第53話 「影と光は光と影①」
例えば、目の前に机があるとする。
何故目の前にあると分かるのか?
光があるからだ。
机に当たった光が反射し、それが目に入る事で、そこに机があると認識出来る。
つまり、もし光を自在に操作出来れば、それで人の五感の約80パーセントを自在に惑わす事が出来る。
また光の速さは、秒速約30万キロメートルにも及ぶ。
よく用いられる例として、1秒で地球を7周半出来る速さと言われる。
もし光を自在に操れ、その上光と同じ速さで動ける者がいたとすれば……。
正攻法で勝てる者など、ほぼいないと言えるだろう。
*
その叫びの直後、響人は光の集中線に飲み込まれた。
視界が霞んでしっかりとは見えないが、響人の体が力なく落下したのは分かる。
……分かってしまった。
「……」
「響……人……」
天音は呆然気味にそう呟き、今にもへたり込んで顔を手で覆ってしまいそうになっていた。
泣きそうな顔で、さっきまで響人がいた場所を見つめている。
ちょっと押せば落ちそうなほど、その様子は弱々しい。
「いつまでそこを見ている? もうそこには誰もいない」
「ッ!」
「……!」
だが、そんな事知ったこっちゃないとでも言う風に、奴はいつの間にか俺と天音に対面する位置に立っていた。
浮かべられた邪悪な笑みからは、傲慢さと悪意がこれでもかと溢れ出しており、自分の敗北など微塵も考えていない様だ。
……多分、コイツは実際そうなんだろう。
「せっかく響人があんなにも体を張って、オレの能力を貴様等に伝えたんだ。それを無駄にしない方がいいぞ? まあ不可能に近いがな」
「……」
目眩のする頭を抑えつつ、俺は立ち上がろうとする。
さっきの奴の斬撃は、俺の額から眉間を通り、右頬までを縦断していた。
今は天音の糸で縫いつけられているが、既に出血がひどかったらしい。
呼吸は整わないし、まだかなり痛い。
最悪、傷跡が残るだろう。
そのダメージの大きさを物語る様に、ツクヨミの刃は中程で折れてどこかへいってしまった。
「く……ッ」
「向井君……」
けど俺は立つ。
立たなければならない。
ああまでして響人が俺たちに伝えてくれたんだ。
響人は俺たちに託してくれたんだ。
「託されたんなら、それを果たす……。よくも……お前は全力で倒す!」
「……フン」
俺は影を操り、ブレードの折れた部分を形作って構える。
奴はそれを、表情を崩さず眺めていた。
「貴様……名はなんだ?」
「は……? なんでだよ」
かと思えば、いきなり予想外な事を言ってきた。
名前だ?
なんでお前がそんな事聞きたがる?
「響人は、この師藤環に楯突き通す道を選んだ。既に敗北が目に見えていたというのに……1度は確実に堕ちかけたというのに、それらを振り払い貴様等に託す道を選んだ。奴にそうさせた貴様の名を、オレは知っておきたいんだよ」
俺の疑問に答える様に、師藤環と名乗った奴はつらつらと言葉を並べた。
言葉だけで傲慢さが手に取るように分かる。
自分は誰より優れてると信じて疑わないようなその様には、ある種清々しさすら感じる。
そしてそれが見掛け倒しじゃないのが、尚の事タチが悪い。
「……向井命だ」
「覚えておこう、印象に残るようならな。……ガッカリさせるなよ? 命」
「ッ‼︎」
奴は笑みを更に歪めた。
同時に、さっきとは比べ物にならない程の凄まじいオーラを放つ。
途轍もなく巨大な壁を目の前にしたようなプレッシャーが、俺の体にのしかかる。
「……」
これを目の前の、あの大して年の変わらない奴が……こんな異様な空気を生み出せるのか……?
「話はそろそろ終わりだ。行くぞ」
「!」
奴の周りに光球が浮かぶ。
数は……5つ。
さっき響人を攻撃した技か!
「これ位は凌いでくれよ?」
「ッ……あんま舐めるなよ」
『光』が奴の能力の正体。
それが分かれば、今までのがどういう技か俺にも分かるぞ。
まず目の前に影の壁を作る。
その壁をキープしたまま、俺は奴の方へ走り始めた。
「その盾は役に立たないと分かった筈だろう!」
「言ってろ。このまま突っ込む!」
俺が『影』で奴が『光』……。
多分、さっき影のドームは消されたというより、正しくは打ち消しあったんだ。
奴の方も、あの光線1発で打ち消せる影は1つ……ひいては一部分だけの筈だ。
すなわち。
「撃ち抜け!」
「……ッ」
光線が放たれる。
恐らく、俺が感知できない程極僅かな時間差で、5発連射されたんだろう。
1発で壁の一部を撃ち抜き、残り全てを俺にぶつけるために。
「ここまで届いてねーぞ」
「……?」
だが、光線は1発も俺に当たらなかった。
壁には確かに穴が空いている。
だが5発も放ったにも関わらず、ただそれだけ。
奴は一瞬怪訝な表情を作るも、「ああ、なるほどな」と呟き笑みを貼り付け直した。
「貴様……盾を5層に分けて張っていたな?」
「……」
ご名答。
5発撃ってくるなら、5枚壁を張ればいい。
攻めに転じるべく、俺は壁に空いた穴にブレードを突き出した。
今のツクヨミは、刃の大部分を影で補った状態。
その部分を、奴に向かって穴から伸ばした。
ブレードそのものが伸びたように、影の切っ先が奴の胸に近づいていく。
奴はそれを瞬間移動で躱した。
……いや、俺が思うにこれは瞬間移動じゃない。
光を使った移動方だ。
かと言って単に光速移動なら凄まじい衝撃波が発生するだろうし、奴自身もただでは済まない。
俺が影と同化して移動するように、奴は光と同化しているんだ。
光速かつ不可視というチートだが、その状態じゃ互いに干渉出来ないのは俺のと同じ。
奴は俺の横側に回り込み、ブレードで突きを放った。
さっきの影の壁を修正しつつ移動させ、その攻撃を防御する。
そして俺はそのまま、壁から影のラッシュを繰り出した。
手応えは……全くない。
「追い付けやしないさ。オレ以外に誰がどうやって光速に達すると言うんだ?」
真上から奴の声。
しかも頭上を光で照らされている。
「ハ……!」
上を向くとそこでは、奴が俺の頭上で光球を生み出していた。
咄嗟に影で頭上を遮る盾を作る。
直後、影に円形の穴が空いた。
だが穴越しに見えたそこに、奴の姿はない。
視線を正面に戻すと、既に奴が斬りかかってきていた。
俺の左肩辺りに向けて放たれた袈裟斬りをブレードで受け止める。
奴はその防御ごと斬り払おうかという勢いでブレードを振り切り、間髪入れず次の斬撃を繰り出す。
それを防御し、また奴の攻撃、防御、攻撃……。
奴の攻撃は止む気配がない。
防戦一方に追い込まれた。
「フン……出血の割になかなか動く。だがいつまでもつかな?」
「う……!」
クソ、影で防御する暇もない……!
俺も万全じゃないとは言え、地力でここまで押されるなんて。
「ハァ、ハァ……クソ!」
息が上がってきた。
影で補った刀身も綻びて来やがった……!
ここままじゃヤバい!
「!……フン」
「⁉︎」
限界が近づいたその時、奴は突然俺の目の前から消えた。
あと少しで勝てたこのタイミングで光速移動?
何処だ⁉︎
頭で答えを出す前に、視界に薄く光る糸が入り込んだ。
「向井君……大丈夫?」
「ゼェ……サンキュー、天音」
肩で息をしつつ、天音の方を見る。
足が少し震えているようだが、ブレードを装着した右手はさっきまで奴がいた方を向き、そこから糸が伸びていた。
奴の動きを止めるために糸を出したんだろう。
それは叶わなかったが、あのままだと俺は確実にやられていた。
さっきと違い、次こそ仕留められていただろう。
「ううん、私はみんなみたいに戦えないから……。せめてこれ位しないと」
「ああ、さっきは本当助かった。……けどアイツは何処いった?」
さっきから姿を見せる気配がない。
光と同化して近くにいるのは確かな筈だが……。
何処から来る気だ?
『ドガァァ‼︎』
「! なんだ⁉︎」
「向こうで家が……⁉︎」
ここから20メートル程向こうの場所で家が轟音を上げた。
道を真っ直ぐ行った場所……なんであんな所——
「う……⁉︎」
「ッ……天音……?」
後ろから、天音の苦しげな声が吐き出されたのが聞こえた。
冗談だろ……?
今一瞬気をとられた時に……。
何をした……アイツ。
ゆっくりと首を後ろに回す。
天音は不意を食らった表情で固まっていた。
その胸に、黒い刃物のような物が突き刺さった状態で。
「な……」
黒い刃物……あれは一体なんなのか。
俺の目は自然と、右手に握るブレードに流れた。
中程で折れた、黒い日本刀の形状……。
折れた部分は何処にあるのか。
目線が再び、天音の方に動く。
刺さっているのは、折れた俺のブレードだった。
「ケホッ……」
小さな咳の様に、血が息と同時に吐き出される。
そして天音の体は支えを失い崩れ落ちた。
咄嗟に影を伸ばして頭を打たないよう支えたが、俺の思考は置き去りだった。
「なんだよ……これ……」
答えは返ってこない。
ただ、少しずつ足音が近づいてくるだけだった。
奴が悪魔の様な笑顔を纏い、こちらに近づいてくる。
「さっきソイツの糸を躱した時、ふと思ったんだ。貴様の折れたブレードの刃は何処にあるのかと。すぐに見つかった」
「…………」
「ところで貴様……さっき言っていたな。このオレを全力で倒すと」
「…………」
「ブレードの殺傷力は、所有者の心持ち次第で調整される、というのは当然知っているよな? 命」
「……し……」
俺の中で、何かが燃え上がった気がした。
悪魔……?
違う。
コイツはそんなもんじゃない……‼︎
「貴様のブレードは見事、人を貫く程の威力を誇っていた! おめでとう! つまり貴様は、口だけの軽く薄い男ではないという事が証明されたじゃあないか‼︎ 向井命ォ‼︎」
「師藤ぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーー‼︎」
怒りと憎悪がそのまま叫びになった様な声を上げた。
影の拳を全力で放ったが、軌道上に奴はいなくなっていた。
そして奴は一瞬で俺の目の前に現れ、胴に回し蹴りを叩き込む。
「ガハッ‼︎」
俺はなす術なく吹き飛ばされる。
地面に倒れた時に気づいた。
顔の傷を縫い合わせる糸が、ほつれかかっている事に。




