「何もしない」
ー1ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「今日は防衛だけだ。何もしない」
それが戦争3日目が始まった午前8時に放たれた、タケルとディクヌの最初の命令だった。
同盟を組んだ今こそ、攻めるべきでは無いのか、という数人の部下の提案を一切無視した命令に一部の過激派が反発したが、タケルがその炎をもって鎮圧したのがその数分後。
そして防衛ラインを張った部下がタケルの言葉の真意に気付いたのが、その更に3時間後の事である。
ベースキャンプ内のタケルとディクヌの元に現れた部下が放った言葉は1つ
「敵が来ません‼︎」
そう、来ないのだ。
3時間に渡る国境、言わば領土の境目監視していた彼らだが、敵影が全く見えないのである。
「だから何もしないと言った」
「若いモンは人の話を信じないのだな」
「仕方あるまい、激しくなるかと思われた戦争3日目がこんなにも呆気ないのだから」
部下が報告終えてその場から去った後、2人はまるでそうなる事を始めから知っていたかの様に話し始めた。
と言うか分かっていたのだ。こうなる事は
ただ勢力図がやや偏っているだけで。
そして2人は少し前に渡された、初日から放っては情報を集めさせていた密偵の報告書に目を落とした。
実は、最初から情報集めはしていたのだ。
そして送られてくる情報を元に戦術を組んでいたのだが、3日目である今日送られて来た結果は予想通り、かつ想定外の情報だった。
「白の領土、アメリカ人達が白、茶、黄の3領土で同盟を編成。黒は孤立、未開の土地へ逃げた模様」
それは、これから先に起こるであろう波乱を予感させる物だった。
ー2ーーーーーーーーーーーーーーーーー
場所は変わって白の領土、その中心に位置する首都、リーベルの更に中央に、大きな城がある。中世ヨーロッパを連想させる様な、大きな存在感を放つ白亜の城の玉座に1人の男が座っている。
白を基調とした優雅な服に身を包む男の名はアルベルト、白の領土を支配する絶対的領主にして、白の領土最強の男だ。
そして玉座に座るアルベルトの数歩前に、鎖で繋がれた男と跪く男が1人。
アルベルトは問う。
茶の領土を運営する権利を渡さないかと。
男は否定する。
お前に渡す気は無いと。
そう、今アルベルトの目の前に居るのは茶の領土の現領主にして、白の領土に侵略され今や囚われの身となった男、チャスカなのだ。
そして隣で跪いたまま何も喋らない男は黄の領土の領主にして、アルベルトに1番早く黄の領土を売った裏切者、王芳だ。
チャスカは連続の拷問により衰弱、口や手を封じられた事でログアウトすらも出来ないまま、こうやってアルベルトに茶の領土を運営する権利を渡せと言われているのである。
一応、数回のログアウトで生命に危機は無いものの、チャスカには長期のログアウトが不可能な理由があった。
領主は1日以上ログインしない場合、領主としての権利を剥奪されてしまうのだ。
アルベルトはそれを利用しチャスカを3日に渡って拘束、権利を渡せと言っているのである。
システムを利用した狡猾な策を前に、チャスカは全身全霊で反発した。
家では英気を養い、
ゲーム内ではひたすら拷問に耐える。
そんな生活を繰り返して3日目、
こうやってチャスカは未だ、アルベルトの提案、いや恐喝に耐えている。
常人なら発狂もののコレを乗り切ったのは、チャスカの未来のヴィジョンからだった。
アルベルトと話している内に気付いたのだ。
彼の慎重さと臆病さ。
そしてその内に眠る野心に。
(彼に全てを任せてはダメだ)
その思いが、チャスカを此処まで動かした
彼をこのままにしてはいけない。
それが彼に動く力を与えたのだ。
そしてチャスカの考えは的を得ていたりする。
アルベルト………アルベルト バーンは臆病な男だ。何事にも先に頭の中で考え、自分の利益を考えて行動する、そんな男だ。
周りからは「臆病者」呼ばわりされたが、それは逆に慎重で計算深い事を意味していたのだが、誰1人としてそれを言うことが無かったのだろう。
そしてそれが開花し始めたのが、コネクトオンラインに入ってからだった。
持ち前の慎重さと計算深い戦い方が彼に「空間把握」「黄金軍勢」の2つのスキルを与え、アルベルトは約半年で白の領土屈指のトッププレイヤーになる。
そしてアルベルトが狂ったのはその時だった。彼の中に眠る野心が、馬鹿にしてきた連中への復讐心が彼にある野望を与える事となる。
(此処でなら誰にも馬鹿にされる事の無い、自分が逆に恐れられるような、そんな場所を作れる)
それは、小さな悪意。
しかし、途轍もなくドロドロとした悪意。
かくして産まれた悪意は、その強力なスキルと潜在能力、そして手に入れた大軍に寄って更に大きく、強く濁る事になる。
聖剣エクスカリバーを持つ勇者を手中に収め、スキル「黄金軍勢」でかつて無い程の戦力を得て、白、茶、黄の3つの領土を手に入れる計画は遂に最終フェイズへと移行する。
そして、アルベルトは遂にその権利を奪う切り札を使用した。
「『精神操作』」
アルベルトがスキルのトリガーを引く。
途端、アルベルトから強烈な振動音が放たれ、チャスカの頭の中に入っていく。
「か……カハッ」
その音はだんだんと脳内を侵食し、脳に正常な思考を捨てさせる。
数秒後に音が止んだ時、既にチャスカはアルベルトの問いに答える人形と化していた
目の焦点は合わず、何も喋らない姿は異様に見える。それはチャスカが限定的な操り人形と化した証拠だった。
発言型洗脳スキル ー精神操作ー
このスキルは周波数の高い音をダイレクトに脳内に放ち一時的な操り人形にさせるスキルだ。
しかし、通常の個体に使用してもほぼ確実に防がれるのだが、アルベルトは知っている。
状態以上「衰弱」が、この精神操作の成功率をほぼ100%に上げる事を。
故に、アルベルトは長い時間をかけてチャスカの疲労を貯め、遂に3日目で衰弱状態に陥らせる事に成功したのだ。
「茶の領土を運営する権利を渡せ」
アルベルトは命令する。
そしてチャスカにそれを止める力はーーー
「ハイ」
もう、無かった。
ーー茶の領土の運営プログラムを委託されました
それは、絶対的な証拠。
アルベルトという男が、3つの領土の覇権を手中に収めた決定的な瞬間であった。
「ハハっ ははは、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ‼︎」
思わず声が出る。
目の前の声に、笑いが止まらない。
自分の計画が成功した瞬間が、頭にこびり付いて離れない。
この瞬間を、自分は忘れる事が無いだろう
それがアルベルトにとっての忘れられない日となった事は明らかだ。
「嬉しそうだね、親友」
玉座の影から1人の男が現れた。
アメリカ人には珍しい黒い髪を揺らせ、アルベルトを「親友」と呼ぶ男はずっと黙ったままの王芳の横に立つ。
その姿は王の前に立つ怯えた街人のそれではでは無く、親友に気軽に話し掛ける友そのものだ。
「何でも無い。ただ計画の完全成功に少しばかり心が躍っているだけだ」
そう言うアルベルトの口調は少しばかり上がっている。
まるで子供の様な反応をするアルベルトを見て、黒髪の青年………アレックスは腰にぶら下げる黄金の鞘に包まれた聖剣を撫でながら、次の命令を聞いた。
「で?今日は何をすればいい?」
「いや、今日は『何もしない』」
「え?どうして?
やっとの事で3国同盟という名の帝国を手に入れたと言うのに」
「何でも間に受けるな。本当に何もしない訳じゃあ、無い。密偵の報告じゃあ、青と赤が同盟を組んだらしい。
つまり、向こうもするべき事は分かっている筈だ」
アルベルトは自分の推測を話す。
そしてそれは奇しくも、タケル達が『何もしない』理由と一緒であった。
「俺たちは『同盟』と言う新たな基盤を作った。途轍も無く強力な基盤を。
だがそれは同時に、脆い基盤でもある。
そして俺たちがする事は何だ?」
それは確かだ。
今までバラバラだった6つの領土が、幾多の理由を得て集まりだしている。
それは今まで無かった新しい世界で、かつ問題が山積みの、欠点だらけの世界だ。
2つ以上の世界が合併した事で、問題が山の様に流れてくる。
急な人口増加によるパニック
お互いの領土への不法侵入
お互いの領民の不満解決
数えればキリが無い程、問題は存在するのだ。
しかもアルベルトが作った帝国同盟は半ば脅しと裏切りから出来た同盟な為、純粋な好意から産まれた赤青同盟と比べると問題が更に多い。
そしてアルベルトはそれを知っている。
だからこそ分かっているのだ。
「今は地盤を固める。他領土に攻め込んでいられる程、暇では無い。
と言うより、お前には領民……もといプレイヤー達を抑える為に色々としてもらう」
「分かったよ親友。じゃあ、必要な時は呼んでよ。出来る限りの事はする」
そう言ってアレックスは玉座の間を去っていく。その顔には、後に自分が居るであろう光景を想像しては目を光らせる、野獣の如き笑みが浮かんでいた。
ー3ーーーーーーーーーーーーーーーーー
場所は青の領土にある領主館、その執務室。
そこで延々と書類にサインをする女の影が一つ。
顔は度重なる資料と報告書に目を通してはサインを書き込んでいく度にやつれ、生気が消えかけている。
年は恐らく23歳だろうが、気のせいかその立派な金髪から光沢が失われている様な気がしないでも無い
「ディクヌの野郎後でコロス、ディクヌの野郎後でコロス、ディクヌの野郎後でコロスコロスコロスコロスコロスコロス」
ディクヌの名前を呼びながら書類にサインをしているのは青の領土の領主にして、世にも珍しい女性の領主、ダミアだ。
通常なら生気が消えかける程の書類作業をする筈の無い彼女が大量の書類と格闘している理由は、ディクヌの勝手な行動で出来上がった同盟の所為だったりする。
実はディクヌ、領主である筈の彼女に何も相談せず同盟を組んだ上、全ての書類仕事を彼女に押し付けたのだ。
勿論、書類の山を見たダミアが発狂した様な叫び声を上げ、数秒後に倒れたのは言うまでもない。
「惚れた弱みとは言え、少し甘いかねぇ」
しかし惚れてしまった物はしょうがない、などと言い訳(?)をしながら、ダミアは次々と書類を処理していく。
そう、ダミアはディクヌの事が好きなのである。しかも、現実で会った時に見たディクヌは……何ていうか……まぁ、好みド直球だったとだけ言っておこう。
流石に銀髪では無く、年も30歳前後とゲームと比べると途轍も無く若いが、現実の彼は中身が全く一緒であった。
まるで50を超えた老人の様な、卓越した思考と価値観。そしてそれを否定するかの様な、ゲーム内のディクヌをそのまま若くした様な顔とのギャップが、ダミアのハートをゼロ距離射撃したものだ。
それに、向こうが30代前後であろうが自分は今年28になるであろう事をダミアは記憶している。
熟女ならぬ熟男好きの彼女には堪らない、まさに理想の男なのだ。少なくともダミアに、と但し書きが付くが。
そんな意中の男性に大事な書類を任されて奮闘しない自分はいるか?
いや、居ない‼︎等と謎の理論を掲げながら、ダミアは引き続き目の前の書類の山に向き合う。
ふと、頭に生えた電球がピカッと光る様に、ダミアの頭の中にある考えが浮かんだ。
青の領土は外側を小さな島々に囲まれている土地だ。そしてその内の何個かは既に探索済みの島である。
しかし、幾らかは登場するエネミーが強くてこの半年で未だ開拓出来ていない島も数多くあるのだ。
「奴らに手伝わせてみるかねぇ」
つい声が出たが、誰もそれを聞く者はいない。つまり、同盟を組んだ相手をこの青の領土に招待し、かつ自分達が未だ探索できていない島、特に神器で倒せる様なレベルのエネミーをついでに倒してもらおうと言うのが、ダミアの魂胆である。
彼らを顎で使う様な真似だが、ディクヌがやった事に比べればまだマシだろうと自己完結して、ダミアは紙にその提案を書きこんでいく。
内容は二つ。
ー同盟相手との友好を築く為という建前での青の領土への招待
ー偶然を装って島へと招待し、なし崩し的に未開拓の島を拓かせる
どっちかと言えば二番目が本音では有るのだが、騙す為にも仕込みは万全ではいけない、というダミアの理論と共に、作戦の構成は次々と出来上がっていく。
そしてそれを元に作った招待状を、ディクヌ宛のメッセージボックスにアップロードする。
ディクヌに対する恨みが半分、愛おしさがもう半分で、ダミアはそのメッセージを赤の領土にいるであろうディクヌに送った。
「今すぐあんたに会いたいよディクヌ。
でもって一発殴りたいねぇ」
今すぐにでも会いたい気持ちと、今すぐにでも殴りたい気持ちをゴッチャにしながら、ダミアはディクヌがいるであろう東側を見る。
しかしダミアの目に映るのは遠くから見える小さくなった山と、何事も無い穏やかな青い空だ。
ディクヌが見える訳が無い、と自傷気味に肩をすくめるダミアだったが、突然の来訪者に変な声を出す事になる。
「ダミアさ〜ん、居ますかぁ〜」
「ピィぃぃ⁈」
「ってうわぁ⁉︎どうしたんすか⁈」
産まれたての雛みたいな声が出たが仕方が無い。緊張の糸が緩んでいるときに話しかけられたら誰だってそうなるものだ。
しかしやはり領主と言うべきか、直ぐに立て直すと話しかけてきた部下に顔を向け、要件を聞く。
「はっ。西のバウレン隊長から報告「未だ敵影無し、帰還する」との事です。」
それは西の隊長、バウレンが帰ってくるというものだった。
この青の領土は、首都を守るダミアとその両脇である西と東の国境をそれぞれ守る隊長がいる。
西にバウレン、そして東はディクヌが守る国境なのだ。
つまり、青の領土の東に位置する赤の領土のプレイヤーがディクヌと出会うのは必然だったと言える。
そして西のバウレンだが、彼は少し硬い男性だと言える。実際、ダミアも「何もしない」という事は分かっていたのだが、バウレンは反対を押し切って西である白の領土を見張っていたのだ。
そんな彼が帰って来ることに、ダミアは少しばかり溜息を漏らす。前から彼の事が苦手なのも有るのだが、実際はディクヌに会う時間が減るからという理由だったりするので、バウレンはかわいそうなキャラなのかもしれない。
ディクヌの返事を待ちながら、ダミアはこれから起こるであろう事を前に、深い溜息を漏らすのだった。
どうも、ここ最近この始まり方が気に入った気まぐれです。
急に話数が少なくなって「どうしたっ⁈」
って感じでしょうが、大丈夫です。
私が何話か結合したんで。
もうお分かりかと思いますが、前編や後編で分けた話数やストーリー上の繋がりなどを一緒にしております。
これから今回の様にいつもよりずっと長く書いていくので、これからもお付き合いしていただけたらと思います。
次回更新は4日後位、何時もの時間に




