第52話 「イザナギの謎③」
「………ッ‼︎」
鳴谷響人は外見上静かに、内心激しく驚愕した。
一瞬の出来事……何が起きたか分からない。
ただ、気付いた時にはもう遅かった。
「賢いと言えたものでないのは……戦闘中に呆然として大きな隙を生んでしまう……お前のような奴の事を言うんだよ!」
ブレードを片方飛ばすも、既に間に合う筈もなかった。
防御も虚しく斬り裂かれた友人。
直後、敵——師藤環が再び何かをした。
それにより、友人——向井命は、屋敷の壁を突き破って吹き飛ばされる。
「ッ………向井‼︎」
元々は滅多に声を張らない響人だったが、ここ最近……ブレードに関わって以降何度目かの、喉を痛めないかという程の叫びを上げた。
以前は怒りによるもの、今回は衝撃によるもの。
たまに誤解される事があるが、響人は普段無表情でこそあれ、決して無感情などではない。
いくら冷静に物事を見れるにしても、友人が斬り捨てられて取り乱すのは自然な事だった。
「いつまでそこを見ている……次はお前の番だ」
「!」
環は響人の視界から消え、一瞬のうちに正面に移動する。
「………」
響人は頭を冷やすよう努めた。
落ち着きつつ、頭をフル回転させる。
(最悪に備えて手は打ってある………今は、向井は無事だと信じるしかない。俺のやる事は………コイツの能力を解き明かす事………)
響人は目の前の男を睨むように見据える。
ブレード能力は1人1つ……これは絶対の定理である。
つまり、敵がこれまで見せた不可解な技の数々は全て、たった1つの能力の応用方。
響人なら、この程度の結論には容易く辿り着く。
(それが何なのか分かれば………)
響人はブレードを自分のそばに控えさせる。
自分の考えがまとまるまで待ってくれる程、敵が優しい筈はない。
そう考え、臨戦態勢をとったのだ。
「フン……逃げようとはしないのか。仲間が成す術なく再起不能にされたのを、これまた成す術なく眺めていたというのに……!」
「………」
環は挑発的な台詞を述べながら、響人の方へ足早に近づき始めた。
響人は何も言わず、ただそれを待ち構える。
数歩近づいた所で、環は急加速し、一気に響人の目の前まで詰め寄った。
そして構えたブレードで突きを繰り出す。
響人は宙に浮かぶブレードで、難なくそれを受け止めた。
すかさずもう片方——刃を1枚外し、スピードの増した方のブレードで攻撃を仕掛けるも、瞬間移動の如く動ける環を捉える事は出来ない。
響人の背後に一瞬で回り込み、再度突きを繰り出した。
が、環が回り込んだのとほぼ同時に、響人は身を少し横に躱していた。
そしてブレード片方を、背後に向けて一直線に飛ばす。
「……ッ」
「ワンパターンなんだよ………お前」
瞬間移動した環が自分の背後に現れる。
これまでの動きから、響人はそう読んでいたのだった。
そしてその読みは……見事的中していた。
「………」
響人は環の方へと振り向く。
飛ばしたブレードは惜しくも、環に届かず防御されていた。
そのブレードを自分の元に戻しつつ、もう片方を再度環の方へ飛ばす。
だがこれは瞬間移動で躱される。
環は響人と少し離れた、階段の手前程まで距離を取っていた。
(さっきから感じていた。コイツ……中々機転が利くな。頭の回転も速い。……オレは負けんが、殺すのは少し惜しい。1つ、試してみるのもいいかもな……)
環は不敵に口角を上げる。
そして悠然とした態度を崩す事なく、目は響人を見据えていた。
「………」
響人はしばし、警戒しつつ体を休める。
戦いつつ回していた頭を整理するために。
(瞬間移動………姿を消したままでの攻撃………こちらの攻撃を逸らす………幻覚染みた技………その上、向井の影を一瞬で消し去る威力の攻撃………。これらが1つの能力の応用に過ぎないのなら………どこかに共通点がある筈。それが能力を解く鍵だ………!)
顎に手を当て、回る頭を更に加速させる。
自分ではあの男に勝てない……聡明で勘も鋭い響人は、既にそう直感してしまっていた。
だが、ただでは負けない。
敵の能力を仲間に伝える事が出来れば、託す事は出来る。
1人では無理だが、5人の総力の結晶でなら或いは……。
響人はそれに賭けていた。
「なあ……」
「!………」
環は静かに、響人を呼びかけた。
何度か向こうから喋る事はあったが、今回は何か様子が違う。
響人はそう感じ、反射的に思考を一時打ち切り、警戒を強めた。
「オレは師藤環という……お前は何というんだ?」
「?」
「名前だよ、名前……。オレは名乗ったんだ。お前も名乗ってくれてもいいんじゃあないか?」
「………鳴谷響人」
響人の予想通り、発せられた言葉は意外なものだった。
何故いきなり名乗り合うよう仕向けるのか……?
響人にはその意図が分からない。
(いや………それより奴の能力の事だ。惑わされてる場合じゃ………)
「響人……か。そうか……」
「‼︎………」
思考を戻そうとしたのも束の間……環の纏うオーラが変わった。
慈愛とも取れるし恐怖とも取れる……上にも横にも、何処まで続くか見当もつかない巨大な壁が突如目の前に立ちはだかったかのような。
威圧なんて物じゃない……どうにかしようとするのが馬鹿らしく思えるオーラが、響人のいる空間を支配した。
(死………ッ⁉︎)
響人が真っ先に連想したのはそれだった。
ブレード能力でもなんでもない……ただ今まで表に出していなかっただけの、目の前にいるだけで何も出来なくなる凄まじい存在感。
手足が動かず、頭も脳を鷲掴みにされたように回るのを止める。
そんな状況で、奴は少しずつ歩み寄ってきた。
これで『死』以外に、どんな感情を抱けるというのだろう。
「どうした? オレは今無防備なまま、お前に近づいているぞ……? その宙に浮く2振りのブレードは、曲芸のためにあるわけではあるまい?」
「………ッ」
「まさか……怯えているのか? なあ、響人よ」
語りかける環に、響人は何も返せない。
まるでメドゥーサと目を合わせたように硬直してしまっていた。
頭でヤバいと悟っていても、近づいてくる怪物への対抗策が浮かばない。
身体中から嫌な汗が噴き出すだけだ。
「落ち着け……落ち着いて、オレの声をよく聞くんだ」
そんな響人に、環はなおも語り続ける。
放ち続ける異様なオーラとは裏腹に、その表情、その声色は、優しく、深く、そして底知れない……思わず見入り、聞き惚れてしまう不思議な魅力を持っていた。
「…………」
「そうだ、落ち着け……。しっかりと息を吸い、そして吐き出せ」
響人はそれに逆らえなかった。
ご丁寧に環の言葉通り、深呼吸を繰り返す。
(俺は………何をやっている………?)
響人はたちまち混乱に陥る……。
これが師藤環だ。
この精々17〜18歳程度の中性的な少年は、そういう才能を持って産まれた。
その強大すぎるオーラに触れれば、立ち向かう者は立ち尽くすしかなくなる。
傲慢かつ悠然……己の強さに絶対の自信を持ち、楯突く者は圧倒し、嬲り、蹂躙する。
環はそうして生きてきた。
「ところで響人……お前今、オレのブレード能力を突き止めようと考えているな。それは何故だ?」
「…………」
「いや、答えなくていい。オレの見た所……お前は賢い。物事を冷静に見る目もある。だからこそお前は……オレに勝つのは無理だと気づいてしまったのだろう? だからせめて、能力を仲間に伝え、後を託すつもりだった……違うか?」
図星だった。
変わらず笑みを貼り付ける環の顔が、ますます響人の心の絶望を煽る。
「しかし甚だ疑問だよ響人。何故お前は……そうまでしてオレと敵対する?」
「………?」
いつしか響人の隣にいた環は、右手で響人の右肩をポンと叩く。
その一言はまたしても、響人の思考を混乱ごと振り払った。
この男にそう言われると、本当にそれが疑問に感じてしまう。
何故自分は死ぬかもしれないのを覚悟で、この男と戦っているのか?
その疑問が、たちまち響人の頭を埋め尽くした。
「お前の考え通り……オレと響人が戦えば、間違いなくオレが勝つ。だがな、お前はここで終わる器じゃあない……。お前は今に、素晴らしい成果をあげる事になるだろう。このオレが言うのだから間違いない」
「…………」
側から環のこの台詞を聞けば、自惚れ以外の何者でもない事だろう。
だが、環と面と向かい対面した者にしか分からない事がある。
この男は本気で言っていると。
自分は他より遥かに優れた存在だと信じて疑わない……いや、本当にそうなのだと思わせられてしまうカリスマ性、その傲慢さも肯定せざるを得ない実力を備えているのだと。
そして……そんな男に才能があると言われれば、言われた者はどう思うか?
(ッ! 俺は何を考えてる………⁉︎ 馬鹿な事を………‼︎)
その隙間を、師藤環は見逃さなかった。
響人の耳元で、囁くように言葉を投げる。
「響人……お前には実力も才能も頭脳もあるし、何より見る目を持っている。そんなお前なら、奴等かオレ達か……どちらに付く方が利になるか。答えを出すのは簡単だろう?」
「…………」
「……オレの仲間になる気はないか?」
甘い誘惑。
危険な教唆。
それを環が扱えば、どんなものより恐ろしい武器となる。
(………俺は………俺には、他人より優れたものがある………? それをわざわざコイツ相手に捨てる………これは………とんでもなく馬鹿な事じゃないか………?)
響人の心は確実に揺らいでいた。
黒に引き摺り込まれようとしている。
環はそれを確信し、笑顔を凶悪なものへと変貌させた。
だが位置の関係上、その表情は響人に見えない。
(俺には実力が………才能が………頭脳が………そして見る目が………)
「目………?」
「ッ?」
前触れなく、誰に向けてでもなく、響人はそう呟いた。
揺らぎ、危うく完全に傾きかけたその心を、突如浮上した僅かな疑問が立て直したのだ。
その『目』という単語は、すぐさま響人の頭脳回路に組み込まれる。
師藤環の能力を解くために……!
(消える………幻覚………逸らす………いや、本当にそうか?………『目』でそう見えるだけ………?………瞬間移動?………高速………超スピード?………『目』で瞬間移動に見えるだけ?………あの影を消す攻撃………破壊力?………いや、そういう性質だとしたら………?………影を打ち消す性質………『目』に訴えかけるもの………!)
「ッ‼︎ まさか………‼︎」
「⁉︎」
響人の中で点と点が繋がった。
1度は堕ちかけた。
だが、一筋の光明と、仲間へと託さなければならない使命感が、響人を立ち上がらせた。
そして、託すべき物は完成した。
響人は、環の能力を見破ったのだ。
響人は自身のブレード——ニニギに付く3枚の刃を全て外し、自分の手元まで引き寄せる。
それをしっかりと掴み、壁に空いた穴へ向かい飛び立った。
「……そうか。あくまでもオレに楯突き通すか」
「………ッ‼︎」
環の言葉に意を返さず、響人は穴から外へ出て、再び声の限り叫んだ。
「天音ッ‼︎ いるかーーッ⁉︎」
探すまでもなく、響人が呼びかけた少女——崎和天音は、屋敷の塀の外側にいた。
道端に倒れ込み、辛うじて目を開いている向井命に応急処置を施すため。
先ほど響人が携帯を使い、『場を離れられる方どちらかが、どこか別の鏡からこちらに来るように』と指示していたから、彼女はここに来ていたのだ。
「響人! どうしたの⁉︎」
「聞け‼︎ 奴の………ッ⁉︎」
響人は、自身の周りの異常に気づいた。
自分を包囲し、逃げ場を封じるかのように、野球ボール程の大きさの光球が無数に浮かんでいる。
そして屋敷の屋上にはいつの間にか、師藤環が立っていた。
「仕方ない、響人……お前の道は既に、『死』の他には何もなくなった‼︎」
敵意と悪意を剥き出しに、環はそう言い放つ。
見れば、光球は徐々にその大きさを増していくのが響人には確認できた。
もう時間がない。
そう悟り、響人は改めて叫んだ。
「奴の能力は光だ‼︎ 光を操る能力だ‼︎」
その言葉が終わった瞬間、光球から伸びた攻撃はただ一点……響人に向けて浴びせられた。
ブレードから手は離され、血を流し、響人は下へと落ちていく。
そのまま、屋敷の庭に生える木に墜落した。
あとの事を、仲間に託して。




