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第54話 「影と光は光と影②」

 2人が奴を追って鏡に入ってからどの位経った?

 5分……いや、もっとか?

 ともかく、奴との戦いはさっきからずっと続いてる。

 崎和さんも今さっき行っちまった。


 なのに……。


「…………」


 それなのに俺は。

 俺がちゃんとしてりゃあ、葉隠にこんな大怪我負わせる事もなかった。

 もっといいように出来ただろうに……。

 俺は何も出来ないでいる。


 思い返せば、俺はいつもそうだ。

 いつも誰かに助けられてる。

 ここぞって時に何も出来てねえじゃあねえか。

 ……チクショウ。


「ねえ、諏訪間?」

「‼︎」


 葉隠はか細い声と共に怪訝な目で……というか、俺に心配げな眼差しを向けている。


「め、目ぇ覚めたのか」

「元から覚めてたわよ……。それより、なんであんたは悲しそうな顔してんの?」

「悲しそう……だと?」


 思ってもなかった言葉に少し困惑する。

 悲しんでたってか、自分の不甲斐なさを悔しんでたっつうか……つまり心当たりはあったが。


「もしだけど……私が怪我したから落ち込んだんなら、あんたが気にする事じゃない。私が勝手にやったんだもん」

「…………」


 俺は視線を葉隠の右手首に移した。

 リストバンドのように手首を覆う斬り傷はまだ完治しておらず、血が滲んでいる。

 思わず歯軋りした。

 ……俺を庇って右手斬り落とされて、それで気にしない訳ねえだろうが。


「楼木が相手の時もさっきも、俺は……お前に助けられてばっかで」

「あのさあ」


 葉隠の俺を見る目が、呆れたものを見る目になった。

 直後に何かを思い出すように目を細める。

 出血のせいで疲弊したのか声はか細いままだが、葉隠は構わず言葉を紡いでいった。


「……私、ずっと意味分かんなかった。物心ついた時から、家族にも他の誰にも出来ない事が出来て」

「は? 何の話だ」

「いいから。で……怖かった。ブレードのせいで嫌われたらどうしようって」


 何故今そんな話をするのか分からないが、俺は不思議と聞き入っていた。

 葉隠の目を見ながら、次の言葉を待つ。


「それでも、私ずっと憧れてたんだ。友達と遊んだり、学校一緒に行ったり……。ちょっと仲良くなった子とかもいたけど、クラス変わったら話さなくなっちゃったりして。これって友達なのかもしれないけど、親友とか仲間とかとは別だよね?」

「……かも、な」

「でも私、誰かとそんなにまで仲良くなれる自信なかった。喋るの得意じゃないし、ブレードの事もあるし……。でもいて欲しいなって。ずっとそんな事考えてたら……あの時事件に巻き込まれた。襲われたのもだけど、あいつがブレードを使った事に凄いビックリした。それでその後カムイさんと会って、あんたとも会った」


 葉隠の表情は、いつの間にか穏やかなものになっていた。

 とても満たされた、幸せの中にいるような顔だ。


「分かる? 私今まで生きてきて、こんなに嬉しい事無かった。ずっと欲しかった仲間が出来て、意味も分かった気がしたの。私がブレードを持って生まれてきたのは……あんた達と会って、あいつらを止めるためなんじゃないかって」

「…………」

「ねえ、私たち仲間でしょ? 助け合うのは当たり前でしょ? 私もあんたに助けられた事あるんだから、私があんたを助けたっていいでしょ? 諏訪……雄生」

「‼︎」

「助ける度に落ち込まれたら、私疲れるんだけど」


 本当……人は見かけによらねえっつうか、何というか。

 コイツには色々と驚かされる。


「…………」

「ねえ、なんか言ってよ。あ……もしかしてちゃんと伝わってなかった? 私馬鹿だから上手く言えてなかったかも……」

「ハッ、問題なく伝わってらあ。俺とした事がらしくなかったぜ」


 慌て始める葉隠の言葉を遮り、俺は力強くそう言ってみせた。

 こんな当たり前の事にウジウジ悩んじまって、本当にらしくなかった。

 助けられて何が悪い。

 その分俺も助けてやりゃあいいじゃねえか‼︎


「ッシ‼︎ さっさとその怪我治しちまうぞ‼︎ 俺達も助太刀に行かなきゃなあ‼︎」

「フフン……それよそれ。そうでなきゃあんたじゃないわ。じゃあちゃちゃってやっちゃってよ」

「任せとけ、叶恵」

「!」


 俺が名前で呼ぶと、叶恵は顔を赤くして目を逸らした。

 ……なんだ、照れてんのか?

 どこにそんな要素があったか分からんが、何にしろ急いで治さねえと。

 向こうも、ピンチかもしれねえからな。







 顔の傷から赤い雫が落ちた。

 刺された腹の傷もまた痛み始めた。

 つまり糸がほつれかかってるって事だ。


「待て……しっかりしろ……!」


 必死に声を絞り出すが、天音は反応を示さない。

 長い髪で顔が隠れ表情は見えないが、胸に突き刺さった黒い刃とそこから滴る赤い液体は、俺の中で予想し得る最悪を連想させた。


「駄目だ! そんな事……死ぬな……!」

「死なないさ」

「……⁉︎」


 思わぬ言葉の主は師藤だった。

 だが悪意に満ちたその笑みからは、全く安心を感じない。

 励ますために言ったんじゃないのは明白だった。


「刺さってもギリギリ死なない場所を狙った。意識は危ういかもしれんがな」

「……なんのために。お前はどうしたいんだ」


 これだけの事が出来るんだ。

 殺そうと思えば、俺でも天音でも叶恵でも、すぐに殺せた筈。

 なのにさっきからコイツはそうしない。

 すぐ終わるのが惜しいだの言ってたが、夜乃みたいに戦うのが好きとかいう口か?







「貴様……ただ潰されるだけで済むと思っているのか?」

「‼︎……ッ⁉︎」


 奴の言葉と同時に、空気が変わった。


 思考がホワイトアウトしたように、真っ白に覆われる。

 倒れた姿勢から動けない。

 目が奴から逸れない。

 最早冷や汗すらかかない。

 自分が呼吸出来ているか分からない。

 瞬きしているか分からない。

 心臓が動いているか分からない……。


 これは……なんだ?

 奴の威圧感か?

 さっきと比べ物にならない……それだけで、人はこうも何も出来なくなるのか?


 奴の表情は歪んだ笑みから一転、無機質で無表情なものへと変わっていた。

 人に向けるとは思えない目で俺を見据えている。


「想像してみろ……貴様とその仲間が死ぬ様を。できるだけ惨くエグく悲惨で凄惨な最後を」


 血しぶき、宙を舞う四肢と首、飛び散る臓器、光のない瞳、潰える希望……。


「…………」


 ……なんだ、これ。

 さっき頭をまっさらにされて、生命活動が出来てるかすらあやふやになってたってのに。


 なんで……なんでこんなに鮮明に想像出来るんだよ……?

 自分で吐き気がする程の自分達の最後が、次々湧いてくる。


 コイツのオーラに飲まれて、無意識の内に逆らう事も出来なくなってるってのか?

 まるで暴君じゃねーか……。


「想像したな? 考えうる最悪を。……馬鹿にするな。貴様の考える最悪程度のマシな最後を遂げられると思うなよ」

「…………」

「オレは常にそうしてきた。楯突くなら潰す。徹底的に潰す。物理的に潰す。精神的に潰す。その過程で『いっそ殺してくれ』と、この師藤環に指図する馬鹿もいたが……。ソイツは他の倍以上の時間を費やして潰した」

「…………」

「このオレに楯突いた時点で、ソイツはもう終わりなんだよ」


 奴は俺の首元にブレードの先端を向けた。

 それを少し横に振れば、俺はもう立てなくなるであろう位置だ。

 最悪の状況なのに、俺の体は微動だにしない。

 さっきから全く姿勢が変わっていない。

 糸がほつれ出血が多くなってきても、俺は何も出来ずそこにいるだけだ。


「…………」

「正義が勝つとよく言うが……とんだ戯言だ。ならオレが勝者であり続けている事をどう説明する? まさかこのオレが正義とは言うまい」


 無機質な表情を浮かべる師藤だったが、口元が徐々に吊り上がってくる。

 そこからは邪悪さが再び滲み出してきた。


「正義が勝つんじゃない! 真の強者が勝ち、その思想を振りかざせるのだ! どんな素晴らしい思想を持とうが、弱くてはそれを知らしめる事など出来ないのだよ‼︎」


 奴の左腕に力がこもる。


「…………ッ‼︎」


 終わるのか……?

 俺はコイツに負けて……その後ボロ雑巾のようにされて殺されるのか?

 俺だけじゃない。

 偽造も雄生も叶恵も響人も天音も全員……コイツに殺される。


 駄目だ!

 コイツが勝っていいわけねーだろうが!

 動けよ!

 今コイツは勝ち誇ってる!

 隙だらけだ!

 動けばまだ俺達は勝てる!

 どうにか……!


 どうにか動ければ……‼︎







「やめろおぉぉぉぉーーー‼︎」


 唐突に聞こえた叫び声と、唐突にどこからか飛んできた何かが師藤にブチ当たったのは、ほぼ同時の事だった。


「な!……にィ⁉︎」


 飛んできたのは、叶恵だった。

 手に持つブレードは師藤の背中から突き刺さり、体を貫通して胸元から飛び出している。

 ぶつかった衝撃で叶恵は空中に打ち上がり、師藤は大きくバランスを崩した。


「!」


 威圧感が消えた⁉︎

 今ので空気が途切れたのか⁉︎


 今の奴の表情に、これまでの余裕はない。

 完全に想定外といった顔だ。


 ここしかねー……逆転の一手を打つのは‼︎


「ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎」


 奴の鳩尾に目掛け、今までより遥かに力を込め、全力の影の拳を放った。


「ガハッ……! アイツ……まだ折れてなかったのか……‼︎」


 奴は血を吐きつつ、強引に吐き出された息で言葉を発した。


「……人を本気で、それこそ殺してもいいって程痛めつけるのは初めてになるけどな……お前に対しては全く躊躇しなくてよさそうだよ、師藤環……‼︎」


 さっきとは違う、自分の意志で奴に視線を合わせ睨みつける。

 そして、1発の威力が今の拳と同等かそれ以上に達する程の力を込めて、俺は影のラッシュを奴にぶつけた。


「グアア——‼︎」


 奴は塀を突き破り、屋敷の中へと叩き込まれた。

 その音で断末魔はよく聞こえなかったが……少なくとも無事では無い筈だ。


「! そうだ、叶恵!」


 宙を舞う叶恵を影でキャッチし、地面に下ろす。


「どうやって飛んできた、お前⁉︎」

「まあちょっと……協力してあそこからうち飛ばしてもらいました」


 そう言って叶恵が指差す方向を見ると、少し離れた建物の屋根に雄生が立っていた。

 ブレードをフルスイングした後のようで、俺達の様子を見て力が抜けたように座り込んでしまった……って。


「お前、雄生にうち飛ばされて……?」


 雄生がブレードをフルスイングするタイミングを見計らって、足を掛けて……?

 ……下手すりゃ大怪我ってか死ぬじゃねーか!


「……言いたい事は色々あるけど、雄生もここに呼んでくれ。早く天音と響人を治さねーと」

「カムイさんも酷い怪我ですよ……?」

「いや、2人の方が多分酷い。……それにまだ終わってない」


 確かに大ダメージを与えたのは確かだ。


 だが、奴はまだ倒れてない。

 その証拠に……あの威圧感が甦りつつある。

 さっき程じゃないが、これは間違いなくアイツの放つそれだ。

 叶恵も多分気付いてる。


 タフすぎる奴だ。


「けど次で逆に潰してやるよ……」

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