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第55話 「影と光は光と影③」

 師藤環は生まれついての悪人である。

 ……と言うより、『師藤』として生まれて来た時点で既に、それは悪だと決まっている。


 彼等は『悪の一族』。

 悪として生まれ、悪と知りつつ悪を為し、悪を以って思念を果たす。

 師藤が悪である事は、リンゴの木にリンゴがなる事やオタマジャクシがカエルになる事の様に、決定された事なのだ。


 そんな師藤の中においても、環は他と一線を画していた。

 中性的で整った容姿、優れた知能と身体能力、強大な悪意、支配者と呼ぶに相応しい存在感……。


 そして何より、悪意の他にもう1つ生まれ持った光を操る謎の力——


 これらの要素が、師藤環を『悪の麒麟児』たらしめた。

 この世に自分以上は存在しないと本気で考え、楯突くならば自分の持つ力全てを振りかざし、徹底的に潰す。

 齢10歳の時点で既に、彼の基本理念は完成されていた。


 麒麟児が暴君に進化するのは時間の問題。

 一族の誰もがそう思った。


 だが後に、師藤環はほんの少しの『人間らしさ』を手に入れてしまう事となる。


 それこそが、師藤環をこの凶行へと走らせ、向井命が物語の歯車となる切っ掛けだった……。







 土煙の中砕けた瓦礫を踏み、命は屋敷に空いた穴から中へと入る。

 あの攻撃を食らってなお、師藤環は戦闘不能ではない。

 場に立ち込める威圧感がそれを物語っていた。


「…………」


 屋敷の中では案の定と言うべきか、1人の男——師藤環が立っていた。

 影のラッシュをモロに喰らい、出血や骨折もそれなりにも関わらず、真っ直ぐそこに立っている。

 そして鋭い眼光で命を見据え、威圧感を放ち続けていた。


「……その状態で立てるのかよ」

「フン、お互い様だ」


 環はニヤリと笑い、自分の顔を額から眉間を通って右頬までを指でなぞった。

 指についた血がその軌跡を描き、環の顔に赤い線が出来上がる。

 そこは丁度、命が環につけられた傷の位置だ。


「……!」


 言われて気づく。

 顔と腹の痛みと出血が、少し軽減されていた。

 さっきの攻撃により天音が重症を負った事で、糸がほつれかけていたのだが、ここに来て持ち直しているのだ。


 命は背後を振り向く。

 天音はさっきと同じ場所に倒れていた……が、近くに寄り添う叶恵と言葉を交わしている。


 意識を失ってはいなかった。

 命からは2人の声がよく聞こえなかったが、大方心配する叶恵を天音が落ち着かせているいる所だろうか。


 そんな考えをよぎらせつつ、命は2人の方へ今にも引き返しそうになる。

 一瞬、目の前の環の事すら頭から離れた。


「天音……!」

「待て向井………」


 それを制止する声が響く。

 聞いただけで満身創痍と分かる絶え絶えの声。

 その主は宙に浮かぶ何かに体重を預けつつも、どうにか歩いて命の視界まで入ってきた。


「!」

「……お前もまだ動けたか」


 同時にその人物——鳴谷響人を視界にとらえた環が、表情を崩さずそう呟く。


「まあ………本気で死ぬかと思ったけどな………」


 響人はそう言いながら、着ているカッターシャツを軽く捲り上げる。

 するとシャツの内側から、板のような物が1枚落ちた。


 自身のブレードの刃を1枚、服の下に仕込んでいたのだ。


「フン……漫画のような事をするな。それでダメージがほんの少しでも和らいだのか?」

「さあ………それより向井」

「!」

「お前はソイツに集中してろ………。『()』に対抗出来るとすれば………それは多分『(お前)』だけだ………」

「…………」


 命は環の方へ向き直す。

 自分の状況を自覚したから。


 響人が敵の能力を見破ってくれて。

 天音が傷を縫い合わせてくれて。

 叶恵と雄生が決定的なチャンスをくれて。


 それを自分が完結させなくてどうする。


「………任せた」

「任せろ……!」


 勝てる見込みは完全ではない。

 それでも命は負けを認めようとは思わなかった。

 奴等を止めるために。

 自分をここまで押し出してくれた仲間のために。

 過去との決別のために。


 奴に立ち向かわなくてはならない。

 これは自分が真に変われるかどうかの最後の試練だと、心のどこかで思っていた。


「……フン」


 環は笑みを浮かべながらも、内心苛立ちを感じていた。

 敵にではなく、自分に対して。


 最初に叶恵の手を斬り落とした際、彼女は『雄生を庇って』そうなった。

 庇われたという事実、更にその結果仲間が重傷を負ったという事実が合わされば、ソイツを折るには充分だと環は考えていた。

 庇った方も、傷が治った所で恐怖は刻まれる。

 双方満足な行動はとれないと踏んでいたのだ。


 だがどういうわけか、2人は共謀して自分をここま追い詰めるきっかけを作ってしまった。

 しかもあんな不確かで、賭けにしても分が悪い、死ぬかもしれないし殺すかもしれない事を実行し、あまつさえそれを成功させてみせた。


 そんな相手を見誤った自分に腹が立つ。


 そしてこの2人がこんな手を使ったのは、向井命のため……。

 アイツ等にとってこの男は、死ぬか殺すかの覚悟をしてでも助けたいと思えるという事。


「お前等みたいな奴がいるなんて……。このオレともあろうものが」

「ああ……?」

「向井命……オレが敵にこう言うのは初めてだし、1度しか言わないからよく聞け」


 環は自身のブレードを命に向ける。

 刃全体に入ったヒビが彼の状態を鮮明に物語っているも、その姿勢は全くぶれる事がない。

 そしてどこか柔らかさすら感じさせる笑みを浮かべ、ゆっくり口を開いた。


「……いい仲間を持ったな。お前は強い」

「…………」


 不意を突かれ素っ頓狂な反応をする命を尻目に、環は「それでもオレには及ばないが」と付け足す。


「…………ハー……」


 数秒の間の後、命は腰に手を当てため息をつく。

 そして少し自嘲気味に笑った。


「どいつもこいつも……アイツ等もお前も……。なんでそこまで言うかね」

「……なに?」

「最近特に思うぜ……。俺はどうも、過大評価されやすいみてーだって。俺は強くなんてない。ただ昔の二の足を踏みたくないがために足掻く臆病者だってのに……」


 命は影で刀身を補ったブレードを環に向けた。

 互いにブレードで相手を指す姿勢となる。

 そのまま命は、一歩一歩屋敷の奥へと進み……環との距離を縮めていく。


 環はそこから動かずに、おかしそうに笑って言った。


「フハハ! 臆病者とは……随分な自己評価の低さだな。ただの臆病者がこの師藤環に立ち向かうか? 無理だね。仮に臆病者だとしても……お前は勇気ある臆病者だよ、命」


 環は変わらずその場で待ち構えつつ、周囲に光球を出現させる。

 命もまた、歩きながら影の拳を作り自分の後ろに控えさせる。


「…………」

「…………」


 命は足を止めた——。







 一筋の光と影が、ゴング代わりにとぶつかり合った。


「その勇気と強さに敬意を表し、ただ潰すだけに留めてやろう‼︎」

「やってみろ! 俺に飛ばされるまでに出来るならな‼︎」


 これを皮切りに、光と影の壮絶なぶつかり合いが始まった。

 白と黒が、光と影が、ぶつかり合っては互いに打ち消しあう。

 彼等の周囲の空間のみが、中心を境に白と黒に分離しているかのように錯覚する激しさ。

 目で追うのがやっとと言える応酬を、満身創痍の2人は無我夢中でぶつけ合っていた。


「す……凄い……」


 叶恵はそれを、呆然と眺めるしか出来なかった。

 あの中には誰も割り込めない。

 一瞬でそう察せる攻防が、目の前で繰り広げられている。


「両方とも………限界が近い筈なのにな………。確かにありゃ凄い」


 フラフラと叶恵と天音のいる方に歩きながら、響人は彼女に答えるように言った。


「だ、大丈夫ですか……?」

「大丈夫じゃないが………まあ大丈夫だ」


 響人は横たわる天音の側まで歩き、そこに座り込んだ。

 いい加減歩くのも限界だったのだろう。


「光と殴り合い………か。本当にアイツにしか出来ないな」

「光⁉︎ あいつは光を操る能力……」


 叶恵は驚愕を露にする。

 他のブレードと比べても明らかに規格外の力故、当然の反応だ。


「でも光って、確か1秒で地球を……えっと……10周?」

「7周半」

「と、とにかくすごく速いんですよね? カムイさんはどうやってあんなのと対抗してるんですか?」

「光速に反応する………なんて、いくらブレード使いでも無理だろう。だが完璧なんてこの世にない………奴の光にも出来ない事があるって事だ」


 目の前の壮絶な光景を、両者真逆の反応を示しつつ見守った。

 そこで浮かんだ叶恵の疑問を、響人が解説し始める。


「例えば………光速移動での移動先を、俺が先読みして攻撃した時………奴はそれを『防御』した。もう1度光速移動すればいい話なのに………だ」

「……つまり?」

「奴は連続して光速移動するには………数秒かのラグが必要って事だ。同じようにあの光球………向井の影のように自在に動かせれば、勝負はすぐ着くんじゃないか? 光速かつ不規則な軌道………どうしようもない」

「あいつはそれをしないんじゃなくて……出来ない……って事ですか?」

「ああ………あの光線は、恐らく直線的な軌道でしか飛ばせない。だから光球の位置さえ確認出来れば………軌道を読んで相殺させる事は可能だ」


 最後に「それでもあの速度に対応するのは厳しいがな………」と締めくくる響人。


 2人の会話を知る由もなく、命と環は未だ凄まじいラッシュを続けていた。

 双方、既に頭で考えていない。

 ただ、敵にトドメを打ち込むという目的だけがそこにあった。


「ハハハハハハハハハハ‼︎」

「んの野郎ォォォォォォ‼︎」


 高笑いを発する環と怒号を放つ命。

 互いの声は相手に届かないし、自分もなんと声を出してるのか分かっていない。

 それだけ2人とも余裕がなかった。


 その切羽詰まった状況に……少しずつ終わりが見えてくる。


「………」

「カムイさんが、押してきてる……?」


 僅かに、徐々に、少しずつ……環の弾幕が勢力を失いつつあった。

 その理由はなんなのか。

 その場で響人だけが理解した。


「奴の光球………ある程度の殺傷力を持たせるためには、少し時間が必要なのか?」


 現に響人を蜂の巣にした際も、すぐ光線を放てば能力が知られる事もなかった。


 光を一定量以上集めないと大した威力にならない……。

 この仮説を立てるには充分だ。


「このままいけば……!」

「ああ………向井の勝ちだ」


 2人に大きな希望が宿る。

 勢力を増す黒い弾幕が、それを更に強めていく。


「頑張れ……頑張れカムイさん‼︎」

「………」


 叶恵は目一杯叫び、響人は静かに強く見守った。


「ハハッ! ハハハハハハハハハハ‼︎」


 高笑いを続ける環に黒い弾幕が迫る。

 手数が追いつかずに押されていく環の弾幕。


 その時は、遂に来た。


 弾幕は打ち消し切られ、光球は満足な大きさに満たない。


 環の弾幕は弾切れとなった。


「来た………!」

「いっけえぇぇーーーー‼︎」


 この好機を、命が見逃すはずもなかった。

 従えた影を1つに纏め、巨大な影の拳……いや、最早影の大砲と呼ぶべきものを作り出す。

 それを、全力全速力で、環に向けて放った。


「オラァァァーーーーーーッ‼︎」


 今の環に、光速移動する体力も余裕もない。

 もうこれを、環にはどうやっても躱す事は出来ない。


 この瞬間、叶恵も響人も、命の勝利を確信した。


 影の大砲は真っ直ぐ進み——







 環に当たる直前、不自然に軌道を変えた。


「え……⁉︎」


 芽生え、強まっていた希望が地に落とされ、絶句する叶恵。

 一体何が起きたのか。

 彼女には理解出来なかった。


「………光の屈折で………自分の虚像を?」


 響人は直感的に理解した。

 自分の弾幕が先に尽きる事を、環は最初から理解していたのではないのか。

 初めからこれを狙っていたのではないのか、と。


「なんて事だ………」

「嘘……」


 響人の絶望を含む声を聞き、叶恵の希望は地に埋もれた。


 環は邪悪な笑みを顔いっぱいに浮かべる。

 いくら強くて善人だろうが、より強くて悪人の自分には敵わない。

 それが証明されたのだ。


(勝ったッ‼︎‼︎)


 環はブレードを横に薙ぎ払う。

 軌道上に命の首を捉え、今通過しようという時……。

 ふと違和感に気付いた。


(? なんだ?……刀身を形作っていた影が……)


 命の折れたブレードの先……本来切っ先があった辺りに、小さな黒い塊が浮かんでいた。

 野球ボールより少し小さい位のその球体は、輪郭が不安定で、今にも暴発しそうな……。


 刃が命の首の薄皮に達した時、突然それは起こった。


 その球体は炸裂、同時に影の爆風を……比喩でも何でもなく、爆風と呼ぶに相応しい爆風を放った。


「なッ⁉︎ グアアアアアアアア‼︎」


 爆風は環の体を軽々と吹き飛ばし、屋敷の天井に打ち付けられる。

 そして天井を抉りながら吹き飛び続け、壁にめり込む程の威力で叩き込まれた。

 ヒビの入っていたブレードの刃は、半分以上粉々に砕け散った。


 一方の命もまた、爆風で屋敷の外に吹き飛ばされる。

 だが何かに打ち付けられる直前、咄嗟に自分を弾性のある影の壁で受け止めた。


「……どうだ。ざまーみろ」


 全身の力を抜いて、命はそう吐き捨てた。

ブレード名:イザナギ

所有者:師藤環

身体強化:スピード型

形状:全身真っ白で十字架をモチーフとしている。

能力:光を操る。

・応用方は多岐に渡る。

・光を球場に集め光線を放つ、自身や触れているものを光と同化させての光速移動、光の屈折を用いて目の錯覚など、やろうと思えば他にも様々な事が出来る。文句なしに最強クラスの強さと言えるだろう。

・なんの因果か、命のブレード『ツクヨミ』の影とは打ち消しあう真逆の関係にある。

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