ナナシの迷走
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あれから2日、タケ達がログインしてくる事はなかった。確かにあれは強烈だっただろうけど、まさかもう二度とログインしないとか無いよな?
でも、もしマンティコアとの戦いで怖くなったら?ベヒモスとの戦いである程度、戦いの恐怖への耐性は付いた。だけど死の感覚は別物だと聞いた。俺は死んだ事が無いから分からないけど、自分が消えると言うのは考えただけでゾッとする。なんせプレイヤーと違って俺は消去されればもう蘇る事なんて無いからな。俺だけ某デスゲーム状態だ。
それは置いといて、あれで皆が辞めたら、俺はどうすれば良い?こんな俺を仲間と呼んでくれるのはあいつら位だ。いや、正体隠してプレイヤーと偶にパーティ組めば…
「ああ、もう! 考えるのやめだ、やめ!」
声に出してみるけど、誰かが聞いてくれる訳でも無い。そりゃそうだ、今この部屋には俺しか居ないんだから
俺は今日も、シズ達の居ない宿を後にする。
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ここ2日間の俺の行動はこんな感じだ。
-1日目 ほぼ1日中、宿でシズ達を待つ
-2日目 朝、失ったアイテムの買い出し
昼、鍛冶屋で装備の補強、そして
狩り
この狩りで今の所は自信を取り戻そうと試みている。雑魚は普通に倒せる。だけど大きなエネミーを相手にすると頭の中にマンティコアが浮かんで、死んだみんなが浮かんできて、逃げ出したくなる。
馬鹿みたい。そう思うだろう?本当に死んだわけじゃ無い。あの夜復活したシズだって見た。だけど目の前で死んだのを見て、色々頭を埋め尽くして、我慢できなくなって、
抱きしめた。
直ぐに 何してんだ、俺は って気持ちになって離して逃げたけど。あれから話して無いんだよな…
また会った時俺は、シズの目を見て話せるだろうか?気持ち悪い、とか思われてないだろうか?
やめだやめ。狩りに出ればこのモヤモヤも消える。俺は頭にこびり付いた何かを取れないまま、狩りに出掛けた。
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ありのままを話そう。巨大な餃子があって、その上で人が寝ている。うん、意味分からん。何でこんな巨大な食物、しかも餃子があってその上で寝ているんだよ。
巨大な肉食植物に掛かったのならまだ分かる。しかし何故"餃子"なんだよ。どれ、起こしてみるか
「お〜い、起きろ〜」
「もう無理…こんなに餃子食べれない…」
「なんでやねん」
しまった、つい関西弁が出てしまった。だけど餃子の上に居るのに餃子の夢見るとか、ある意味悪夢だな。まぁ、起こすか
刀を構え、刃が通っていない方で切りつける。
「ギャァぁぁぁぁぁぁ! 痛ぇぇぇぇぇぇぇえぇ!!」
「安心せい、峰打ちだ」
「それネタか⁈ それとも素か⁈」
あ、起きた
「どうでも良いからそこから降りて事情を説明せぇ」
「ん?降りるって、何から…うわぁ‼︎ビックリしたぁ」
知るか、お前がその上で寝ていたんだろ
「あっぶねぇ、ありがとよ。もう少しで捕食されるとこだった…」
「は?捕食って、何に?」
「は?お前、こいつ知らねぇの?こいつは…」
寝ていた奴は餃子から下りながらそんな事を言う。は? いや、すご〜い嫌な予感がする…
男が言い終わる前に、そいつは現れた。
「餃子の形をした睡眠ガスを出す触手を持ち、その独特の香りに吊られた餌を眠らせて後でじっくりねっとり養分を吸っていく、タチの悪いレアエネミー、その名も 『餃食乱波』だ」
餃子の頭を持つ触手を無数に操り、ヒマワリの花から牙を生やした頭を持つ餃食乱波が、土の中から叫び声と共に現れた。
わぁお。なるほど、あの餃子が釣りエサだったのか。なるほど、なるほど…
「ってアホかぁ‼︎」
何で餃子がエサ何だよ‼︎何でそれに引っかかるんだよ‼︎疑問におもえよ‼︎これに引っかかった奴、馬鹿だろ‼︎ あ、馬鹿が居たわ。ちょうど俺の横に。
「お前、失礼な事考えていただろ」
「いや、別に?ただこんな不信感丸出しのエサに引っかかった事に逆に良くこれに引っかかったな、と心からの賞賛を送りたい」
「やっぱ馬鹿にしてたんじゃねぇか‼︎」
「それは後だ。今はやるぞ。戦闘もダメだったら腹の底から笑ってやる」
「ほざけ」
俺の言葉に返しながらも武器を抜く。ほう、槍か。槍ほどリーチの長い武器はそうそう無い。何人ものプレイヤーに愛される武器だ。
「はぁ‼︎」
俊足を使ったのか?素早く餃食乱波…もとい、餃子モドキに近づいた男は声と共に槍を突き出す。餃子モドキの頭に当たった瞬間、突きの衝撃が頭を貫通した。こいつ…やり慣れているな。
武器は使えば使う程経験値が溜まり、それをステータスやスキルに割り当てる事が出来る。ステータスに振れば基礎能力が上がり、スキルに振ればスキルの能力が上がる。
つまり、ステータスに偏ればスキルが使えないし、スキルに偏ればいつまで経っても肉体的に強くなれない。何事もバランスが大切なのだ。それを踏まえて、俊足からのスキルを使った一撃。初心者では無い事が一目瞭然だ。
思った通り、頭への一撃で餃子モドキは呻き声と共に更に触手の数を増やして来た。
「来るぞ‼︎」
あいつの声と共に俺目掛けてやって来る触手達。そして俺は動こうとしてーーーー
止まった。それはもう、ピタッと。
はーーーーーーーー?
シュッ‼︎
考える前に触手に食われた。痛みも感じないから良いけど、プレイヤーが食らったらどうなるんだろうな。
そんな呑気な事を考えている間にも、触手はどんどん食らいついて来る。
ガブッ ガブッ ガブッ
腕、腹、足、数秒であちこちを噛まれていく。外から見ればほとんど俺の姿は見えないだろう。それでも俺はーーーーーーーー
動けなかった
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何してんだ、あの馬鹿⁈あのままじゃ捕食の状態異常にかかって、1時間も血を吸われる感覚と共に死ぬぞ!
そう思ったら即行動。直ぐさまスキル『五連星』を発動。
槍から放たれた五つの煌めく星の形をした衝撃波が、馬鹿に取り憑いている触手を穿ち、解放する。
「何してやがる?って、お前、何で何とも無いんだよ」
そう、あれだけ嚙まれりゃあ、貫通によって出血している筈。それがこの野郎、咬み傷の痕一つ残っちゃいねぇ。どうなってんだ?
「……………………」
ちっ、こいつ何も喋ら、いや、何かブツブツ言ってるな。よし、あの餃子モドキは怯んで動けないみたいだし、聴いてみるか
「ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった守れなかった」
怖っ‼︎何か壊れてるぞ、こいつ‼︎ってか守れなかったって、まさかこいつ、目の前で仲間を殺されたのか?
確かに、目の前で消えていくってのは怖いが、初めてだったんだろうな。そうか、そうか。
「甘ったれんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」
一発殴ってやった。だけど殴った感触が無い。どうなってんだ?まあ、良い。今はこの甘ちゃんをどうにかする。
キシャァァァァァァァァァァァァァァ‼︎
ちっ、餃子モドキが復活したか。触手の攻撃を放ってくる。ウザってぇ、邪魔すんじゃねぇよ
「風の盾‼︎」
俺の発言と共に目の前に風が巻き起こり、徐々に丸い盾を形作っていく。発言型盾スキルの『風の盾』だ。遅いかかる触手をその風で吹き飛ばし、攻撃から身を守ってくれる。
これで時間は稼いだ。後はこいつを起こすだけだ
「よく聞けガキ。聞くから察するに、てめぇは仲間を守れなかったらしいな。だからどうした。いいか、てめぇはこれから色々な理不尽に晒されるだろう。急に襲い掛かる即死トラップやフィールドに合わない強力なエネミー、仲間に裏切られ、背後からブスリ、何だって起きる」
「それでも俺は、守るって。シズを、タケを、サヤを、俺は守るって、そう決めたんだ‼︎それなのに、目の前であっさり殺されて、俺の全力でも殺せなくって‼︎だから逃げて‼︎」
そりゃ辛いだろうな、仲間を殺されて自分は生きて。しかも自分の全力を持ってしても仇を取れなくて。
だけど、それでも、起きるんだよ。そんな理不尽が。気付けばもうやられてて、死んであの嫌な気分にされて、でもって生き返る。それが何回も起きるだろう。だからいつもこう思うんだーーーーーーーーーーー
「世界は何時でも残酷で、でもって美しい」
「残酷で…でもって美しいって…矛盾してんじゃねぇか」
そうだよ。たとえ幾つもの理不尽に遭っても思うのさ。世界は美しい、ってね
現実でも、この世界でも、俺たちは新しい物を何個も見る。世界最高の絶景だったり、最高の食い物だったり、見た事の無い景色だったり。
そういう物を見る度にある種の興奮が湧き上がるのさ。
「ワクワクすんだろ?」
ポカーン
目の前の馬鹿の顔がどんな感じか表すならこんな感じか?
「お前、アホか?」
失礼だな、でも言ってやるか
「アホはお前だ。どうせこれから何回も死ぬ。一回目くらいでヘコタレてんじゃねぇよ。ほら、立て。あの餃子モドキをぶっ殺す」
ギシャシャシャシャシャシャシャシャシャ‼︎
この音‼︎もう突き破ったか‼︎ヤバイ。くらっちまう………‼︎
せめて急所は外さねぇと‼︎屈んで塞げるか?屈んだ俺の横を影が通る。その手には光を受けて煌めく太刀が。
「確かに、ヘコタレてちゃぁ、ダメだよな。ここで動かなかったらお前が死ぬとこを見ちまう。また絶望しちまう。でもなぁ、俺がさせねぇぞ、餃子野郎ぅぅぅぅ‼︎」
触手を切り裂く馬鹿の叫びが辺り一帯に響く。うっせぇなぁ。だが、
一皮剥けたか。そうだ。幾ら理不尽がやって来て、絶望しても、そのままじゃァ、ダメだ。またその理不尽がやって来た時、お前はまた黙って見てるのか?
違うだろ‼︎そうじゃ無いだろ‼︎やれ‼︎テメェのその怒りを奴にぶつけろ‼︎
俺は一皮剥けた、未だ半人前のそいつを眺めるのだった
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そうだよな、ダメだよな、どうせ復活するんだ。一回くらいでヘコタレちゃダメだよな。
あの時は守れなかった。シズ達を守れなかった。だけど、次は守る‼︎開き直りだって?知るかそんなもん‼︎
俺は誰だ⁈ 死なない不死身のナナシだ‼︎守ってみせるさ、必ずな‼︎
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお‼︎」
さぁ、叫べ俺‼︎理不尽を吹っ飛ばして、この餃子野郎をぶっ殺してこの馬鹿を守る‼︎
刀は抜刀したまま、シズから教わった居合い斬りは使えない。なら、全力で‼︎
身を屈め、刀身を居合い斬りに近い形で構える。タイミングは餃子モドキが近付いて来た時。さぁ、来いっ‼︎
ギャァァァァッァアッァァァァァア‼︎
餃子モドキがやって来る。徐々に距離は小さくなって…今だ‼︎
左に構えた刀を切り上げる様にして振る。刀は頭を切り裂き、血しぶきが上がる。だがまだだ‼︎
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお‼︎」
切り上げる事によって更に餃子モドキに近づいた身体を右に捻る。斬りあげからの斜め下回転斬り。曲げた斬撃が描くのは90度の直角。その名も、
「一角 "く"の字斬り」
放たれるは一閃。光る軌道は名前通り"く"を描く。シズに教えてもらった技じゃ無い。正真正銘、俺の技だ。
グォォォォォ…
呻き声を上げながら餃子モドキは倒れていく。倒した証として画面には「隠しボス撃破!」の文字が浮かんでいた。
やったぜ、皆…いや、死んで無いけど。
「やったじゃねぇか。スッキリしたか?」
ああ、お陰で色々吹っ切れたよ
「じゃ、俺は行く。また会おうぜ」
そう言ってあいつは去っていった。名前、教えてくれなかったな…ま、いっか。ここはコネクト オンライン。 皆が繋がるゲームだ。いつかまた、会えるだろうさ
俺は宿へ向けて歩き始める。さぁ、シズ、タケ、サヤ、来い。これ位でヘコタレるお前らじゃねぇだろ?