第3話 印の初発動
陽が昇る前に起き出してきた“さっちん”は、サクを見つけると、
「あら、久振り。何時来たの?起こしてくれればよかったのに」
「さっきさ、それよりこれ見た?」
「見たわよ。その中にね、面白そうなものがあったんだ。何だと思う?」
「当てて見せようか。歴史だろ」
「当り~。ってどうして分かったの?お告げ?」
「まさか。でも、それ調べてよ」
サクも“ノン”でやってきた女性の星の歴史に興味があったのは確かである。あわよくばプログラミングのヒントでも隠されてはしまいかと微かな望みを持つサクであったが、この時未だ、サクは“ノン“の技術は自分たちに扱える範囲にあると考えていたのであった。サクは“ノン”のプログラミングに夢中になり、コウは巡回セールスマン問題に嵌まっていて、最初に成果を挙げたのは“さっちん”であった。
「凄いわ、この文明。20万年近くの歴史がある」
「そこまでは見たよ。何か面白い続きはあったの?」
「えっ、ここからが面白いんじゃない。この文明は5期の時代に分けられるそうよ。第一期が“人理の時代”で、8千年間。第二期が“人法の時代”で、1万6千年間。第三期が、“界理の時代”で、3万2千年間。第四期が、“界法の時代“で、6万4千年間。第五期が、”真理の時代“で、今の経過中というところかしら」
「そんなこと書いてなかったよ」
「コウ、だから“ノン”は、求める人の知りたいことしか教えてくれないんだよ」
これでサクの推測が当ったことになる。
「第一期の“人理の時代”から簡単に行くね。詳しく話していると時間がかかり過ぎるから」
“さっちん”は、ほんの1、2時間しか“ノン”に向き合っていなかったが、それでも多くの情報を得たようだった。(それはやはり“ノン”は読むというより、感じるものなのであろう)と思うサクであった。と、丁度その時、ヘイと“りっちゃん”が到着した。シンも「朝飯はどうするの?」と言いながら戻って来ていた。
「遅かったじゃないか」とヘイを詰るサクであったが、
「すまん、すまん。福島にやった奴らから連絡が入ったんだ。やはりサクの情報は正しかったというより、もっと悲惨な状態だそうだ」
ヘイが携帯で話している間に“りっちゃん”が、買出しに出掛けたそうであるが、これに喜んだのは、シン一人で他のメンバーはどうでもいいようだった。
「あまり食べたくないんだよな」
誰ともなくそう言うと「俺も」とか「僕も」「私も」とかいう声が揃い、シンでさえ「そう言えば、お腹が空かないな」と言う始末である。一番動いたであろう“りっちゃん”からして「あんだけ動いたのにお腹が空かないな」と言っている。実は不老となった6人にとって、食事はそれほど重要なものではなくなっていた。
6人が揃ったところで“さっちん”が“シャラ”の星の歴史を要約して話始めたが、触りのところは、遅れやってきたものたちにも説明していたから、続けて、
「第一期の“人理の時代”から。この時代は、現代の地球とよく似ているかしら。少し違うところと言えば、国が3,000以上もあって、米国とかの超大国がなかったということかしら」
「“シャラ”の星って、どのくらいの大きさだったの?」
「表面積で言えば、地球の半分くらいかしら。でも、月が3つあったそうよ」
「そこに3,000もの国か…」
「“シャラ”の星の人は、地球で言えば“個人主義”が徹底していて、極端な支配を誰も望まなかったようなの。でも経済はあったようで、第一期の末期では貧富の差がとても大きくなったそうよ。そこに現われたのがカリアットという人で、地球で言ったら宗教指導者というところかしら。その人が第一期の物質主義、論理主義に代わって精神主義を説いたようなの。『理を捨てて、法を覚りなさい』というのが、教えの根本で、理は人が自然の法則を説明するためのものだけで、法は自然の法則を感じ、それを実践に繋げるものだと説いたのね。これが、第二期の“人法の時代”の始まりとされているわ。確かにその時代に、多くの超能力者や不老者が現われたようだけど、それがカリアットの教えとどうやら直接関係ないのでは?と言い出す人が現われて、ダメ押しが1万6千歳になった“カリアット”の老衰死ね。そして、第三期の“界理の時代”に突入。この時代は強力な指導者はいなくて、個人主義と論理主義に戻って行ったけど、物質と精神の2面からの考え方や理論が大半を占めているわ。星はカリアットが統一した1つの国家のままだったけど、分離政策が進められているわ。国家政府より、地方の方が力を持つようになっていくの。この時代に多くの超能力や不老の秘密が明らかにされて『この世界を支配しているのは象と順番だ』ということになって、時間も順番と関係があるとされたようよ。この時代に象や順番を定義する『印』というものが発見されているわ。『印』は多くの実績を残したけど、やがて行き詰ってしまうの。そこに“シャラ・エイ”というスーパー超能力者が現われて『印』の体系を作って行くの。“シャラ・エイ”は、理より精神の実践に重きを置いていて、ここから第四期の“界法の時代“が始まるのね」
ここで一息ついた“さっちん”に、サクが尋ねた。
「『印』って何だい?超能力の素かい?」
「よくわかんないけど、そうかもね」
“さっちん”は歴史の講釈をしているだけで『印』とは?など考えてもいなかった。
「じゃあ、続き行くね。“界法の時代“は『印』の体系をほとんど確立した時代ね。ほとんどの人が『印』をマスターして、不老になったそうよ。身体的に小柄になっていくのはこの時代だわ。そうこうしているうちに問題が発生したの。子供が産まれなくなったのね。皆長寿だから人口が減ることは無かったけど、星の発展の可能性が減ってしまったのね。停滞ムードに入っちゃって、第五期の”真理の時代“の始まりってところかしら。”ノン“が生まれたのもこの時代で、多くの物質と精神の融合体が産み出されたわ。ところが、何万年か経つ時、突然奴らが現われたの。略奪と破壊を常とする『サイレント・アナザー』と呼ぶ正体は不明だけれど、人に何かを与えて、その報いを受けさせるものらしいの。”シャラ“の星は今それで壊滅状態らしいわ。だから”シャラ“は、その星を去ったの。最後に”シャラ“のメッセージがいくつかあるわ。『この星にも奴らの影が見えました。くれぐれも気を付けてください』『この星は、我らの第一期の末期とよく似ています。間もなく第二期の夜明けが来ます』『いつの日かわたしたちに助力してくだされば幸いです』」
「何だ何だ。何から理解すればいいんだ。それに“シャラ”は何故眠ったんだ?いつ目覚めるか、わからないんじゃ遺言のようなものじゃないか」
その問いに半分答えたのは“さっちん”で、
「“シャラ”は眠るつもりはなかったわ。大量の放射線が飛来してきたから、その被爆から身体の損傷を癒しているそうよ。だから“大湯ストーンサークル”から、ここ“シラカミ”へと場所の変更になったのよ」
もう半分の問いにはヘイが、
「理解し難しいものばかりだが、纏めてみよう。3つありそうだな。1つ『サイレント・アナザー』対策かな。1つ、第二期の夜明けを探ることかな。1つ『印』とやらをもう少し詳しく調べてみよう」
いつものようにヘイが仕切るかたちとなり、それぞれの役割分担が決まって行った。『サイレント・アナザー』の調査を担当するのは、ヘイと“さっちん”である。第二期の夜明けとは何かの調査を担当するのは、シンとサクである。『印』とやらの調査を担当するのは、コウと“りっちゃん“である。
ヘイと“さっちん”が担当することになった『サイレント・アナザー』を通称『SA』と呼ぶことに決めたのはヘイであるが、ヘイが役に立ったのはそれだけで、具体的な調査は“さっちん”の力に負うところがほとんどだった。“さっちん”と“ノン”の相性は抜群にいいらしく、他のチームからも調査依頼を受けることも度々となっていた。
“さっちん”の調査結果としてのSAであるが、SAの正体は全く分かっていなく、分かっているのは受報者のことだけだった。受報者とは何かを受け取り、その報いとして略奪や破壊に勤しむ者のことであり、その受報者にもクラスが存在した。クラスを大きく分けるとSAから直接何かを受け取る直接受報者がいて、それらが指揮官(士官)となり、直接受報者から何かを受け取ったものは子受報者となり、下士官となる。孫受報者は兵となるが、その授受の詳細は全く不明であった。全ての受報者が超常的な力を持つが、それは『印』の体系とは全く異なり、何かを受け取った時点で、この超常的な力を持つと推測されるが、洗脳的なものも、この時点で行われるのかもしれない。では、どのようにして受報者であるか見極めるかと言うと、現時点でいいアイディアはなく、今後の課題となった。
夜明け担当のシンとサクであるが、これは2人の主張が別れた。
シンは「次の世代は、人も含めて動植物混合体となる。いや、そうなるべきだ。そもそも、動植物の分類は染色体によるものでしかない。俺は熊と話をしてみたい」
サクは「いや、人類の中に超人類が生まれ育つ。彼らは超常的な能力を持っていて、我らを導く、いわゆる預言者の大量発生だな」
それぞれが、勝手な想像をしているが“ノン”から得られる情報は“シャラ”の星がそうだったというだけで、地球も同じ運命を辿るとは限らないし、想像するしか仕方が無い。議論は続いていたが、精神の急激な発達と生物の多様性が鍵であるとの結論に達しそうである。しかし、これはあくまで想像であり、推測とも呼べない代物だった。
だが、二人とも共通して問題に挙げたのが放射線だった。どちらからともなく、
「シャラは放射線に侵された。ということはあの原発から出る放射線が第二期の人類に大きな影響を及ぼすと考えられる」
との見解に収まった。
『印』の調査をしていたコウと“りっちゃん“であるが、
「印は、型と力、対象の3つに分けられるようだね」とコウが言うと、
「どうして、こんなややこしいものが、3つに分類できるのよ」と“りっちゃん”は不可解であった。
「大きく分けてだよ。ちょっとした条件を与えてやれば、分類しやすくなるのさ」
コウの天性であるのか、複雑なものを独自の切り口で分類していくのが得意であった。“りっちゃん”はというと、頭で考えるより、身体を動かして頭に考えさせる流の身体先行型であった。
「具体的に説明するね。先ず、いくつかの印の型があるよ。次に力は、主として精神力だね。何かを望んだり願ったりするのが最初で、徐々に話すように精神力を解放するようだね。最後に対象だけど、最初は動かないものを選んで対象にしようか」
と、言われても“りっちゃん”には何のことやらわからなかった。それでも、“りっちゃん”はコウの言う通りにやっているのか、勝手に身体が動いているのかわからなかったが、あれこれと印を結ぼうと何かをやっていた。
「イメージだよ。イメージが大事」と、コウの応援が入る。
暫くすると“りっちゃん”から離れた場所にあった食べかけの煎餅が袂に手繰り寄せられた。
「おおおっ、出来たかも。もう一度やってみよう」と、コウは煎餅を“りっちゃん”から少し離して置いた。すると、何度やっても煎餅は“りっちゃん”の袂に手繰り寄せられる。
「お~い。出来たぞ」と、コウはまるで自分が出来たように喝采をあげた。




