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第53話 「影と光は光と影①」

 例えば、目の前に机があるとする。

 何故目の前にあると分かるのか?

 光があるからだ。

 机に当たった光が反射し、それが目に入る事で、そこに机があると認識出来る。

 つまり、もし光を自在に操作出来れば、それで人の五感の約80パーセントを自在に惑わす事が出来る。


 また光の速さは、秒速約30万キロメートルにも及ぶ。

 よく用いられる例として、1秒で地球を7周半出来る速さと言われる。


 もし光を自在に操れ、その上光と同じ速さで動ける者がいたとすれば……。

 正攻法で勝てる者など、ほぼいないと言えるだろう。







 その叫びの直後、響人は光の集中線に飲み込まれた。

 視界が霞んでしっかりとは見えないが、響人の体が力なく落下したのは分かる。

 ……分かってしまった。


「……」

「響……人……」


 天音は呆然気味にそう呟き、今にもへたり込んで顔を手で覆ってしまいそうになっていた。

 泣きそうな顔で、さっきまで響人がいた場所を見つめている。

 ちょっと押せば落ちそうなほど、その様子は弱々しい。


「いつまでそこを見ている? もうそこには誰もいない」

「ッ!」

「……!」


 だが、そんな事知ったこっちゃないとでも言う風に、奴はいつの間にか俺と天音に対面する位置に立っていた。

 浮かべられた邪悪な笑みからは、傲慢さと悪意がこれでもかと溢れ出しており、自分の敗北など微塵も考えていない様だ。


 ……多分、コイツは実際そうなんだろう。


「せっかく響人があんなにも体を張って、オレの能力を貴様等に伝えたんだ。それを無駄にしない方がいいぞ? まあ不可能に近いがな」

「……」


 目眩のする頭を抑えつつ、俺は立ち上がろうとする。

 さっきの奴の斬撃は、俺の額から眉間を通り、右頬までを縦断していた。

 今は天音の糸で縫いつけられているが、既に出血がひどかったらしい。

 呼吸は整わないし、まだかなり痛い。

 最悪、傷跡が残るだろう。

 そのダメージの大きさを物語る様に、ツクヨミの刃は中程で折れてどこかへいってしまった。


「く……ッ」

「向井君……」


 けど俺は立つ。

 立たなければならない。

 ああまでして響人が俺たちに伝えてくれたんだ。

 響人は俺たちに託してくれたんだ。


「託されたんなら、それを果たす……。よくも……お前は全力で倒す!」

「……フン」


 俺は影を操り、ブレードの折れた部分を形作って構える。

 奴はそれを、表情を崩さず眺めていた。


「貴様……名はなんだ?」

「は……? なんでだよ」


 かと思えば、いきなり予想外な事を言ってきた。

 名前だ?

 なんでお前がそんな事聞きたがる?


「響人は、この師藤環に楯突き通す道を選んだ。既に敗北が目に見えていたというのに……1度は確実に堕ちかけたというのに、それらを振り払い貴様等に託す道を選んだ。奴にそうさせた貴様の名を、オレは知っておきたいんだよ」


 俺の疑問に答える様に、師藤環と名乗った奴はつらつらと言葉を並べた。

 言葉だけで傲慢さが手に取るように分かる。

 自分は誰より優れてると信じて疑わないようなその様には、ある種清々しさすら感じる。


 そしてそれが見掛け倒しじゃないのが、尚の事タチが悪い。


「……向井命だ」

「覚えておこう、印象に残るようならな。……ガッカリさせるなよ? 命」

「ッ‼︎」


 奴は笑みを更に歪めた。

 同時に、さっきとは比べ物にならない程の凄まじいオーラを放つ。

 途轍もなく巨大な壁を目の前にしたようなプレッシャーが、俺の体にのしかかる。


「……」


 これを目の前の、あの大して年の変わらない奴が……こんな異様な空気を生み出せるのか……?


「話はそろそろ終わりだ。行くぞ」

「!」


 奴の周りに光球が浮かぶ。

 数は……5つ。

 さっき響人を攻撃した技か!


「これ位は凌いでくれよ?」

「ッ……あんま舐めるなよ」


 『光』が奴の能力の正体。

 それが分かれば、今までのがどういう技か俺にも分かるぞ。


 まず目の前に影の壁を作る。

 その壁をキープしたまま、俺は奴の方へ走り始めた。


「その盾は役に立たないと分かった筈だろう!」

「言ってろ。このまま突っ込む!」


 俺が『影』で奴が『光』……。

 多分、さっき影のドームは消されたというより、正しくは打ち消しあったんだ。

 奴の方も、あの光線1発で打ち消せる影は1つ……ひいては一部分だけの筈だ。


 すなわち。


「撃ち抜け!」

「……ッ」


 光線が放たれる。

 恐らく、俺が感知できない程極僅かな時間差で、5発連射されたんだろう。

 1発で壁の一部を撃ち抜き、残り全てを俺にぶつけるために。


「ここまで届いてねーぞ」

「……?」


 だが、光線は1発も俺に当たらなかった。

 壁には確かに穴が空いている。

 だが5発も放ったにも関わらず、ただそれだけ。

 奴は一瞬怪訝な表情を作るも、「ああ、なるほどな」と呟き笑みを貼り付け直した。


「貴様……盾を5層に分けて張っていたな?」

「……」


 ご名答。

 5発撃ってくるなら、5枚壁を張ればいい。


 攻めに転じるべく、俺は壁に空いた穴にブレードを突き出した。

 今のツクヨミは、刃の大部分を影で補った状態。

 その部分を、奴に向かって穴から伸ばした。

 ブレードそのものが伸びたように、影の切っ先が奴の胸に近づいていく。

 奴はそれを瞬間移動で躱した。


 ……いや、俺が思うにこれは瞬間移動じゃない。

 光を使った移動方だ。

 かと言って単に光速移動なら凄まじい衝撃波が発生するだろうし、奴自身もただでは済まない。

 俺が影と同化して移動するように、奴は光と同化しているんだ。

 光速かつ不可視というチートだが、その状態じゃ互いに干渉出来ないのは俺のと同じ。


 奴は俺の横側に回り込み、ブレードで突きを放った。

 さっきの影の壁を修正しつつ移動させ、その攻撃を防御する。

 そして俺はそのまま、壁から影のラッシュを繰り出した。


 手応えは……全くない。


「追い付けやしないさ。オレ以外に誰がどうやって光速に達すると言うんだ?」


 真上から奴の声。

 しかも頭上を光で照らされている。


「ハ……!」


 上を向くとそこでは、奴が俺の頭上で光球を生み出していた。

 咄嗟に影で頭上を遮る盾を作る。

 直後、影に円形の穴が空いた。

 だが穴越しに見えたそこに、奴の姿はない。


 視線を正面に戻すと、既に奴が斬りかかってきていた。

 俺の左肩辺りに向けて放たれた袈裟斬りをブレードで受け止める。

 奴はその防御ごと斬り払おうかという勢いでブレードを振り切り、間髪入れず次の斬撃を繰り出す。


 それを防御し、また奴の攻撃、防御、攻撃……。

 奴の攻撃は止む気配がない。

 防戦一方に追い込まれた。


「フン……出血の割になかなか動く。だがいつまでもつかな?」

「う……!」


 クソ、影で防御する暇もない……!

 俺も万全じゃないとは言え、地力でここまで押されるなんて。


「ハァ、ハァ……クソ!」


 息が上がってきた。

 影で補った刀身も綻びて来やがった……!

 ここままじゃヤバい!


「!……フン」

「⁉︎」


 限界が近づいたその時、奴は突然俺の目の前から消えた。

 あと少しで勝てたこのタイミングで光速移動?

 何処だ⁉︎


 頭で答えを出す前に、視界に薄く光る糸が入り込んだ。


「向井君……大丈夫?」

「ゼェ……サンキュー、天音」


 肩で息をしつつ、天音の方を見る。

 足が少し震えているようだが、ブレードを装着した右手はさっきまで奴がいた方を向き、そこから糸が伸びていた。


 奴の動きを止めるために糸を出したんだろう。

 それは叶わなかったが、あのままだと俺は確実にやられていた。

 さっきと違い、次こそ仕留められていただろう。


「ううん、私はみんなみたいに戦えないから……。せめてこれ位しないと」

「ああ、さっきは本当助かった。……けどアイツは何処いった?」


 さっきから姿を見せる気配がない。

 光と同化して近くにいるのは確かな筈だが……。

 何処から来る気だ?


『ドガァァ‼︎』


「! なんだ⁉︎」

「向こうで家が……⁉︎」


 ここから20メートル程向こうの場所で家が轟音を上げた。

 道を真っ直ぐ行った場所……なんであんな所——


「う……⁉︎」

「ッ……天音……?」


 後ろから、天音の苦しげな声が吐き出されたのが聞こえた。

 冗談だろ……?

 今一瞬気をとられた時に……。

 何をした……アイツ。


 ゆっくりと首を後ろに回す。







 天音は不意を食らった表情で固まっていた。

 その胸に、黒い刃物のような物が突き刺さった状態で。


「な……」


 黒い刃物……あれは一体なんなのか。

 俺の目は自然と、右手に握るブレードに流れた。


 中程で折れた、黒い日本刀の形状……。

 折れた部分は何処にあるのか。


 目線が再び、天音の方に動く。

 刺さっているのは、折れた俺のブレードだった。


「ケホッ……」


 小さな咳の様に、血が息と同時に吐き出される。

 そして天音の体は支えを失い崩れ落ちた。

 咄嗟に影を伸ばして頭を打たないよう支えたが、俺の思考は置き去りだった。


「なんだよ……これ……」


 答えは返ってこない。

 ただ、少しずつ足音が近づいてくるだけだった。


 奴が悪魔の様な笑顔を纏い、こちらに近づいてくる。


「さっきソイツの糸を躱した時、ふと思ったんだ。貴様の折れたブレードの刃は何処にあるのかと。すぐに見つかった」

「…………」

「ところで貴様……さっき言っていたな。このオレを全力で倒すと」

「…………」

「ブレードの殺傷力は、所有者の心持ち次第で調整される、というのは当然知っているよな? 命」

「……し……」


 俺の中で、何かが燃え上がった気がした。

 悪魔……?

 違う。

 コイツはそんなもんじゃない……‼︎


「貴様のブレードは見事、人を貫く程の威力を誇っていた! おめでとう! つまり貴様は、口だけの軽く薄い男ではないという事が証明されたじゃあないか‼︎ 向井命ォ‼︎」

「師藤ぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーー‼︎」


 怒りと憎悪がそのまま叫びになった様な声を上げた。

 影の拳を全力で放ったが、軌道上に奴はいなくなっていた。

 そして奴は一瞬で俺の目の前に現れ、胴に回し蹴りを叩き込む。


「ガハッ‼︎」


 俺はなす術なく吹き飛ばされる。

 地面に倒れた時に気づいた。


 顔の傷を縫い合わせる糸が、ほつれかかっている事に。

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