5章 第11話 邪と悪
【邪と悪】
混乱するドラスリア軍は撤退を繰り返し、
視界の端に首都ドランセルを囲む城壁が見え始める
これ以上は下がれないと判断した貴族達は、
リーン砦を最終防衛線とし、陣を築いた
リーン砦……それは首都へ続く道の最後の砦である
簡単には破れない門や大量の投石機が設置されており、
ドラスリア千年の歴史で破られた事は一度たりともない
難攻不落の砦、それがリーン砦だ
しかし、既にドラスリア軍は4万を切っている
対してラシュフォード軍は5万を維持したままだ
敗色濃厚……それはドラスリア軍の誰もが感じていた
この戦が始まって既に4割近い兵力を失っている
もはや大敗が確定したようなものなのだ
それは前線で戦う兵達の心を折るには十分だった
たとえリーン砦に籠ろうとも勝てないのではないか……
そう考えている兵は多かった
ラシュフォードの一方的な戦争が続いているが、
黙ってやられる訳にはいかない……そう考える者もいた
それは前線に立たぬ貴族である
彼等のプライドがそれを許さないのだ
トレルド家6000の兵はオエングス1人に翻弄され、
数こそそれほど減ってはいないが、
軍隊としてまともに機能すらしていない
その体たらくにしびれを切らしたのがライネル家である
ライネルの掲げる紋章はある獣が描かれている
頭はワニ、上半身は獅子、下半身はカバという奇妙な獣だ
古い手記と共に数々の財宝を発見したライネル家の先祖が、
その手記に描かれていた獣を紋章として掲げたのだ
ライネル家はその獣をメジードと呼んでいた
メジード……その意味は"打ち倒す者"
「この紋章にかけて負ける訳にはいかぬのだよ」
この追い込まれた状況になり、
ライネルはやっと貴族の誇りを取り戻したのだ
この砦にはエレナ王太后直属の軍もいる
今回の戦を重くみた王太后は、
王都の兵の大半をこのリーン砦に移動しておいたのである
ライネル家の現当主ブッフォン・エギ・ライネルは、
鼻の下に生える丸まった髭を触りながら窓の外を眺めている
彼の右手にはお気に入りの酒が注がれたグラスがある
それを飲むわけでもなく、ただ手で転がしていた
「投石機の準備はどうだ」
部屋の入口で片膝をつく男を一瞥もせずに言う
主の言葉を待っていた男は、とても聞き取りやすい声で答えた
「はい、既に全機準備完了しております」
ブッフォンは彼の声が好きだ
五月蝿すぎず、聞き取りやすく、滑舌もいい
そのため、下男の彼をいつも側に置いている
下男が大貴族の側近のようにいるなど普通はないのだが、
彼はブッフォンのお気に入りだ
身分を隠すかのように高い服を着せ、いつも傍らに置いていた
だが、彼がただの報告係でない事は、
この家に出入りする誰もが知っていた
それはもちろん家族もである
「そうか、こっちへ来い、ジャス」
「はい」
ジャスと呼ばれた下男の彼は、
決して走ることはしないが主の元へ急ぐ
そして、主の足元に跪き、顔を伏せた
「いい子だ、ジャス……いつものように頼むよ」
「はい」
そう言い、ジャスはブッフォンの腰紐に手を伸ばす
滑らかな生地の腰紐はするすると音を立てて解かれ、
丁寧に畳まれ、小さなテーブルに乗せられる
「失礼します」
「あぁ」
薄暗い室内に独特な水音が響く中、
部屋の入口に一人の兵士が入ってくる
兵士は顔を上げず、片膝をついて言った
「報告! ラシュフォード軍が動き出しました」
「あぁ……今…行く」
兵士は顔を上げないが、彼の眉間にはシワが寄っていた
一定のリズムで聞こえてくる水音に不快感を覚えるが、
この砦の総指揮官はそこにいる爺だ
自分の役目は総指揮官の補佐なため、待たねばいけない
このくだらない時間を……
補佐官の彼が心の中で100を数え終えるが、
まだブッフォンは動く気配はなく、
いい加減、絨毯を眺めているのも飽きてきた彼は言う
「閣下、お急ぎを」
「分かっている、そう急かすな」
「ハッ! 失礼しました」
ブッフォンの声には明らかな不快感があり、
一瞬背筋に冷たいものが走る
しばらく室内にはリズミカルな水音が響いていた
「……っ……………いい子だ」
「有難う御座います」
ジャスが小さなテーブルの上にある腰紐を手に取り、
主の腰にキツすぎない程度に巻いてゆく
口では貴族の誇りだどうだと言っているが、
結局変わっていないのだ……この国は腐っている
補佐官の彼はそう心の中で思っているが、口には出せない
結局、俺もその腐った一部……か
「行くぞ」
「ハッ!」
ブッフォン・エギ・ライネルの後ろをついて行く
僅かに不快な臭いが鼻に届き、
補佐官の彼は鼻を親指で掻く振りをして、
この臭いを嗅がないようにしていた
指揮官であるブッフォンは砦の頂上へと向かい、
眼下に迫るラシュフォードの軍勢を見下ろして言う
「所詮は小娘、この砦は落とせはせん」
砦のいたる所に設置されている投石機へと合図を出し、
一斉に巨石が放たれる……と思われたが、
一向に岩が飛んでゆく気配はなく、不穏な空気が漂っていた
「何事だ、なぜ撃たん」
横に控えていた補佐官に問うが、
彼は先程までブッフォンの部屋にいたのだ
そんな彼に分かる訳がない
何度も手を上げては下げて合図を繰り返す
だが、投石機が発射される事はなかった
「どうなっている! 確認しろ!!」
ブッフォンが怒りをあらわにした時、
リーン砦の城門が重たい音を奏でて開き始める
「馬鹿なっ! 誰だ!」
その問いには意外な人物が答えた
「誰の仕業かしらね?」
背後から聞き慣れぬ女の声がし、
その場にいた全員が一斉に後ろを向く
すると、そこには彼等が想像もしていなかった人物がいた
ノル・スク・ラシュフォード
ラシュフォード家の長女にして、
ドラスリア学院が始まって以来最高の頭脳を持つ女、
一部の噂では当主であるユグド侯爵を影で操る者と言われている
「魔女めッ!」
補佐官もまた抜剣し、ブッフォンを庇うように立つ
側近の兵達が一斉に槍を突く……その数4本
普通であれば4本の槍を同時に突かれれば、
生き残れる者など殆ど居ないだろう
仮に達人であれば4本の槍でも対処できる可能性はあるが、
そこにいるのは麗しいドレスを身に纏った淑女である
1つ、おかしな点を挙げるとすれば……仮面だ
彼女は黒い仮面で顔を半分隠している
まるで仮面舞踏会にでも出るかのように……
いや、舞踏会にしては飾り気の無い面かもしれない
「あらあら、どうしたのかしら?」
4本の槍で突かれたはずの彼女は平然と言う
側近達はガタガタと震え出し、1歩、また1歩と下がってゆく
彼等の持つ槍は先端が跡形もなく崩れ落ちていた
まるで長い長い年月をかけて腐食したかのように……
そして、彼女の身を守るように漂う不気味な紫の煙が、
僅かに広がり始め、彼等は後退ったのだ
「あはは! そんな顔で見ないでくださいな」
ノルは笑う、頬を染め、妖艶な色気を振り撒きながら
「興奮してしまうでしょう?」
彼女はその手に持つ扇子をパチンと閉じる
すると、4人の側近はボロボロと崩れ、風と消えた
「ひっ」
黒い面には顔が浮き上がり、ケタケタと笑っていた
だが、ブッフォンと補佐官は、
それ以上にこの女の笑みが怖かった
「安心してくださいまし、私は貴方達を殺しませんわ
それではこの戦争が楽しめないでしょう? ふふふ」
玩具を貰った子供のように笑う彼女はふわりと浮き上がる
「見ないでくださいまし、私でも恥ずかしいのですよ?」
そう言い、スカートを手で押さえて浮いてゆく
「ま……魔女め」
飛んでゆく魔女から目が離せずにいると、
下で起きている騒ぎでハッとなる
既にラシュフォード軍はリーン砦内に入り込んでおり、
砦内は乱戦になっていた
彼女は何故このタイミングでこの場に来たのか……
ノルは自身の力で戦争に勝とうとは思っていない
あくまで駒を使い、頭で勝ちたいのだ
そのため、敵将を討てたチャンスを簡単に捨てたのである
では、何故彼女はここへ来たのか……
それは、今から打ち負かす男の顔を見たかっただけである
女だと侮っている男達を、
虫けらのように踏み潰す事が何よりも楽しいのだ
しかし、この戦いで両軍に多大な犠牲者が出る事となる
それは、ノルが立てた作戦をこなしていれば有り得ない事だ
では、何故そのような結果になったのか……
その答えはもうすぐ現れる
空から、突如として、
誰も予想していなかった来訪者がいたのだ
その者の姿は異様だった
ワニの頭、獅子のような上半身、カバのような下半身を持つ
誰がこの生物を説明できようか?
否、できる者がいる……ブッフォン・エギ・ライネル、その人だ
"それ"は砦のど真ん中に突如落下してきた
土煙が舞い上がり、しばらく何も見えなかったが、
次第に晴れてゆき、その姿を見た者は恐怖に顔を歪めた
「ば、ばけものっ」
グルルと喉を鳴らし、縦に割れた瞳で狙いを定める
一人のラシュフォード兵が槍で顔を突くが、硬い鱗に阻まれ、
まるで壁を突いたかのように弾かれる結果となった
その瞬間、槍で突いた兵の上半身は消えた
腕だけが"それ"の口からはみ出しており、
彼が食われた事はその場にいる誰もが理解した
メジード……ライネル家は"それ"をそう呼んでいる
意味は"打ち倒す者"……まさに兵達の心は打ち倒されていた
ラシュフォード兵が1人、呆気なく殺された事により、
一部のライネル兵が歓声を上げた
彼等はメジードの見た目を毎日のように見て知っていたからだ
『おおおお! ライネルの聖獣が降臨なされたぞおおお!!』
その歓声を利用し、士気を上げるよう補佐官が進言し、
よし、とブッフォンは精一杯の声を絞り出した
『神の祝福は我らにあり!!』
だが、ブッフォンは次の瞬間には上半身が消えていた
「は…………?」
そして、戦場が静止した時、
奴等は容赦なく、無慈悲に、次々と降って来た
砦の至る所から煙が上がり、悲鳴が響き、
ラシュフォード・ライネル両軍が無残に食われて行った
たった20匹のメジードによる虐殺が始まったのだ
下半身がカバなのもあり、動きは鈍そうに見えるが、
想像を遥かに越える速度で走り、
底なしかと思うほど人間を食らっても尚喰らい続けた
"あれ"が降って来てから僅か10分足らずで、
両軍から出た死者は400を超えていた
あの形でどうやって空を飛んで来たんだ?
そう思った1人の兵が空を見上げ、絶句する
空は見えなかったのだ
夥しい数の黒い影が蠢いており、
メジードを投げ捨てるかのように投下していた
その頃、ラシュフォード陣営に戻ったノルは、
遠くの空が黒く変わるのを見て、嫌な汗が流れていた
「なんですの、あれは……」
信じられない魔力を感じる
今までこんな強力なのは感じた事はなかった
いや、1度だけある……ラーズの例の悪魔事件の時だ
まるで神のような膨大な魔力を持つ者が現れた
ドラスリアにいながらもノルは感じていたのだ
その時を思い出すかのような尋常ならざる魔力を感じている
化物のような魔力は1つしかいないが、
それ以外の魔力も並の魔獣どころではない
高位魔法使いを遥かに凌駕する魔力が無数に迫っていた
「ざっと600かしら……不味いですわね」
こんな近くに来るまで気づかなかっただなんて!
ノルは戦争という遊びに夢中になり過ぎていた
自身の不甲斐なさに苛立ち、瞬間的に魔力を放出してしまう
辺りには突風が吹いたかのように衝撃波が広がり、
彼女の足元の大地にはヒビが入る
「姉さま、落ち着いて」
「……こほんっ、ありがとう、愛しい妹」
ケイの静止で冷静さを取り戻し、上空を睨む
黒い影は方向を変え、こちらに向かっているように見えた
チッ……気づかれた
「ケイ、貴女は馬で逃げなさい」
「え? 逃げる? もうすぐ勝てるのにか?」
姉が何を言い出してるのか分からなかった
勝利はすぐそこなのに、何から逃げるのだ?
「いいから逃げなさい、これは命令ですわよ」
「……はい」
「南下してシグトゥーナ村を目指しなさい、
そこなら安全のはずですわ……急ぎなさい」
「はい」
ケイは馬を蹴り、一気に加速する
背後から異様な圧力を感じながら駆けていた
振り向かず行こうと思っていた彼女は、
背後で起きた爆発のような魔力に思わず振り向いてしまう
「なっ……に……姉さま」
ふわりと浮き上がる姉……ノルは、
黒い仮面を付けており、尋常ならざる魔力を放っている
魔力感知に疎いケイでも分かるほどだ
そして、姉のノルは口ずさむ
「神器解放」
その瞬間、紫とも黒とも言える煙が、
彼女のドレスに纏わりつき、
ドレスはより華やかに変わってゆく
「姉さま……綺麗だ」
ケイは姉の美しさに見惚れ、馬を止めていた
・・・・・
・・・
・
一方、カナラン聖都コムラーヴェでは……
サラが何かに気づき、教会へと向かった後、
シャルルはジーンやラピと合流し、
急ぎ足で3人で教会へと向かっていた
「風で防音?」
ジーンがシャルルから聞いた教会を覆う魔法を聞き、
何かを考えているようだった
「そうそう、不思議な魔法だったなぁ」
「へー、面白そうだね」
ラピも興味津々でシャルルの話に食いついている
「教会全体っていうと魔道具か何かかな……
そんな大掛かりな事してまで音を消したい理由は……」
ジーンがぶつぶつと独り言を始め、
2人はそんな彼女の様子を見ながら教会へと急いだ
3人が教会へと到着すると、先程までの人ごみはなく、
入り口の教会守護隊が彼女達を見て驚く
「これは巫女様、何か忘れ物ですか?」
「ううん、違うよー、ちょっと気になる事があって!」
守護隊の男は色々考えるが、とくに思い当たる事もなく、
それが何なのか聞こうとしたが、それはジーンに止められる
「早く入れてくれない?」
「は、はい! 申し訳ありませんッ!」
2人の男が分厚い扉を開き、
教会の独特な重苦しい空気が3人を包み込む
「あ、待って」
これから教会に入ろうという時に、
シャルルが突然走り出し、教会から離れてゆく
ラピとジーンは不思議そうな顔で彼女を見ていると、
シャルルは教会を見上げ、何かを探していた
「シャルルー、何してるのー?」
ラピが気になって聞いてみると、
彼女は目的のものが見つからなかったようで、
少し残念そうに歩きながら言う
「あ、うん、サラいるかなーって」
「え?サラが?上にいるの?」
ラピはシャルルが何を言ってるのか理解出来なかった
自分も上を見てみるが、壁しか見えず、
どう考えても人がいるようには思えない
「壁登れるって言ってたから、登ったのかなーって」
「へ、へぇ……」
サラが壁をよじ登る姿を想像し、ラピは苦笑いをする
あまり見たくない光景だ
「お兄さん、淡い桃色の髪の半亜人来た?」
「いえ、先程水の巫女様と帰られてからは」
「だってさ」
ジーンがシャルルに言うと、
彼女は「そっかー」と頭の後ろで腕を組み、
3人は教会内へと足を進めた
再び訪れた半亜人に信徒達が不快感を露わにするが、
誰も近寄ろうとはせず、一定の距離を保っていた
ジーンが1人の神官を呼び止め、
念のためサラが来ていないか聞くが、
やはり来ていないとの事だった
「やっぱ外かな」
シャルルが「うーん」と唸っている
その様子を見てラピは再びサラが壁をよじ登る様を想像していた
3人は御柱近くまで足を進め、
ラピがその素晴らしい作りに感動しており、
シャルルは再び水と生の神に祈りを捧げる
しかし、ジーンだけはそこへ近づかなかった
「どうしたの?」
ラピが不思議そうに問うと、
ジーンは腕をさすりながら言った
「その柱、何か嫌な感じがする……」
「あ~、ジーンさん悪魔だからかな?」
「どうだろうね」
ジーンが治まらない鳥肌を不快に感じていると、
足元から妙な力を感じる事に気がつく
そこから意識を集中し、下を探るが、
何かに阻まれ、見通す事は出来なかった
祈りを終えたシャルルがそんな彼女に声をかけると、
ジーンはシャルルにも探るよう言ってくる
言われた通りに下を探るが、シャルルでも分からなかった
「何だろう、確かに違和感はあるね」
シャルルが目を閉じて集中しているが、
やはりモヤが掛かったように何も見通せなかった
その時、御柱に見惚れていたラピが「あっ」と声を上げる
その声に2人がラピを見ると、
しゃがみ込んだラピが柱に書かれた何かを読んでいる
「なにそれ」
「なんて書いてあるの?」
2人には読めない文字だった
「これ古代エルフ文字だよ
わたしもあまり詳しくないけど多分こうかな……」
ラピがゆっくりと読み始める
火・水・風・土・生・死の加護を
この地に眠りし神々の恩恵を
邪なる者を封じ込める力を
聖と邪は表裏一体、等しく力である
「うーん、これ以上はわからないかなー」
その言葉を聞いてジーンは考え込んでいた
「確かに力である事は変わりないね
でも、表裏一体……どういう事なんだろう」
またジーンの独り言が始まる
だが、その独り言に答える者がいた……アスタロトだ
…そんな事も知らんのか
…え? 何か知ってるの?
…当たり前だ、我も元々は悪魔ではない
…そうなんだ、元は何だったの?
…ふんっ、なぜお前に教えなくはいけない
…いつもは好き勝手喋るくせに
…黙れっ! 我は我の好きなように話す!
言われた通り黙る事にし、
アスタロトとの会話を終えようとするが、
悪魔王の残した一言が彼女の心を大きく揺さぶる
…女、この下には不愉快なものがあるぞ
…ん? 何があるの?
…自分の目で確かめればよかろう
それ以降、アスタロトは何も言わなかった
「シャルル、ラピ、ちょっといい?」
2人を手招きし、内緒話をするように耳打ちする
「アスタロトがこの下に何かあるって」
「やっぱ何かあるんだ」
「へー、気になるねー」
3人は神官を呼び止め、地下へ案内するよう言うが、
地下への螺旋階段を使うには、
大司祭エレアザル・オシニスの許可がいる
そう言い、断られた
「じゃあ、お髭のおじいちゃん呼んで」
「しかし、面会の約束なしでは……」
困ったように頬を掻く神官にしびれを切らしたシャルルが、
普段よりも大きな声をあげる
「アタシは水の巫女だよっ!
今は神さまのために動いてるの!これは神の命令だから!」
「は、はいっ!!」
大慌てで去ってく神官を見送り、
ラピがシャルルの腰を突いて聞いてくる
「神託あったの?」
「無いよ?」
「え……神の命令って……」
彼女は「にししっ」とイタズラっぽい笑みを浮かべていた
「職権乱用だね?」
ジーンのツッコミにシャルルは「ぐぬぬ」と拳を握るのだった
・・・・・
・・・
・
その頃、サラは……教会の屋根の上にいた
流石の高さに少し膝が笑うが、
彼女は耳をすまし、集中していた
ゆっくりと屋根の上を歩きながら、
例の声が聞こえてこないか調べ回る
助けて
「ッ!」
聞こえた、間違いなく、ハッキリと聞こえた
誰かが助けを呼ぶ声だ
サラは辺りを見渡し、声の出処を探る
そして、彼女は教会の屋根にある複数の煙突の中から、
1つの煙突に辿り着いた
そこから漂う悪臭は動物の糞尿や死体の腐ったような、
普通の人間でも鼻が曲がりそうな臭いだった
だが、サラは半亜人だ
常人の数倍は鼻がいい
直接その臭いを吸い込んでしまったサラは咽る
一瞬視界がグラっと揺れるほどの強烈な悪臭だった
「……けほけほっ…この下かな」
あれから声は聞こえない
だが、間違いなくここだ、直感がそう言っている
その時、シルトに言われた一言を思い出した
・・・・・
・・・
・
「サラは考え過ぎなんだよ、
時には直感も大事だよ、自分を信じて」
・・・・・
・・・
・
「うん、私……自分を信じてみる」
ここにはいない彼に伝えたい言葉が溢れ、
彼女は腰に差す剣を確かめる
彼の長年愛用していた剣
私のお腹を貫いた剣
私の一番大切な宝物
「シルトさん、見ててね」
サラは煙突の中へと入ってゆく
煙突は細く、狭いため、
華奢な彼女でなければ通れなかっただろう
あちこち擦りながらも足でブレーキをかけて降りてゆく
予想より遥かに長く、しばらく降りたが終わりが見えなかった
体感では既に教会より下、地下に入っていそうなものだが、
まだ煙突の終わりは見えない
どこまで続くんだろう? と少しばかり不安になっていると、
下に赤い光が見え始め、悪臭が一気に濃くなった
「けほけほっ…ひどい臭い」
サラは一旦足でブレーキをし、
ポケットからタオルを出し、口元を覆う
そして、落下を再開し、ついに到着する
降りた先にあったのは骨や腐乱した何かの死体の山だった
薄暗いが、所々に赤い鉱石があり、それが光を放っていた
異様な光景に嫌な汗をかくが、
辺りを見渡し、状況を確認する
どうやら近くに生きてる生物はいなそうだ
崩れないように恐る恐る骨の山を降り、
片手で押さえていたタオルを口元に巻き付け、
彼女の宝であるミスリルロングソードを抜剣する
音を立てないよう、慎重に進む
その時、再びあの声が聞こえた
助けて
……その先に待つのは人の業




