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カタクリズム:中編  作者: ウナ
烏合の讃歌
28/72

5章 第4話 ラシュフォード

【ラシュフォード】







ミラの母サイネに案内され第三の門を抜けると、

そこに広がっていたのは"都市"だった

一国家の首都と言っても信じてしまう人はいるだろう

それほどの規模の都市が広がっている


食事処、服屋、靴屋、帽子屋、八百屋、魚屋、肉屋、酒屋、

鍛冶屋、家具屋、馬屋、宿屋…なんと土産屋まである

ありとあらゆる店が並び、活気に満ち溢れていた


更に、この敷地内には衣類や寝具などの生産工場や、

魚や肉といった食料品を加工する所まであるのだ

他にも様々な工場や工房や細工所などがあり、

この都市1つで全てが賄えてしまうほどである


全ての建物は同じ様式で作られており、統一感がある

尚且つ、装飾の1つ1つまで拘って作られており、

どの家も店も一級の建築物と言っていい


この規模の家だ、住み込みで働いている者は多い

辺境の北部にあるこの地には近場に街や村は無く、

ラシュフォードに仕える者はこの家(都市)に住んでいるのだ


大半が庶民である彼等に屋敷の一部を貸し出し、

それぞれに見合った仕事を与え、

全ての住民はラシュフォード家のために働いている


なぜそこまでの人が集まるのか…それは、単純に金払いがいいからだ


ドラスリアの庶民の暮らしは貧困という言葉が適切な暮らしである

だが、この家に仕えれば貧困とは程遠い生活が送れる


安全と未来が約束されているのだ


魔物がうごめく世界において、それ以上の贅沢があるだろうか

しかも職にあぶれないという補償付きだ

これほどの環境が他にあるだろうか?……いや、無いと断言しよう


そして人々は集い、ラシュフォード邸は増築を繰り返す

こうして1000年という時を経て、1つの巨大都市が誕生したという訳だ


ラシュフォード邸に仕える者は11万人ほど居る

内6万は私兵であるため、この地に留まっている期間は短いが、

その家族達はラシュフォードの恩恵を受け、平和な生活を送っている


ミラは幼き頃からずっと彼等と自分達は違うと教えられ、

貴族という誇りを持て、威厳を見せつけろ、

我らはラシュフォードなのだ、と英才教育を受けている


これは平民と貴族の距離が近いラシュフォードだからこそである

国内最大の貴族である彼等が威厳を示さなければ、

それは貴族全体へと影響が及ぶだろう


そのため"死の概念"を取り戻す旅に出たばかりの彼女は、

あのように傲慢で高飛車だったのだ

だが、それは彼女の誇りであり、悪意など微塵も無かった

貴族という立場を大切に思うからこその態度だったのである


しかし、彼女はあの旅で変わった


自分という存在が如何に無力かを思い知り、

"誇り"とは生き残るためには邪魔でしか無かった

そして、勇敢なる者達を目の当たりにし…憧れた


ああなりたい、心の底からそう願った


その結果が今のミラ・ウル・ラシュフォードという女性である

"尊者"と呼ばれ、"神の使徒"に選ばれ、"侯爵"という爵位まである

誰もが敬う存在と言えよう…だが、彼女は満足などしていなかった


まだですわ、まだまだ全く届いていませんわ

彼のように…彼女のように……わたくしもいつか……


彼女がそんな事を考えていると、

一行はラシュフォード本宅へと辿り着く


一際大きいその建物は、大きく分けて3つのエリアで出来ている


まず、玄関がある中央のエリア…この都市で1番高い塔がそびえ立つ

塔の先端にはラシュフォードの糸とハサミの紋章が掲げられている

この塔は展望台の役割を果たしており、見張りが常駐している


玄関を抜けると視界は一気に広がり巨大なエントランスが待っていた

正面には人が15人は並べそうな幅の階段があり、

上を見上げれば淡いブルーと淡いピンクのクリスタルが

惜しげもなく使われている直径6メートルはあるシャンデリアが煌めく

1つ1つのクリスタルが魔法の灯りで照らされ、

複雑な光の舞を披露し、訪れる客人をもてなしている



このシャンデリアはラーズ国の技師ディーアン・キュクロープス作だ

誰もが彼をラルアース最高の技師と謡い、

その作品は些細な物でも目が飛び出るような値段がする

変わり者であるディーアンは金を積まれても滅多に作らないため、

希少価値が付いているのもあるだろう…もちろん出来栄えも最高なのだが


以前、ミラがディーアンにエインの銀の腕を作ってもらえたのは、

このシャンデリアを依頼して以降、何度も交流があったためだ


気難しい彼も別に仕事がしたくない訳ではない、

単純に舞い込む依頼に興味を惹かれないのだ


だが、いつもラシュフォードは違っていた


ディーアンにとってラシュフォードとは珍客なのである

珍しい金属や宝石を持ち込んで来ては妙な依頼をしてくる変わった家で、

どれも自分にしか作れないであろう無理難題を簡単に言ってくる

最悪の依頼者とも言えるが、それは彼には嬉しかった

彼は求めていたのだ、自分にしか作れない作品を……


そんな彼の心を満たしてくれた最初の作品がこのシャンデリアである


淡いブルーと淡いピンクのクリスタルは全く同じ性質のものだ

不思議な事に、衝撃を与えるとその色はくすんだ色へと変わってゆく

扱いが難しいため、一般的には使われない宝石だ


そんな面倒な宝石を信じられない量を集めてきた

頭のおかしな客が訪ねてくる……それがラシュフォードだった


このクリスタルのような宝石は扱いこそ難しいが、

その透明度と美しさは一級品であるのは間違いない


更に、このクリスタルは上手い具合に衝撃を与えると、

くすむ事なく綺麗に透明度を保ったまま色が変化し、奇跡の宝石となる

淡いブルーと淡いピンクのクリスタル正体…


それがこの幻の宝石"エンジェルウィム"である


挿絵(By みてみん)


ディーアンは最初は耳を疑った、

エンジェルウィムを3万個作れなど正気の沙汰ではない

狙って作れるものなどではないからだ

加工中、極稀に偶然出来上がる…それがエンジェルウィムなのである


更にそれをシャンデリアにしろなど頭のネジが何本飛べばそうなるのだ

そう思ってしまうほどだった


だが、今までに無い依頼だった…

そう、彼はこの仕事をやりたいと思ってしまったのだ

そして、2年以上の歳月をかけて完成したのがこのシャンデリアである


ラルアース最高技師と謳われるこの男を2年も独占するなど、

一般人からすると途方もない額が掛かるのだが、

ラシュフォード当主であるミラの父は全く気にもしていなかった


父ユグドは、長女の思いつきで出たワガママを叶えるため、

大量の金を何の抵抗もなく払ったのだ


一見親バカのようで微笑ましくも思えるが…額が額である

流石のサイネもこの時ばかりは口を挟んだが、

ユグドは「黙っていろ」の一言でその意見を封殺した


そんな経緯で造られたシャンデリアが彩るエントランスは、

この世の贅という贅を貪り尽くしたかのような豪華さである



次に東側のエリア…"赤の間"と呼ばれるエリアだ

ここにはミラの母サイネや姉達夫婦が暮らしている

少数で暮らすには広すぎるエリアのため、

舞踏会が開かれる大広間や、遊技場に大浴場、

蔵書数が1400万冊にも及ぶ大図書館など、様々な施設も兼ねていた


最後に西側のエリア…"青の間"と呼ばれるエリアである

赤の間とほぼ同等の大きさを誇る建造物だが、

ここには父ユグド・フィロ・ラシュフォード侯爵と、

その娘であり後継者であるミラ・ウル・ラシュフォードだけが住んでいる

とは言ってもミラはほとんど家にいないため、

実際は父一人で住んでいる事になる


青の間にはラシュフォードの宝物庫もあり、

警備の者以外は基本的に出入りは禁止されている

それは妻であるサイネや、ミラの姉二人もその対象だった


この青の間という巨大な建物はユグドとミラのためだけにあるのである


「こちらで少々お待ちください」


サイネが深く頭を下げてから青の間の入り口で警備兵に何かを言い、

敬礼をした警備兵は青の間へと消えて行った


エイン達は巨大なテーブルのある一室に通され、

各々が長旅の疲れを癒やすように、座り心地の良い椅子に身体を預ける


室内を見渡すと、至る所に超がつく一級の調度品が並び、

この建物に入ってから無数にある花瓶には、

まだ摘んできたばかりのような新しい花々が飾られていた


彼等が待たされて小一時間は経っただろうか

暇を持て余したアシュがふらふらと室内を歩き回り、

マルロは花の香りを楽しみ、イエルは紅茶とお菓子を味わっていた

特に会話もなく、ただ静かに時間は流れている……


すると、入り口の扉がガチャリと音を立ててゆっくりと開いた


扉を開けた使用人達の間から一人の男性が姿を現す

背筋をぴんと伸ばし、1歩1歩をしっかりと力強く歩くのが印象的だった


ユグド・フィロ・ラシュフォード侯爵……現ラシュフォード当主である


綺麗に整えられた髭と、長く綺麗な髪は1つに束ねられており、

ロココスタイルの派手過ぎず、落ち着き過ぎないデザインの服がとても似合う

老いてはいるが若き日はさぞモテていたであろう端正な顔立ちで、

室内に居た一人一人の顔をしっかりと時間をかけて見てから席についた


「お父様…いえ、ユグド侯爵、お話が御座います」


ミラが少しばかり緊張した声で口を開いた

その一言でふらついていたアシュも席につき、マルロも席に戻る

エイン達は横一列に座っており、対面にユグド侯爵が座する形だ


ユグド侯爵の正面、そこにはミラが座っている

彼女は真っ直ぐ父の目を見つめており、彼もまた同じ目を返していた


「なんですかな、ミラ侯爵」


侯爵……二人は同じ侯爵という爵位ではあるが、

ユグドのそれと、ミラのそれは似て非なるものである

それは、ユグドはドラスリアという国の防衛を任されているがために、

この侯爵という地位に就いているが、ミラのそれは少し違う


ミラの侯爵という地位はラルアースを守った功績を讃えてのものだ

言うなれば、ラルアースという国を防衛する者

そんな大層な役職は存在しないため、

現国王イーリアスは特例としてミラに侯爵を授けたのである


忘れてはいけないが、爵位にはもう1つ上がある……"公爵"である


何故ドラスリア王国には公爵がいないのか、

そう感じた人もいるのではないだろうか

それは正しい、本来であればユグドは公爵になっているはずなのだから


しかし、彼は侯爵のままを選んだ

いや、それは1000年続くラシュフォードの歴史上の当主全てが、だ

何故ラシュフォードは公爵の地位に就かぬのか


それは………


「………という理由で、ドラスリアと…事を構えますわ」


ミラはこれまでの経緯を丁寧に説明した

少しばかり長い話にはなったが、ユグドは黙ってそれを聞いていた


「なるほど、仰りたい事は理解した

 私に力を貸せ……そう言いたいのですな?」


「えぇ、有り体に申しますと、そうですわ」


ユグドは目を瞑り、ふぅ……と一息吐き出す

そして、力強い青い瞳でミラを真っ直ぐ見つめて答えた


「断る」


「な、何故っ!?」


ミラが立ち上がるが、ユグドは更に強い眼差しでそれを座らせる


「私は王の剣です、お忘れか?ミラ侯爵」


「……いえ」


「王の剣たる私が王に剣を向けるなどあってはならない

 それはご理解頂けるだろうか?」


「……はい」


ミラは俯く、両手は強く握り締められ小刻みに震えていた


「表を上げなさい、侯爵たる態度を示しなさい」


ハッとしたミラは顔を上げてユグドを見ると、彼は微笑んでいた


「お父……様…?」


「これこれ、今は侯爵同士の話し合いの場だろう」


「も、申し訳ありません」


先程までの力強さは消え、優しさに溢れる顔つきになったユグドは、

もう一度だけ大きく息を吐き出し、顔つきは真剣のそれへと変わる


「私は力は貸せぬ……が、ミラよ、清く育ったな」


「え……?」


「しかし、これも神の導きか、(えにし)とは不思議なものよ」


ユグドは綺麗に整っている顎髭を撫でながら2度頷き、席を立つ


「ミラ、それと……エイン・トール・ヴァンレン卿」


「は、はい」


突然呼ばれ驚いたエインは吃ってしまい、咳払いをしてから背筋を正す


「着いて来てはくれまいか」


ユグドは手で促し、エインとミラは立ち上がる……が、

それと同時にもう1人が立ち上がった


「あのっ!私もいいでしょうか?」


リリムだ


「…………死の巫女様ならば構いませんが、

 見たものを口外すれば巫女様であれど……御解りか」


「………」


決して威圧するような口調ではなかった

だが、ユグドの言葉には重みがあったのだ


口外すれば……待っているのは"死"だろう


それを覚悟して来いと言っているのだ

リリムは胸に手を当て心に誓う……よし!


「はいっ!」


こうして3人はユグドに案内され"青の間"へと入って行く

分厚い扉を開けた先は僅かに薄暗く、魔法の灯りが間接照明となっており、

どこか幻想的な空間に思える光景だった


ミラはここに住んでいる事もあり何とも思っていないようだが、

エインとリリムは物珍しそうに辺りを見渡している


長い長い廊下を進むと、道の両脇に黒い甲冑の2人の重騎士が立っている

この薄暗い空間の中、彼等の鎧は同化するように溶け込み、

微動だにしない事もあり、近づかなければ分からないほどだった


そして、ユグドが重騎士に近づくと、彼等の鎧の繋ぎ目だけが赤く発光する

ヘルムの隙間部分も赤く光り、重騎士は剣を抜いてアーチを作る

その剣もまた僅かに発光していた



この二人の重騎士はユグドの側近、近衛兵である

幼き頃からラシュフォードに育てられ、

ありとあらゆる戦闘訓練を受けてきている、ラシュフォード最強の騎士

その力は、かの一等級冒険者にも劣らぬとも言われている


そんな彼等を世間は"赤狼(せきろう)"と呼ぶ


彼等の武器は2本のつがいとなるアーティファクト武器

一の剣、三の剣という二振りの剣であり、

2本の剣を合わせて"一二三(ひふみ)の剣"と呼ばれている


一つ、火を生み出し

二つ、風が託し

三つ、水を創造する


その唄の通り、一の剣は火剣であり、三の剣は水剣である

ニの剣があるのでは?という説もあったが、

かれこれ1000年以上見つかっていないため、二振りの剣とされている


彼等の鎧には魔法が掛けられており、身体能力が大幅に向上している

あの隙間から漏れる赤い光は魔力による発光なのだ

しかし、この鎧には弱点があり、装備者の魔力を大きく消費していく


だからこそ彼等は選ばれたのだ


この二人は幼い頃に魔法の才が開花し、人より優れた魔力を有していた

そして、家は貧しく、その日暮らしだったため、彼等は売られたのだ

ラシュフォードという家へと………


そこで彼等は手に入れたのだ

自分達の価値を、生きる理由を、幸せを

ラシュフォードに……いや、ユグドに仕える事こそ彼等の幸せである


血こそ繋がっていない彼等だが、兄弟のように育ち、

共に高め合い、この鎧を使いこなし、今のこの地位を手に入れたのだ


一の剣を持つ男、ラングリット

三の剣を持つ男、オズワイド


彼等にはミドルネームもラストネームも無い、必要無いからだ

彼等はユグドの剣であり、盾なのである



そんな彼等の作り出したアーチをくぐり抜ける時、

ユグドはラングリットに耳打ちし、何かを伝える

そして、分厚い鋼鉄の扉の部屋へと入って行った


エイン達もそれに続き、そこで目にした人物に驚愕する


まだ幼さの残る顔立ち、女の子と見間違うような容姿、

ふんわりとした髪質……服装こそ普段とは全く違うが、

エインとミラには間違えようもない人物がそこにいた


イーリアス・ベル・ドラスリア6世


現ドラスリア国王が室内に静かに佇んでいたのだ

その表情は、疲れ切っているのか僅かにやつれているようにも見える


「こ、国王陛下っ!」


エインは即座に膝をつき、ミラもそれに続く

リリムも慌ててエインの横にしゃがみ込み頭を垂れた


「表を上げてください、今の私は王ではありませんから」


イーリアスの透き通るような声がし、エイン達は顔を上げた

やはり王は疲れているようだ、声にもいつもの覇気がない


「陛下がなぜここに……」


チラリとユグドへと目を向けると、彼は瞳を閉じて語り始める


「……2日前の事だ、王はある従者と共に参られた」


2日前の夜、ラシュフォードの第一の門を叩く二人組がいた

少年と青年は酷く焦っている様子で、門兵も怪しんだほどだ

だが、少年の見せた紋章を目にした門兵は即座に開門する


彼が見た紋章は"双頭の竜の紋章"ドラスリア王家の紋章である


この少年こそがイーリアスその人だ

彼と共にいた従者の青年とは、近衛騎士団ギヴァ・ランドである

若くしてその座に就いた彼は赤獅子の名で知られる剣士だ


その戦い方はまるで獅子のごとく荒々しく、

貴族である事が嘘のような豪快な剣技だった

期待の新星、そう噂される剣士が彼…ギヴァである


彼等はラシュフォード邸内へと案内されるが、

第ニの門を通り抜ける辺りで突然ギヴァが倒れ込む

慌てて抱き起こした門兵の手に、生暖かいものがべっとりと纏わりつく


既にギヴァの瞳孔は完全に開き切っており、事切れていた


その後、ラシュフォードの私兵50名でイーリアスを護衛し、

本宅までの道のりは空気がピリピリするほどの警戒態勢だったと言う

そして、今いる青の間へと保護されたのだ


青の間で落ち着きを取り戻した王はユグドに事の顛末を聞かせる


王太后である母と大臣の裏切りに遭い、暗殺されそうになったそうだ

何故実母が……と、イーリアスにも理由は解らぬようで、

彼の酷く疲れた雰囲気はそれが原因だったのだろう


そして、王太后は貴族たちを纏め上げ、

ドラスリアという国を我が物に、独裁国家にしようとしている、と……


「……という訳です」


ユグドの説明が終わり、イーリアスは顔を伏せる

思い出したのだろう……実の母に向けられた"殺意"を


「私の見解では、事の発端は王にある」


「え……」


ユグドの一言に室内が凍りつく


「王よ、貴方は以前こう言いましたね?

 "私はいずれこの国の貴族という制度を廃止したいと思っている"…と」


「はい……身分の差などない、平和な国にしたかったのです」


イーリアスはまるで怒られている子供のように力なく返事をしている

いや、実際子供なのだが


「それを王太后はよしとしなかった、それだけの事」


そう言い、ユグドは葉巻に火をつける

香りを鼻で楽しみ、ゆっくりと煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す

しかし、彼は二口吸っただけでその葉巻の火を消した


「いいですか、王よ……私は力を貸せません

 その理由は先日も申し上げましたので御解りですね?

 私が動けば国が割れるのです、それは避けねばなりません

 死の概念消失事件以降、国はこれまでに無いほどに疲弊しています

 今この状況で国が割れれば、ドラスリアという国の存亡に関わるのです」


ユグドの言う事はもっともだ

これにはミラも何も言えなかった


「ですから……」


長い溜めを作り彼は言う


「娘達をお貸ししましょう」


「え?」


一同が唖然としていると、ユグドは口角を上げ続ける


「我が家の女はじゃじゃ馬でしてな

 巫女奪還のために城を落とすと言い出しております」


全く困ったものですよ、と彼は笑っていた


「巫女…?城を……?どういう事ですか?」


イーリアスは何も知らない、知らされてなどいない


「ドラスリア城に風の巫女が監禁されているのですよ」


『な、なんて事をっ!』


これには流石のイーリアスも驚いていた


『ユグド侯爵、貴方は知っていたのですか!』


「えぇ、もちろん」


『では何故!何故そのような事を許したのですか!』


少年王は珍しく怒りの感情を露わにしていた

それもそうだ、巫女とは神の使い、それを監禁など許されるはずがない


「国のためよ、坊や」


突然、鋼鉄の扉が開き、口を挟む者がいた

王を坊や呼ばわりなど失礼極まりない


「お父様、外まで聞こえてましてよ?」


「うん、丸聞こえだったよ」


室内に入って来た二人の女性は顔が瓜二つだった

この二人の違いと言えば髪の長さくらいだろうか

その顔つきはどこかミラにも似ており、美しい女性達である


美しい二人の女性……彼女達はラシュフォード、ミラの姉だ


髪の長い方が長女ノル・スク・ラシュフォード、

髪の短い方が次女ケイ・ヴェル・ラシュフォードである


挿絵(By みてみん)


ユグドの命令でラングリットが二人を呼びに行ったのだ

久しぶりにラシュフォード三姉妹が揃った瞬間だった


「わたくし達が青の間に呼ばれるだなんて何事かと思えば、

 ふふふ……これは…とっても楽しそうな事になってますのね」


長女ノルが清楚な見た目に反した邪悪な笑みを浮かべる

その笑顔に隣にいる次女ケイは若干引きつる

それは三女であるミラもそうだった


そして、ユグドは頭を抱え、数度振ってから口を開く


「ごほんっ……これが我が娘です、王よ

 この娘達を好きに使ってくれて構いません」


「あら、"好きに"だなんてはしたないですわよ?お父様」


長女ノルは父であるユグドをからかうように笑う


「まぁ…いいですわ、今回は楽しそうなので使われてあげます」


ノルはゆっくりとイーリアスに近づき、彼の顎を指で上げさせる


「坊や、何故巫女が……そう言ってたわね?」


「は、はい……」


「簡単な事よ、欲しいからに決まってるじゃない」


「え……」


彼女が何を言わんとしているのかイーリアスには理解出来ない

だが、そんな少年王を嘲笑うかのようにノルは続ける


「そんなだから坊やって呼ばれちゃうのよ」


王の顎から指を放し、ノルはユグドを見る


「今回の件、わたくしは自由にやっていいのかしら?」


「あぁ、構わん」


「ふふふ、お父様大好きよ」


ユグドの頬にキスをし、ノルは妹であるケイとミラを呼ぶ


「愛しい妹達よ、ありったけのカーテンを集めなさい」


「ん?カーテン?何すんだ?」


「そんな物、どうなさいますの?」


秀才と言われるミラですら理解出来ない

だが、ミラはそれを不思議とは思わない…何故なら、


彼女こそ歴代のラシュフォードでも類を見ない天才なのだから……


ミラは天才という言葉があまり好きではない

自分がそう呼ばれるのが嫌なのもある

彼女は努力して努力して今の自分があるのだ


だが、世の中には天才としか言いようがない人物が稀にだがいる

それが彼女、ノル・スク・ラシュフォードだ


自分の理解など遥かに超え、約束された成功への最短ルートを導き出す

それが長女ノル・スク・ラシュフォードなのである


当主であるユグド侯爵が唯一恐れる人物……

それが娘ノル・スク・ラシュフォードなのだ


長女を解き放ってしまう事に一抹の不安を覚えるユグドだが、

彼女ならば失敗は有り得ない、そう確信している


「ノル、ほどほどにな」


念のため釘を刺しておくが、おそらく無意味だろう

胃からくるキリキリとした痛みを感じながら、娘を見る

今までに無いほど活き活きとした表情のノルがそこにはいた


大きなため息を吐き出し、胃薬をリキュールで一気に流し込む

腹の中からじんじんするような熱さが広がり、

ほんの僅かに頭が揺れる感覚に襲われながら、

今は何も考えたくないと思うユグドであった



今回、ミラ達は神の啓示に従い、巫女を奪還するため城を攻める

という建前でイーリアスに力を貸す形となった

あくまでラシュフォードではなく三姉妹の暴走という形で、である


終われば責任は取らねばいけないが、

それはミラが全責任を負うと断言してみせた


王太后側はイーリアスは病により床に伏せており、

一時的な代理として王太后が王座に就くと発表している

もちろんそんな事は嘘なのだが、それを知る者は少ない




ドラスリア王国とラシュフォード三姉妹の戦争が始まろうとしていた……




this is halloween

挿絵(By みてみん)

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