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第56話 「影と光は光と影④」

 ある時……または始まりの日。

 師藤環は人気のない路地裏にいた。

 10代の少年のそれとは思えない存在感を放ちながら立つ彼の足元では、数人の男が倒れていた。

 ボロ雑巾という単語はこのためにあると思えるような惨状で、男達は血と生傷にまみれ、意識を失っている。

 しばらく回復しないだろう。


 環の言葉を借りれば、『楯突いた結果』である。


「う……あ……」

「…………」


 そんな中、ギリギリ意識を保てている男が1人いた。

 環はその呻き声に気づき、視線を下ろす。

 ギロチンのように落とされた鋭く冷たい眼光に、男はガタガタと震え始めた。


「……ゆ、許して……」

「許して……だと? このオレに命令するのか?」

「ひ……‼︎ 許してください!」

「フン……駄目だ」


 必死の思いで命乞いする男をよそに、環は悪魔の笑みを浮かべる。


「オレに楯突いた時点で、貴様はもう助からない」

「…………」


 男の周囲に数個の光球が浮かびあがる。

 環の能力を前に、男はなす術なく現実離れした光景を眺めるしかなかった。

 その表情は絶望に塗りつぶされ、彼の頭に走馬灯が走る。


「潰れろ」

「う——」


 悲鳴をあげる事すら許されず、男は光線に飲み込まれた。


「……つまらん」


 新たに出来上がったボロ雑巾を眺め、環はそう呟いた。


 楯突く者の排除こそ環の生き甲斐。

 だがこうも呆気なく潰れてしまっては、退屈以外の何物でもなかった。


「何処かにいないものか」


 自分より上など存在する筈がない。

 だが自分と同等……とまではいかなくとも、ある程度張り合いのある相手はいてもいいのではないのか。

 淡い希望を呟き、その場を去ろうとした時。


「……⁉︎」


 環はただならぬ気配を感じた。

 野生の飢えた獣のような、獲物のみを求める凶暴な威圧感。

 脊椎反射的にその方向へ振り向いた。


「……ハァァァ〜…………」


 そこにいたのは1人の少年だった。

 年は環に近く、ボサボサの黒い髪の下から覗く目は、光が反射してないように真っ黒。

 姿勢は前かがみで、正しく獣のような唸り声を上げている。

 そしてその真っ暗な目に環を捉えると、獲物を見つけたと言わんばかりに歯を見せて笑った。


「!」


 この瞬間、環は生まれて初めて悪寒を感じた。

 生まれて初めて冷や汗をかいた。


 それと同時に……コイツは自分に対抗出来るかもしれない。

 そんな希望を抱いた。


「……かかって来い獣。出来れば、オレに張り合いを与えてから潰れろ」

「…………」


 期待と悪意が入り混じった笑みで、環は臨戦態勢をとった。







 結果、相手は想像以上だった。

 超能力——ブレード能力を駆使してどうにか優勢に立ち回れた。

 だが恐らく、これがなければ自分が蹂躙されていた……。

 脳内で負けがよぎったのは、環にとって初めての事だった。


「…………」


 環は大の字に倒れた少年に目をやる。

 獣のような荒々しさはなりを潜め、先の死闘が嘘のように穏やかな寝息を立てている。


 コイツを手元に置いておきたい。


 環は迷わずそう考えた。

 自分にも駒が必要だ。

 だが自分の駒である以上、そんじょそこらの潰れやすいものでは駄目だ。

 自分に相応しい駒……歩兵でなく飛車や角行が。

 コイツなら文句なしだ。


 見たところ碌な生活を送ってないようだが、まず適当に援助してやろう。

 そして徐々に自分の駒に仕立て上げてやる。


 環は気分の高揚を覚えながら、少年が目覚めるのを待った。







 数ヶ月経過した。

 件の少年——夜乃幽永は、環と行動する事が多くなっていた。

 どこに住んでるのかは分からず、今までどうやって生きてきたのかも不明。

 その上、隙あらば環に喧嘩を挑もうとする。


 だが、初めて会った時の獣らしさは目に見えてなりを潜めていた。

 常人離れした強さと戦闘狂である事を除けば、幽永はごく普通の少年であった。


 環は失敗したと薄っすら思った。

 コイツの根は悪人じゃない。

 社会不適合者ではあるが、悪事を良しとしていない。

 現に環が何かするたび、幽永はいい顔をしなかった。


「あのさあ環。俺が言うのもなんだけど、そういう事は控えた方がいいぜ? いや、やらない方がいいね」

「黙れ。オレに指図するなよ……潰すぞ」

「カハッ! そう言われると思った。またいっちょ戦うか?」


 いい顔をしないどころか、意見して環の逆鱗に触れ、そのまま戦闘になる事もザラだった。

 この時、幽永は決まって生き生きと楽しそうに笑う。

 対して環はイライラを隠そうともせず、本気で潰す気でかかっていた。


 いつも決着はつかない。

 互いに傷だらけになってから、どちらからという事もなく切り上げていた。


 ひとしきり暴れた後、幽永はフラフラと何処かへ行ってしまう。

 環は環で、イライラを残しながら帰路につく。

 だがイライラの中に、何か明るい気分も混じっている。

 これの正体がなんなのか、環にはまだよく分からなかった。







 更に数ヶ月経った。

 2人の関係に、目に見えた変化が現れ始める。


「よお環。戦おうぜ!」

「勘弁してくれ」


 幽永の軽口に、環は苦笑いを浮かべる。

 仮に幽永以外の人物がこんな軽口を叩けば、その人物は潰されていただろう。


 環は幽永と行動してる間、自分が安らいでいるといつからか気づいていた。

 同時に、現状に少し困惑していた。

 誰かと行動して安らぐなど、自分には無縁のものだと思っていたからだ。


 自分にとって他人とは、駒か潰すもののどちらかでしかない。

 なのに夜乃幽永は、自分の横に並び立っている。

 そして、自分はそれに満足している……。

 孤高の存在だと思っていた自分の横に、誰かが共に立っている現状に。


「なに難しい顔してんだ?」

「……オレは変わった。これはオレにとって利となるのか。それが分からん」


 数秒考える素振りを見せた後、幽永は言った。


「さあ。でもお前がそういうのをどっかで望んでたんじゃねえの? だから居心地がいい。そんな所じゃね?」

「…………」


 自分がこれを望んだ?

 自分は……ずっと仲間を欲していたというのか?

 悪の麒麟児ともあろう者が、誰かに並ばれる事を望んでた?


 馬鹿げてる。


 ……が、まあ悪い気はしない。

 馬鹿げているのも、中々に気分がいい。


 環はそう思い、薄く笑った。







 幽永と会ってから、1年ほど経った。

 環の周りには、幽永を含み4人の仲間が増えていた。

 出会った経緯は色々だが、環は全員と並びたいと思った。

 4人もまた環を信頼し、畏敬や崇拝の念を示し、ついて行こうとした。


 彼らといる時だけ、環は心底穏やかな気持ちになれた。

 さながら地に堕ちた麒麟のように。

 暴君のオーラも次第に失せていったが、いっそそれでもいいとすら思っていた。







 だが彼の周囲の『師藤』はそうではなかった。


 ある時、環は父と兄が話しているのを偶然耳にする。


「最近の環の様子……お前はどう思う」

「率直に言えば、腑抜けたと言わざるを得ません。何故ああも牙が抜け落ちたのか調べた所、どうやら他人と馴れ合ってるようで。馬鹿馬鹿しい」

「なるほど……。悪の麒麟児と思っていたが、くだらん仲間意識でも芽生えたか。師藤(我等)にとって、善の心は精神疾患に等しい。もしその仲間とやらを、後のための捨て駒として育てているのなら構わんのだが……あの様子じゃ違うのだろ」


 考えるより先に、環は光線で実の父の頭を吹き飛ばした。

 突然の事に、兄はその場に硬直する。


「…………」

「た、環……? お前今」

「取り消せ」


 久しく忘れていた、悪の暴君の威圧感。

 その矛先を兄に向ける。

 それには何人たりとも逆らう事が出来ない。


「なんだ……お前を侮辱したことか? わ、悪かったよ。だ」


 すべて言い終わるのを聞かず、環は兄との距離を一瞬で詰め、ブレードを横に薙ぎはらった。

 兄の上半身がずり落ち、下半身が血を噴水のように上げながら倒れる。


「…………」


 腑抜けたと言われた事、精神疾患と罵られた事。

 両方とも、今の環にはどうでもよかった。


 ただ、仲間をくだらないと言われた事……。


 それだけが環を衝動的に動かした。

 自分がどうでもよくなるほど、仲間を侮辱された事に腹が立った。


 環は確かに変わった。

 一面だけを見れば、地に堕ちた麒麟にも見えるだろう。


 だが彼は『師藤』。

 悪の一族に生まれた天才。

 仲間を何より大切に思っていても、これだけは変えようがなかった。







 刀身を補ってた影を限界まで圧縮し、一気に解き放つ捨て身技。

 俺も壁を作ってなかったら、どこぞに叩きつけられていただろう。


 やれやれ、流石にもう限界だ。

 全然力が入らねー。


 アイツはどうなった……?

 吹き飛んだはずだが。


 視線だけを動かし、屋敷の中を見渡す。


「…………」


 天井に何かが激しくぶつかったような跡を見つけた。

 直線上に点々と並ぶそれを追っていった先に、壁にめり込む奴が視界に入る。


 ブレードはヒビだらけで、俺のと同様中心付近で折れていた。

 奴もガックリと項垂れ動かず、さっきまでの威圧感も感じない……。


「やった……のか? 俺は……」

「ああ…………向井、お前の勝ちらしい」


 背後から響人の声が聞こえた。


「……そうか。勝ったのか」


 重りから解放された感覚が体に広がる。

 影の壁は解除され、俺は床に寝そべった。


「痛っつ……」

「………」

「やった……」


 叶恵の放心気味の呟きの直後、こちらに人が走ってくる音が聞こえた。

 誰かは、想像に難くない。


「命さん‼︎ みんな無事ッスか⁉︎」

「……雄生」


 雄生は全力で走ってきたのか、息を切らしながら叫ぶように言った。

 未だ放心気味の叶恵がそれに答える。


「オイ、どうなった叶恵⁉︎ 奴は……」

「……た」

「あ? なんて」

「やったぁぁぁぁーーーーーーーーーー‼︎」

「ウオ⁉︎」


 大層嬉しそうな叶恵の叫び声と、それにたじろぐ雄生の声が聞こえてくる。

 ……さては雄生の奴、叶恵に抱きつかれたのか?

 羨ましい奴め。


「走ってきた所悪いが………早く天音を治してやってくれ………」

「そ、そうだった。雄生!」

「ああ、分かってる」

「刺さったものは不用意に抜かない方がいいが………一般人にブレードが見えないんじゃ、ここでどうにかするしか」


 そうだ、余韻に浸るにはまだ早い。

 みんなの怪我をどうにかしねーと……。


「……俺が一旦ブレードを消して、それと同時に治すってのは可能なのか?」

「………出血しすぎるより早く治せればなんとかなるが………」

「やってみせます」

「………頼む」


 雄生の声が、心なしか以前より力強く聞こえた。

 なら、あとは雄生に任せてブレードを解除——







 しようとした時。


「‼︎……まさか」


 嘘だろ……?

 完全に消えてたのに。


 また、威圧感が復活した。


「……ク……ア」


 苦しげな呻き声と共に、奴は身をよじり、めり込んだ壁から落下し床に落ちた。


 そして、腕の力で体を起こそうとする。


「…………」

「まだ……オレは……オレは……アイツ等の……ため……に……‼︎ オレは……‼︎」


 一瞬絶望感が俺を支配仕掛けたが、冷静さを取り戻す。

 もう奴も虫の息だ。

 立つ事ももう出来ないほどの。


「もうやめろよ。決着はついたろ」


 俺は体を起こし、胡座をかく姿勢になる。

 全身傷だらけで這うように、奴は体を動かそうとしている。


「違う……オレは……負けてはいけない……オレはまだ……負けてない……」

「……なんなんだよ。お前の目的は⁉︎ なんで事件を起こしたんだよ⁉︎ なんでそうまでするんだ⁉︎」

「お前には……分かるだろうが、理解は出来ないだろうさ。俺とお前は……相容れない……根の奥の方から別物だから……」

「……?」


 なに言ってんだ。

 意味分かんねー。


「オレは勝つ……! オレは負けな……」







「いや……キミの負けだよ」

「⁉︎」


 突然、なにもない所からソイツは現れた。

 なびく白い布が中空に浮かび、その中から。

 白衣を闘牛士の布のようになびかせ、雲村見児がそこに現れた。


 そしてもう片方の手に持つ円板型のブレードで、師藤の首元を掻き切った。


「ガフッ……⁉︎」

「キミは運命に負けたんだ、環。そして約束通り……キミと仲間の生命はいただこう」


 師藤は首と口から血を吹き、あたりを赤く染めていく。


「待ッ……! アイツ等に……バァッ‼︎」

「文句は言わせない。同意の上なんだから」


 そう言う見児の言葉と目は、今までの態度からは想像出来ない程、冷たく無感情だった。


「にしても……キミと命は対もいいとこだね。方や光を操り、方や影を操る。方や悪を振りかざし、方や正義を振りかざす。でも2人とも、自分より仲間が大事で、仲間のためなら人の道を外さんばかりの勢いを持つ……。真逆だけど似てる。鏡写し。その2人がぶつかる。面白い運命だ」


 そう言いながら、見児は再度ブレードを環に落とす。


「でもボクは、キミを好きになれないな。嫌いだよ……キミの血筋がさ……」


 致命傷を2度負った師藤は、自らの血の海に沈んで動かなくなった。

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