夢を託した者
「兄貴からの……伝言?」
アニマは確かにそう言った。兄貴からの、死んだ兄貴からの伝言があると。
「はい、陽介様が特定の条件を満たした時のみお伝えするようプログラムされております」
アニマは淡々と言葉をつづける。
「それでは、再生いたします」
アニマの画面に『ms01』と文字が書かれた。
ms01……クラブマンか?!ジオン軍がモビルワーカーに偽装させたあのクラブマンなのか?!
コンペでギレンザビが冷笑して、でも実戦で恐るべき戦果を挙げたあのクラブマンなのか?!
んな訳ねぇだろ……。
『あー、あー、雄介。聞こえてる?』
アニマから聞こえた声は、無機質で感情の無い冷たい声ではなく、俺に記憶に焼き付いている兄貴の優しい声そのものだった。
兄貴……だ。本当に兄貴の声だ。思わず鳥肌がたつ。
『この音声はね。雄介がもうだめだーとか終わりだ―とか言った時に流れるようにしておいたんだよ。だから今雄介はなんか落ち込んでるのかな?』
ああ、その通りだよ。落ち込んでるよ、自分のクソ加減に。
『雄介が何に落ち込んでるのか知らないけどね。でも、雄介なら何とかなるような気がするんだよ。無責任な事を言っちゃったね』
本当に、無責任すぎるよ。思わず笑ってしまった。
『雄介、お前は考え過ぎるんだよ。何でもかんでもね。でも時々無鉄砲に突っ走ることもある。そこが悪い所でもあって、良い所でもある』
悪いと思った事しかないけどな。兄貴はそう思ってたのか。知らなかったなぁ、そういうことは生きてる内に教えてくれたら良かったのに。
『だから、悩んでる事があったらそれに向かって突っ走ったらいいんじゃないかな?その後考えたらいい。僕はそう思うよ』
……なんでかな。酷く優しく聞こえるぞ。
『僕にはそういう真似は出来ないからね。あこがれるよ、本当にあこがれる。プロを目指した時だって家族は反対してたけど、僕は本当に尊敬してたんだよ?自分から厳しい道に突っ込んでいく雄介にね』
そうだったのか……俺はどうしようもない弟だなって思ってるもんかと。
全く知らなかったな、兄貴が内に秘めていた感情を。
『雄介自身が自分の事をどう思ってるか知らないけど、お前は素晴らしい人間なんだ。だから恐れず突っ込め。以上、僕らからの伝言終わり!』
そして、兄貴の声は聞こえなくなった。
……なあ、兄貴よ。
そんな事を言われたら、もう引き返せないじゃないか。突っ込むしかないじゃないか。やってくれたな。
「……アニマ」
「なんでしょうか」
「……教師、やってやるよ。ああそうさ!兄貴の言った通り突っ込んでやるよ!後の事なんて知らん!」
叫んだ、もう知らん。近所迷惑になっていようが知ったこっちゃない!
「……やはり、人間の考えは理解できません」
アニマの声が、呆れてるように聞こえた。呆れてようが知ったこっちゃない。もうやると決めたんだ。
青臭いガキだった頃の、プロを目指すと家を飛び出たあの時の気持ちを思い出した。
夢と、期待と、焦りと、恐怖で胸がいっぱいで張り裂けそうになっていたあの気持ち。
ああ、忘れてた。
こんな面白い感情、俺は忘れてたのか。
ポケットからスマホを取り出し、電話帳を開いて目当ての名前を探し当てる。
通話ボタンを押して、スマホを耳に当てる。
『……もしもし、戸堂君かい?』
山崎さんの、驚いたような声が聞こえる。
「すいません、突然電話しちゃって。今日お話ししてもらった事なんですが……」
口にした途端、恐怖が俺を殺しにかかってくる。しかし、そんなもんで止められる俺ではない。
なんせ、俺はあと先考えず突っ込んで後悔するただの阿呆だからだ!
天才と呼ばれた男の弟、ぽんこつのおっさんなんだから!
「採用試験、受けてみたいです」
さあ、もう突っ込んだぞ!これで後には逃げる事は出来ん!
……後悔なんて、くそくらえだ。