電子の特訓
遅れました。
数字の雨がふる。
果ての見えない真っ黒の世界に、それは流星の如く走る。「情報の波」と表現できるそれは無数に光る0と1の数字。見えない地面に脚を這わせる度に、足跡を残すかの様に0と1の波紋が広がる。
一見暗くも幻想的なそこに、ナナシと共馬は佇んで居た。
「ふ……んんっ‼︎ くぅ……」
いや、立ちながらも痛みに耐えるナナシと、それを目の前で見続ける共馬がいると言った方が正しいか。ナナシの身体からは光る何かが溢れており、そして定期的に無数に降る情報がナナシの体内へと入っていく。それは、水が溢れた容器に再び水を入れる様に。
「そら、上手く情報を処理しないと死ぬぞ?」
「分かってるっ……つうの」
極めて真面目な顔でそう言う共馬に対し、余裕がないのか途切れ途切れに答えるナナシ。それを限界と感じたのか、指打ちを一つ。
パチンッ
乾いた音がなると同時に、無数の情報の雨は姿を消す。先程まで続いて居た幻想的な光景が嘘だったかの様に、光の消えた空間は黒く染まった。その傍ら、光を放出し続けて居たナナシは人形の様に崩れ落ちる。
「限界だ。休憩入れるぞ」
共馬の事務的な声が、ナナシに突き刺さる。そもそも、対抗策が欲しくて共馬の提案に乗ったのはナナシ本人なのだ。故にさっさとそれを習得出来ずにいる自分を殴りたくなる。
しかし、この特訓が難関なのもまた事実。タケ達への伝言を渡した老人が彼らと上手くいっているか。心配事は尽きない。
乱れた息遣いを深呼吸で戻しながら、ナナシはこの空間に来てからの事を思い出して居た。
共馬の提案に乗り、老人にタケ達への伝言を残したナナシ。共馬に眼を閉じろと言われてその通りにすれば、眼を開けた時には既に見知らぬ空間にいた。
地面の地平線が明確になっておらず、始終暗く寒い空間には何もない。
無事転移できた事を確認し、共馬はナナシの方に振り返って真面目な顔をする。
「ここに連れて来てなんだが……今からする事はお前という存在の命に関わる。覚悟は出来ているか?」
それは死ぬかもしれないぞ、もう戻れないぞという最後忠告。何を今更、と言いながら、ナナシは首を縦に振った。
「よし。それじゃあ……始めるか‼︎」
いきなりの修行開始の発言と共に、腕を空高く挙げる。人差し指を突き出し指揮棒の様に操れば、何も見えない真っ黒な空に一条の光が灯った。
「ここは管理者が使う空間の一つ。ここでは全ては黒く、情報のみが光となって映し出される」
伸ばした腕を大きく動かせば、示された場所に光が灯っていく。それはまるでオーケストラの様。共馬という指揮がいて始めて光る、情報の星空だ。
「そしてお前が戦ったアイテールとやらは違法データの塊。攻撃やスキルで倒せる様な相手ではない。
だがこの電脳世界にはもう一つ、この世界ならではの攻撃方法がある。と言うわけで一回味わってみろ」
「え」
唐突に「今から攻撃するぞ」と言われ、間抜けな声が出るナナシ。上に伸ばした腕を振るい、ナナシを指差した瞬間。
空に光る星が、見えない何かに動かされる様に落ちる。ヒュゴォォォォと音を立てて落ちるそれは、ナナシ目掛けて一直線に落下する。
ナナシがそこから離れようと走り出すも、共馬の指は彼を指差したまま。指揮棒に導かれる様に軌道を変えたそれは、そのままナナシの腹部に直撃した。しかしそれは痛みを伴わなず、代わりにナナシの体に吸い込まれる様に光を失っていく。
その瞬間だった。
「な、なんだこれ……情報が…入ってくる?」
「そうだ。大抵のデータは、情報のやり取りでなんとか出来る。今俺は、お前に星空としてのデータを容量以上に入れる事で、お前のデータを上書きし星空にする。なんとかしないと、数分後にはお前は意志を持たないお星様だ」
そう、代わりにナナシに襲いかかったのは文字通りの情報の激流だ。共馬は、この空間に置いて光として映される膨大な数の情報を、無理矢理ナナシに組み込んだのだ。
しかし、空気を入れ過ぎた風船が、気圧に耐え切れず破裂する様に、ナナシにも容量が存在する。
つまり、このまま全てのデータを受け止めれば、近いうちにナナシは上に広がる星空の一部になるだろう。
背中に氷柱を入れられた様な、背筋が凍る感覚。この攻撃を例えるならば、魔法で姿をRPGのダンジョンの壁にされる様な物だ。話せず、意志も持たず、ただそこにあるだけの無用の長物と化す。たったそれだけの攻撃。
ここまでシンプルで、残酷な攻撃があるだろうか、とナナシは思った。
しかし、だからと言って何か出来るわけでもなく。迫り来る情報の波に流されーーー
不意に、共馬が手を伸ばす。
伸ばした手はナナシの体に触れ、ナナシに溢れる光を吸収していく。数秒もすればナナシを侵食していた波は収まり、息も耐え耐えのナナシが残った。
「お前はこれから、この情報の波のコントロール、電子戦を習得してもらう。今ので情報に侵食される感覚と、身体から情報を抜かれる感覚を覚えた筈だ。
失敗すれば死、の地獄の修行。ついて来られるか?」
共馬は問う。
これが最後の扉、開ければ死ぬか覚えるかの選択肢。強制はせず、地面に横たわるナナシに手を伸ばす。
口の端をにやぁっと釣り上げながら、獰猛とも取れる笑みを浮かべながらその手を力強く握りしめ、決意を表した。
「やってやるさ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こうしてナナシの特訓は始まった。
共馬が始めに教えた事は、情報のやり取りの感覚。文字通り身体に叩き込んだ僅かな感覚を頼りに、身体に侵入した情報を排除する訓練は熾烈を極めた。
「例えるなら無理矢理食わされた物を、無理矢理排出する感じだ。老廃物を出す感覚で、情報を外に出せ‼︎」
共馬のそんな助言と共に、やってくる情報の波を受け止めては排出する。一歩間違えればデータの波に溺れ、そのままそれと一体化するという死と隣り合わせの特訓は、休憩を入れつつも急ピッチで進んでいった。
そして4日の時が流れ。
「まさかここまでとは。自力で特訓の次のステージに到達したか」
そう言う共馬の目の前には、身体に駆け巡る情報を完璧にコントロールする、背中から光り輝く翼を生やしたナナシの姿があった。上から絶え間無く浴びせられる情報の波を受け流し、必要ない情報のみを背中から翼の形にして放射する。
与えられた情報を吸収し、必要ない物を形にして放射する事で情報のサイクルを造っているのだ。
無論、それは共馬に教えられたものではなく、自力で性質を理解し、自ら回路を作り上げたナナシの努力の成果。その結果に共馬は賞賛の言葉を送るしかない。
それを聞いてナナシはニヤリと笑みを浮かべる。その表情はいかにも「どうだ‼︎ やってみせたぞ‼︎」と言わんばかりに釣りあがっていた。
そしてそれが充分だと判断した共馬は、訓練を最後のステージへと進ませる事を決意する。
「よし、それじゃあ最後の特訓だ」
右手に伸ばすは人差し指一本。
この劇場に置いて指揮棒の役割を持つそれを、軽く一振り。
その瞬間、コネクトオンラインのデータベースに接続。エネミーリストから一体を選び生成。共馬の真横にワニ型のエネミーが現れる。
そして
「特訓で学んだ事だけで倒せ」
そう言いながらナナシを指差した。
「ええぇ⁉︎」
いきなりエネミーをけしかけられ、あたふたするナナシ。ワニ型とは言えそれは形だけで、実際は巨大なボスエネミーだったのだから尚更だ。
取り敢えず刀を抜こうとして、止める。
そして共馬が言った、特訓の成果のみで倒せという部分を思考。
僅か1秒の思考であったが、とある方法を試そうと試みるまでは十分であった。
エネミーに近づき、その手を這わす。そして、その行為の名を言った。
「違法行為‼︎」
場所は変わり、老人に頼まれたアイテムを探していたシズたち。一回休憩にしようと提案したサヤに賛成しハナに帰ってきた3人を待っていたのは、管理者による新たな戦争システムの説明だった。
「これより、戦争システムの説明を始める」
どうも、気まぐれです。
今回は修行(?)回です。戦争編の様にまた主人公が長期離脱します。 やっちまったよ……
取り敢えず次回から話を進め、そこから少しづつ終わらせて行こうかと。
次回更新は来週に。




