第41話 「廃墟のトラップタワー⑦」
どこかの国の、見知らぬ場所。
言語も通じぬそんな所に、子供が1人取り残された。
突然銃を持った男たちに襲われ、たった1人生き残ってしまった。
そのまま連れ去られ、訳の分からぬ言葉で怒鳴られ、縛られ。
最終的に、ナイフを右目に向けて……。
*
銃や爆弾なんて物を使い、俺たちを苦しめた男に向けた響人の言葉は、とてもじゃないが簡単に信じられない事だった。
下手すりゃ死んでたんだ、普通そうは考えられない。
なのにコイツの言葉からは、徐々に信憑性が現れ始めている。
「一見殺しにかかってる風に見えて………実際ギリギリ回避できるよう仕組まれた罠の数々。お前の行動も、周到に見えて穴が多かった………もっと簡単にやろうと思えば、なんとか出来たんじゃないか?」
「詭弁だ」
「どうかな」
あまりに予想外な展開に、少し混乱気味だが……響人の言葉には迷いが無かった。
自分の出した結論を疑ってない。
コッチの勝利も確信してるみてーだが、どうする気だ?
まさか説得でもする気なのか?
お前はどう出るんだ、響人⁉︎
俺が考えを巡らせていると、響人が耳打ちしてきた。
「向井………お前は隙ついて、葉隠を救出してくれ」
「?……」
俺が言葉の意味を汲み取れないでいると、
「行くぞ………‼︎」
「⁉︎ 響人‼︎」
響人は奴に向かって全力で走り出した。
それも、ブレードを盾にする素振りもなく、まさに丸腰という状態でだ。
「っ! 血迷ったか⁉︎」
当然、奴の銃口は響人を向く。
『ダァンッ!』
「………ッ」
轟音と共に、響人は何かをぶつけられたかのように、右に仰け反った。
「オイ馬鹿! 何考えてんだお前‼︎」
「馬鹿は、アイツだ………!」
右肩あたりを撃たれたにも関わらず、響人は走り続けた。
速度を緩めず、まっすぐ、磁石が引き合うように進んでいる。
「ッ‼︎ イカれてるのかお前……!」
奴の冷静な表情も、焦燥に染まっている。
射撃したのに、足を止める気配がないのだ。
誰でも焦るに決まってる。
俺だって焦ってんのに!
『ダダァンッ‼︎』
「ぐ………!」
再び響く、2連撃の轟音。
踏み込んだ左足がガクンと崩れ、更にまた右に仰け反った。
「クオオ………ッ‼︎」
「何なんだお前……! 本当に脳を虫にでも食われたか⁉︎」
一瞬姿勢が崩れたが、唸るような叫び声をあげながら立て直した。
「……」
そういう事か……?
お前はそうやって、さっきの説を実証しようってのか⁉︎
「にしたって……無茶しすぎだろ」
最早驚きを通り越し、半分呆れた風な声が出る。
「……ッ!」
奴のブレードを握る手に力が込められた。
「向井‼︎」
「分かってる‼︎」
叶恵の方へ、瞬時に影を伸ばした。
ライトを傾け、すぐにあそこまで届くように。
『ガキンッ』
首筋を狙った奴のブレードは、俺の影に阻まれ、弾かれる。
俺は影を変形させ、叶恵を包み込んでこちらへ引き寄せた。
「ナイス………!」
「うっせーよ馬鹿!」
頭いい奴は馬鹿って本当だな、全く……!
「クソ……! クソ……‼︎」
『ダァンッ』
『パキン』
4度目の銃声が鳴るのと同時に、割れた何かが宙を舞った。
何が起きたか分からなかったが、響人はそれまでの仰け反りとは違い、首が少し左に向いている。
ここで俺は、何が宙を舞ったのか理解した。
柄の部分が片方壊れ、レンズにヒビが入った眼鏡が、音を立てて床に落ちる。
つまり、顔に当たった……!
「響人ーー‼︎」
「……ッ」
奴の方も、眉間にしわを寄せ、苦渋の策だという表情を浮かべている。
流石にもうどうしようもない……俺も、多分奴もそう思っただろう。
「………ほらな」
「‼︎」
だが響人は、それでも止まらなかった。
何度も倒れかけながらも、遂には奴の目の前まで到達した。
「お前は理解しろと言ったな………。それ、そのまま返す」
「——!」
響人は左拳に力を入れながら、奴に言葉を投げかけている。
「自分と向き合ってない奴に………そんな事言われる筋合いはない!」
力篭った左拳が、奴の顔面に叩き込まれた。
「ガハッ……‼︎」
『バギィ』という風な効果音が聞こえるような迫力で振り抜かれた拳に、奴は殴り飛ばされうつ伏せに倒れた。
「や……やった……?」
「……」
殴られた衝撃で床に落ちた奴のブレードは、刃が真っ二つに割れている。
消滅はしてねーが……。
「響人の勝ちだ」
フラフラの満身創痍ながら、響人はそこに立っている。
奴は倒れ伏し、ブレードを破壊された。
これを勝利と言わずして何と言う。
俺は叶恵を抱きかかえ、響人の方に駆け寄った。
「響人!」
「ああ………なんとかなった」
振り返った響人の目の横辺りに、何かが掠ったような傷があった。
更に左足を引きずり、右腕も力なく垂れ下がっている。
「お前なー……! あんな事言った癖に、それこそ他にやりようがあっただろ!」
「かもな………。けど俺の考え通り、奴は俺を殺さなかった。心臓でも脳天でも………撃ち抜こうと思えば出来たのに」
「確かにそうだけどよ……」
それでも銃持った奴相手に正面突破なんて、胆力がどうこうなんてレベルじゃねーよ!
「まあ……生きてたから、よかったじゃないですか……」
「叶恵、お前も大丈夫か⁉︎」
「まあ待て………多分奴が解毒剤でも………」
奴に目線を向けた時、俺は自分が青ざめるのを感じた。
「ハァー……ッ」
「アイツッ!」
奴が、立ち上がろうとしていた。
と言っても、以前までの余裕も何もなく、響人同様に満身創痍といった様子だ。
「………」
「理解しろだと……? 自分と向き合ってないだと……?」
「………」
「理解してるさ……おれは、悪人のなり損ないだって事くらい!」
溜め込んでいたものが、耐え切れず流れ出たような奴の吐露からは、激しい自己嫌悪が感じ取れた。
……俺にも覚えがある感覚だ。
「土でも雑草でも……腹に入る物は何でも食ってきた。……嫌いだ。自分の事しか考えられない腐った奴らが。嫌いだ。どうしても、あと1つの線を越えられない臆病なおれが。でも今更普通になんてなれやしない。だからおれは……非情になるために、奴らに加担した」
「でもお前は、非情にはなれなかった………。どうする気だ?」
「言ったろ。もうおれは戻れない……」
立ち上がった奴は、銃口をこちらに向けた。
「だからここで殺されろ!」
「………ッ」
奴が引き金を引こうとした時、背後から何かが迫ってきた。
響人のブレードだ。
それらは一直線に、奴にぶつけられる。
「グ……」
「もうやめろよ………万に1つも、お前に勝ち目はない」
攻撃を喰らいよろめいたが、奴は踏みとどまっている。
「速くなっているだと……? お前のブレード」
「まあな………」
「……」
奴の言うように、響人のブレードが、さっきまでより速くなっていた。
さっき刃を1枚飛ばした方のが、もう片方より速く奴を捉えていたように見えたが……。
「刃を飛ばすのは、実際見かけ倒しだ………。刃の枚数を減らせば、射程が短くなる代わりに………スピードが上昇する」
そう言い終わると、響人のブレードの刃が、それぞれ1枚だけ残して外れてしまった。
『カランカラン』と音を立て、分離した刃が床に落ちる。
「自分が引き金を引く方が速いと思ってたかもしれんが………残念だな。真の奥の手ってのはこういう物だ」
「……」
奴は、自分の敗北を悟ったように目を閉じ、ため息を吐き出した。
そして目を開き、響人と目を合わせた。
「正真正銘最後だ。構えろ」
「………」
「「……」」
静寂が場を支配する。
これが破られる時、この廃ビルの戦いが終わる。
全員が完全に理解していた。
「ッ」
奴が銃を構えた。
瞬間、響人のブレード2連撃が、奴を中心にクロスを描いていた。
「ガ…………」
「………」
奴はそのまま仰向けに倒れ、一言呟いた。
「……立つ気力ももうない……おれの負けだ」
*
暗い。
何も見えない真っ暗闇で、誰かが私の名前を呼んでる気がする。
私はどうなったんだっけ……?
記憶がこんがらがって、よく思い出せない。
『………………!』
「う……?」
声が大きくなってくるにつれて、暗闇に光が射してきた。
徐々に開けてくる視界に、ぼんやりした輪郭が映し出されている。
……ああ、これは私のよく知ってる人だ。
「大丈夫か………?」
「うん……響人」
私は寝転がった姿勢で、響人を見上げていた。
叶恵ちゃんと諏訪間君も、心配そうに私を覗き込んでいる。
これってつまり……。
「勝ったんだね、響人」
「まあな………」
「向井君と勾原君は?」
「向井の姉さんを探しに行った」
「そっか」
私に心配がなさそうと判断したのか、叶恵ちゃんと諏訪間君はホッとしたように笑いあった。
でも、まだちょっと体がだるいかな。
寝心地いいし、もうちょっとこのまま……。
「……ん?」
ちょっと待った。
寝心地いい……?
ここってあの廃ビルだよね?
なら寝心地なんていいはずが……。
「あ……」
「どうした?」
気付いてしまった。
今、私は響人に膝枕をされているという事に。
それに化学反応するように、さっき私が言った爆弾発言を思い出してしまった……。
「あああ〜……!」
「………」
無理無理無理!
どうしよう直視出来ない!
私は思わず、両手で顔を隠した。
「どうしたんスか?」
「先輩?」
2人が声をかけてくれるけど、正直そっとしておいて欲しい。
「天音」
「ハイ⁉︎」
「………ゴメンな。でもお前も………もうあんなの無しにしてくれ」
「……」
指の隙間から、なんとか響人の顔を見た。
申し訳なさそうにしている。
あんなのっていうのは……私が自分を犠牲にした事だとすぐ分かった。
「うん……ゴメンね」
「あともう1つ………そっちに言わせて悪い」
「あ……あ〜、うん。響人なりの考えだったんでしょ? でもまあ、そっちに言って欲しかったって言えば……そうなる、かな? うん」
たまらず、また指を閉じた。
しどろもどろに何言ってるんだろう、私。
「ああ………今後ともよろしく」
「……うん。えへへ……」
それってつまり……そういう事って捉えていいんだよね?
なにか、心が満たされた気がした。
ブレード名:ニニギ
所有者:鳴谷響人
身体強化:バランス型
形状:くり抜いた半円形の柄に、3枚の刃がついている。2刀流。
能力:遠隔操作。射程は半径10メートル程。
・実は刃は取り外し可能。刃を減らすと射程が狭くなる代わりにスピードが上がる。全部外すとすごい速いが、それ最早ブレードじゃない。




