今日、僕が男の娘になったワケ
厳しい冬が訪れていたこの季節。アーデルハイド城に招かれた私はお歴々の方々の前で恐縮しきりだった。だって、目の前にはこの国で一番偉い女王陛下とその娘達がいるんだよ。もう、畏れ多い。勘弁してください。
私のような庶民がこんな場所に呼び出されたのはなにかの間違いだよね。いや、きっと、軽い手違でもあったのだ。そうでなくては平民がこんな王宮に入ることなんてないよね? そうだと誰か言ってください!! 私が内心でパニック状態になっていると、
「本当に惜しい人を亡くしました。グレン卿は大変にご立派な方でした」
と女王陛下からお言葉を頂いた。こんな庶民のダメダメ人間にお声をかけてくださるので、女王陛下はきっと気さくな方でいらっしゃるのでしょう。
でも、でも、私に取っては急に話題を振られた状態。タダでさえ、回らない頭がそんな突然に話しかけられたら、ますます混乱してメチャクチャになってしまうだけで…
な、なにか言わなくては、不軽罪で殺されるかも。なにか、何でも良いから言いなさい、私!!
「あ、あの…」
どうしよう、緊張して、声がでないよ。ごめんなさい、お父さん。こんな短い人生で終わってしまう私を許して欲しい。
「グレン? 男性の名前ですわね。お母様、男がいくら死んでも構わないではありませんか? あんな奴らはゴミですわ」
そんな風に横から口を割り込ませてきたのは女王陛下の長女マリア・バレリア。甘栗色の髪に軽いウェーブがかかったような髪型をしたこの国の第一王位継承権を持つ女性。目つきが鋭いが奇麗な顔立ちと相俟ってたまらなく奇麗だ。
「お姉様もたまには良い事を言われますわね」
とさらに第二王女のアリシア・バレリアも会話に参加してきた。先の第一王女マリアにも劣らない美貌を彼女は持っている。マリアをこの国の凛々しい女性の代表と言うならば、彼女は可愛らしい女性の代表と呼ぶことができると思う。
「たまにはって、何よ!!」
「あら? お気付きになって?」
アリシアが口元を扇で隠しながら、マリアを小馬鹿にした様に小さく笑い声をあげる。
え? な、なにがあったの? なんで、この王女達は罵り合っているの。これは現実? いや、夢よ。だって、私が王宮にいること事態が可笑しいのだから…
それにこの美しい姉妹は仲が良くて有名なのよ。私たちの国の王女がこんな汚い罵り合い見たいな真似をするわけがないわ。そう、だから、これはきっと夢ね。
「やめなさい。彼女は父親を失ったばかりで気分が参っているのよ」
女王陛下の一喝で姉妹は静かになる。きっと、あの二人は母親である女王陛下が怖いのだろう。でも、私はもう怖くないわ。例え、女王陛下であろうともね。
……だって、ここは夢なんだもんね。
「女王陛下、なぜ、私はこのような場所に呼ばれたのでしょうか?」
夢だからといって、手を抜いた理由じゃないよね? きっと、それなりに考えているよね。
「人目がないときはお母様と呼んでください。あなたはグレンと私の子なのだから」
はい? 今、女王陛下はいったい何とおっしゃていらっしゃいましたか? え、お母様と呼んでください? それは、いったいどういう意味なのですか? ワタクシの子なのだからとはどういう意味なのでしょうか。
「あなたはこの聖バレリア王国の正式な跡継ぎ候補なのです」
私の顔が余程にちんぷんかんぷんだと書いてあったようで、女王は言葉を改めて言い直してきた。こんな変な夢を見るなんて私はどうかしている。そう、頬でもつねって起きないとね。
あれ? おかしい。痛い。とても痛いんですけど。自分で自分の頬をつねるとすごく痛いんですけど。
「こんな見窄らしい恰好をした小娘が私の妹? ありえない!!」
「まぁ、まぁ、お姉様、何も知らぬ無垢な可愛らしい顔ではありませんか? ごめんなさいね。マリアお姉様は動揺しているのよ。許してね」
マリアが私を指差しながら、怒鳴りつけてきた。それをフォローするかのように第二王女のアリシアがこちらに微笑みかけてきた。私はそんな光景を呆然とただ見ていた。いや、呆然となるしかなかったのかもしれない。
聖バレリア王国は聖女の国と呼ばれていて、女性が主となり、男性はその召使いであるというアーデルハイド教に基づいて統治されている。
そんな国の王族として私が加わるなんてイヤ。本当にどうしてこれが夢ではないの?
普通だったら、王族に加えてもらえて嬉しいかもしれない。でも、私には喜べない理由がある。
だって、私ことセシル・クレイマンには誰にも言えない秘密があるから…
───その秘密とは、実は私が男であるということ。
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