていた……


が、そこに一筋の希望という光が射し込む


大盾を破った脳みそを吸うカエル頭の悪魔

アミマッドの長い長い舌が切断され、

刃を通さなかった強靭な肉体のその悪魔を、

まるでパンでも切るかのようにサクッと両断した者がいた


薔薇の聖騎士オエングス・オディナ


真紅のマントをなびかせ、颯爽と現れた彼は、

その手に持つ黄金の短剣ベガルタを振り、

悪魔を両断した時についた紫がかった血を払う


『我が名はオエングス・オディナ!

 アムリタの美しき姫君マリアンヌの剣なり!』


ラシュフォード兵は彼を知っている

一人でトレルド家6000の兵を抑えた化物である、と


6000の兵を相手し、傷一つ負わずに現れ、

今まで1体も倒せていなかった悪魔を一刀両断した

もはや英雄という言葉では足りないと思えるような、

彼の登場に兵達は歓喜した


『ここは私に任せよ!』


そう宣言した彼は、次々に悪魔を屠ってゆく

彼の言葉は僅かに残っていた使命感から開放し、

逃げる事を許された兵達は一目散に撤退を始める


その様子を上空から眺める人物がいた

ノル・スク・ラシュフォード……軍の総司令である

命令を無視し、トレルド兵6000を放置し、

この場に駆けつけた彼を睨みつけるように見ている


彼女は黒い霧をまとい、空に浮いていた

それは彼女の神器の力であり、

その存在はオエングスもまた気づいていた


ノルは彼がトレルド兵を放置した事を怒っているのではない

もちろん命令無視は許される事ではないが、

彼の判断は間違っていない


人智を超えた悪魔という存在に対抗できるのは、

この戦場で自分か彼か巫女くらいだろう

それは構わない……彼女が苛立っている理由は他にあるのだ


オエングス・オディナ

ノルは彼の実力を甘くみていた

誤算もいいところだ、予想の遥か上を行っている

人生において間違いなど殆ど無かった彼女は、

自分の計算を遥かに超える彼に苛立ちを覚えていたのである


そして、彼女は人生で初めて"嫉妬"したのだ


神器を手に入れた彼女は超常の力に酔いしれ、

いつしか自分より強者などいないのだと思い込んだ

巫女ですら怖いと思えなかったのだ


それがどうだ、この有様は……

自分など彼の足元にも及ばない事がありありと分かる

桁が違う、それだけはハッキリと理解出来た


彼の底知れぬ力に僅かな震えを覚え、

それが嫉妬だと気づかされた時、彼女は腹が立ったのだ


この(わたくし)が他人を妬むなど……


下唇を噛み締め、手に持つ扇子で口元を隠す

眼下に広がる受け入れがたい存在の戦いを、

彼女はその優秀な頭脳で分析しながら見ていた


4つの神器を操る彼は奇妙な点がある

人は普通なら1つの属性しか操る事は出来ないが、

彼は4つの属性を操っているようなのだ


アーティファクトなどを使えば複数の属性も可能だが、

彼の持つ4つの武器は全て神器である

神器とはそれぞれの神の加護が付与されており、

使用者の属性と同じものだと決まっているのだ


だが、彼は4つの属性の神器を操っている

それはノルの常識が通用しないという事である

他の属性に変換する神器なのかとも思ったが、

そうではない、あれは間違いなく4つの属性だ


彼女は考えた……彼が何者なのか、と


古い文献を虱潰(しらみつぶ)しに調べた時、

神の使徒について記された物も発見しているが、

やはり使徒と言えど属性は基本1つなのだ

そして、彼に唯一当てはまる存在がいる事も知っている


【神の勇者】


使徒の頂点とも言える存在であり、

巫女たちの上位に存在する者こそ神の勇者である

それは世界に1人しかおらず、

全ての属性を操る事ができる唯一の存在とされている


まさかその勇者が彼だとでも言うのだろうか?

一瞬そう思ったが、これではおかしな点がある


エイン・トール・ヴァンレンだ


挿絵(By みてみん)


神の勇者はエインだと愛しい妹ミラは言った

見た限りでは大した力は持っていなそうだったが、

妹がこの私に嘘を言うとは思えない、

何より嘘をつく利点が無いからだ


では、目の前にいるこの男、オエングスは何者なのか……

彼女の持つ知識と照らし合わせるが、その答えは出なかった


答えが出ない……つまり、未知である


未知……この感覚はいつ以来だろうか

ノルはこの言いようのない気持ち悪さと、

今すぐにでも得たい知識という快楽を欲していた


そうこうしている間にも次々に悪魔は倒されている

リーン砦の城門が破られ、溢れ出てきた悪魔もまた、

オエングスの4つの神器の前では敵ではなかった


だが、状況は一変する

上空に待機していた1体の悪魔が降下を始めたのだ


()の悪魔の名は「グゼフォン」

第3位に座する悪魔であるが、

その身に宿る魔力は大した事がなく、第5位程度である


しかし、グゼフォンには優秀な魔器があった

その魔器から放たれる魔力は尋常ではなく、

オエングスの頬に汗が流れ、ぽたりと落ちた


グゼフォン……見た目は人型だが、

背には巨大な白い羽の翼が生えている

一見すると神話上の天使を彷彿させる出で立ちだ

2メートルはある中性的な美青年で、

その美しさはオエングスにも劣らなかった


グゼフォンの持つ魔器は吹子(ふいご)である

何かの獣の皮を縫い合わせた物で、

手風琴(アコーディオン)のような形をしている

鍛冶師が火に風を送るために使うあれだ


見た目とは裏腹にその存在感は凄まじく、

どす黒く禍々しい魔力を放っている


「これは……一筋縄ではいかないようですね」


オエングスはベガルタとモラルタを強く握り締め、

グゼフォンが降り立つのをじっと待つ


その様子を少し離れた位置からノルは観察し、

遥か上空で異彩を放つ存在もまた見ていた


異彩を放つ存在……この600以上いる悪魔の長

第2位階に座する上位悪魔「フルーレティ」

またの名を「フラウロス」という


彼女は黒い革のドレスを着ており、

頭の上には大きな黒い花が咲いている

長い黒髪は艷やかで、真っ白な肌と対になっていた


異様なほど細い腰に手を添え、

上空から睨みつけるように見ている

その視線だけで警戒しなくてはならぬほどの圧があり、

オエングスの嫌な汗の原因の1つになっているのだ


感情が読み取れない表情で睨み続ける彼女は、

動く様子はなく、それだけが救いだった

今のオエングスでも"あれ"に勝てるか疑問だったからである

ノルと組めばあるいは……それほどの力を感じていた


その時、遥か上空の上位悪魔が口を開く


《グゼフォン、任せます

 私は当初の予定通り南へ向かいます》


上位悪魔の声は頭の中に直接語りかけてくる

その現象にノルは心底恐怖した

先日初めて聞いた神と同じ脳内に響く声だったからだ


この敵は神と同等なのか


その疑問が彼女の頭の中で繰り返される

疑問は次第に疑念となり、恐怖へと変わる


殺されるのではないか……この(わたくし)が?


ノルは全身からどっと汗が噴き出し、

服は絞れるほどビシャビシャになっていた


動揺するノルは上位悪魔が移動を始めた事にも気づかず、

ただその場で怯えていた……が、

ある者のたった一言で冷静になれる……が、

新たな動揺が彼女を襲う


「姉さまっ!」


ノルを呼んだのは妹ケイ・ヴェル・ラシュフォード

短髪の綺麗な金髪が風に揺らされ、キラキラと輝く


『なっ…ケイ!何故ここにいるのですかっ!』


あまりの驚きに思わず怒鳴ってしまった

それが自分が冷静でないと気づけるキッカケとなり、

こほん……と小さな咳払いをしたノルはケイを見て言う


「逃げるよう言ったはずですよ?

 何故アナタがここにいるのですか」


「姉さまが心配で……ダメだったか?」


「ダメに決まっています!

 どうして姉の言う事が聞けないのです」


ノルは先程まで感じていた恐怖が消え去り、

今は愛しい妹を心配している……

その事実が彼女の心を穏やかにし、

鈍っていた頭はスッキリとしてくる


「来てしまったのなら仕方ありません

 ケイ、アナタは岩陰にでも隠れてなさいまし」


「私は姉さまと共に居たいっ!」


ケイが珍しく反抗してくる

彼女はたまにこういう時がある

その時は決まって私が危険が迫っている時だ


根拠がある訳ではない

だが、毎度そうなのだから認めるしかあるまい


「わかりました、私から離れてはいけませんよ」


ノルは降下し、ケイの元へとゆく


「ありがと、姉さま」


笑顔でノルの肘辺りを小さく掴む妹を見て微笑む

少々口は悪いが妹への愛を再確認し、

ノルは魔法障壁で彼女を守る




その頃……




オエングスとグゼフォンの戦いが始まろうとしていた




めりくりでーす


挿絵(By みてみん)

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