第36話 「銀の狐と黒い蛇-再戦②-」
「まさか、2度も俺を殴り飛ばしてくれるなんてな……」
完全に入ったし、それなりに効いてる筈なのに、あいつは尚も楽しそうだ。
殴り、殴られがそんなに楽しいかい?
僕には理解出来ないね。
とんだバトルフリークだ。
「この高揚感……久し振りだ……『環』以来か?」
「……環?」
「いや、こっちの話だ」
奴は服を軽くはたき、右手を前に突き出した。
「本気出してない、か。確かに、ブレード発動中のお前と、俺の素手の全力で大体互角ってとこか。けど今なら」
「……!」
突き出した奴の右手から、ただならぬ気配を感じた。
ついに……出すのか?
お前のブレードを!
「来い、『ヤマタノオロチ』……」
奴が小さく呟くと、右手にそれは現れた。
身の丈ほどの大きさで、シンプルながら禍々しさを感じさせる大鎌だ。
黒を基調とし、刃の付け根に赤い目の様な模様がある。
「大鎌ってさ、フィクションじゃよく見るけどよ……実際の使い勝手は最悪らしい。上手く刃に当てねえとただの棒でしかねえし、何より重いからな」
「……」
「ま、だからどうしたって話だけど」
奴はそう言い、大鎌を器用に振り回しながら、少しずつ距離を詰めてきた。
「ッ!」
凄まじいオーラ、緊迫感が僕の上にのしかかる。
自分にかかる重力が倍になったのかと思った。
今なら勝てるかも……?
バカ言うなよ、僕。
「実用性云々は、使う俺が決める事だからな‼︎」
奴はある程度近づくと、そう言って地面をひと蹴りした。
次の瞬間、目の前には奴の姿、首筋には冷たい感覚が——
「⁉︎」
咄嗟に身を屈めた。
さっきまで僕の首があった空間に、奴の大鎌が弧を描いて通過した。
その風圧で髪が揺れ、風切り音が耳を襲う。
「クソッ!……」
顔を上げた時には既に、奴の蹴りが僕の体に触れていた。
成す術なく、そのまま真横に吹き飛ばされた。
「ぐぁ!」
しかも、今左腕から『ボキッ』という風な嫌な音が聞こえた。
飛ばされながらも痛みを感じる……。
完全に折れた。
そのまま床に落ち、滑って壁に激突した。
衝撃で肺から息が漏れ出る。
「う……」
なんとか目を開き視界を確認しようとしたが、奴の姿が見当たらない。
「何処に……」
「駄目だぜ……戦いの最中に目ェ閉じちゃ」
「ッ!? ガハ!」
いきなり右の脇腹を踏みつけられた。
いなくなったんじゃなく、この一瞬でこんなに近づいて……。
速すぎる……!
「んー……。ちとやり過ぎたか? やっぱブレードは使わない方が」
その台詞が終わる前に、僕の右手が動いていた。
横になった姿勢で振り上げられた右腕のブレードは、完璧に奴の首を捉えていた。
当たっ——
「危なっ!」
「……!」
……空を斬った。
そんな。
さっきまでの反応なら、今のは当たってた筈。
……いや、もうさっきまでの奴じゃないんだ。
ものの数秒で思い知らされた。
痛みを堪え、なんとか立ち上がる。
「……ッ!」
左腕の痛みが増してきた。
全く動かせない。
「一瞬遅れてたら首チョンパか……片手なのに」
「……」
「やっぱお前面白えわ……テンションあがるな!」
こっちはダダ下がりなんだけど。
突き1発で骨にヒビ入れられて、蹴り1発で腕折られて……。
僕も今強くなってる筈なのに、それ以上に……
強すぎる……!
このままじゃ絶対負ける。
もっと……もっと強く!
「スゥー……ハァー……」
「いいぞ、戦意を失うな! 力を振り絞れ! 俺をあと17回殴り飛ばすんだろ?」
楽しそうにしちゃってまあ。
巴ちゃんらとはベクトルが違えど、やっぱ君狂ってるよ。
全く……そんな遊び感覚で、僕の友達を、親友を……。
許さない………。
許せない。
「ああ………許せナい」
「……?」
奴が許セないだろ?
もっト怒れよ………こンなものじゃないダろう?
「お前……?」
「ん?」
オかしいな。
中々のダメージだったんだケど……。
「……左手ノ痛みガさ、引いてキたんだ。完全ニ折れた筈なんだけド」
「……なんかおかしいぞ、お前」
「まあ……ウん。そうかもしレないけどさ………」
奴がさっきやっタのと同じヨうに、僕ハ床を1度蹴った。
奴とノ距離が、一瞬で詰めラれた。
「君ニは言われたクないよ」
「ッ」
ブレードによる袈裟斬リを、奴は大鎌の柄で受け止メた。
僕は片手、奴ハ両手。
「へエ、両手使うンだね」
「……」
奴はさっきまデと違う無表情で、僕の腹ニ蹴りを繰り出シた。
そレに対し、僕も足を出し奴の蹴りヲ相殺する。
その衝撃デ、互いに数歩後ロに下がった。
奴は次に、ブレードを薙ギはらうように振り回しテ来タ。
ソれに対シ僕ハ、奴の懐マで距離を詰メル。
「……!」
「サッき君もやっタよネ⁉︎……コんナ感じの事をサァ‼︎」
僕ハ奴の胴ヲ、ブレードで横に斬リ払ッタ。
「グ!」
「ハハ……! 殴リ飛バしてないケど、今ノで今日2発目ダヨ。残り、16発……。ネえ、痛カッた? 痛イよね。デモさ、命君達ノ方が、もット痛かっタんだよ?」
なんダロうこの感ジ……?
自分でモヤッてる事ガよく分かラない。
マあ、奴ニダメージが通っテるなら、奴を倒せルなライイや!
アンな奴は、罰ヲ受けなくチゃ。
「僕ガ君に罰ヲ……‼︎」
「お前……」
奴は脇腹を抑え、サっキよリ苦しソウな表情ヲシてイる。
ざマァなイね。
当然ノ報いダヨ。
「そのままだと、ヤバイぞ……お前……戻ってこれなくなる」
「⁇ ナンノ事だい? 自分ノ心配しタ方ガイイんじャないノ?」
「俺も昔……少し前まで、今のお前みたいだった。とにかく暴れる事しか頭に無かった」
「ソレは今も同ジダロう? 君はサあ‼︎」
僕は奴ニ斬りかカッた。
あンナ奴の言ウ事、聞く必要なイ。
今更ソんナ命乞い、僕は聞き入レルツもりない。
「君ハココで死……?……?」
僕はここデ初めて、自分に違和感ヲ感じた。
死……?
僕はこの続キに、なんテ言おうとした?
死ね?
そう言おうとシたのか?
僕が、人ヲ?
僕は何を言ってるんだ⁉︎
「歯ァ食い縛れよ」
「……!」
ふと気付けば、斬りかかる僕の動作の隙間を縫って、奴の拳が目の前に迫っていた。
「うがはッ!」
その拳は僕の顔面にクリーンヒットし、僕の体を吹っ飛ばし、壁に叩きつけた。
「う……」
「……」
うつ伏せに倒れた僕に、奴はゆっくり歩きながら近づいて来る。
僕を見下ろす位置まで来ると、奴は僕の首元にブレードの刃を近づけた。
「まず謝っとく。悪かったな」
「……? なんで、今更」
「お前がああなるとは思わなかった。下手に煽った俺の所為だ」
奴は、その光の無い目で、申し訳無さそうに僕を見ていた。
僕の中のイメージじゃ、絶対しないような顔だ。
「あれの矛先が俺じゃなけりゃ、多分お前は相手を殺しちまってた」
「……っ」
涙が出そうになった。
歯をギリギリと噛み締め、なんとか堪えようとする。
本当に、僕は……。
何やってるんだ……。
「俺はお前の思う通り、バトル狂いの悪人だ。けどな、俺には俺なりの倫理がある。……人が狂って、人として死ぬのは見たくない。俺も、殺したくはない。そんだけだ」
「……」
その言葉には、妙にリアリティがあった。
そうなった人間を、実際に見た事あるような言い草だ。
多分、本当に見た事があるんだろう。
それだけのリアリティだ。
「なら……君は、あるのかい?」
「? 何がだ?」
「……殺した事……」
数秒、間が空いた。
答えたくないならいい、と言おうとした時、奴の方が先に口を開いた。
「両親を殺した」
「……!」
「つっても、命を奪ったわけじゃない。目を覚まさなくなった。植物状態ってヤツだ」
「……」
「ガキの頃の話だ。俺の親は2人共、この世の負け組だった。細かい事は知らねえが、会社が倒産しただの何だので、自暴自棄になってた。でだ、溜まりに溜まったストレスや鬱憤を、全て俺にぶつけて来た。それに絶え続けるうちに、俺の体は変化していった。ちょっとやそっとじゃ痛くもない……逆に殴った奴の手が腫れ上がるほど頑丈にな。俺はいい加減、親を殴り返した。力一杯、全力で。すると親父は、吹っ飛んで家具の角に頭を強打して、血を流して起きなくなった。それに気付かず、お袋も思い切り殴った。頭に拳骨を見舞った。結果、頭蓋骨が脳にめり込んで、深刻なダメージを負ったらしい。パワーも人間離れしちまってた訳だ」
奴は自分の凄惨な過去を、20秒そこいらで語ってみせた。
これだけでも充分悲惨なのに、奴は更に続ける。
「俺は虐待から解放され、施設に送られたが……俺は落ち着かなかった。何故なら、そこに暴力が無かったからだ。俺は施設内で暴力事件を起こし、精神検査を受け、病院に入れられたが、すぐに抜け出して行方を眩ませ……まあ色々あって今に至る」
「…………」
こいつが戦闘狂なのは、幼少期の環境の所為って事なのか?
つまり……こいつは被害者でもある……?
「ああ、同情は要らねえぜ? 昔何があろうと、俺が狂ってるのは事実。戦いを楽しんでるという事実がある」
「しないよ……同情なんて……君は、僕の友達を……親友を傷つけた……それに変わりは無い」
「……お前いい奴だな」
奴は笑い、僕の首元からブレードを離した。
「今回は俺の勝ち……だな。ゆっくり眠ってろ。回復したら、また遊ぼうぜ」
奴は振り向き、階段の方へ向かっていく。
「待っ……く」
立ち上がろうとするも、力が入らない。
さっきから、意識が遠い所へ行ってしまいそうなのを感じる。
……完敗って事か。
霞んだ視界で奴の背中から目を下ろすと、僕のブレードが転がっていた。
吹っ飛んだ時に手放したのかな。
よく見えないけど、若干歪な形に見えるな……。
そう言えば……気絶すればブレードは砕けるように消滅してたっけ。
そろそろ限界みたいだ。
「ごめん……みんな……」
*
夜乃幽永は考えていた。
さっきの不可解な現象について。
「……」
勾原偽造にも、自分と同じような身体能力が出せた事。
これにも驚かされたが、その後に目撃した事の方が、彼の頭を巡っていた。
(偽造のブレード……)
そこにある男が現れた。
白衣と眼鏡の、読めない少年……雲村見児だ。
「やあ幽永。珍しく手こずってたね」
「見児……何やってんだお前」
「いやなに、キミが2発ももらう所、初めて見たからさ。感想でも聞きたいなって」
「やっぱ見てたのか。けど丁度いい……俺も聞きたい事あんだけど」
「ほう? どうぞ」
「ブレードって……1人1種類なんだよな?」
「……?」
予想してなかった質問に、見児は一瞬言葉に迷ったが、すぐに解答を出した。
「キミは、1人の人間が2つのブレードを扱えると思ったのかい? 残念、原則そんな事はあり得ないよ」
「だよな……じゃああれはなんだったんだ」
「と、言うと?」
それこそ、幽永の疑問だった。
彼が偽造を倒し、部屋から出ようとした時、何かが落ちているのに気付いた。
普通に考えて、偽造の手から離れたブレードだろう。
だが、そう考えるには不可解な点が1つ。
この1つは、単純にして非常に重大だった。
「形が、全然違ったんだよ……。折れ曲がったとかじゃなく、全くの別物だった」
「……少し言い直そう。ブレードは1人1種類。これは変わらない。でも、所有者の心の変化や成長が原因で、ブレードも変化する事はあるんだ。ボクも何度か見た事があるよ」
「マジか⁉︎」
幽永は驚いたが、それ以上に期待した。
(つまり、偽造が暴走せず、自分をコントロールしさえすれば、あのブレードも偽造も更に成長して……未知の力を発揮する!?)
「カハハハハハ! 本当にあの野郎……‼︎」
幽永は、再び偽造と戦う事を渇望した。
自分より強くなる……そんな可能性を秘めた相手と、もう1度相見えん事を。




