世界は全てを拒絶する
どうも、気まぐれです。
今回、改めて第1章を全て改訂しました。
遅すぎとか言われますが、どうかご容赦を
ー1ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
記憶喪失にあった人間はこんな感覚に陥るのだろうか?と小年は顎に手を添えながら、そんな事を考えていた。
まず、自分が何処に居るのか分からない。
少なくとも、目の前に広がる風景は自分には身に覚えが無かった。
周りを見渡せば無数の人々が思い思いに時間を過ごし、また何人かは店で買い物をしている。
しかし、そんな日常に見える風景に異質なものが混じっていた。
人々は鉄の装備を着込み、その背中や腰には鈍重そうな大剣や槍を背負っているのだ。あたかも、それが当然であるかの様に。
「うーん、なんだろうなぁ」
目の前に広がる非日常に少年は少しばかり考えると、諦めた様に歩き出した。どうやら分からない事を考えるより、先に目の前に広がる現実を確かめようと思ったらしい。
なんせこの少年、自分の事さえ分からないのだ。一般的な知識はあるものの、自分の事について思い出そうとしても、何一つとして、自分の名前すら思い出せないのである。
これが俗に言う記憶喪失なのだろうか、と思いながら、少年は街を歩いて行く。
自分の横を通り過ぎて行く人々、
彼方此方で上がる、「らっしゃい、らっしゃい」という客寄せの声、
それら全てが、少年には何も違和感を生ませなかった。それはもう、違和感が無い事に違和感を覚えるような、そんな感覚。
「おっ」
少年はある店の前で立ち止まった。それは店内の物に興味を抱いたわけでも、店内に可愛い子がいた訳でも無い。
「これが俺……か。ダッセー服」
そう、気付いてからろくに確認していなかったが、自分の容姿をガラス越しに初めて見たのだ。
短い黒髪で、高いとも低いとも言えない身長に、イケメンともブサイクとも言えない顔付き。何かしら変わった特徴も無い、平凡な容姿。それが、窓ガラスに映った少年の姿だった。
そして、少年自身も又、奇妙な格好をしていた。
普段着と言えば普段着だが、時代が違いすぎるのである。安っぽい布で出来たシャツに、これまた安っぽい皮で出来たズボン。明らかに中世の街人の格好だ。
「なんでこんな格好を……?」
明らかに身に覚えが無い格好に、少年の疑問は益々大きくなっていく。
ここは何処だ?
俺は誰だ?
みんなの格好は何だ?
いやそもそも、何だってこんな所に居る⁈
些細な疑問は、時と現実を得て大きくなっていく。それは、一度始まったら止まらない歯車の如く。
「良い狩りだったなぁ」
「ホント、ホント。結構稼いだぜ」
「じゃ、俺もうログアウトするわ。お前は?」
「もう少し残るよ」
「明日学校サボるなよ?」
「分かってるって」
それは彼らにとって何気無い会話でしかないのだろう。しかし少年にとってその会話は、思考の海から引きずり出される程、衝撃的な内容だった。
「ログアウト」
二つの単語が、頭の中でグルグルと回っていく。目の間に広がる光景からは想像出来ない、意味不明な単語が現れた。
そして少年の近くに居る2人は、更に少年を驚かせる行動に出た。
「メニュー」
その内1人がそう言って空間に指を這わせ、何かを弄ると……
その男は光になって消えていき、その場には「ロードがログアウトしました」というメッセージが残った。
そして相方は全く気にせず、その場を去っていった。
それを見た少年の行動は素早かった。
「メニュー‼︎」
やや乱暴気味にメニューを呼び出そうとする。今の少年にとってさっきまでの疑問は既に些細な事だった。記憶喪失がどうあれ、まずは確かめたかった。自分が何処に居るのか、自分に降りかかる現実を確認したかった。
………………だが、何も起こらない。
「メニュー、メニュー、メニュー、メニュー、メニュー、メニューメニューメニューメニューメニューメニューメニュー………
何でだっ、何でメニューが出ないんだ⁉︎これで合ってるんだろ⁉︎そうだろ⁉︎」
まるで駄々を捏ねる子供の様に、少年は何度も「メニュー」と繰り返す。何度も、何度も、何度も、何度も。
そしてどれ位時間が経ったのだろう、どれ位叫んでいたのだろう、だが、今はどうだって良い。
「何でだぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ‼︎」
天に届けと言わんばかりの絶叫は、辺りの人々を驚かせる。周りに変な物を見る様な目で見られる事も気にせず、少年はふと目線を上に上げた時に見つけた、「ある物」を注視する。それから産まれる一つの考えたくも無かった推測が、少年の頭の中を埋め尽くした。
即ち、帰れないと。自分は此処から逃げ出せないと。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁあっっぁぁああ‼︎‼︎」
再び、少年は叫ぶ。
少年が見上げた先には、
「VRMMORPG、コネクトオンラインへようこそ‼︎」
というメッセージと、まるでゲームの説明書の様な内容が書かれたウィンドウが、まるで死神の鎌の様にそこに浮かんでいた。
ー2ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
少年は走っていた。
向かう場所は何処だって良い。
今は唯、この胸の奥底に残る絶望をどうにかしたかった。
周りからは変な物を見る様な目で見られていたのも、今の少年には関係無かった。
唯、受け入れたく無かった。
受け入れたら、それこそ壊れる様な気がしたから。もう2度と戻れなくなる様な気がしたから。
気付けば外に出ていた。
終わりが見えない、とは言い過ぎかもしれないが、それ程広大な平原が広がっていた。草木が生え、辺りには狼に似た動物が歩いている。
草や花の匂いが花を擽る。
太陽の光が地面を照りつける。
「どういう事だよ……」
少年は今の状況が信じられなかった。
確かに、先程までの会話とあのウィンドウから、此処がゲームの世界だと推測出来る。だが、いくらゲームの中でもこれだけのリアリティは追求出来なかった筈なのだ。
更に、自分がさっきまで居た街の詳細なデータ、ショップの場所から小さな店まで、通常なら持ち得ない記憶が、少年の中にある。それはまるで、誰かから偽りの記憶を植え付けられた様でーー
いやそもそも、今の少年にはそれらの区別すら出来ていない。少し前のあの2人のやり取りで確かに見たログアウト、あれを少年は起こせていない。故に、今の少年には今の状況が全く理解できていなかった。
此処はゲームの中なのか?
そもそも、これは現実なのか?
これらの疑問が少年の頭の中で渦巻いて、少年を更に苦しめる。
だが、現実はそんな自問自答さえ許さなかった。
グルルルルルルゥ
獣が唸る声がした。少年はまるで、油を注し忘れた機械の様に音の出所を注視する。
そこには、先程見ていた光景の中にも居た狼似の獣が、その牙を見せ、低い唸りを出しながら近づいてきていた。
「ハハッ」
少年から、軽く笑った様な声が出る。
狼似の動物は、毛並みや目の色、体のてっぺんから全てが、まるで本物の様にそこに立っている。
そんなゲームとは思えない程リアルな動き、いや、現実か仮想か分からなくなる挙動で近づいてくる獣を前に、少年は自分から(・・・・)近づいた。少年はまるで、殺してくれと言わんばかりに獣に近づいていく。
実際、少年の頭の中は半分壊れかけていた。ゲームとも現実とも分からないこの世界で、今の彼の前に自分の命を奪える存在が近づいてきている、そんな状況で、少年一つの希望を見出していた。
即ち、死で何かしら変わるのでは無いかと。人は皆、越えられない壁に遭遇した時、諦める事や逃げる事で壁を離れる。
逃げたい。今の状況から逃げ出したい
死んだら何か変わるのでは無いか?
死んで、楽になれないか?
そんな気持ちが、少年を突き動かす。
救いを求める為に死を望む、そんな矛盾を抱えて、少年は獣に近づいていく。
そして少年と獣の距離があと数メートルという所で、獣が動いた。
グァウ‼︎と叫びながら、獣は口を開けて飛びかかる。その口には、全てを切り裂きそうな程鋭利な牙が生え揃っている。
少年は笑いながらそれを受け入れた。差し出す様に身体全体を前に出し、その牙が身体を切り裂くのを待つ。
そんな少年を気にもせず、獣は少年の右腕に迫った。鋭利な牙が差し出される少年の皮膚に触れーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
少年の右腕に突き刺さった。
それだけだった。
「えーーーー」
少年から声にならない呟きが漏れる。
獣の牙は確かに自分の腕に刺さったのだ。
だが、痛みを感じない。
血も出ない。
何が起こったのか分からない。
何故痛くない?
何故血も出ない?
何故ーーーー
俺は救われない?
少年は救いを求めていた。
この少年を拒絶する世界から逃げる、救いの手が欲しかった。
その為に、命を冒涜する様な、自殺じみた手もうった。
それでも、「死」すら少年を拒絶した。
「ハハッ、ハハハハ、アッハハハハハ‼︎
……………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあ゛ぁ‼︎‼︎‼︎」
乾いた様な笑いが、3度目の叫びに変わった。現実を恨む様に、自らの生を恨む様に、叫びはこだまする。
その目から涙を流しながら、少年は自らの人生を呪うのだった。
ー3ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時は2099年、全国的に「ある」技術が全国的に普及された年である。
それは、
「VRヴァーチャルリアリティ」
実際の形はしていないか、形は異なるかも知れないが、機能としての本質は同じであるような環境を、ユーザの感覚を刺激することにより理工学的に作り出す技術として有名なこの技術は、世界が初めて共同で行われた一大プロジェクトに寄って幕をあける。
その名も、
プロジェクト「Anotherアナザー Realリアル」
アジア各国、北アメリカやヨーロッパ各国という、世界のほぼ全ての主要国家が手を取り合い始まったこのプロジェクト。
このプロジェクトの目的は、仮想現実を完璧に行い、二次小説でしか存在しなかった「VRを利用した別の人生」を作る事である。今回はその第一歩として、国としては小さく、地方としては広い仮想の世界を作り、そこで思い思いに人生を歩んでもらおうというものだ。
こうして始まった研究は、各国で共同開発した衛星型ネットサーバー「コネクトイオン」と、ゲームのβ版と偽って集めた10000人のテストプレイヤーによって、その作られた小さな世界に現実とは違う、初めての第二の世界とその住人が生まれた。
「アナザース」
そう呼ばれた第二の世界で、テストプレイヤー達は思い思いに行動した。
ある者は協力し合い、又ある者は奪い合った。結果、上に立つ者と下に立つ者が生まれ、強いものが支配する弱肉強食の世界へと変貌した。
グループが生まれ、
村が生まれ、
街が生まれ、
結果、社会が生まれた。
アジア人中心の社会が生まれた
アメリカ人中心の社会が生まれた
ヨーロッパ人中心の社会が生まれた
アフリカ人中心の社会が生まれた
そしてプロジェクトは、次の段階へと踏み込んだ。
即ち、嘘を現実に
夢を現実に
プロジェクトをゲームにして、アナザースは世間の目に晒された。
一万というちっぽけな数字では無く、今度は全世界に向けて、アナザースは改造を施されていく。
新たな土地を作り、山や海を増やし、武器やエネミーをばら撒いた。
かくして、アナザースは初のVRMMORPG「コネクトオンライン」として世間の脚光をあびる事となる。
配信されてからは、誰もがそのゲームを欲しがり、店には連日行列が生まれた。そんな期待を一身に浴びたゲームの完成度は、想像以上の物だった。
風の香りが花を掠め
空からは太陽が肌を焼き
動物の鳴き声が耳に届く
そんな現実とはさほど変わらない、新しい世界は瞬く間にメディアに取り上げられ、更に有名になる。
β版で作られた八つの社会を、そのまま八つの領土に分けた結果、この世界は八つの領土と大きな未開拓のフィールドを持つ世界「アナザース」となった。
そしてコネクトオンラインが配信されてから半年、1人の少女と少年の出会いが世界を変える事になる。
これは、コネクトオンラインと言う実験場で出会った少年少女の、世界を変える物語
が、
その前に少女、いや切崎静香の事に付いて話をしよう。
切崎静香は家庭が少し裕福な唯の学生だ。
お金を盾に取ってやりたい放題でも無いし、世間知らずでも無い。
高飛車な性格でも、傲慢な性格でも無い。
唯一変わった事が有るとすれば、両親に反抗的な所だ。
両親の反対を押し切って友達と遊びに行ったり、ゲームや本に熱中する姿はお嬢様に見えなく、孤立するどころか逆に人気者になった所は、彼女の性格と人徳故の結果だろう。
そんな彼女がコネクトオンラインに繋がったのは、正式なサービスが始まってから半年後の事だった。
と言うわけで改訂版第一話です。
別の場所でこれと同じ「VRのその先へ prologue」を載せるのでそちらもどうぞ。
誤字、脱字など報告してくれればと思います。