When The Saints Go Marching In.
女子高生に鬼の形相で睨まれ、かなりビビっていた。
蛇に睨まれた蛙のように、女子高生に睨まれた29歳のおっさん。威厳もクソもない。
「……なんですかね?」
女子高生に尋ねると、女子高生は睨みながら答えてきた。
「河川敷でトランペット吹く人ってほんとに居たんだなぁ……って」
……うん、確かに珍しいかもしれないけどさ。睨むなよ、怖いよ。
「なんで睨んでんの?俺なんかした?」
「え?!睨んでました?!」
女子高生は大きな声を上げ、顔を真っ赤にして慌てふためいていた。
「ごめんなさい!眼鏡学校に忘れてきちゃってよく見えないんです!」
ああそういう事、だから睨んでたのか。視力悪い人が良く見ようとすると、凄い形相になるもんね。
「いいよいいよ、君もトランペット吹くの?」
俺の言葉を聞くと、女子高生は手に持ったケースに視線を移して、少しつらそうな顔をした。
「はい……」
なんか含みのある言い方だな。少し気になる。
「どうかしたの?」
女子高生は暗い顔で、弱弱しく口を開いた。
「最近は、吹くのが楽しく無いんです。どれだけ練習しても上達しないし……もう止めようかなって」
どうやら、少し前の俺と同じ状態らしい。気持ちは痛い程分かってしまう。自分が懇意にしている事柄が、何もいい結果にならないってのは死ぬほどつらい事だ。ぶっちゃけ死んでやろうかと思うくらいだろう。
だから、できるだけ明るく、笑い飛ばして言ってやった。
「俺も最近はそうだったよ」
「そうなんですか?」
「ああ、こいつに触るのが嫌になって止めたんだよ。でも今日は何となく吹こうかなって思ってね」
「へぇ……」
「だから、酷いもんだよ。もう人に聞かせれるレベルじゃないし」
俺の言葉に女子高生は何か引っかかったのか、首を傾げた。
「……もしかして、プロだったんですか?」
「そんな大層なもんじゃない、売れないトランペット吹きって所だ」
そう言うと、女子高生はぶんと音が聞こえそうなくらい思いっきり頭を下げて、
「ぜひ聞かせてください!お願いします!」
っと言った、いや叫んでいた。そんな思いっきり頭を下げてフラフラしないのだろうか、俺なら絶対ふら付いてる。これが……若さか。若さってすげぇ。
「別にいいけど、期待はしないでくれよ?もう長い事吹いてなかったから」
女子高生は太陽の様に明るい笑顔になり、大きな声で言った。
「あ、ありがとうございます!」
そしてコンクリートブロックの上に、座った。体操座りなので、スカートの隙間から下着見えそうだ。いやいや、見るなよ俺、犯罪だぞ?それやっちゃうとつかまっちゃうぞ?『29歳無職、女子高生のパンツを見る』ってニュースが流れるのを想像したら、背中に冷や汗が出た。
マウスピースを口にくわえ、精神を集中させる。
この女子高生が俺の演奏を聞きたいって言ったのは、足掻いているからだろうな。
なかなか上達しない自分に、それでもトランペットを吹きたい自分に、止めたい自分に。
そんな葛藤が彼女の中でせめぎあって、苦しめているんだろう。
なら、俺がする事は一つだ。
おっさんが持ってる技術全てを使って演奏して、この女子高生に聞かせるだけだ。
多分、それだけでいいはずだ。
大きく息を吸い込み、繊細に、でも力強く、トランペットに息を吹き込む。
そうして出た音は、さっきの情けない音と違って、勇敢で、力強く、聞く者を奮い立たせる音だった。
演奏を聞いてる女子高生じゃない、俺が自身がトランペットの音色で勇気づけられた。
そのまま、どんどん音を出していく。
底抜けに明るい音で、軽快なリズムで、俺が持っていた気持ちをすべて吐き出す。
When The Saints Go Marching In.
日本語だと、聖者の行進。
有名な曲で、ブラスバンドじゃよく演奏される。元は黒人霊歌だったが、有名なジャズグループが演奏し、この曲は世界に飛び出した。
葬儀の時に使われていたらしい、埋葬が終わり、帰る時にこの曲で底抜けに明るくパレードを行った。
だから、俺も底抜けに明るく演奏した。俺の中に渦巻いていた暗い気持ちを全部埋めて、明るい気持ちで満たすために。
……楽しいなぁ。
こんな気持ちすっかり忘れていた、トランペットってやっぱり楽しいんだ。
俺は、こいつを吹くのが好きでたまらないんだ。
その後は、女子高生の事なんて忘れて夢中で吹いていた。
――――――――――――――――
「……ふぅ」
吹き終わり、大きなため息をついた。疲れた……久しぶりに吹いたから変に緊張してたのかな。
女子高生の方を見ると、また俺を睨んでいた。
……あれ?ダメだった?まあ仕方ない、久しぶりだし。
「……凄い!!!」
突然、女子高生が立ち上がり、大きな声で叫んだ。びっくりして姿勢を崩し、こけそうになる。
「本当に凄かったです!!なんかこう……上手く言えないけど凄いです!!」
目はかっと大きく開いて、鼻まで大きく開いて興奮している様子だった。綺麗な顔をしているのに、台無しだ。
「本当に止めてたんですか?!信じられない……」
「そ、そうか?」
女子高生の剣幕に押され、ちょっと引き気味答えた。
「はい!本当に凄いです!」
あなた凄いしか言ってないじゃないですか、もうちょっと言葉のレパートリーは無いんですかね?
「ありがとうございました!私、さっきの演奏を聞いて、まだトランペット続けてみようって思いました!」
また、ぶんっと音がしそうなくらい思いっきり頭を下げて、叫んでいた。だから大丈夫なのか?そんなに頭振って。
しかしまぁ、なんか得られたようでよかったよ。
「そりゃよかった。がんばれよ」
「はい!ありがとうございました!じゃあ私帰ります!」
女子高生にかっと笑って、全力でどっかへ走っていった。……元気だな、おい。小さくなっていく女子高生の背中を眺めながら、半ばあきれていた。
遠くの女子高生が、突然方向転換して何故かこっちに向かって走ってきた。
……なんだ?忘れ物か?
俺のすぐ傍まで来て、
「ぜぇ…はぁ…ごほっ!忘れて…ました……ぜぇ」
過呼吸になりながら、苦しそうに言うのだった。
「ごほっ!げほっ!……げほっ!!」
……今にも死にそうだな。