明日の午後3時に
俺はいつもと変わらない景色を眺めた。書斎のベランダからの景観はいつも俺の心を和ませてくれる。 一戸建ての家がぽつぽつと不並びに建ち、合間には小道や田畑が広がり、隣の竹やぶでは笹が揺れてはささやく。
この長閑な町に何が起こるかなど誰も知る由もない。
俺だけが知っている。
しかし、15分前に事態は急変した。
なぜだ?どうして彼女はこれから起こる出来事を知っている?
その人物は木村良子。
だがしかし、俺はその真相を明らかにすることなくこの町を出て行くことになる.....
「なーに遊んでるんですかぁ!」
怒り口調で良子は俺のパソコンを打つ手を睨んだ。
「どう?次の作品?」
良子は鼻でふふぅーんと笑う。
「でぇ?『そう、彼女は明日が締め切りの原稿100枚を俺が全く書き上げてはいないことを知っている。』とでも続けるつもりですか?」
言い終わると同時に湯気が立つ淹れたてのコーヒーをことんと机に置いた。
「遊ぶ暇があるならさくっと原稿仕上げて下さい。」
間を空けることなく続く。
「明日の午後3時でお願いしますよ。」
良子は忙しそうな足取りで部屋を出て行く。
一人になり、ベランダの柵にもたれかかる。
「締め切りって何だよ。」
俺は何のために、誰のためにこの仕事をやっているんだ?
すると、家の横の竹やぶから子供の声がすることに気が付く。
まだ甲高い声だが、男の子二人のようだ。
「誰かに掘り返されないかなぁ。」
「大丈夫だって。ほら、誰も見てねーじゃん。」
見てますよ。小声で言ってみたり。
「じゃあ、次はいつ掘り返す?」
どうやら、タイムカプセルと呼ばれる物を埋めたようだ。
「えーと、じゃあ10年後の明日の午後3時にお互いここに来るってことにしようぜ。」
「おっけい、約束な。」
ここからでも分かる。二人が川の流れに反射した太陽の光のごとく、キラキラした目をしていることは。わくわくと心が弾むあの感覚。
「俺の明日午後3時とはえらい違いだ。」
そう呟く自分に疑問が浮かんだ。
いや、俺も夢を追いかけここまでこれた。夢を掴んだと言っても過言ではない。じゃあ、彼らのそれと何も変わりはないじゃないか。
「何のためでもなく、誰のためでもない。」
「俺のためだ。」
二人の子供にそんなことを教えられた今日の昼さがり。
さぁ、やってやるぞ。