第47話 「銀の狐と黒い蛇-激闘①-」
雲ひとつない晴天の下、土煙の舞う屋敷沿いの道にて。
僕は彼……夜乃幽永と、3度目の対面を果たしていた。
そう遠くない内にまた会うとは思ってたけど……まさに昨日の今日って感じだ。
「……フゥ」
まず、軽く深呼吸をする。
昨日以前のままの僕なら、彼の存在を確認するなり我を忘れ、先手必勝とばかりに大した考えもなく斬りかかっていただろう。
現に昨日はそうしていた。
「言いたい事があるんだけど」
「?」
でも、それは昨日までの話だ。
とりあえず最初にこれだけは言っておかないと。
「スパシーバ……ありがとう」
「……は? 何だって?」
僕の言葉が余程意外だったのか、彼は間の抜けた声を漏らした。
意味が分からず困惑したような表情も合わさり、なんだか滑稽に見えてしまう。
「何ってお礼だよ。それ位分かるだろう?」
「そこじゃねえっての。俺が分かんねえのはスパシ何とかの意味と、お礼を言われる理由だ。そんな覚え、ミジンコ程の欠片もねえんだけど」
ミジンコ程って。
よくこの場面で、引き出しからその言葉持ち出したね。
なんて事は言わずに……。
「君になくても僕にはある。君が『あの時の僕』を殴り飛ばしてくれなかったら、『今ここにいる僕』はいなかったかもしれない。だからお礼を言ったんだ。ありがとう、幽永君」
「なんだそりゃ……。あのまま放っといたら、俺の気分が悪くなるからそうしたんだ。だからそんな事言われる筋合いねえよ。てか結局スパ何とかってどういう意味だよ」
「ロシア語で『ありがとう』って事」
幽永君は頭をガシガシと掻きながら、少し呆れ気味に言った。
その様を見てる限りじゃ、戦闘狂とは思えない……少し目立つ同級生として、隣のクラスにでもいそうな雰囲気を醸し出している。
いや待てよ、確か1個上だから上級生か。
どっちでもいいけど。
「言いたい事は終わったろ? じゃあ……そろそろ始めようや」
「……そうだね」
幽永君は普段の態度に戻り、呆れ顔から一変、楽しげな笑みを顔に浮かべた。
そりゃもう戦る気満々といった様子で、両手の指をボキボキ鳴らしている。
「そういう仕草……凄く小物臭いのに、君がやるとゾワッとするね」
「カハハ! 褒めたって大したもんは出ねえよ。出るとすりゃあ精々グーパンとかその辺だな」
それはそれは。
本当に大したものじゃないね。
いらないから返したいくらいだ。
ところで、これから戦う為には1つ気がかりな事がある。
「ここで戦うつもりかい? それにこんな派手な事して……」
僕は幽永君の背後に目をやった。
ついさっき起きた『何か』のお陰で、あった筈の塀は粉々に砕け、土煙を濛々と上げている。
結構大きな音も鳴ったし、そろそろご近所の人がこの場に集まってきて、大騒ぎになってもおかしくないけど……それは色々と困る。
一般人を巻き込むわけにはいかないし、あまり注目されるのも避けたい。
そういう僕の考えには、幽永君も同感らしく、軽く首を振りながら言った。
「まさか。ここじゃ色々不都合が多いからな。そこに特設ステージの入口がある」
幽永君が指差す方向へ振り向くと、その場には明らかに不自然な立て鏡が1つあった。
この状況で鏡。
今までの経験があれば、どんなに勘が悪い人でも意味が察知出来るだろう。
「そこなら、邪魔する奴は誰もいない。御誂え向きだろ?」
「結局、僕らがぶつかる時はそこに落ち着くんだよね……。異論はないよ」
僕の返事を聞くなり、幽永君は足早に鏡の中へ入っていった。
思えば僕らブレード使いの戦いは、基本的に鏡の中が舞台だったな。
基本的と言うからには、いくつか例外もあるわけだけど。
僕の初戦もそうだし、苦い思い出だけど、巴ちゃんと戦った時もだ。
そして……この幽永君の急襲も。
過去の戦いに思いを馳せながら、僕は立て鏡の中へ入った。
一足先に入っていた幽永君は、準備運動がてら腕を交差させながら、僕が入ってきたのを確認して言った。
「3度目……多分これで終わりだ。それに相応しい戦いをしよう」
「……望むところだよ」
右手に持ったブレードを構える。
焦らず、相手をよく見ろ。
昨日の時とは違う……。
相手の心理を予測し、それを食った言動を取ってこそ、僕だ。
「……」
「そっちも戦る気だな。嬉しいぜ偽造!」
幽永君は準備運動を止め、右手を僕の方に突き出す。
次の瞬間には、その手に大鎌が握られていた。
おっと、これは意外だ。
開幕からブレードを使うのか。
昨日みたく、様子を見てからだと思ってたんだけど……。
「敵を目の前にした状態で、あまりごちゃごちゃ考えない方がいいぜ⁉︎」
「ッ!」
先手を取ったのは、幽永君だった。
地面を蹴ったかと思えば、一瞬にして僕との距離が詰められる。
僕を大鎌の射程に捉えたと見るや、それを横になぎ払ってきた。
「フッ……!」
ギリギリで背後に下がってそれを躱し、思わず息が漏れ出す。
目測で躱せたのは分かってたけど、つい当たるんじゃないかと思う程の緊張感だ。
ともあれ次はこちらの番。
僕はブレードを振り下ろした。
それを幽永君は向かって左側に躱す。
その傾いた姿勢から、幽永君はブレードを僕に振り上げた。
これは後ろに下がったんじゃ間に合わない。
頭より先に僕の体がそう判断したのか、自然と距離を少しだけ詰めていた。
そして、ブレードを使って大鎌の柄の部分を受け止める。
幽永君は怯む事もなく、受け止められた大鎌を自分の方に勢いよく引き寄せた。
「!」
首の後ろから、冷たい感覚が近づいてくる。
それもその筈……大鎌を柄の部分で受けたって事は、僕の後ろに刃があるって事なんだから。
しゃがんで躱す?
振り返って防ぐ?
いや、どの状態に移行しても隙が出来てしまう。
なら、僕の体はどうやってこの状況を脱出する?
刹那の間に考えを巡らせた結果、僕が出した答えは——
まずブレードから一瞬だけ片手を離し、その腕を自分のブレードにぶつける。
その直後……小さくジャンプした。
「! どういうつもりだ⁉︎」
「さてね」
信じられないという反応を見せる幽永君。
そりゃそうだ。
首を守るためとはいえ、こんな事をすれば体の方をバッサリやられてしまう。
イリュージョンじゃなく、実際に胴体切断なんてシャレにならない。
だが幽永君の大鎌の刃は……
僕を切断する事なく、少し宙に浮く僕の体を幽永君の方に引き寄せた。
「何⁉︎」
低い姿勢だった幽永君の顔面に、僕の膝蹴りが命中する。
幽永君は仰向けに仰け反り、僕はその上を慣性に従って宙を移動し地面に着地した。
「ぐおッ!」
「上手くいった……けど、やっぱり割と痛いな、コレ」
ひとまず、さっきかけた能力を解除。
僕は刃をモロに受けた背を自分でさすりながら、今の心中を吐露した。
制服のブレザーを金属化して鎧代わりにするだけじゃ、ダメージは殺しきるのは無理か。
「ちっくしょう……今のはなんだったんだ」
「教えてあげない」
僕は人差し指を口の前に持ってきて、嫌味に笑ってみせる。
……あれ、攻撃に使った膝が微妙に痛むな。
そのせいで、笑顔が微妙に引きつってしまった。
「顔面にいったのに、こっちにもダメージ帰ってくるなんて。どれだけ頑丈なんだ、君は」
「お前こそ……さっきの感触、金属でも斬っちまったのかと思ったぞ。……うわ、鼻血出た!」
幽永君は俯いて顔を抑えながら言った。
鋭いな……。
まさにその通りなんだけど。
いい加減僕の能力も推測されるかもしれない。
でも3度目の対面にして、ようやく先にダメージを与えられた。
昨日は全くついていけなかったスピードも、何故か目で追えている。
大きな進歩だ。
幽永君は鼻を擦りつつ姿勢を戻し、僕の方に向き直した。
「原理はよく分からんが、1本取られたって事だ。取られたものは、返してもらわなきゃなあ!」
そう言うなり、幽永君は思いきり振りかぶりブレードを僕の方へ振り回す。
その風圧で、付近をを舞っていた土煙が僕を包み込み、視界を瞬く間に奪われた。
「くそっ」
古典的だけど、結構ヤバイよこれ。
四方八方、どこから仕掛けてくるか分からない。
というか今更だけど、鏡の中でも土煙は舞ってたんだ。
一旦、感覚を研ぎ澄ませよう。
自分の理性は保ったまま……昨日みたいなあの感覚を。
今は目は使えない。
音を、気配を感じ取るんだ。
「……!」
背後から、ただならぬ気配を感じた。
気を抜けば丸呑みにされそうな、凄まじい威圧感が。
後ろから来る!
「そこ!」
振り向きざまにブレードをなぎ払った。
「え……?」
……が、何かを斬った感覚は全くない。
空振った?
いやまさか……あの感覚は錯覚なんかじゃなかった筈だ!
でも現に、僕のブレードは虚しくも空を斬っている。
どうなってるんだ⁉︎
「残念無念! コッチなんだよなコレが‼︎」
「⁉︎」
声が聞こえたのは背後から……つまり、さっきまで向いていた方向だった。
「1本、取り返した‼︎」
気付いて振り返った時には、既に遅かった。
強い鈍痛が胸に響く。
「ガハッ!」
「このまま吹き飛べ!」
1発目が命中するや否や、すかさず連続攻撃を繰り出してきた。
僕はなんとか防御の姿勢をとるも、躱す事は出来ずに言葉通り吹き飛ばされる。
「うぐ……きくな」
ジャストミートしたのは1発目だけだったので、倒れはせずに済んだ。
全部モロに食らってたら、早くも勝負ありだったかも。
それだけ、1発1発が重かった。
風切り音が聞こえたかと思えば、土煙が四散し、中にいた幽永君の姿が露わになる。
またブレードを思いきり振り、風圧を発生させたんだろう。
「感覚的に、最初の以外は防がれたな。けど中々の蹴りだったろ?」
幽永君は右足を上げてみせた。
あの威力の蹴りを、あれだけの数連打したとは。
つくづく底知れないな。
でもそれを肯定するのは嫌なので、僕の方からも何か言い返させてもらおう。
「どうだろうね。昨日までなら、1発で骨1本お陀仏だったのに、今日は大丈夫みたいだよ? 加減し過ぎたのかな?」
「カハハハハ! 俺は昨日と同レベルを意識してやったぜ? そりゃお前が成長してんだよ! いやあ本当楽しいなあ‼︎」
幽永君は心底嬉しそうに高笑いした。
それってつまり、本気出したらもっと強いって暗に言ってるじゃん。
それだけじゃない。
さっきの威圧感の正体だ。
錯覚なんかじゃ決してない。
なのにそこには何もなかった。
ギャグみたいなレベルの身体能力と、持ち主のいない威圧感。
この2つを攻略しないと——
この戦い、僕は負ける。




