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夢の向こうを託されて  作者: 紫煙
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8/17

おっさんとおっさんとおじいさん

職業案内所とは、実につまらない場所である。ほんとうに、つまらない場所だ。


そして俺は、そのつまらない場所の中の薄い板で隔てられた長机の、小さな空間にある椅子に座り、見事の禿げあがった頭を側頭部から無理やり髪の毛を持ってきて隠している、通称バーコードと呼ばれる髪型のおっさんと向かい合っている。


そのバーコードは難しそうな顔で唸る様に呟いた。


「あんまり、良い条件は見つからないようですねぇ」


詰まる所、『お前のような中途半端な野郎がいい職業に付ける訳ねぇだろ!出直せ馬鹿野郎!』って言いたいそうです。


はっきり言ってくれた方が楽だわ、遠回しに言わなきゃいけないバーコードの気持ちも分かるが、それはそれでめんどくさいしちょっと傷つく。


「そうですね……とりあえず、さっき紹介して頂いた企業の用紙を貰えますか?」


ちょっと前に、バーコードが企業の資料を幾つか見せてくれた。良さそうな企業は何一つ無かったが贅沢言ってられない。言っても餓死するだけだし、とりあえずあるだけ面接受けよう。


バーコードから資料を貰い、職安を後にした。


「……ふぅ」


思わずため息が漏れる。分かっていたことだが、何のスキルも資格もないアラサーのおっさんに良い職なんてつけないよな。しかし後悔したところでどうにもならないのが現実だ。生きるのが嫌ならちょっと前の俺がやったように首でも吊って死んだほうがましだ。


職安の外にある備え付けの喫煙所に行き、煙草を咥えて火をつける。今はこの煙草もくそ高い、1本20円くらいか。税金上げ過ぎなんだよ……飯食えないより煙草吸えない方が辛い。俺にとってタバコが吸えない人生なんてカスみたいなもんだ。


肺の奥底までたっぷりと煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。ふぅ、こうやって吸う度に俺の寿命は短くなってんのか、俺は死にたがってるのかね。


分かんねぇや、自分の事なのに。


分かんねぇや、自分が何をしたいのかなんて。


くっそ、なんかいらいらする。


なんとなく渡された資料を眺めた。清掃員、警備員、土方、どれもこれも特に資格が無くてもできるような仕事ばっかりだ。当然待遇も相応なものばかり、仕事内容だってキツイものばかり。ここまでして生きる価値が俺にあんのかね?分かんねぇ。


「……あれ?戸堂君?」


聞き覚えのある渋い声が聞こえた。声の方を振り向くと、見た事のある老紳士が驚いた顔でこっちを見ていた。


あの人は……


「山崎さん?お久しぶりです」


山崎さん、下の名前は忘れたけど昔大層お世話になった人だ。学生時代ただの悪ガキだった俺の面倒を色々と見てくれた人だ。たしか、今は高校の校長をやってるって話してたっけ。


就職してからもちょくちょく合って近況を話したりしている、俺の数少ない知人の一人だ。


「久しぶりだね、元気そうで何よりだよ。それで、どうしてこんな場所に?」


そこは察してくれよ、あんまり自分の口から無職って言いたくないんだよ。


「会社が倒産して無職になりまして、今就活中です」


少し傷ついたことを悟られないようにへらへらしながら頭を下げて言った。


「それはそれは……苦労してるね」


山崎さんは苦笑いしながら、備え付けの灰皿の隣に立ち、煙草に火をつける。


「山崎さんはどうしてここに来られたんですか?」


確か、山崎さんはまだ63歳だったはず、定年にはまだ早いし首になったって事もないだろうし。


「教員採用のお願いをここに頼んでてね、暇だったから状況を確認しに来たんだよ」


なるほど、暇なんだな。学校の教員は死ぬほど忙しいらしいが、校長って役職はとにかく暇らしい。昔話を聞いたが、学校に居てもすることが無くて飲酒でもしようかって本気で悩むレベルで暇らしい。いいなぁ、そういうの。


「戸堂君、仕事がないならうちに来ないかい?」


いきなり意味の解らない事を言われたせいで、思いっきり咽た。咳が止まらない、くそ。


「げほっ!ごほっ!おえっ……は?」


「ごめんごめん、いきなり過ぎたかな?」


いきなり過ぎますよ。


「けほっそれで、うちに来ないかって掃除の人とかですか?」


山崎さんは、にっこりとした満面の笑みを浮かべて実に楽しそうに言った。


「もちろん、教員としてだ」


……は?


俺が、教師に?

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