お・ひ・と・よ・し
待ち合わせ場所に現れなかった友人から連絡が入ったのは、
約束の時間からちょうど二時間が過ぎた時だった。
その日、私は娘を連れて友人と三人でミュージカルを見る予定だった。
「あ〜あ、楽しみにしてたのにな。ブッチするなんて酷いよ。」
中学生になったばかりの娘は口をとがらせ、
焼きあがった餅のようにほっぺをふくらませた。
「でも、無事で良かったわね。」
携帯もつながらず、何かあったのではないかと心配していた私は
理由はともあれ、連絡が入ってホッとしていた。
「そりゃ無事なのは良かったけど。でもさ、、」
納得がいかない様子の娘は、ブツブツ言いながら足元の小石を蹴った。
「本当、お母さんはお人好しなんだから。」
半ば呆れ気味に言う娘に、私は自分の子どもの時の話をすることにした。
「あのね、まだお母さんが小さかった頃、たしか3才か、4才だったと思うんだけどね、
近所のお店に行くのに、おばあちゃんと手をつないで信号が変わるのを待ってたの。
するとね、若い女の人がやって来て、顔を左右にキョロキョロってさせると、
私達親子がいるに、信号を無視して道を渡って行ってしまったの。だからね、
『あー!悪いんだー!赤信号なのに!』って、おばあちゃんに言ったの。そしたらね、
『そうね。赤はとまらないとね。』って、おばあちゃんは言ったんだけど、その後ね、
『なんであんなに急いでいたんだろうね。何かあったのかな?』って言うの。
そんなの、小さい子どもに聞かれても困るじゃない?だからお母さんは黙っていたの。
するとね、おばあちゃん『でも無事で良かった。車に轢かれなくて良かったね。』って
すっごく優しい顔で言うの。その時ね、お母さん思わず『うん!』ってうなずいたんだ。
別に嘘じゃなかったのよ。本当にそう思ったのよね。」
私が話を終えたとき、遠くで聞き覚えのある声がした。
「遅くなって、ごめ〜ん!」
友人が道の反対側を髪を振り乱して走って来た。
そして、私達のいる横断歩道の前まで来ると、両手を合わせペコペコと頭を下げた。
すると次の瞬間、彼女は顔を左右にキョロキョロさせた。
もしや、、私が声をかけようとした時、
「ダメダメ!慌てないで!青になってからでいいよ!」
隣で、娘の声が響いた。
さっきまでのふくれた顔はどこへ行ったのか、娘はとても優しい笑顔になっていた。
そして、私達は顔を見合わせると、思わず笑ってしまった。
どうやら娘も、お人好し、らしい。