Thank you.
にしても俺、どうするよ。喋るスマホの相手なんかしてる場合じゃないぞ。
再就職?できるか?29歳の特にスキルとか資格とか持ってないおっさんに?
……考えれば考えるほど、どんどん沈んでいく。というか、もう既に沈み過ぎておぼれてる。
自分の崖っぷち加減に気付き、そこそこ落ち込んでいた時、アニマが変な事を言い出した。
「雄介様、ひとつだけ許可を貰いたいのですが」
……許可?まず、俺にそんな権限があるか?
「ん?なんだ?」
突然、スマホの画面が触ってもいないのに動き出した。『電池残量:9%』という文字と、電池のマークが画面に映った。
「バッテリの残量が10%を切りました。充電を許可して欲しいのですが」
……ああ、お前さん、スマホだったよね。
普通に受け答えしてるから忘れてたわ。電気ないと動かないもんね。電気だけの生活っていいよね、食費掛からないし。
「充電くらいなら、好きにやってくれ」
「了解しました。それでは、充電のために電源に接続して欲しいのですが」
……ああ、お前さん、手とかないもんね。
スマホだから、自分一人じゃ何にもできないもんね。充電したくても、できないよね。
なんか悪いことした気分になってきた。
「お前ひとりじゃできないもんな、すまんな気が利かなくて」
「なぜ、謝られるのですか?」
うわ、また禅問答がきたよ。
「人間って生き物は、こんな風にコミュニケーションを取るんだよ」
「それは何のためにですか?」
はいはい、禅問答。
「そうした方が、円滑に交友関係を深めることができるんだ。というか、社会人としてこれくらい言えなきゃ終わってるんだ」
しかし、俺は社会人じゃない。今はニートなのだ。社会人云々以前に、社会人から脱落してしまったのだ。なんとまぁ、楽しい人生だろうか。
「人間という生き物は、他の人間と集まり、コミュニティを形成する生き物だと認識しております。先ほどの発言もコミュニティを維持するための行動なのですか?」
なんか難しい事を言ってやがる。
思考は幼稚園児と大して変わらないくせに、無駄に難しい言葉だけ知ってやがる。
でも今のお受験を控えた幼稚園児なら言えそうな気もする。世の中恐ろしいな。会社倒産したり、スマホ喋ったり恐ろしいことだらけじゃないか。
「そういうことだ」
「何故、そこまでしてコミュニティを維持しようとするのですか?異なる意思を持った人間が集まれば、様々な障害が起こるはずです」
おお、鋭いとこをつきますねぇ。
確かに人間関係ってのはややこしい。いろんな考えの人がいるから、いろんな問題が起きてしまう。それでも、人間は他人と関係を持とうとする。考えれば考えるほどおかしな話だ。
「確かにその通りだ。それでも、仕方ないんだよ」
「障害の発生を認めても、その障害を越える有益な事があるんですか?」
「ああ、あるさ。人間は一人じゃ生きていけないんだ。本当に弱くて、脆くて、卑屈な生き物だからな。誰かに頼ってかないと、あっさりと野垂れ死ぬんだよ」
少し間が開いた。俺の言葉を必死に理解しているんだろう。スマホなりに、人間の思考に照らし合わせてるのかな。
「生存のために、障害を黙認するんですね。しかし、非効率過ぎると思われます」
痛い所を突きますねぇ、人間じゃ絶対気にもしないような事だが。
スマホのこいつにとっちゃ、心底理解できないんだろうな、
ほんと、人間関係なんて非効率なもんだ。利益のための人間関係なんてぶっちゃけくそみたいなもんだ。
「まあな……でも人間関係ってのは、生存のためだけじゃないんだぞ?」
「生存以上の利益が存在するのですか?」
「ああ、あるさ。他人との交流ってのはな。生きるためだけじゃなくて、生きる事を華やかにしてくれるんだ」
「理解できません」
……ですよね。言うと思った。
「だよなぁ……こればっかりは、口で説明するのが難しいんだよ。なんかいい例えは無いかねぇ…」
こいつでも分かるような例えが無いか?
うーむ……こいつ、あの話知ってるかな。知らないよな、あいつ等の関係が一番しっくりくるんだが。
赤と青の双子の二足歩行鼠型未確認生命体みたいな例えは無いのか、ホットケーキ作って馬鹿笑いしたり、長靴見つけて馬鹿笑いしたり、釣りして馬鹿笑いしてるあの阿呆みたいなネズミもどきみたいな関係が
……あるじゃん。めっちゃ近くに。
「俺と兄貴の関係が、分かりやすいと思うぞ」
また少し間が開いた。
「雄介様と陽介様ですか?」
感情の無い声だけど、少し驚いたような感じがした。多分俺の気のせいだ。
「俺と兄貴は兄弟なんだが、お互い兄弟と思ってないんだよ」
「理解不能です」
だよな、言って思ったわ。
「俺と兄貴は……そうだなぁ、本当に仲のいい友達って関係だ」
「友達、という言葉の意味が理解できません」
もうどうすりゃいいんだこれ。友達の意味まで説明しろと?感情の無い奴に?うへぇ、辛い。
人間の感覚で説明するからダメなのか、じゃあコンピュータに照らし合わせて言ってみたらどうだろうか。
「コンピュータで言えば、ほかのコンピュータと繋げた時、何にも障害が無かったり、円滑に通信できたりって感じでいいのかな?違う気もするけど、そういう相性のいいやつを友達って言うんだよ」
「それでは、雄介様と陽介様はコミュニケーションを取る時、何も障害が起きないのですか?」
……うん?
「……確かに何もなかったな。うん」
言われて思った。
兄貴とケンカしたこと、一度もないや。
ガキの頃から、さんざん兄貴とは馬鹿な遊びをやってきたが衝突したことは一度もない。怪我しても、泣きじゃくっても最後には笑ってた。二人して馬鹿みたいに笑ってたなぁ。それこそ、赤と青の双子の二足歩行鼠型未確認生命体みたいに馬鹿笑いしてたわ。
懐かしいなぁ……もうできないんだよなぁ。
「……人間とは、不思議なものですね。個体個体によって、障害の有無に差があるんですね」
ほう、面白い考え方だな。
俺にとっては当たり前の事だが、アニマにとっては全く理解が及ばない領域なんだろう。
まあ、こういう考えの違いが、誰かと交流する醍醐味なんだけどな。
まだこいつには難しいか、仕方ないよな、幼稚園児だし。
「そういう生き物だって、覚えとけ。多分それが一番いい結論だから」
「了解しました。雄介様、ひとつよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「電池残量が5%を切りました、充電をお願いしたいのですが」
……忘れてた。
「すまん」
「……こういう場合、円滑にコミュニケーションを取るにはどう返答すればよろしいのでしょうか」
おお、また学習したのか。
なんかちょっとだけ、嬉しい。さっきまでの禅問答の苦労が吹っ飛ぶくらいはうれしいぞ。
「なんかしてくれたらありがとうって言っとけ。それだけで十分だ」
言いながら、スマホのコネクタに充電ケーブルを差し込んだ。
「了解しました。雄介様、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「それは、どういう意味でしょうか?」
……台無しだよ。
でも、少しだけ。
ほんの少しだけ、こういうやり取りも悪くないと思った。
なんか、楽しい。
何かを教えて、学習してくれるのが。
この禅問答がなけりゃ、もうちょっと楽しいと思えただろうに。