第63話 「少年達の昔話-完結編-」
5回ほど鳴った後、呼び出し音が途切れた。
「もしもし?」
受話器越しに、よく知る女性の声が命の耳へと届く。
自身の姉、向井凛の声だった。
「…………」
久しぶりにちゃんと姉の声を聞き、命に緊張が走った。
やっと覚悟を決めたのに、第一声が中々出ない。
自分の作った隔たりを、改めて痛感した。
「……お母さん? それともお父さん? どうしたの?」
その様子を不審に思い、凛は少し不安げな声で受話器越しに問いかけてきた。
表示された電話番号から、家からの電話とは分かってるが、掛けたのが命とはまだ気づいていない。
命は今度こそ意を決した。
「えっと…………俺だよ、姉貴」
「え……?」
ノイズに混じって聞き逃してしまいそうなか細い声で、命はやっと応答した。
受話器から聞き取れるかどうかという声量だったが、凛は気づき、息を飲んだ。
「本当に? 命……なんで……え?」
思ってもみなかった突然の事に、凛の頭は軽く混乱を起こす。
頭も舌も上手く回らなくなり、受話器を持つ手をもう片方の手で支えた。
そうしないと、受話器を取り落としてしまいそうだった。
「……ちょっと話がある。時間大丈夫か?」
「あ……うん。大丈夫……」
凛はとりあえず冷静さを取り戻したが、心拍数は上がりっぱなしだった。
弟は何を思い、突然電話を掛けてきたのか。
ふと、数年前の事を思い出した。
次第に家族を避けだした命を問い詰めた日の事。
姉弟がきちんと言葉を交わすのは、あの日以来だった。
そして、凛から話を切り出した。
「それで、話ってなに?」
平静を装おうとした結果、予想以上に固い声が出て後悔した。
命はそれにやや引け目を感じたが、当然の事だと思った。
深呼吸して自分を落ち着かせ、口を開く。
「……本当、今更だけど。…………謝りたくて。ずっと思ってたんだ。……ゴメン」
「…………」
「勝手に遠ざけてゴメン。クソみたいな嫉妬してゴメン。ずっと口聞かないでゴメン。今の今まで、謝れなくて……ゴメン」
「…………」
尻すぼみになっていく命の謝罪に対し、凛は言葉を発せなかった。
ただ呆然と、受話器を耳に当てて棒立ちしたまま数秒経った。
「まあ、『分かった許す』とはならねーよな。そんな簡単じゃない事くらい、分かってる……」
無音が続く中、命は自嘲で出来た笑みを浮かべながら言った。
「こんなんで許される事じゃない。俺が逆の立場なら、こんな奴許さねーよ。でもさ……今日クラスの奴に言われたんだ。お前は努力もしないでやさぐれてるだけだ、みたいな事。ムカついたけど図星だった。で……死ぬほど嫌な現状に、これ以上耐えられなくなって。……やっと言えた」
「…………」
「まあ……そんだけ。ずっと思ってたけど、怖くて言えなかった。本当、ゴメン」
命は思いつく事を全て言った。
1度小さくため息をつき、姉の反応を伺った。
「「…………」」
また、数秒無音が続いた。
当たり前だ。
俺なんかにいきなり謝られても迷惑なだけだ。
そう結論づけ受話器を耳元から離した時、凛の声が命の耳に届いた。
「違う……違うよ、命」
「?」
命は再び受話器に耳を当てる。
弱々しかった命の声と対照的に、凛はハッキリと聞き取りやすい大きめのこえで言った。
「私気付けなかった。命が悩んでる原因に……! 私が無神経だったせいで、命が辛い思いして……! 私の方こそ謝りたかったよ命! 命の事すごく大事なのに何も分かってなくて、そんな自分が許せなくて……謝りたかった! でも、命の顔見るのが怖くて……!」
電話越しにも泣いていると分かるほど感情を露わにし、凛は溜め込んだ後悔を吐き出した。
命は一瞬理解出来ずに目を白黒させたが、すぐに姉へと語りかける。
「やめろよ。なんで姉貴がそんなに気負ってんだ。どう考えても俺が一方的に悪いだろ。だから謝るな……泣くな……泣くなよ!」
命の両目から涙がこぼれ、頬を伝った。
泣いているのを隠そうとしながら、命は言葉を続けた。
「なあ姉貴。俺……ちょっとは頑張ってみるから」
「……うん」
「姉貴みたくはなれないかも知れねーけど……一回手ぇつけた事くらいはさ。それくらいは投げ出さないように頑張ってみるから」
「……うん」
「俺……逃げないように頑張るから」
「うん……うん……!」
凛は嗚咽混じりに泣きながら頷いた。
そんな姉に対し、命は苦笑いしながら涙を拭く。
「……お母さん達にはもう謝った?」
「いや、これから……だけど」
「電話切ったらすぐにだよ!」
「分かってるよ」
長い時間彼らを隔て続けた溝は、この時解消され始めた。
*
命との口論の翌日。
偽造は1人、教室の前に立っていた。
友人達の輪に入らず、わざわざそんな所に立ち続けるのは、命が来るのを待っていたからだ。
もしかしたら来ないかもしれない。
仮に来ても、自分とは目を合わせすらしないかもしれない。
それでも、なんとしても言いたい事があった。
「……あ」
角を曲がり、ジャージを羽織った生徒が歩いてくるのが見えた。
目視したのとそれを命だと気づいたのは、ほぼ同時であった。
「……!」
命も、偽造が教室前にいるのに気づいた。
そして、自分の事を待ってたんだろうなと直感した。
命は偽造の前で立ち止まり、互いににらみ合う形になる。
「ちょっと話があるんだけど……いい?」
「へえ? 奇遇だな、俺もだ」
2人の様子を見ている生徒達がざわつき始めた。
昨日の屋上の様子をチラリと目撃した生徒もその中にいたが、2人はそれを気に留めない。
「「…………」」
にらみ合ったまま数秒沈黙状態が続いた後、2人は同時に口を開いた。
「昨日はゴメン」
「悪かった」
そして、2人同時に頭を下げていた。
「え?」
「は……?」
その場にいた全員、目が点になった。
さっきとは大分雰囲気の違う沈黙が周囲を支配する。
「「…………」」
2人は頭を上げ、ポカンとした表情で互いを見あった。
「…………フ」
「……クク」
「ハハハハハハハハ! なんで君が謝ってるの⁉︎ ハハハ……待ってお腹痛い……!」
「おまッ……完全に俺のセリフだろ! 馬鹿か⁉︎ 俺だろ謝るのは! クッ……! ハハハハハ!」
かと思えば、腹を抱えて笑いあった。
周囲の目も気にせず、涙が出るまで大笑いした。
「まあとにかくさ。昨日は言いすぎたし、君の言う事は最もだと思った。だから僕が謝るのは自然でしょ?」
「どこがだ。お前の言う通り、俺は何もせずやさぐれてた馬鹿だ。俺がお前にやったのはただの八つ当たりだ。普通に俺が悪かった」
「いや、そんな事ないと思うけど」
「いやいや」
「いやいやいや」
「いやいやいやいや」
キリがないと察してか、偽造が「じゃあ」と切り出した。
「ここはお互い様って事で」
「……しょうがねーな」
爽やかに笑いあい、2人は教室へと入った。
2人の中の長いわだかまりは、たった1つの出来事で、いとも呆気なく解きほぐされた。
*
目を覚ますと、何処かの天井が視界に入った。
顔と腹部が重点的に痛いし、なんか頭がボンヤリする。
「……?」
痛みに障らないように注意しながら、ゆっくり体を起こした。
周囲はカーテンで区切られており、俺は入院着を着せられべッドの上で寝ていたらしい。
腕には点滴が刺さっている。
すぐに病院と気づいた。
「んん……」
徐々に記憶の整理がついてくる。
確か、あの後鏡の中から出た後すぐに気絶したんだったか?
けどその前後は微妙に朧げだ。
……というか、さっきまで見てた夢にその辺持ってかれてる感もある。
「……今更、だな」
俺は苦笑いし、1人でそう呟いた。




