第46話 「斬って落とされた火蓋」
放課後。
基本的に授業から開放されたという、いわばやりきった感に溢れる時間なのだが——
多分、こんな気持ちで放課後を迎える事は、金輪際ないだろう。
「……行くか」
「そうだね」
正直、この心境で午後の授業が頭に入る自信がなかったのだが、寧ろここ最近で1番集中してた。
自分でもなんでだか分からん。
そんな不思議な気分で、俺は偽造と教室を後にした。
下足の所まで来ると、またも俺たち以外の4人が待機している。
なんでそんなに速いんだよ、コイツ等は。
「これで全員だな………」
「ああ。それで響人、作戦は纏まったのか?」
「まあ………ある程度は。授業抜けて下見して来たしな」
「え⁉︎ 途中からいないと思ったら……」
天音は呆れたように苦笑いする。
「内容は途中で説明する………行こう」
「分かった」
*
その場所は、学校からそう遠くない……徒歩15分程の場所にあった。
大きな屋敷のようだが、誰かが住んでるといった雰囲気はない。
れんが造りの外壁にはツタがビッシリと伸び、割れた窓ガラスには木の板が貼られ、一見廃屋のようだ。
「こんな所にいるのか?」
「じきに分かる………じゃあさっき言った通りに」
「おう……」
到着と同時に、響人が道中説明した配置を頭で反芻する。
まず、門の前に俺がスタンバイする。
1番危ない場所だが、俺なら咄嗟に防御出来るから、だそうだ。
その目の前の通路は、天音が糸を張り誰かの接近を感知出来るようにしている。
屋敷の左右の道付近は、それぞれ偽造と雄生が見張る事になっている。
後ろ側は、叶恵と響人が2人がかりで当番、という事らしい。
「じゃあみんな、終わらせようか」
6人が円になって立つ中、偽造は拳を前に突き出した。
「……」
今に始まった事じゃないが、コイツは周りの気負ったものを払ってくれてるんだな。
ついこの前の時も……その前からも……。
「ああ、終わらせよう」
俺が拳を突き出し、偽造の拳に軽くぶつけると、4人も同じように拳を突き出す。
そして全員決意の下、各々の役目の場所に移動していった。
*
5分位経過しただろうか。
俺は塀を背に当て、感覚を研ぎ澄ませている。
だが誰も出てくるような気配はない。
「……」
まあ、そう簡単に出て来るわけないよな。
ここは粘りが大事だ。
根負けするな、俺……。
絶対ここで終わりにするんだ。
「とは言っても……」
あまり時間が経つとヤバイ。
またライトを常用する羽目になるし、向こうにもそれはバレてるだろう。
ライトが破壊されると厳しいぞ……。
だからって、この屋敷に不用意に入るのも危険だしな……。
今はこのままがベストか。
『……ピーッガガガガ——』
「⁉︎ なんだ?」
突然、古びた拡声器から流れるような耳に悪いノイズが、周囲に響いた。
音の鳴る方に目を向けると、四方にメガホンのついたポールが立っている。
『あー、あー……お、いけてるっぽいな。ったくこういうの慣れねえな』
ノイズでよく誰かはよく分からねーが……屋敷の中から放送してるのか?
どういうつもりでこんな事——
『えーと、いるのは分かってるぜ御一行。この屋敷で待ち伏せ作戦か? あ、俺は夜乃幽永……ってもう名前知ってるか』
声の主は夜乃……。
てか俺たちの事がバレてる?
どこでバレた⁉︎
『なんでいるのが分かったかって? いや思ってないか? まあんな事大した問題じゃねえよ。ここに来たって事は……決着付けに来たんだろう? 俺たちとさあ!』
嬉しそうに喋りやがって。
それに見透かしたような事を……。
『けどそっちが待ちで粘るってんなら……仕様がねえな』
『こっちから、行こうじゃねえの』
「……⁉︎」
その瞬間、さっきまでの拡声器の音など比じゃない、凄まじい轟音が鳴り響く。
何事かと思った時には既に……俺の目には現実離れな光景が飛び込んできていた。
「塀が……吹き飛んだ……⁉︎」
屋敷に向かって左側にある塀が、土煙を上げ粉砕されていたのだ。
……嘘だろ?
鉄筋の塀だぞ⁉︎
それを今の一瞬で粉々に吹っ飛ばしたのかよ⁉︎
あれがもし……俺がいるこの方向だったら——
いや……あの方向は、確か……。
「偽造がいる方向じゃねーか‼︎」
さっきまで考えた事が、一気に俺の脳内から消える。
俺は堪らず持ち場を離れ、塀が吹き飛んだ方へ走り出した。
「偽造!」
「ん? ああ、命君」
角を曲がるとそこには、ブレード片手に悠然と立つ偽造がいた。
全くの無傷で。
「お前……大丈夫、なのか?」
「まあ。びっくりはしたけど、飛んできた瓦礫は全部無力化したし」
「無力化って……いや、え?」
足元を見ると、無数の瓦礫が散乱している。
まさかコイツ……自分に飛んできた瓦礫、ブレードで全部斬り捨てたのか⁉︎
そんな事が?
「ほら、これ証拠」
「うおあ⁉︎」
俺が呆気に取られていると、偽造は瓦礫をいくつか拾い上げ、俺に投げつけてきた。
咄嗟に両手で防御の姿勢をとるも、見事に全て命中する。
「何すんだお前! アレ、全然痛くねー……てか軽い?」
ぶつけられた瓦礫の威力に驚き、それを拾い上げて更に疑問符が浮かぶ。
とんでもなく軽い。
しかもよく見ると、鋭利な刃物で斬られた
かのように平らな断面が……。
本当にぜんぶ斬ったのかよ⁉︎
「お前……」
「とにかく僕は大丈夫。なんでか分からないけど、僕らがこの辺りで待ち伏せしてたのがバレてた。もうそんな悠長な場合じゃない。命君はみんなと屋敷の中へ」
「偽造は?」
「そりゃあ……」
偽造は、さっきまで塀があった方を見据えた。
俺もつられてそちらを見る。
土煙でよく見えないその空間に、何が……いや、誰が現れるか。
奴らの中で、偽造と因縁のある相手……。
想像に難くなかった。
薄っすらと浮かんだ人影が、徐々に鮮明になって行く。
そして現れたその男……夜乃幽永は、偽造の正面に対峙した。
「僕にはやる事があるからね」
「……」
大丈夫かと聞こうとして、俺は言葉を飲み込む。
違う。
俺がかけるべきはこの言葉じゃねー。
大丈夫かどうかなんて、そんな事聞かなくてもいい。
「偽造」
「なんだい?」
「……あとでな」
「うん、ウヴィーヂムシャ」
偽造は穏やかに笑った。
あの時の荒々しさは微塵もなく、ただ静かに……いつもの偽造とも少し違った様子で。
「さあ、早く行って」
「分かった。絶対、あとでな」
俺は屋敷の裏に周ろうと、偽造の横を通り過ぎて走った。
すると角の手前辺りで、叶恵と響人の2人に鉢合わせる。
「カ、カムイさん! 今のなんですか⁉︎ あの、勾原先輩は……」
「アイツは大丈夫だ……正直ビックリしたけど」
「………バレていたな」
響人は無表情だが、心なしか悔しげだ。
「けどなんでバレた? 屋敷から覗いてたのか?」
「いや………窓には板が隙間なく貼られてる。他に覗けそうな場所もない………」
「だったら尚更なんで」
「考えられるとすれば………外から別の奴が見張ってた」
「でも誰かが見張ってたら、私たちにもその人見つけられるんじゃないですか?」
「でないとすれば………ブレード能力か」
俺たちを探知するブレード能力……。
確かにそんな奴がいてもおかしくない。
「けどどっちにしろ、もう待ち伏せなんて意味ねーぞ」
「ああ………屋敷に突入するぞ」
「……やっぱ、それしかねーよな」
「いよいよですね……!」
緊張感が走る中、俺たちは裏を周り門の方へと到着、そこには既に雄生と天音がいた。
「命さん……このあとどうするんスか?」
「突入するぞ。それしかない」
全員に改めて緊張感が走る。
「でも、このまま門から入るの?」
「いや………向こうも俺たちが来るのを見越してるだろう。迂闊に動くな」
「……ねえ、アレ」
「葉隠……? ⁉︎」
叶恵に促され門の奥を見た雄生は、顔色を変えて絶句した。
「……崎和さん。さっきまで確かに、ドアは閉まってたッスよね?」
「え?……! うん、さっきまでは……」
「どうしたんだ?」
「……ドアが、開いてるんスよ」
「⁉︎」
俺もさっきまで、ここで見張りをしてた。
その時も確認したが、ドアは確実に閉まっていた筈だ。
間違いようがない。
だが……今見ている屋敷の入口のドアは、どう見ても開いている。
「なんで……」
「入って来いとでも言いてえのかよ」
「………」
ひとまず門をくぐり入口の前まで移動する。
「不用意に中に入るなよ………」
「分かってる。確認するだけだ……」
壁に背を当て、屋敷の中を覗き込んだ。
「……」
一見、特におかしい所はない……外観から想像できるような、古びた内装だ。
「大丈夫そうだ」
「よし………入るぞ」
「……私が先に行ってみます」
叶恵が唐突に、切り込み隊長を申し出た。
「どうした葉隠?」
「だってほら……カムイさんが屋敷に入ったら、結局ライト使っちゃうし。私は多分、この中で1番速く動けるし」
「う……」
ご最も。
失礼だけど、お前そんなに賢かったっけ?
「………頼めるか?」
「はい。行ってきます」
叶恵はそう言い用心深く屋敷に入っていったが、雄生は落ち着かない様子だ。
「大丈夫かアイツ……」
「今は叶恵を信用しろ。あんな風だけど、アイツは大した奴なんだから」
「そうッスけど……いや、やっぱ俺も行った方が……ッグオ⁉︎」
「え⁉︎」
雄生が屋敷に入ろうとした時、叶恵が突進するかのように飛び出してきた。
それが鳩尾に入り、雄生は少し踞る。
「アレ……?」
「は……早かったな、葉隠……」
「どうだった?………軽く見た感じ」
「いや、ちょっと待ってください……」
叶恵は混乱したように、俺たちと入口を見比べている。
様子がおかしい。
「そんな……私階段を上ったと思ったのに……なんで? なんで戻ってきてるの……?」
「……え?」
この中で、何があった?
*
「やあ、昨日ぶり……でいいのかな?」
「ああ。傷の方はもう良さそうだな」
2人の少年は、互いに笑顔を貼り付けて対面していた。
1人はいつもと違う面持ちで。
1人はいつも通り、楽しげに。




