5章 第1話 風の在り処
【風の在り処】
ミラの傷も癒え、エイン達一行はヒッタイトの宿を出る
目指すは聖剣、北東に僅かに見える3つの連なる山々
街で集めた情報によると"絶望山"と呼ばれているそれは
正式名称は"ゲール山群"というそうだ
外界と砂漠を隔てていた巨大な溝は水で満たされ、
今では船が行き交い、橋も完成している
そのため、ヒッタイトで馬車を購入する事にした
時間は限られている……もう失敗は許されない
様々な感情が入り混じり、皆の心に影を落とす
静かな車内に車輪の回る音だけが響いていた
長い旅路となるため、幾度か野営をしながら進んで行く
普段は喧しいくらいのアシュとプララーも静かで、
一行には独特な重い空気が流れていた
"ゲール山群"
何故この山々が"絶望山"と呼ばれるのか、
それはヒッタイトの街である程度聞く事が出来た
絶望と呼ばれる理由の1つに、この山の異様な斜面がある
絶壁と呼んでも遜色ないほどの急勾配であり、
来るものを拒むその壁は絶望の名こそ相応しいと思わせた
もう1つの理由に、遥か高みにある頂から響く音がある
その音は、まるで何かを嘆く声のようであり、
悲しみに満ちた叫びが時折聴こえるという
近隣の者もその音(声)に恐れをなし、近寄る者は滅多にいない
そして、最後の理由は前の2つなど比べ物にならない
まさに"絶望"としか言いようがない理由だ
それは……
ゲール山群には数千年前より竜が巣食っているという
姿を現すのは数十年に1度程度らしいが、
その姿を見た者は多く、幾つかの森や山が竜によって消されている
それは紛れもない事実であり、確かに竜はそこにいるのだ
幸い、人々に被害は出ていないが、
竜という生態系の頂点に君臨する圧倒的存在を前に人々は恐怖した
もしあの竜の狙いが自分達に向いたら…考えるのも恐ろしい
これらの理由により、ゲール山群は絶望山の名で知られていた
竜…エイン達にとっては伝説上の存在であり、
おとぎ話の中に出てくるような怪物だ
その鱗は鋼鉄すら通さず、その尾は全てを薙ぎ倒し、その息は全てを無に帰す
馬よりも遥かに早く動き、大空を自由に駆ける
更に、一般的な魔法とは異なる特殊な魔法を操る
竜とは知性が高く、人間など足元にも及ばない知恵を持ち
無限にも似た時を生きていると言われていた
それがいると言われても、いまいちピンとこない
あまりにもぶっ飛び過ぎていて現実味が無いのだ
しかも聞いた話ではゲール山群には竜が2種類いるというではないか
流石にそれは盛りすぎなんじゃないか?と疑ったが、
皆が口を揃えて言うのだ「確かにいる」と……
目撃されている2種の竜とは、1つが人型の小さな竜だ
遥か東方にいるウェアドラゴンという亜人ではないか?という説があるが、
ウェアドラゴンに翼は無く、それは違うという説もあった
そもそも、ウェアドラゴンを見た事がある者がいないため確認は取れていない
もう1種が深い緑の鱗を持つ巨竜である
全長おおよそ30メートル、
翼の端から端までは50メートルにもなるという
そんな巨大な生物がいるのだろうか?とエインは疑ったくらいだ
第一餌はどうするのだろうか
それだけの巨体だ、どれほどの量の餌が必要か
しかし、竜が現れるのは数十年に1度と聞く
それではおかしくないか?明らかに足りないだろう
エイン達は色々誇張されているのだろうと話半分に聞いていた
その大半が真実だと夢にも思わずに……
・・・・・
・・・
・
夜を照らす月が半分ほど欠ける頃、
エイン達はゲール山群の麓に到着する
草木1本見当たらない裸の山肌は大半が硬い岩で出来ている
その頂は雲の上にあり、見上げても見る事は叶わない
どこから登ればいいのか迷うほどの断崖絶壁が彼等を拒み、
登れる場所を求めて一行はぐるりと山を迂回していた
しかし、そんな都合の良い場所などある訳がない
ここは"絶望山"なのだ
「登れる場所がありませんわね…」
ミラは困ったように頬に手を添えて呟く
既に彼等は3日かけて山群をぐるりと一周してしまっていた
結果はミラが言う通り惨敗である
「どうするのん?」
プララーがミラの隣りで同じポーズで言う
それに気づいたミラは引きつった笑顔をプララーに向け、
姿勢を正し、1度咳払いをしてから辺りを見渡した
「マルロ様、魔法で何とかなりませんか?」
エインは小さな女の子であるマルロに片膝をついて聞く
彼のそんな行動を手で制し、彼女は答える
「出来なくはないです…けど、何日かかるか分かりません」
彼女が言う登山方法とは、地の魔法で足場を作り、
ゆっくり登っていくというものだ
軽い崖程度ならそれでもいいだろう
しかし、このゲール山群の頂は遥か雲の上なのだ
一々魔法で足場を作っての移動となると、どれだけの時間が掛かるか……
想像するだけで気が遠くなる感覚に襲われる
魔力の消費が激しい上位魔法を使えばもっと早いが、
それではマルロの魔力が、身体が持たないのである
「こういう時はあたしじゃ役に立たないからねぇ」
イエルが溶焔の宝玉を手の上で転がしながら言うと、
隣りにいたマルロは苦笑していた
「他に方法が無い場合はお願い出来ますでしょうか」
エインは再びマルロに聞くと彼女は頷くことでそれに応えた
陽が落ち始めたため彼等は野営の準備に入り、
皆が忙しく動いている中、珍しくミラが呆けている
「ミラさん、どうしたんですかね…」
リリムがエインに耳打ちするように尋ねると、
言われて気づいたエインは思った事をそのまま口にする
「登る方法を悩んでいるのではないかな」
「ミラさんは頭良いですもんね」
「あぁ、ミラ様は博士号を持っている聡明な方だよ」
「博士?」
リリムがきょとんとした顔をして首を傾げている
「言ってなかったかな、ミラ様はドラスリア学院の博士なんだ
確か最年少で博士号を取ったのはミラ様の姉上だったかな?」
「え…え?ミラさんって18歳ですよね?」
「俺はあまり人の年齢を覚えてなくて…すまない」
エインが申し訳なさそうにしているのを慌てて止め、二人の会話は途切れる
その間、リリムはミラを見つめながら考えていた
博士号ってあの歳で取れちゃうものなのですね…
ネネモリに学院はないから詳しくは知らないけど、
博士というのは偉いおじいさんとかのイメージがある
私も勉強は少し自信があったけど…比べ物にならないなぁ……
待って、ミラさんってもしかして…
見た目良し、頭も良し、運動神経も良し、
家は信じられないほどのお金持ち、しかも跡継ぎになる予定、
更に性格も良し、エインとは親公認の関係、胸も大きい!
あれ?私に勝てるとこって……あぁぁぁぁっ
リリムが頭を抱えているとエインが水を持ってくる
違うの、そうじゃないの、けどやっぱりエインは優しい…
思考が散り散りになりながらも、エインのくれた水を飲み干し、
軽く頬を叩いて気合いを入れ直す
「エインっ」
「ん?」
「私、頑張りますねっ!」
「ん?…あぁ、俺も頑張るよ」
よくわからないがリリムが頑張ると言うので自分も頑張ると言ってしまった
彼は時折だが適当に返すところがある男なのだ
だが、頑張りたいと思う気持ちに嘘はない
もう失敗は許されないのだから……
野営の準備を終え、リリムの作った晩飯が振る舞われている
今日のメニューはジャガイモのスープと乾燥したパン、
デザートとしてビー玉サイズの酸味の強い赤い果物もあった
これは道中でイエルが見つけた物だ
イエルによるとこれはドワーフの間では一般的な果物で、
果実酒など作るのにもよく使われているらしい
少しばかり癖が強いが、それが病みつきになるそうだ
"スネウチ"という名のその果物を皆が口にし、
全員が脛をぶつけたかのように顔をしかめ、
こめかみや目頭を押さえて俯いていた
「あっはっは!効くだろ?これがクセになるんさね」
「うぅ…ひどいですよ、イエルさ~ん」
マルロが涙目でイエルに訴える
「マルロには早かったかね、あっはっは!」
バシバシとマルロの背中を叩いて笑うイエルに釣られて皆も笑い始める
この時、場の空気が少し良くなったと皆が思っていた
「外の世界にもラルアースの食べ物があるんですね」
エインが2つ目のスネウチを指で掴みながら言う
「ジャガイモやお米なんかもあったでしょ~?今更よ、エインちゃん」
プララーは後片付けをしながらアシュの皿に自分のスネウチを乗せていた
「言われればそうですね」
2つ目のスネウチを口に入れ、再びしかめっ面になる
確かにこれは効く、そしてクセになるかもしれない
「そういや、武器とかも似たようなのがあるよな」
スネウチをパクパクと口に入れながらアシュが言う
彼はどうやらこの酸っぱさに慣れたようだ
「確かにそうですね、元々は1つ文明だったのではないでしょうか?」
リリムがミラに向けて聞くと、彼女はしばし考え込んでから答えを口にした
「わたくしの予想では違いますわ
建築技術や装飾の類に共通点が見当たりません
言語こそ同じではありますけど、文字は違うようですし
宗教、料理、衣類、どれを取っても違い過ぎますわ」
例えば、お米の調理法が違いましたでしょう?とミラは付け足す
ラルアースでは水を大量に使い"炊く"のだが、
こちらの米は硬くて炊くのには適していないのもあり、
炒める事が多く、炊くという調理法は知らぬようだった
「ほへぇ~……」
リリムが感心していると、ミラは少しだけ赤面し、咳払いをして続ける
「もちろん、太古の時代まで遡れば同じかもしれませんわよ?
ただ、同じ文明かと言われると疑問点が多すぎますわ
言葉だけは共通語として広い範囲で使われてるのかもしれませんわね」
「やっぱりミラさんって頭良いんですね」
リリムが小さく拍手をしながら言うと、
更に顔を赤くしたミラは腕組みをしてそっぽを向いてしまう
「ねぇ、ミラさん」
「なんですの?」
「あの山に登る方法、何か閃きました?」
「え?」
予想していなかった質問に彼女は目を丸くしていた
そして彼女の表情がみるみると曇っていく
「あ、いや、さっき考え込んでいたみたいだったので!」
慌ててリリムが言い訳をするが、
別にミラは怒っている訳ではない
「そういうことですの…見られていたのですわね」
「あ、はい…ごめんなさい」
「謝る必要はないですわよ、リリムさんの予想は当たってますわ」
しばしの間を置き、ふぅ~っと大きなため息を吐き出し
ゆっくりと深呼吸してから彼女は口を開く
彼女の口から出て来た話は誰も予想していなかった内容だった
「………………という訳ですわ」
「待ってください、俺はそんな話は初耳です!」
エインは立ち上がり、強く拳を握っている
ミラの言葉に苛立ちを隠そうともせず、怒りの矛先を彼女へと向けていた
それはアシュとプララーもそうだ
「ミラ様、流石にそれは穏やかではいられないわよ」
「あぁ、たとえアンタでも団長まで悪く言うのは許さねぇぞ」
ピリピリとした緊張感がドラスリアの4人の間に走る
キッカケさえあれば斬り合いが始まってもおかしくない、そんな状況だった
「落ち着いてください、皆さん」
リリムはエインのマントを掴み、座るよう促す
「そうですよ、落ち着きましょ?」
マルロはアシュとプララーの前へと立ち塞がった
少女の身体など突破するのは容易だが、
それ以上に彼女の気迫に二人の心は冷静さを取り戻す
「ったく、困ったもんさね…よりもよって巫女がね……」
イエルが頭を掻きながら悩んでいると、
ミラは立ち上がり、深く頭を下げていた
「謝って済む問題じゃないのは重々承知してます
ですが、謝らせてください……本当にごめんなさい」
「アンタに謝ってもらっても意味が無いさね
それにアンタのせいじゃないんだろう?国が悪いんじゃないのかい」
イエルは彼女の頭を上げさせ座らせる
「で、どうするんだい」
その問いに、ミラの言葉は詰まる……
答えは出ているのだ、出ているが、
口にしてはいけない……そう思ってしまうのだ
だが、言わなくてはいけない
下唇を強く噛み締め、拳を目一杯握り
彼女はゆっくりと立ち上がり、何かを決意した眼差しを皆へと向ける
「ドラスリア城を………攻め落としますわ」
エイン達はゲール山群を登るという目的のため、
ラルアースにあるドラスリア王国に戻るという選択を取った
その理由は2つある
1つはマルロに無茶をさせる事なく山を登る手段があるためだ
それはもう1つの理由とも繋がってくる
もう1つの理由が……巫女を救うためだ
巫女…それは"風の巫女"である
この数十年、風の巫女は不在とされていた
だが、それは真っ赤な嘘だったのだ
先程のミラの告白によりそれが判明したのである
「風の巫女はドラスリア城に監禁されていますの」
これがミラの言った真実だった
そして、それは上層部の一部しか知らぬ最重要機密だと言う
その上層部の1人にドラスリア騎士団長バテン・カイトスも含まれていたのだ
何故ドラスリアが巫女を監禁などしていたのか
それについてはミラが事細かに説明をしてくれた
まず、巫女とは抑止力なのである
巫女の究極魔法は脅威であり、その1撃で戦況を大きく変える
そのため、巫女を所有する国は隣国に強く出れるのだ
使わずともその力を振るう事はできる、という事である
次に、巫女とは受け継がれるものだからである
しかし、その法則性は女性限定という事しか解明されておらず
巫女が死んだ場合、他国に巫女が誕生する可能性が大いにあるのだ
そのリスクをドラスリアは危惧し、巫女を確保、監禁したのである
最後に、風の巫女はエルフだからである
エルフ…ラルアースに住む亜人を含む全人類の中でも最長寿種族だ
平均で言うと600歳近くまで生きるとされている
ドラスリアが600年という途方もない年月を、
風の巫女を専有出来るというメリットは計り知れない
そして、この件に関しては
ドラスリア国王イーリアス・ベル・ドラスリア6世は無関係だそうだ
まだ12歳の少年王はこの事実を知らされておらず、
王の事は責めないでほしいというミラからの願いだった
エイン達は神々の聖域ラルアースに向け馬車を走らせる
目的地はドラスリア王国、エインとミラ、アシュとプララーの故郷である
しかし、この面子だけで城を落とすなど困難なため、
まずはミラの実家、ラシュフォード邸を目指すのだった
・・・・・
・・・
・
一方、ハーフブリードは……
ラピやシャルル、そして治療師の働きにより皆の治療が終わり、
メンフィスの宿でチェックアウト前に話し合いをしていた
「これからどうするの?」
ラピは心配そうに皆の顔色を伺いながら聞く
その手は落ち着きなくウェールズを撫でていた
若干不快そうなウェールズは小さく鳴いている
「どうするも何も…わかんないよ」
シャルルはベッドに倒れ込み、背を丸めて縮こまる
「神器、探さないとなんじゃないの?」
ジーンが言うが、それには誰も頷く事はなかった
時間だけが過ぎて行き、そろそろ宿を出ないといけない時間になる
しかし、誰も動かず、室内は布の擦れる音くらいしかしなかった
その静寂を破ったのはサラだった
「……ねぇ」
皆がサラに注目する
その視線に一瞬ビクッと身体を強張らせるが、サラは続けた
「なんで誰もシルトさんを探そうって言わないの?」
誰も答えなかった、いや、答えられなかった
シルトは自分の意志で出て行ったのだ
仲間のためを想い、もう傷つけたくない…と
「おかしいよ…シルトさんがいないと皆おかしいよ」
「サラ……」
「だってそうでしょ?ハーフブリードはシルトさんが…っ!」
サラは言葉に詰まり、涙が溢れてくる
それでも彼女は自身を奮い立たせ言葉を紡ぐ
「ダメだよ、シルトさんがいないなんて…ダメだよ」
ぽろぽろと零れ落ちる涙は彼女の服に落ち、色を変えてゆく
「私は…私はシルトさんを見つける」
「……サラ」
彼女の悲痛の叫びにシャルルとラピも釣られて涙を流していた
「約束したんだもん……シルトさんはいなくならないって……」
溢れる涙は抑える事など出来ず、
彼女の想いと同じように次から次へと溢れていた
「私はシルトさんが……………いないと困る」
グッと言葉を飲み込み、サラは立ち上がった
「一緒に探して、みんな…力を貸して」
深く頭を下げ、彼女は嘆願する
心の底からの願いだ
「当たり前だよ、サラ」
シャルルは彼女の元へと駆け寄り、頭を上げさせる
「アタシはいつでもサラの味方だよっ!」
にししっと笑う彼女にもう迷いは無かった
「ありがとう、シャルル」
「わ、わたしも行くよー!」
ラピは手を高く上げ、はい!はい!と跳ねながら言う
それを見たジーンがクスッと小さく笑い
「私も手伝うよ、シルさんいないのは困るしね」
仕方なさそうに言うのだ
こうして彼女達はメンフィスを出立する
目的地は神々の聖域ラルアース、ラーズ首都にある自宅だ
道中でシャルルがサラに聞く
「ねぇ、シルさんとの約束って何?」
「うん…えっと、いなくなったら"殴ってよし"だったかな?」
「ぷっ、そっかー!そっかー!」
シャルルは腕をぶんぶんと振り回し、拳を作って皆に見せるように構えた
「アタシが最初にぶん殴る!」
にっしっし、と悪戯っぽく笑う彼女に皆も笑顔になっていった
「アタシの大切なサラを泣かした罪は重い!
シルさんめー!ぶっ飛ばしてやんないと気が済まない!」
これが彼女の本音だろう
シャルルはそういう女の子なのだ
「じゃあ、次はわたしね!」
ラピも拳を作り、シュッシュッと正拳突きを繰り出していた
その横でジーンが指をポキポキと鳴らし、微笑を浮かべる
「私もやっていいんだよね?」
「うわぁ…ジーンは加減しなね?シルさん死んじゃうから」
「解ってるよ」
そういうジーンの笑顔は少し怖かった
だが、皆がシルトを探すという1つの目標に向けて歩み始めた事により、
サラはハーフブリードというチームが戻ってきた気がしていた
「ふふ、みんなほどほどにね」
サラにも少しだが笑顔が戻っていた
どこにシルトがいるか解らないが、今は1歩ずつでも前に進めている
彼に近づけている、そう思うと胸の奥が熱くなっていた
今なら分かる、その感覚は…その想いは…彼への好意なのだと
「サラが約束したんだから、サラも殴らないとダメだよ!」
「え…私はいいよ」
『ダメ!ぶん殴ってやれっ!約束でしょ!!』
シャルルの意志は固い
彼女は1度決めたら実行するタイプである
そのため、サラは半ば諦め気味に返事をする
「…うん、わかった」
私がシルトさんを殴る……ダメ、想像できないや
大変な約束しちゃったなぁ…
サラは再会したい想いと、
再会した時の約束に少し複雑な気分になるのだった
・・・・・
・・・
・
彼女達がメンフィスを出立してから16日が経ち、
今はアムリタの雪原を抜け、ネネモリの大森林の中で野営をしている
後半日も行けばネネモリの首都イオマンテに着くのだが、
深夜の森は危険度が跳ね上がるため、ここで野営となった
ここに来るまで幸いな事に魔獣とはあまり遭遇していない
それでも3度ほど小物の魔獣と遭遇していた
それらの魔獣は全てサラが一太刀で斬り伏せている
彼女はシルトという大きな穴を埋めるため必死になっていた
今のところ問題は起きていない…が、それも時間の問題だ
サラ1人では魔法使い3人をカバーしながら戦うのは困難なのである
特にサラは攻撃型の前衛だ、シルトのような防御型ではない
自分が手間取ればそれだけ皆が危険になる
そのプレッシャーに胃が痛むが、剣を振る事で紛らわしていた
皆が寝静まった後にも見張りをしながら素振りをし、
汗を流しているとシャルルが眠そうな目を擦りながら起きてくる
「もう起きたの?」
「うん…次アタシの番だから」
見張りの交代の事を言っているのだろう
「サラは稽古?」
「うん」
「あまり無理しないでね」
「うん」
毛布に包まったままサラの近くに座り、焚き火に薪を1本投げ込む
パキパキっと音が鳴り、細かい火の粉が舞う
サラの振る剣と焚き火の音だけが静かな森に響いていた
「ね、サラ」
「ん」
「シルさん連れ戻そうね」
「うん」
「大切な家族だもんね」
「……うん」
微妙な間があったのが気になり、シャルルはサラを見上げる
その表情は少し複雑そうで、どこか恥ずかしそうでもあった
「どうしたの?」
「ううん、なんでも……」
そこまで言いかけてシルトとの会話を思い出す
何でもないってのは何かあるって事だよ…か、ホントそうだね、シルトさん
「…シャルル」
「ん~?」
「少し話を聞いて…ほしい」
「うん!いいよ!」
サラは剣を鞘にしまい、タオルで丁寧に汗を拭いて彼女の隣に座った
シャルルは自身が包まっていた毛布を広げ、二人で身を寄せ包まる
「こうしてると昔みたいだね」
「うん…シルトさんと出会う前は本当に……つらかった」
「うん……よく生きてこれたなぁって今でも思うよ」
幼少期の二人は例の娼館を抜け出し、
道端の草や昆虫や小動物など何でも食べて生きてきた
中には食えたものじゃない物も沢山あった
それでも飢えには勝てず、吐いてでも食べたのだ
やっとの思いで大森林を抜け、ラーズ方面へと南下を続け、
街道では人間達に追い掛けられたり、ゴブリンに襲われた事もあった
彼女達はハーフキャットだ、人間より遥かに足が早い
それが彼女達が生き残った唯一の理由だろう
必死に逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けて
やっとの思いで辿り着いた街…ラーズ首都
だが、そこにも彼女達の居場所などなかった
ゴミを漁り、半分腐った食べ物を喰らい
何とか生にしがみついている状態だった
そんな生活が1週間ほど過ぎた頃、スラム街にあった空き家を見つける
そこの持ち主は1ヶ月も前に餓死しており、
室内には腐乱し、犬か何かに食い散らかされた死体が転がっていた
このスラムにはそんな家がゴロゴロしている
そのため、持ち主の死んだ家は誰かが住み着くのが一般的なのだ
サラとシャルルは死体を土に埋め、木の棒を差して小さな墓を作った
二人は墓の前で黙祷を捧げ、あのボロ屋に住み着く事にしたのだ
そんな頃、たまたまシャルルの回復魔法を見た女性が彼女に声をかける
ラーズ冒険者組合の受付嬢だったその女性は、
半亜人という事を抜きにして彼女の魔法の才を認め、
雑用程度だろうけど、と仕事を与えてくれたのだ
ただ、その女性はシャルルの報酬から少しずつちょろまかしていた
それは解っていたが、当時のシャルルにとっては生きる事が最重要だったのだ
その後、その受付嬢は汚職がバレてクビになったらしい
少しだけ収入も増え、何の草か分からないスープと、
ガッチガチに固くなったパンくらいは買えるようになっていた
ひもじい事に変わりはないが、生きる事は出来る
徐々にだが生活も安定に向かっていた…そんな頃にシルトと出会ったのだ
「シルトさんは、私達を救ってくれた」
「うん」
「今度は私達が救う番だと…いいな」
「救う前に1発殴るけどね!にししっ」
「ふふっ」
二人は身を寄せ合い、おでこをぴったりとくっつけて微笑み合う
「ねね、サラ」
「ん?」
「サラが話したい事ってなに?」
「……うん」
途端に表情が暗くなり、サラは俯いてしまう
だが、焚き火のせいか、その頬は僅かに上気しているようにも見えた
「あのね、シャルル………私、シルトさんのことが…」
「へ?」
「好き……みたい」
「んん?知ってる…けど?」
何を今更、といった顔で彼女は言う
『え!?』
なんでバレてるの?!といった顔で彼女は驚いた
しばし二人の間に沈黙が走り、ぽつぽつと語りだす
「えっと…家族、とかじゃないよ?」
「うん、シルさんを男として好きなんでしょ?」
「え、あ、あ、う…うん」
完全に見抜かれていた、自分の顔が真っ赤になるのが解る
耳まで熱くなり、自分が茹でダコのようになっているのが容易に想像出来た
「え、待って、待って、サラってまさか気づいてなかったの?」
「え?」
「え?」
目をぱちぱちとしながらお互いの顔を見ていた
「アタシは何年も前から知ってたよ?」
「え…あれ?私が自覚したの20日くらい前なんだけど…」
「は?」
再び二人の間に沈黙が流れる……そして
「ぷっ」
シャルルが吹き出す
「あははははは!ホントに?今更なの?あはは」
「………」
ムスッとしたサラはそっぽを向く
「ごめんごめん、ふふっ…いや、ホント気づいてなかったんだ、って」
「シャルル嫌い」
「わー!ごめんってー!ね、許して~」
「嘘、嫌いじゃない」
嘘でも嫌いと言った事で胸が痛かった
だからすぐに訂正してしまう…情けないけど
「にししっ、ありがと」
シャルルはいつもの笑顔を向けてくる
いつもシャルルには助けられてばかりだなぁ…
「あ、そう言えば」
サラが何かを思い出したかのようにポンッと手を叩く
「シャルルって好きな人いるの?」




