第8話 「案内人」
「皆ってさあ、運命とか信じる方?」
見児は唐突に語り始めた。
此方の返事を待つわけでも無く、更に続ける。
「ボクはさ、結構信じてるんだよね、そういうの。だって、ボクがこの世に生まれたのが、もう既に運命じゃない? そしてボクだけの人生を歩んで、いろんな事したり、誰かと仲良くなったり……。ボクがこの世にいるからこその、ボクだけの運命。こんなのは偶然の積み重ねだって言われるかも知れないけど、ボクは運命を信じてる。で、何が言いたいかっていうと……運命って、常に味方ってわけじゃ無いねって事!」
見児は、おどけた様にそう言った。
「まあ、そんな都合良くないよね。1週間もっただけ、まだ味方してくれた方かな?」
「……お前が言った事、どこまで本当でどこまで嘘だ?」
前から疑問ではあった。
鏡の中なんて突飛な物が、どうやって存在してるのか。
そして、偽造も雄生も、見児に促されてここに入り、ブレードを身につけた。
つまりどういう事か、俺は察した。
「この鏡の中の世界……お前のブレードの能力なんだな?」
「ボクがこの空間を生み出した張本人だと思ったのかい? 御名答。これがボクのブレードだよ」
見児の右手に、ドーナツ型で中央に十字の持ち手のついた、奇妙な形のブレードが現れた。
「ちょっと待て‼︎ だったらお前はどうやってブレードを手に入れた⁉︎」
「生まれつき、て言えば信じる? そういう人がいるんだよ。ボクも何人かは見たことある。案外この辺にもいたりして」
マジかよ……。
見児は更に続ける。
「ボクが入ってよしと判断した人だけが、こちら側に来る事ができ、そしてブレードを身につける。条件ってのはそういう事さ」
「……入口になる鏡は何でもいいって事かい?」
「そうだね。鏡に限らず、映る物ならなんだっていい。地球の反対側の水溜りだってその対象さ」
「本気出せば大混乱ってのは、そういう事か……」
「ああ。その気になれば、ブレード使いを量産出来る。これがボクの能力さ」
今までは、少し不気味で怪しいが悪い奴じゃ無い……そんな風な印象だった。
だが、今怪しいから確信に変わった。
コイツは危険だ。
さっきの毒霧なんかとは比べ物にならない程に。
もしコイツがその気になれば、世界はいとも容易く崩壊するだろう。
「心配しなくていいよ。そんなホイホイとブレード使いを増やしたりしないさ」
「……!」
「ボクは君達の敵じゃない。これは本当だよ。まあ味方でも無いけど、ね」
見児の常に余裕綽々としたその表情が、なお一層不気味に感じた。
「お前は……何者なんだ? 一体何がしたいんだよ⁉︎」
「ボクは雲村見児。この世界への『案内人』。それ以外の何者でも無い。何がしたいか、さて、何だろうね?」
そう言って鏡の外へ出て行こうとするのを、偽造が呼び止めた。
「待ちなよ。それだけ聞いてこのままほっとくと思う? 残念、そうはいかないね!」
偽造は見児に攻撃にかかる。
「お、ボクの真似かい? 別にいいんだけど……」
見児は向かってきた偽造の懐に潜り込み、拳を軽く突きつけた。
「……っさ!」
「ぐっ……は⁉︎」
攻撃どころか、少し触れた程度だった筈だ。
にも関わらず、偽造の体中に、裂傷の様な物が刻まれた。
「なっ⁉︎」
「……君の能力は、この鏡の世界じゃなかったのかい?」
「ん、ああ、これはブレードの力じゃない。何とは言わないけど。ていうか、よく立ってられるね」
「傷はそんなに深くないよ。手加減したのかい?」
全身傷だらけにも関わらず、偽造は茶化す様に言う。
「まあ調整はしたけど、さじ加減が難しいね、やっぱり。で、どうする? ここでボクと戦う?」
「……」
コイツと戦うのは、出来れば今は避けたい。
まだ何かを隠してるかも知れないし、向こうに敵意が無いなら、無理に手を出す事も無いだろう——
「命さん、逃がしてもいい事無いッスよ‼︎ ここで止めねえと、またアイツみてえな奴が増えるかも知れねえ‼︎ いや、更にタチの悪い奴が現れたっておかしくは‼︎」
「!」
雄生の声で、俺の逃げ腰な考えは見事に消え去った。
そうだ、敵じゃないとコイツは言うが、そんなのはコイツの勝手な言い分だ。
事件の発端だって、コイツがヘルメットのアイツにブレードを与えたのが原因だ。
「やれやれ……そんな怖い顔で見られてもなあ」
「お前……コイツにはまだ仲間がいるって言ってたな。そいつ等もお前がブレード使いにしたんだろ? これ以上あんな奴をを増やすわけには、いかねーよ」
そう言い、俺は見児にブレードを突きつけた。
雄生も俺に倣い、ブレードを構える。
「そう。じゃあボクは……逃げる!」
「逃がさねーよ!」
背中を見せて鏡の外へ逃げた見児に手を伸ばすが、俺の手は鏡をすり抜けず、走り出していた体も鏡に衝突した。
「いって! なんでだ⁉︎ 通れねえぞ!」
「……さっき、自分がよしとした相手だけがここに入れるって言ってたよね? じゃあ、こっち側にいる僕達をよしとしなければ……」
「……鏡の外に出れなくなる?」
えっと、つまり………。
「閉じ込められたって事ッスか⁉︎」
「まあ、そうなるね……」
「どうするんスか⁉︎」
「……どうしようか?」
「どうするんスか命さん‼︎」
「どうすんの命君」
「俺⁉︎ いや分かんねーけど……ん?」
不意に俺の携帯が鳴り出した。
知らない番号だったが、とりあえず出てみる。
「えっと、もしもし?」
『もしもし、ボクだよ、ボク』
「な……」
予想外の事態に、一瞬変な間が流れた。
「命君?」
「どうしたんスか?」
「な……………なんでだああああああ‼︎‼︎」
『ん? なんでって何が?』
「もう何がとかじゃねえ‼︎ なんで俺の番号知ってんだ‼︎? なんでこのタイミングでお前がかけてくんだ⁉︎ お前ホントなんなの⁉︎ 意味分かんねえ! とりあえず出せ‼︎ 鏡から出せ‼︎ 話はそっからだコラァアア‼︎‼︎」
ツッコミ所が多すぎて暴走状態の俺を尻目に、見児は相変わらず動じずに返答した。
『ボクが安全な所まで行ったら出すから、安心して待ってなよ。それだけ伝えようと思ってさ。じゃ』
プツン。
プーッ、プーッ、プーッ……。
「………………………」
「え? 今のさっきの奴ッスか?」
「………………………」
「ねえ、どうかした?」
「次会ったら問答無用で殴る。泣いて謝ってもまだ殴る。マジ覚えてろよあの野郎……」
「一体なにが?」
大きくため息をついて、二人にも伝えておく。
「一応、しばらくすれば出れるらしい」
「なんかよく分かんないけど……取り敢えずそれまで待ってるしか無いね」
「そういえば偽造さん、その傷大丈夫ッスか?」
そういえばそうだったな。
悪いが全力で忘れてた。
「大した事ないよ。薬でも塗っとけば……」
「ハイ、もう治しときました」
「え……?」
雄生が偽造の体に触れると、体中にあった傷がみるみる塞がっていく。
偽造が気づいた時には、既に全ての傷が、跡形もなく消えていた。
「うわ、スゴイじゃん! 能力使える様になったの⁉︎」
「まあ、ハイ。このおかげでなんとか奴に勝てました」
あの事件の直接の犯人はなんとかなった。
あれじゃしばらく病院から出て来れないだろう。
だが、まだ終わってない。
「アイツには、まだ仲間がいる」
「……そうだね。で、この後どうする?」
「聞くな。察しろ」
俺がため息混じりに言うと、偽造は「ハイハイ」と笑いながら返してきた。
全然笑い事じゃねえっての。
「もう、船には乗っちゃったしね」
「やれやれ、面倒だ……」
そんなやりとりをしている内に、鏡から出れる様になっていた。
*
「そういえばさ、あの犯人ほって来ちゃったけどいいの? あれ」
「さあ……けどあれじゃどうしようもねーだろ」
「つーか命さん、なんでラーメン屋なんスか?」
「いや、なんとなく」
俺もなんでか分からないが、無性にラーメンが食べたくなった。
偽造も同意したからここに来たわけだが、本当なんでだ?
「まあいいじゃねーか。伸びる前に食っちまおう」
「ハア、ラーメン好きだからいいッスけど」
「あ、僕お金無いから3人で割り勘でいい?」
「え⁉︎」
「おまっ……後輩と飯行って割り勘⁉︎ あり得ねえだろ!」
「じゃあ命君奢ってよ。この前のお返しって事で」
「うっ……」
なんか、こういう他愛ない会話してると、さっきの非日常が嘘の様だ。
照れくさいから口には出さないけど。
「なんか、今えらく平和に感じるッス」
「え? あ、ああ、そうだな」
「どうかしたッスか?」
「いや、別に」
「に……ニワトリ」
「……は? ニワトリ?」
どうした偽造。
なんだ急に?
ひょっとして尻取りか?
なんで今?
タイミングおかしくない?
「……リス」
お前もかい。
うわ、なんか二人から視線感じる。
俺もやんの?
「ス……スイカ?」
「カマ」
「マント」
「……トラ」
「ら……!」
偽造が何か思いついた様に笑う。
なんか面倒くさそう。
「らせん階段」
「……………」
「ハイ……?」
ああ……うん、はいはい分かった。
見ろ、雄生がキョトンとしてる。
感謝しろよ、俺がこの場にいる事を。
「カブト虫」
「⁉︎」
「廃墟の街」
「イチジクのタルト」
「カブト虫」
「ドロローサへの道」
「カブト虫」
「特異点」
「ジョット」
「天使」
「紫陽花」
「え、ちょっ……なんスかこれ⁉︎ 絶対尻取りじゃ無いッスよね⁉︎ なんかカブト虫多くないスか⁉︎」
「カブト虫」
「ほらまたカブト虫‼︎」
「特異点」
「秘密の皇帝」
「………?」
うん、知らない奴が見てたら「何言ってんだコイツら」って思うだろうな。
現にそう思ってる奴が約1名。
すまんな、置いてけぼりにして。
「……何スかこれ?」
「天国に行くのに必要な言葉だって、某神父が」
「新手の宗教かなんかッスか?」
「ややこしい事言うな。フィクションだよフィクション」
「そうなんスか」
雄生は一応納得したらしい。
機会があったら詳しく教えてやろう。
にしても、本当に今が平和に感じるな。
正直、もうあんなのには関わりたくない。
そう思ってるのに、俺は結局最後まで関わり続ける事になるだろうな。
俺は、自分がそういう奴だと知っている。
勘弁してくれ、本当。
そんな事を考え、俺は苦笑いを浮かべる。
ブレード名:タケミカヅチ
所有者:諏訪間雄生
身体強化:パワー型
形状:真っ黒なランス。ノコギリの様なギザギザの赤い刃がついている。
能力:自分や触れている生物の傷を治療する。
・古傷や病気、四肢欠損の様なあまりの重傷は治せない。
・傷の程度によって、治癒にかかる時間は変化する。
・死者は生き返らない。




