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第44話 「イザナギの片鱗」

 敗北してから夜が明けたが、おれは未だ鏡の世界の廃ビルに座り込んでいた。


 分からない。

 元からおれは曖昧な奴だったが……あの眼鏡……鳴谷だったか。

 奴に啖呵を切られ、殴り飛ばされてから、ますます分からなくなった。


 ……おれはどうしたいんだ?

 奴等は正しい。

 ならそいつ等のために、今まで味方してた連中の情報を流したおれはなんだ?


 一部から見れば正義、一部から見れば悪。


「結局曖昧で、どっちつかずじゃないか」


 ああ、本当に嫌いだ。

 この世で1番大嫌いだ。

 とうの昔に正義の道を断ち、そして悪にもなりきれない。

 おれはおれが大嫌いだ。


 ……死ねば楽になるだろうか。


「こんな事考えるおれは、やはり臆病者だな……」


 そりゃ楽になるだろう。

 考えるのを放棄出来るからな。


 だが結局、おれは曖昧なまま終わる事になる。


 ハッ。

 笑うしかない。


 もう戻る場所も無くなった。

 ……どうすればいいんだろうな。


「……!」


 ふと、足音が聞こえた。

 ガラス片の散乱する足場を、ジャリジャリと音を鳴らし、おれの方に近づいてくる。


 知ってる足音だ。

 冷たく、真っ暗な音。

 雑音が多いが、これを聞き間違える方が難しい。


 何故ここに来た……?

 いや、おれの様子を見に来たんだろう。

 あいつならそうする。


「……だが……」


 あいつの前でどうするというんだ。

 おれは裏切り者だ。

 おれは……。


「?……」


 続いていた足音が、突然消えた。


 何故?

 足音を殺す必要など無いだろう。

 立ち止まる意味も無い……。

 何をして——







「酷い傷じゃないか」

「⁉︎」


 座り込むおれの真横から、急に声を投げかけられた。


 あり得ない……!

 足音が消えたと思ったら、何故いきなりそこに現れる⁉︎

 もっと遠くにいたんじゃないのか……⁉︎


「傷の手当てもせず……いつまでもこんな所に座り込んで、何をしているんだ?……狩真」

「……師藤(しどう)………」


 その男は、首を上へと傾けるおれを、悠然とした態度で見下ろしていた。


 肩の辺りまで伸ばした黒髪、中性的な顔立ち、青のラインが入ったヘソ出しの白の上下服、その上に羽織った青いパーカー。


 そして、一目見ただけで分かる……只者ではないというオーラ。

 人を殺すなど、食べて寝るのと同等の事とでも考えていそうな……そんな雰囲気を、そう歳の変わらない男が持っているという事に、初めて会った時に戦慄した。


 おれは改めて、自分の状況を振り返る。

 こいつが裏切りを知った時、おれはどうなるのか……。


 今更命など惜しくない。

 おれはとうの昔に、精神的に死んでいる。

 むしろ肉体的にも死ねれば楽になるなんて事を、今しがた考えていた。


 ……悪くない。

 ここでこいつに殺されるのも。


 奴のオーラの影響か、そんな考えが頭に浮かぶ。

 教祖のためなら喜んで命を投げる邪教の信者の気持ちとは、こんな風なものなのだろうか……。


「名字で呼ぶなよ……オレはその呼ばれ方は好きじゃない。オレを呼ぶなら、名前で呼んでくれ。立てるか?……その傷、早く手当てした方がいい」


 そう言い、奴はおれに手を差し出した。

 素直に手を借りて立ち上がる。


「そうだったな。悪かった、環」

「いいさ。狩真はあまり他人を名前で呼ばないからな……。そのうち慣れてくれ」


 師藤環(しどうたまき)……。

 それがこの男の——

 奴らの中心、事件の首謀者、全ての元凶、悪の化身、ヒトの闇とも言うべきこの男の名前だ。

 少なくとも、おれがあった人間の中に、こいつ以上の闇はいない。


「傷の前に……お前に言う事がある」

「?」


 おれには本当に、もう生への執着が無いと実感した。

 自分でも驚くほど落ち着いた気分だ。


「おれは奴らに……お前の居場所を喋った。脅されたわけでも、催眠術なんかでも無く……自分の意思で、おれはお前を裏切った」

「……」


 師藤はただ無表情で、まっすぐおれを見据えている。

 何を考えているのだろうか。

 おれに対する処遇、というのは確かだが。


 後悔は……いや、後悔しかない人生だが、もうどうでもいい。

 煮るなり焼くなり、炒めるなり蒸すなり漬けるなり、茹でるなり和えるなり炊くなり揚げるなり、好きにしてくれて構わない。


 本気でそう思う——


「狩真……そういえばお前にだけ言ってなかった事があるな」

「……?」

「言ってなかったというか、何と言うか……タイミングの問題か。特に聞かれなかったので、言う事が無かったんだが……。丁度いい」

「待て、何の話をしている?」


 おれは今、お前を裏切った事を宣言したんだぞ。

 その事と脈絡無く話し始めた上、丁度いい?

 どう解釈すれば、今の話が丁度よくなる?


 師藤は左手を前にかざし、ただ一言呟いた。


「オレの話だ。……『イザナギ』」

「!……ッ」


 おれの脳から理解が消し飛んだ。

 師藤が自身のブレード名と思しき単語を口にした瞬間、おれの目の前から姿を消した。


 見逃す筈が無い!

 さっきまで目の前にいたんだぞ……!

 瞬きもしていなかった。

 なのに……一瞬どころか、全く目を離したわけでもないにも関わらず……おれの視界から消え去っただと⁉︎


 これはさっきと同じ……足音も無く一瞬で——

 どこへ行った?


「ッ‼︎」


 背後から、並々ならぬ気配を感じた。

 振り向けない。


「なあ、狩真。今の話が本当として……お前はオレに、どうして欲しいんだ?」

「……」

「お前は頭の切れる奴だ。意味無くそんな事を言う奴じゃない。……まさか、裏切れば殺される……とでも、考えているのか?」

「……」


 喋れない。

 断崖絶壁を背に、目隠しや拘束でもされているような……いつ突き落とされるか分からないような。

 とてつもない絶望感が、おれを襲った。


「どうした? 脂汗を流して……何を恐れている」

「ッ……ッ!」


 肩に触れ、おれを慰めるように言う。

 返事が出来ない。

 息がしづらい……。

 足が……わずかに震えだした。


「心配するなよ、狩真。オレはお前の行為を、裏切りとは判断しない。お前にそうさせた要因は……オレの方にあるんだろう?」

「……」

「お前に認められなかったのはオレだ。ここでブレードを見せたのも、贖罪の意味も兼ねている……というのは言い訳くさいか」

「……」


 おれは裏切ってないと見なされた……。

 許された。


 そう言われた時……本当に恐ろしいと思った。

 さっきまで、完全に死ぬ気だったのに……。

 未練も何も無かったのに……。


 殺されないと分かった瞬間、安心してしまった。

 いつの間にかおれは、こいつに殺されたくないと……まだ死にたくないと、本気で思っていたのだ。


 こいつは……死を覚悟した人間の覚悟を、いとも容易くへし折って見せた。


「とにかく……お前は何も心配する事はない。オレの居場所がばれたなら、ただ迎え撃つだけだ」

「……」


 おれは、弱いな。

 そう思う事しか出来なかった。


「ん?……足音か。誰か来る」

「……ああ」


 突然鳴り出した足音に、師藤が声を漏らす。

 ここに来てようやく、おれは後ろを振り向けた。

 師藤の左手には、全身真っ白の、十字架を模したシンプルなブレードが握られている。


 だが本当に……さっきの能力はなんなんだ。

 瞬間移動?

 そんな簡単に説明出来るものなのだろうか。

 もっと、末恐ろしいものを感じた気もする……。


 明確なのは……おれは決して、師藤環には勝てないという事位だ。

 おれだけじゃない……。


 そもそもこれに勝てる奴なんて、存在するのか?


「狩真! 負けたらしいから迎えに来たぞっ……アレ、環じゃん」

「誰かと思えば……お前か、幽永」


 足音の主は夜乃だった。

 寝起きだ。


「何やってんだよ、ブレードなんか出して……ハ! まさかお前ら、俺を差し置いてバトる気か⁉︎ ズリィぞ狩真! 俺もまだコイツとは決着ついてねえってのに!」

「まさか……馬鹿言うなよ幽永。狩真はケガ人なんだぞ?」

「ああ、それもそうか。けどせっかくブレード出してんだし……ちょっと()んねえ?」

「また今度な。お前が相手だと大変なんだよ」

「ツレねえなあ、カハハ!」


 師藤と夜乃は、普通の友人同士のように、笑いながら話している。

 あの常識離れした2人が。


 おれを含め、4人が倒された。

 残りはこの2人。

 対して連中は6人。

 数で見れば完全に不利だ。

 だがその2人は、揃いも揃って化け物以上。

 さっき身を以て体感した。


 ……あいつ等、殺されるんじゃないか?


「……」


 まただ。

 また迷っている……。

 あいつ等を心配している。


 おれは……誰の味方なんだ……。







 多めの朝食を終え、特に何をするでもなく部屋でくつろいでいた。

 あの激戦の後だし、何もしたくないってのが本音かもしれんが、別にどっちでもいい。


 実質土曜日が潰れたようなもんなんだから、今日はとことんダラダラしたい。

 これな。


「命! なんかして遊ぼう!」

「……」


 とか思ってた矢先、ノックもせず姉貴がドアを開けた。

 そしてこの台詞である。

 本当元気だな。


「今日は、出来れば何もしたくねーんだけど……」

「駄目だな〜命。日曜日はね、休む間なく遊ぶための日なんだよ?」

「休むための日だよ!」


 何言い出すんだこの人!

 俺を過労で殺す気か!

 この前の雄生みたいになるだろ。


「ったく。俺は今日は休む! 誰からの誘いも受けん!」

「え〜? お姉ちゃん暇になるじゃん」

「いいじゃねーか暇。姉貴はもっと暇のありがたみをだな……」


 そう言いながら、何気なく携帯の画面を見ると、新着通知が1件来ていた。


「?」


 昨日寝てる間に来たのか?

 とりあえず見てみるとしよう。


「……響人からか」


 昨日もアイツ、俺に伝言しに来たよな。

 軽いデジャヴを覚えながら、通知を開く。


「……は⁉︎」

「命? どうしたの?」


 本当か……?

 どこでそんな事知ったんだ⁉︎

 あの後、奴が喋った……とか?


「……」

「ねえ、なんて来てたの?」


 携帯の画面には、こう書かれていた。


『連中のアジトが分かったかもしれん』


 と。

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