追い詰めエスケープ
「ハッハッハッ… ハッ…ハッ…」
どれ位走り続けていたのだろう。長時間の走行に下半身は悲鳴を上げ、身体的な影響は無いものの頭の疲労が身体を襲う。
下半身の筋肉が悲鳴を上げているような気がして、今すぐにでも止まりたいと思う。
だけど、止まってはいけない。
止まれば最後、あの三人から逃げれる気がしないから。
精一杯走りながら背後を見ても、三人はおろか、人の影すらも見当たらない。逃げ切れたのかと問われればそうなのだろうが、身体の奥の部分、本能的な何かが立ち止まるなと訴えてくる。
だから私は走り続けるのだ。あの三人から完全に逃げ失せ、あの人に助けてもらう為に。
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「あいつらを巻き込みたくない。これは俺らの問題だ」
当然の提案に共馬達が驚く中、ナナシの口から出たのは嘘偽りない、単純にタケ達を巻き込みたくないという心境だった。
そしてそれは当然の事だとナナシは思っている。今回の事件はあくまでシステム側、つまり管理者とそれに大きく関わっているナナシ達が終わらせるべき事案であって、プレイヤーであるタケ達がどうにか出来る問題ではない。
「で、どうするか検討くらいは付いているんだろうな?」
共馬の質問に勿論、と答えフィンガースナップを一つ。共馬がクロ達にした様にだれかを転移させたのか、シュンと音を立てて現れたのは、未だ気を失ったままのフランソワだった。
「まったく、すっかり慣れやがって……」
他者の空間転移。幾ら電子世界による物だとしても、ナナシの技術は短時間で上達している。その事に呆れながらも、横たえたフランソワの体に手を這わせ構造をしらべる。
「……………ふん」
何が分かったのか、つまらんとばかりに立ち上がる。だがどうやってフランソワがあんなバグの塊になるのかを知りたいナナシとしては、その反応は対応に困る物だった。少々狼狽えながら続きを催促すれば、帰ってきた答えは斜め上のものであった。
「一見、あってはいけないバグの塊に見えるが、結局はシステムを組み合わせて新しいスキルを付与してやっただけで、全く可笑しい箇所は見当たらない。これなら私でも出来るレベルの魔改造だ」
その答えにナナシは首を傾げる。共馬の言うことが正しければ、フランソワの強さはあくまで実現可能なレベルの代物であって、何かしら特異な点は見当たらないと言う。
しかし、それならばまた別の疑問が発生する。それは、だったら柳 恵子の目的は一体なんなのだ、という話だ。ナナシとしては、彼女は何かしら一貫した目的はなく、ただVR空間にて行える事を誇示しているように感じる。そうでもなければ、自分が魔改造したプレイヤーを大量の一般プレイヤーが押し寄せる新エリアの一歩手前に放置したりはしないはずなのだ。
「うーむ…………」
共馬もそれ分かっているのか、首を傾げるばかり。横に立つダンもどうしたものかと頭を悩ませている。はっきり言って、答えを探しても出そうに無かった。
「じゃあそれは一旦置いておくとして、この娘はどうする?」
共馬も諦めたのだろう。彼女の処遇について話を変えていく。そしてそこは前から考えていたのだろうか、考える素振りもなく即答した。
「それについては考えがある。先ずは……」
耳を傾ける共馬とダンにだけ聞こえるように、ナナシは予め考えてあったプランを伝えるのだった。
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意識が浮上する。
眠っていたと言っても、それは無理矢理な物だった為心地良いものではない。気絶していたのだと気付くには時間が掛かったが、それを自覚すると同時に脳が働き始める。
伸びた腕を動かそうとするが、固定されているのかそれが出来ない。もしや捕まったか、と未だ朦朧とする意識を無理矢理覚醒させ瞼を上げれば、映るのは三つの影。
脳内の記憶を掘り起こせば、その内の一人、黒いマントを羽織った男がナナシと呼ばれており、自分を圧倒した事を思い出す。その瞬間、芽生えたのはとある感情。
それは現実世界でも偶に感じる物。一瞬で頭が冷凍庫に入れられたみたいに冷え、泣きたくなるそれはーーーー
ーー恐怖だ。
近くにいる、ナナシの仲間であろう二人の事なんて忘れるレベルで、フランソワの身体は恐怖に身が固まる。あの人に貰った力が馬鹿馬鹿しく思える力が、自分に向けて躊躇無く振るわれた事が怖く感じる。あの人から貰った力で調子に乗っていたのも重なって、まるで赤子の腕を捻るように遊ばれた事が余計、怖く感じる。
今すぐ自分を拘束している何かを振り払って、一目散に逃げ出したい。そんな思いに囚われる。
「お、どうやら起きたようだ、ナナシ」
頭が乏しい、失礼な言い方をすればハゲの男性がこちらに気付くが、もうそんな事はどうでもいい。一刻も早く、此処から逃げ出したい。そう思った、その時だった。
ガチャッ
そんな音を立てて、何かが私の足元に落下する。同時に気付いたのは、私の両腕を固定していた何かの感触が消えた、という事。
気付けば、足が動いていた。
側にいた三人が追いかけて来るのか、そんな確認もせず、とにかくその場から逃げ出した。
そして数分も走れば、私はいつの間にか長い一本道を走っていた。両側は何も無く、底を除けば見えるのは暗く、孤独すら感じられる圧倒的な「無」。淡い光を放つ太めの一本道を、ただひたすら走る。
………どれだけ走ったのだろう。
長い一本道の終わりは見えず、薄暗い空間を一人、走る。
ふと、ある事を思い出した。
誰だったかは忘れたが、その人によれば人間に与えられる1番の拷問は、「些細な事を何回も繰り返させる事」らしい。書き取りでも、折り紙を何枚も折るでも、何でも良いらしい。ただそれを何十分、何時間と休憩無しにさせる事で、相手は近い内に発狂してしまうらしい。
何故そんな事を思い出したかは分からないが、そんな時だった。
「あぁ、あぁ……‼︎」
ふと現れた、眩い光。たった今までこの場を支配していた闇などなんのその、とばかりに光り輝くそれは、フランソワの目に涙を溢れさせる。何故ならそれが、自分にこの力を与えたあの人のそれだったから。
呟きの様な、声にならない叫びを上げる。やっとだ。やっとあの恐怖から解放される。そんな事を思いながら手を伸ばしーー
「見事に逃がされたって訳ね。全く、油断も隙もあったもんじゃないわ。取り敢えずお疲れ様。ゆっくり休みなさい」
あの人の声が聞こえる。そしてその言葉の意味を理解する時間もなくーー
ーーフランソワの意識は此処で途絶えた。
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フランソワが意識を失い、光に飲み込まれて消えた後、光から人影が現れ、未だ薄暗い一本道に足を踏み入れる。
茶色の髪を肩まで伸ばしたその女性こそ、柳 恵子だった。いつも通り学校関係のプレゼンテーションを準備していた所、見覚えのある反応がVR空間で感知した事が事のキッカケ。何もない一本道を唯ひたすら走ると言う、奇妙な事をしているが、それが一体どこなのか、という疑問に対して答えが出た瞬間、柳 恵子の中でそれは只事では無くなった。
なんと、フランソワは管理者である共馬のテリトリーであるアナザース中枢の一部にいたのだ。
急いでVR空間にログインし、管理者権限でその空間にはいれば、目の前には縋る様に泣きかけた顔をするフランソワがいる。そして共馬の存在を感知した瞬間、察してしまったのだ。
「見事に逃がされたって訳ね。全く、油断も隙もあったもんじゃないわ。取り敢えずお疲れ様。ゆっくり休みなさい」
フランソワは恐らく捕まり、ワザと逃がされたのだろう。共馬は小鳥を逃したのではない。逃げた小鳥が向かう先、小鳥が隠れる巣までも射程範囲に収めたのだ。
それが分かった瞬間、先に取った行動は先ずフランソワを逃す事。そして……
「年貢の納め時、ってやつか」
「何かしでかす前に抑えれて良かったよ。さぁ、何を企んでいるのか、最初から最後までキッチリ吐いてもらう」
「逃げれるとは思わないでよ?」
いつの間にか現れた三人の人影。軽口を叩きつつ接近する三人を、柳 恵子は迎え撃つべく視線を向けるのだった。
どうも、気まぐれです。世界一静かで、何の盛り上がりのないラストバトルが始まりました。お付き合い頂けたらと思います。
では、次回更新は再来週




