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第58話 「どっちつかずのヤタガラス②」

 壊された塀から屋敷の庭へと入る。

 ……なにか、妙に静かだ。

 少なくとも、誰かが戦っているという空気ではない。


 決着がついたのか?


『善でも悪でもなく……君は君でいいじゃん』


「…………」


 なんでか分からない。

 あの言葉をかけられて、突発的に行動してしまったが……。


 おれはずっと、誰かにそう言って欲しかったのだろうか?


 ……考えるのは後にしよう。

 おれがやるのは、現状の確認。

 例えどんなに絶望的な状況だろうと、あの女にありのまま伝えるだけだ。


 屋敷の横に回り込み、入り口の前に移動する。

 覗けそうな隙間は……ないな。

 窓にもギッシリと板が打ち付けられている。


 おれは扉に背を当て、ほんの僅かに隙間を作る程度に開く。

 そこに顔を近づけ、中の様子を伺った。


「…………」


 電気は点いておらず薄暗い屋敷内に、まず人影を1つ見つけた。

 あいつは確か……向井とか言ったか。

 外にいる女の弟。

 奴はその場に胡座の姿勢で座っており、顔には大きな傷が縦断している。

 その傷だけで、先程まであったであろう死闘が容易に想像できた。


 傷は軽く見えないが、どうやら向井は無事のようだ。

 なら師藤は?

 他の面子は?


「ん?」


 よく見れば、向井の様子がおかしい。

 呆気にとられて……いや、なにかとんでもない物を見ているような表情をしている。


 狭い隙間から、向井の視線の方……屋敷の隅の方へと視界を動かす。







「……な」


 真っ先に目に映ったのは、真っ赤に染まった床。

 その上に横たわる、見知った男——師藤環。


 思わず目を見開いた。


 馬鹿な……。

 倒されたというなら……それだけならわかる。

 相当非現実的だが、夜乃だって倒されていたのだから、まだ分かる。


 だがこれは……この状況は……!

 あるとすれば、立場が逆じゃないのか。

 一体何があった⁉︎


 ふと、師藤を見下ろすもう一つの人影が視界に飛び込む。

 血溜まりに佇む男は微塵も動じない様子で、何やら喋っている。


 その男の正体を確認したのと、話し声が耳に入ったのは、ほぼ同時の事だった。


「約束通り……キミと仲間の生命はいただこう」


 なびく白衣に、とても淡々とした声色。

 普段のそれとは大きくイメージが違うが、そこにいたのは雲村だった。


 約束……?

 生命をいただく……⁉︎

 なんだ?

 なんの話をしている!


 これ以上ない動揺がおれを襲った。


 師藤は血を吐きながらなにか言ったようだが、うまく聞き取れない。

 雲村はブレードを持つ手に力を込める。


「待っ——」


 円形の刃が無情に落とされる。

 ……師藤は完全に動かなくなった。


「……ッ‼︎」


 瞬間、おれの中で何かが崩れる音がした。

 雲村はまだなにか喋っているが、1つも耳に入ってこない。


 気づけば反射的に懐から銃を2丁取り出し、反射的に扉を蹴破り……反射的に銃口を雲村に向け、反射的に引き金を引いていた。


「あああああああああああああああああ‼︎‼︎」


 おれは絶叫をあげながら、フルオートの銃の引き金を引き続けた。


 初めて……人を殺すのに躊躇が無くなっていた。


 向井や他のやつらは耳を塞ぎ、驚きなにかを叫んでいるようだが、全て銃声で掻き消される。


 ひたすら放たれる鉛の雨。

 反動で痺れる腕。

 それでもおれの指は引き金から離れず、雲村を蜂の巣にし続けた。


 轟音の中、雲村は抵抗する間もなく体中を撃ち抜かれ、弾丸を浴びながらその場に倒れる。


「⁉︎」


 ここでおれは、初めて違和感に気付いた。


 血が、一滴も流れていない……?


 はためく白衣が宙を舞い、雲村の上に被さる。

 同時に、倒れた雲村がその場から消えた。


「……なんなんだ」


 銃をその場に捨て、おれは呟く。


 意味が分からない。

 何故傷口から血が出ない?

 まさかこれだけやって死んでないのか?


 何故……あの時から容姿が全く変わっていない⁉︎


 お前は何者だ?


「オイ……オイ、お前!」

「……?」


 向井がおれに、叫ぶように呼びかけた。

 微塵も余裕が感じられない表情で、視線を横たわる師藤へと向ける。


「ソイツは……」

「もう、無理だ」


 頸動脈をバッサリやられてる。

 ……息がある筈なかった。


「お前なにか知ってるのか⁉︎ 約束通りだとか同意の上だとか……! お前等はアイツと何を……⁉︎」

「……おれがこいつらとつるみだした頃には、既に全員ブレードを使っていた。約束とやらがなんなのかは、知らん」


 本当の事だ。

 だから心底驚いたんだ。


 こいつらが、あの時おれが手に入れたのと同じ力を持っていた事に。

 そしてその根源が、白衣の男だった事に……。


「荒里………だったよな、お前」


 眼鏡をかけ、向井同様傷だらけの男がおれをジロリと見る。


「そういうお前は鳴谷だったか」

「さっきので………殺したのか?」

「さあ。生きてるかもしれん」

「アイツ………仲間も殺すと言っていたぞ」

「……言ってたな」

「………どうする?」


 ……愚問だ。

 今のおれにとっては。


「さっさと外へ出ろ。お前の姉が救急車を読んでる筈だ」

「なっ……お前姉貴と」

「いいな。さっさと病院行ってこい」


 蹴飛ばして開いた入口を引き返し、走り出した。

 あいつらが集まる所はもう1つある。

 雲村が生きて現れるならそこだ。


「チッ……遅いんだよおれは。気付くのが……」


 さっき分かった。

 おれがどうしたいか。


 もう迷わないよう、ひたすら足を走らせた。







 病院の一室。

 見るからに柄の悪い男が、包帯を巻いてベットに横になっていた。

 イライラした様子で窓の外を眺めては舌打ちし、脇に置いてあったペットボトルを口に運ぼうとした時。


「失礼するよ、楊太郎」

「……あぁ?」


 突然、別の男の声が部屋に響いた。

 その男は洗面台の前で、楊太郎と呼ばれた男に背を向けて立っている。


「んだよぉ、見児。久しぶりじゃねぇか?」

「そうだね。キミに会うのは久々かもね」

「テメェ白衣はどうした? いつも意味なく着てたじゃねぇかよぉ。てか服もなんかボロボロじゃねぇか?」

「ん……ちょっとね」


 何故か背を向けたまま、見児は会話を続ける。


「で、何の用だぁ? 意味もなく目の前に現れる奴じゃねぇだろぉ、お前はよぉ」

「うん……ボクはキミに何らかの用があって来たと思ったかい? その通りだよ」


 ここまで言って、初めて見児は楊太郎と向かい合った。

 ゆっくりと右回りに振り向いたその顔は——


「⁉︎ テ、テメェ何だそりゃ……‼︎」


 陶器の如くひび割れ、左目あたりに至っては欠けており……空洞になってる内側からは光が漏れている。

 ひび割れは顔だけでなく全身に及び、所々には穴が空いたその姿は、どう見ても異形であった。


「ん? ああコレ」


 見児は自らの顔に空いた穴に手をかざし、何でもないように言葉を紡ぐ。


「まさかいきなり雨あられと撃ち込まれるなんて思わなくてさ……。修復に時間かかってるんだよね」

「なんの話してやがんだテメェ‼︎ 俺がいいてぇのは……」

「それはそれとして。約束通りもらいに来たよ」


 楊太郎の声を無視した無機質な言葉が、見児の口から放たれた。

 楊太郎は当然ついていけず、更に混乱する。


「や……約束? もらう? 本当になんの話してやがる……?」

「分かりにくかったかな。……環が負けたからもらいに来たよ。この方が分かりやすい?」

「…………は……?」


 この言葉の意味を理解すること数秒遅れ。

 楊太郎の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「馬鹿な……負けただとぉ? テメェ今……環が負けたって、言ったのかよぉ……⁉︎」

「ああ。今頃は閻魔大王の審判を受けてるところかな? そんなのいるか知らないけどね」


 楊太郎はベットから飛び退くように立ち上がる。


「‼︎……どういう事だぁ? つまりこう言いてぇのか……⁉︎ 既に環を……殺……⁉︎」

「ボクが既に環を殺したと……? 違うね。運命がそれを望み、彼は結果的に死んだのさ」

「‼︎」


 環の死。

 それが何を意味するか。


「う……嘘だぁ‼︎ あの環だぞぉ⁉︎ 死ぬわけねぇだろうがぁぁ‼︎」


 全てを理解した楊太郎はパニックを起こした。

 冷静さというものを全て欠落させた彼は、がむしゃらにブレードを振り回す。

 涙と涎を垂らし、発狂したような大声で叫び散らした。


「でまかせ言ってんじゃねぇよォォ‼︎ 下手な嘘で丸め込んでよぉ‼︎ テメェ単に俺を殺してぇだけじゃねぇのかよぉぉぉぉ⁉︎ そうはいくかぁぁ‼︎ テメェなんぞに俺が殺せるかぁぁぁぁぁハハハハハハハハハハハハハハハァァァ‼︎」


 支離滅裂な叫びをあげる陽太郎に対し、見児はただ笑っていた。

 嘲笑でもなく哀れみでもなく……そんな表情に作られた仮面のように、その有り様を眺めていた。


「うんうん、分かるよその気持ち。死ぬのって怖いよね。ボクも怖かったよ……死ななくなるまで(・・・・・・・・)はさ……」


 見児は楊太郎のブレードの隙間をぬい、一瞬でその距離を詰める。

 そして喉を右手で鷲掴みにし、壁に叩きつけて陽太郎の体を持ち上げた。


「ハッ……⁉︎ カファ……ハナセ‼︎ テメェコラボケがぁぁ‼︎ 殺すぞ‼︎ 殺されてぇのかクソ野郎ォォ⁉︎ アアアア‼︎‼︎」

「そうだな……唐突に死ぬのは怖すぎるだろ? だから精神の弱いキミのために、カウントダウンしてあげるよ」


 仮面の笑顔を貼り付けたまま、見児は冷たく言い放った。


「10……」

「殺すッつってんだろぉぉ‼︎ ヤメロッつってんだろぉぉ‼︎」

「9……」

「ハナセハナセハナセェェェ‼︎ 本気だぞ俺ぁよぉぉ‼︎ 本気で殺すぞォォォォ‼︎」

「8……」

「てかそもそもさぁ‼︎ なんで俺が死ななきゃなんねぇんだよぉ⁉︎ 環が死んだなんて嘘のせいでよぉぉ‼︎」

「7……」

「オイコラ化け物‼︎ 俺じゃなくてテメェが死ねよクズ‼︎」

「6……」

「この人外がぁ‼︎ テメェみてぇなのが生きてていいと思ってんじゃねぇぞぉコラァァ‼︎」

「5……」

「俺が殺してやるからなぁ‼︎ 今更この手ぇ離したってよぉ! もう許さねぇかんなぁぁ‼︎」

「4……」

「ハッハハハハハハハハハハ‼︎‼︎」

「3……」

「ハハハハハハハハハハハハハハハ‼︎」

「2……」

「ハハハハハ……ハ……い……」

「1……」

「いや……だ……」







「0……」

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 絶叫と涙と共に、楊太郎は全身から血を吹いた。

 病室は瞬く間に鮮血に染まる。

 正面にいた見児も当然、楊太郎の赤黒い血の色に染め上げられた。


「……次、行こうか」


 仮面を剥がさず、血塗れの死体を床に取り落とすその姿は、傍目に見れば死神のようであったであろう。

 見児は洗面台の前まで移動し、鏡に手をかざしてその場から消えた。

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