こんな夢を観た「過去の住むマンモス団地」
ある晩、友人の桑田孝夫とマンモス団地へ出かけた。
敷地はぐるりと高い塀が取り囲んでいる。あまりにも高くて、外からは中の様子がまるでわからない。
「守衛はあそこだな」と桑田が言った。塀の一部を穿ったような、小さな門があり、その内側から黄ばんだ光がこぼれている。
「行きますか」わたしたちは門へと向かった。
「今晩は」桑田は固く閉ざされた門の鉄格子越しから呼びかけた。
詰め所に座る制服姿の老人が顔をあげる。
「入るのかね?」
わたしと桑田は黙ってうなずいた。門が面倒くさそうに、ゆっくりと開く。
「中は広いんでな。道に迷わんようにしておくれ」老人は注意した。
まるで高層ビルのような団地が、整然と並んでいる。
「何階まであるんだ、ここは」桑田が見上げる。わたしはざっと目で追ってみたが、30階ばかり数えたところであきらめた。というのも、それより上は暗い上に、ねっとりとまとわりつくような霧が立ち込めていたからである。
「案外、大気圏まで続いていたりしてね」わたしは言った。あながち、間違いではないような気がした。
どの棟もたいそう古かった。外壁は風雨に浸食され、窓という窓のガラスはすっかり曇っている。電灯の光さえ、ほとんど外に漏れ出してこない。
「この団地、絶対、1億年以上経ってると思うな」わたしがつぶやくと、
「築1億年、最寄りの駅から徒歩30時間……といったところかね」そう、桑田がおどけてみせる。「早く探そうぜ。夜が明ける前にな」
わたし達は「過去の自分」に会うため、ここへやって来たのだった。この途方もなく古くて巨大な団地には、全ての人の過去が住んでいる。
桑田とわたしは、どうしても聞きたいことがあった。
「あの比較的新しい建物じゃない?」わたしは指差した。色褪せたベージュの棟だった。
「行ってみよう」桑田がうなずく。
エントランスを抜けた先にエレベーターがあった。ボタンを押すと、ものの数秒としないうちに降りてくる。
「なんせ、古いからな。途中でワイヤーがぶった切れちまうかもな」桑田が冗談めかして脅す。
「そうなったら、過去の自分たちに花でも手向けてもらうとしようよ」
エレベーターに乗り込むと、わたしは当てずっぽうに階のボタンを押す。
「なあ、むぅにぃ。お前、今『37』を押したろ? それって、見当を付けてのことか」桑田が聞いてきた。
「ぜんぜん。ていうか、何階に行けばいいのかわからないしね」
「まあ、そうだな。いいや、別に。37階からまず探してみよう。直感が当たるってこともあるかもしれないしな」
37階で降りる。廊下はどこまでも続いていて、目を細めても突き当たりが見えない。
2人で、表札を1つ1つ見て歩いた。
「ビンゴっ!」桑田が叫んだ。「あったぞ、ここだ」
表札には「桑田孝夫の過去」と書かれている。
「おー、おめでとう。やったね」わたしは桑田の背中を叩いて祝福をした。
桑田がチャイムを鳴らすと、奥のほうから「はーい」と声がした。
ロックを外す音がし、ドアが開く。玄関から顔を出したのは、小学生くらいの桑田だった。
「あのー、どちら様ですか?」過去の桑田は、あどけない顔を向けて尋ねる。
「あ、おれ、いや、ぼくは『現在』の君なんだけど、ちょっと聞きたいことがあってさ」桑田は腰をかがめて、過去の自分に話しかけた。いつになく真剣な表情だった。
「聞きたいこと? なあに?」過去の桑田は小首を傾げて見つめ返す。
こほん、と軽く咳払いをすると、勇気を振る絞るようにして、桑田は言った。
「大人になったら、なりたいものがあったよね。それって、何だっけ。歌手だったかな、レーサーだったっけ。それとも、映画監督だった?」
小学生の桑田は「ううん」と首を振り、桑田の耳に両手を当てて、ひそひそと答えた。
ふんふん、とうなずきながら聞いていたが、次第に驚きを含んだ、明るい表情へと変わっていく。
「そうか、そうだった。うんうん、そうだよっ。おれ、今までなんで、そのことを忘れてしまってたんだろうっ!」
わたしはその場を後にした。
さあ、今度はわたしの「過去」を探しに行かなくては。聞きたいことは山ほどもあるのだ。




