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第50話 「イザナギの謎①」

 偽造と幽永の戦いが始まったのとほぼ同時刻。

 屋敷の入口にて——




*




 すぐ目の前だ。

 そこへ1歩踏み出せば、もう敵の根城への突入を意味する。

 難しい事じゃない。

 それ自体は簡単な事だ。


 だがたった今起きた不可解な出来事に、俺たち5人は動揺を隠し得なかった。


「……冗談だろ? なんで奥に進もうとして、逆に戻って来ちまうんだよ⁉︎」

「わ、分かんないわよ! 私が聞きたい位なのに」


 直に経験した叶恵は、取り分け動揺している。

 そりゃ、階段を上ろうとして何故か元の場所に戻って来てたんだ。

 ポル○レフもビックリである。


「ますます迂闊に手を出せなくなった………」

「相手の能力かな?」

「だろうな………得体が知れない」


 顎に手を当て唸る響人。

 俺の思いつく感じだと、そうだな……。

 幻覚?

 いや、まだ分からない事が多すぎて断定出来ないな。

 とにかく中に入れないんじゃ何も始まらない。


「どうする? 次は俺が行くか?」

「………いや、全員で行こう」


 単身突っ込む覚悟で聞いたら、意外な答えが返ってきた。

 こんな事考えたくないが……それだと万一にも全滅するリスクがある。

 響人ならこれ位考え付いてる筈だ。


「外………よく見てみろ」

「外?……あ」


 親指を立て背後を指差す響人。

 それに従い視線を移すと、門の外にちらほらと人影が確認できた。

 そうだった……さっき塀が吹っ飛んだんだった。

 野次馬がいてもおかしくない。

 多分もっと増えるだろう。


「外にいると、無関係の人を巻き込むかもしれないって事か」

「ああ………それと」


 なにか言いかけて、響人は言葉を詰まらせた。


「それと………仲間を陽動に使うの、あまり好きじゃないんだ」

「……へー」


 少し経って咳払いした後、改めてそう言った。

 言った後少し恥ずかしかったのか、響人は目を俺から逸らす。

 表情は相変わらずだが、それでもかなり新鮮な光景だ。


「珍しい、響人が照れてる」

「照れてない………」


 それを見て悪戯っぽく微笑む天音。

 天音目線でも新鮮なのか、これ。

 俺が例えるなら、偽造が声あげてマジ泣きしてる光景か?

 ……新鮮っちゃ新鮮だが、見たくねーな。

 なんか気持ちわりーし。


「あれ……じゃあさっき私が入ったのは?」

「聞かなそうだったし………」

「ちょっとは粘ってやれや」


 なんでちょいちょい諦めが早いんだコイツは。


「ともあれ行くぞ。準備はいいな」


 全員の様子を確認し、俺は先陣切って屋敷の中へと入った。

 4人も続いて入ってくる。

 目の前に大きな階段があり、2階へと通じているようだ。

 天井からぶら下がる電球には光が灯っておらず、中々に暗い。

 ボロい内装も合わさり、さながら幽霊屋敷のような雰囲気を醸し出す。

 そして……空気がピリピリと張り詰め、否応にも緊張感が掻き立てられる。

 俺は腰にぶら下がるライトのスイッチを入れ、前方を照らした。


「誰もいない……よな」


 ライトを動かし部屋中を照らすも、俺たち以外に誰も見当たらないが——


「……なにか」

「どうした葉隠?」

「なにか変……なにかヤバい……」


 叶恵はキョロキョロと屋敷を見渡しながら、額に汗を滲ませていた。

 その表情は不安と焦燥が入り混じったようで、隣の雄生の服の袖を無意識の内に掴んでいる。

 俺の認識上、敵の存在に敏感に反応する叶恵がこんな態度って事は。

 ……近くにいるのか?


 そんな叶恵の様子に、響人たちも周囲をより警戒する。


「どこか………怪しいものはあるか?」

「分からない。特に何もないように見えるが」

「私も同じく……」


 注意深く見渡してはいる。

 けどやっぱり、この近くには誰もいないようにしか見えない。

 少なくとも1階には……。

 天音も俺と同意見らしい。


「でもなんかいます……絶対」

「なんか霊感みてえだな。てかお前くっつきすぎだぞ」

「ああ、ゴメ——ッ‼︎」

「う……⁉︎」


 途端に、張り詰めた空気が肌に突き刺さる。

 反射で首を後ろに向けた時……既に事は起きていた。







 もう1人、誰かがいた。

 左手を振り下ろすその男。

 必死の表情で、雄生を右手で突き飛ばす叶恵。

 困惑を顔に浮かべる雄生。

 状況に気づき、ブレードを手にして後ろへ戻ろうとする俺、響人、天音。

 振り下ろされる男の手には、なにか白い物が握られている。

 その軌道上には——


 突き出された叶恵の右手。


「……ア」


 俺が今まで聞いた中で、1番嫌な音が聞こえた。

 今日初めて聞いた。

 ……人の肉と骨が斬られる音。


「ッ‼︎……テ……テメエェェェーーーーーーー‼︎」


 困惑を残したまま怒りの表情を浮かばせ、雄生はブレードを男に振り下ろした。


「⁉︎」


 だがもうそこに、男はいなかった。

 雄生のブレードは空振りし、そのまま床に叩きつけられる。


「消えた⁉︎」

「ッ!………」

「叶恵ちゃん‼︎」


 叶恵はバランスを乱し、その場に倒れた。

 そのすぐそばに、手首あたりから切断された小さな右手が転がっている。

 誰のものか、考えるまでもない。

 考えたくない……。


「叶……恵……お前……」


 うまく舌が回らない。

 途切れ途切れの言葉でろくに喋れない。

 踞る叶恵の周りがじわじわ血の色に染まるのを目の当たりにし、俺の頭は真っ白になりかかる……。


「向井!」

「……分かってる!」


 血の味がするほど下唇を噛み締め、俺は思考回路を立て直した。


「雄生‼︎ 早く叶恵を治してくれ!」


 叶恵を庇うような位置でブレードを構え、俺は叫ぶように言った。

 雄生は一瞬間を空け、半ば放心気味に口を開く。


「けど……命さん。俺分かるんスよ……。治せる怪我には限度がある。自分で限界決めるのは好きじゃないッスけど……俺には……斬られた手を生やす事が出来ないって……‼︎ 俺はどうしてか分かっちまってるんスよ‼︎」

「雄生……? 何言って」


 首を捻り後ろを見ると、雄生の目に涙が浮かんでいた。


「俺のせいだ……。治す事は出来ても、もう右手は元に戻せねえ‼︎ 俺のせいで……‼︎」

「まだ諦めるのは早い!」


 響人が必死な様子で声を張り上げ、雄生はそれにハッとした風に顔を上げた。


「天音………葉隠の手を元通り縫い付ける事は出来るか?」

「う、うん。なんとか」

「天音の糸にも微弱ながら治癒力がある………縫い付けた状態で諏訪間が治せば、可能性はまだある………!」

「‼︎……」


 雄生は涙を拭い、手首を拾ってそれを切断面にくっつけた。


「お願いします……‼︎」

「任せて!」


 天音はそこにブレードを近づけ、薄く光る糸で手首を縫い付けていく。

 俺は首を戻し、改めて言った。


「……コッチは俺と響人に任せろ。だから治療に専念しててくれ!」

「………」


 響人は浮遊するブレード2振りを携え、俺の背後に、叶恵たちを挟む位置に移動する。


「悪い響人……完全に取り乱すところだった。ありがとう」


 姿勢を保ったまま、俺は響人に語りかける。

 姿は見えないが、多分響人も同じ状態で返してきた。


「気にするな………俺もだ。大声出さなきゃどうにかなりそうだった」

「……お前もやっぱり人間だな」


 こんな状況で汗を滲ませながら、俺は少し笑みを零す。


「そりゃそうだろ………それより気を抜くな。でないと………」

「ああ……」


 叶恵を階段でなく入口に移動させたかと思えば、前触れなく目の前に現れた。

 幻覚……?

 それだけか?

 アイツの能力はなんだ?

 それが分からないと、俺たちは100パー負ける。

 たった今実感した。


「……! 響人」

「?………!」


 ふと階段の頂上に目をやって気づいた。

 さっきの男が立っている。


 悠々とした態度で俺たちを見下ろすその姿は……一言で言うと、予想と少し違う。

 肩の上まで伸ばした黒髪も相まって、中性的な印象の優男だ。

 その左手には、白い十字架のようなもの……奴のブレードらしき物が握られている。


 なんのために姿を俺たちに晒した?

 そういう事頭に浮かべるとほぼ同時に、奴は口を開いた。


「何故……オレはこうしてお前等に、姿を現したと思う?」

「……」

「なんの理解もさせないまま殺すのは……少し惜しいと思ったんだ」


 凍えるような薄ら笑みを貼り付けながら、奴は淡々と言葉を紡いでいく。

 なんだよコイツ……。

 明らかに今までの奴と違う。


「だから少しずつ……色々な方法で追い詰める事にした」


 最後にそう言い、奴は突然俺たちの視界から消えた。


「ッ! 来るぞ!」

「………」


 さっきと同じだ。

 またいきなりどこからか現れる!

 俺はすぐさま、5人全員を覆える影のドームを作り出した。

 全方位完全に塞いである。

 これでひとまず防御出来る筈——


「え……」


 影のドームが、俺の正面の部分だけ円形に消滅した。

 そこから見える外では、奴のブレードの先端が俺に向いている。


「隠れるなよ……致命傷を与えにくいだろう?」

「なんで……⁉︎」


 嘘だろ⁉︎

 今まで1度も破られた事はなかったのに。

 マシンガンの銃弾の雨でも防ぎきった。

 それをコイツは一瞬で……!


「クソ!」


 ブレードで咄嗟に突きの軌道を逸らした。

 その隙を突き、響人のブレードが片方、俺の横を通り奴に突撃する。

 もう少しで当たる……というところで、奴はまた一瞬で目の前から消え去った。


「俺の影を……どうやって」


 ドームを消しつつ、俺は独り言のように呟いた。

 思わずそうしてしまうほど、さっきの出来事は衝撃的だったのだ。


「見当がつかない………単に幻覚を扱うだけじゃないのは分かったが」


 俺の言葉の返事としてか、響人はそう言った。

 やっぱりさっきまでの現象から、響人の中でも幻覚使いという仮説はあったらしい。


 けど幻覚じゃ影の防御は破れない。

 幻覚で一部を透けさせたわけじゃなく、確かに俺の影は円形に消滅していた。

 クソ、分からない……!

 奴は何をやってるんだ⁉︎


「フン……考えているな。必死こいて、オレの能力を解明しようとしているな」


 2階の方から、弄ぶかのような声が聞こえた。

 奴は閉じたドアの前で、変わらず悠然と立っている。


「まだまだだ。これじゃまだ駄目だ……」


 奴はそう言いながら、ドアノブを回す。


「そろそろ好奇心に駆られた連中も、わんさか集まってるだろう……。消してもいいが、向こうへ行く方が早いか。ついて来いよ」


 奴がドアを目一杯開くと、反対の面に鏡がかけてあった。

 それに手を触れ、奴は中へと入っていった。


「……行くしかない、か」

「天音たちはここで待ってろ………」

「……クソッ」


 雄生は険しい表情で、叶恵の背に触れている。

 治癒にはまだかかりそうだ。


「スンマセン……」

「謝るなよ。誰もお前を責めない」

「2人とも、どうか無事で」

「当然………」


 俺と響人は階段を上り、鏡の奥に突入した。

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