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夢の向こうを託されて  作者: 紫煙
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12/17

When The Saints Go Marching In.

女子高生に鬼の形相で睨まれ、かなりビビっていた。


蛇に睨まれた蛙のように、女子高生に睨まれた29歳のおっさん。威厳もクソもない。


「……なんですかね?」


女子高生に尋ねると、女子高生は睨みながら答えてきた。


「河川敷でトランペット吹く人ってほんとに居たんだなぁ……って」


……うん、確かに珍しいかもしれないけどさ。睨むなよ、怖いよ。


「なんで睨んでんの?俺なんかした?」


「え?!睨んでました?!」


女子高生は大きな声を上げ、顔を真っ赤にして慌てふためいていた。


「ごめんなさい!眼鏡学校に忘れてきちゃってよく見えないんです!」


ああそういう事、だから睨んでたのか。視力悪い人が良く見ようとすると、凄い形相になるもんね。


「いいよいいよ、君もトランペット吹くの?」


俺の言葉を聞くと、女子高生は手に持ったケースに視線を移して、少しつらそうな顔をした。


「はい……」


なんか含みのある言い方だな。少し気になる。


「どうかしたの?」


女子高生は暗い顔で、弱弱しく口を開いた。


「最近は、吹くのが楽しく無いんです。どれだけ練習しても上達しないし……もう止めようかなって」


どうやら、少し前の俺と同じ状態らしい。気持ちは痛い程分かってしまう。自分が懇意にしている事柄が、何もいい結果にならないってのは死ぬほどつらい事だ。ぶっちゃけ死んでやろうかと思うくらいだろう。


だから、できるだけ明るく、笑い飛ばして言ってやった。


「俺も最近はそうだったよ」


「そうなんですか?」


「ああ、こいつに触るのが嫌になって止めたんだよ。でも今日は何となく吹こうかなって思ってね」


「へぇ……」


「だから、酷いもんだよ。もう人に聞かせれるレベルじゃないし」


俺の言葉に女子高生は何か引っかかったのか、首を傾げた。


「……もしかして、プロだったんですか?」


「そんな大層なもんじゃない、売れないトランペット吹きって所だ」


そう言うと、女子高生はぶんと音が聞こえそうなくらい思いっきり頭を下げて、


「ぜひ聞かせてください!お願いします!」


っと言った、いや叫んでいた。そんな思いっきり頭を下げてフラフラしないのだろうか、俺なら絶対ふら付いてる。これが……若さか。若さってすげぇ。


「別にいいけど、期待はしないでくれよ?もう長い事吹いてなかったから」


女子高生は太陽の様に明るい笑顔になり、大きな声で言った。


「あ、ありがとうございます!」


そしてコンクリートブロックの上に、座った。体操座りなので、スカートの隙間から下着見えそうだ。いやいや、見るなよ俺、犯罪だぞ?それやっちゃうとつかまっちゃうぞ?『29歳無職、女子高生のパンツを見る』ってニュースが流れるのを想像したら、背中に冷や汗が出た。


マウスピースを口にくわえ、精神を集中させる。


この女子高生が俺の演奏を聞きたいって言ったのは、足掻いているからだろうな。


なかなか上達しない自分に、それでもトランペットを吹きたい自分に、止めたい自分に。


そんな葛藤が彼女の中でせめぎあって、苦しめているんだろう。


なら、俺がする事は一つだ。


おっさんが持ってる技術全てを使って演奏して、この女子高生に聞かせるだけだ。


多分、それだけでいいはずだ。


大きく息を吸い込み、繊細に、でも力強く、トランペットに息を吹き込む。


そうして出た音は、さっきの情けない音と違って、勇敢で、力強く、聞く者を奮い立たせる音だった。


演奏を聞いてる女子高生じゃない、俺が自身がトランペットの音色で勇気づけられた。


そのまま、どんどん音を出していく。


底抜けに明るい音で、軽快なリズムで、俺が持っていた気持ちをすべて吐き出す。


When The Saints Go Marching In.


日本語だと、聖者の行進。


有名な曲で、ブラスバンドじゃよく演奏される。元は黒人霊歌だったが、有名なジャズグループが演奏し、この曲は世界に飛び出した。


葬儀の時に使われていたらしい、埋葬が終わり、帰る時にこの曲で底抜けに明るくパレードを行った。


だから、俺も底抜けに明るく演奏した。俺の中に渦巻いていた暗い気持ちを全部埋めて、明るい気持ちで満たすために。


……楽しいなぁ。


こんな気持ちすっかり忘れていた、トランペットってやっぱり楽しいんだ。


俺は、こいつを吹くのが好きでたまらないんだ。


その後は、女子高生の事なんて忘れて夢中で吹いていた。



――――――――――――――――


「……ふぅ」


吹き終わり、大きなため息をついた。疲れた……久しぶりに吹いたから変に緊張してたのかな。


女子高生の方を見ると、また俺を睨んでいた。


……あれ?ダメだった?まあ仕方ない、久しぶりだし。


「……凄い!!!」


突然、女子高生が立ち上がり、大きな声で叫んだ。びっくりして姿勢を崩し、こけそうになる。


「本当に凄かったです!!なんかこう……上手く言えないけど凄いです!!」


目はかっと大きく開いて、鼻まで大きく開いて興奮している様子だった。綺麗な顔をしているのに、台無しだ。


「本当に止めてたんですか?!信じられない……」


「そ、そうか?」


女子高生の剣幕に押され、ちょっと引き気味答えた。


「はい!本当に凄いです!」


あなた凄いしか言ってないじゃないですか、もうちょっと言葉のレパートリーは無いんですかね?


「ありがとうございました!私、さっきの演奏を聞いて、まだトランペット続けてみようって思いました!」


また、ぶんっと音がしそうなくらい思いっきり頭を下げて、叫んでいた。だから大丈夫なのか?そんなに頭振って。


しかしまぁ、なんか得られたようでよかったよ。


「そりゃよかった。がんばれよ」


「はい!ありがとうございました!じゃあ私帰ります!」


女子高生にかっと笑って、全力でどっかへ走っていった。……元気だな、おい。小さくなっていく女子高生の背中を眺めながら、半ばあきれていた。


遠くの女子高生が、突然方向転換して何故かこっちに向かって走ってきた。


……なんだ?忘れ物か?


俺のすぐ傍まで来て、


「ぜぇ…はぁ…ごほっ!忘れて…ました……ぜぇ」


過呼吸になりながら、苦しそうに言うのだった。


「ごほっ!げほっ!……げほっ!!」


……今にも死にそうだな。

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