第31話 「響人の推測」
見舞いの翌日、今日は土曜日。
1週間の中で、俺が最も好きな日だ。
学校は休み、よっていつまで寝てても問題なし。
更に次の日も休日。
最高としか言いようがない。
いつもならそうなんだ。
ただ、今回ばかりは事態が違う。
つい昨日の事だ。
母さんが話を切り出した。
『命、私と父さん明日から旅行行くわ』
『え……?』
『久々に長い休みが取れたからさ、たまには夫婦水入らずで、ね』
『いい歳してウインクとかやめてくれ。……え、じゃあ俺1人⁉︎ まさかその間自炊?』
『いや……料理だけじゃなく、あんたの家事スキルの悲惨さは重々承知よ。手はうっといたわ。だから安心しなさい』
という事があった。
旅行に行くのはいい。
2人揃って働いてんだから、休みがうまく重なることなんてあんまないだろうし。
たまにはそういうのも必要だ。
ただ、俺はスクランブルエッグも作れない。
精々レタスをちぎって、サラダ的な何かをでっち上げるのが限界だ。
まあ食べる事に関しては、出前とかでなんとかなるにしても、掃除洗濯etc……。
無理。
で、「手はうっといた」と。
……何が起こるんだ?
それが気になって、土曜なのに6時に起きてしまった。
平日より早い。
……いやまあ、もう何となく予想はついてるけど……。
まさかとは思うんだけど……。
『ピンポーン』
「……今6時だぞ」
こんな時間に訪問者……。
今さっき起きたばっかだぞ。
……いよいよそんな気がしてきた。
インターホンのカメラを確認すると、 訪問者とカメラ越しに目が合った。
黒髪のショートヘアで、活発そうなつり目の女性だ。
「やっぱりか……」
俺は玄関で軽く深呼吸し、覚悟を決めてドアを開けた。
「はい……」
「命ーー! たっだい」
向こうが言い終わる前に、と大音量でドアを閉めて鍵をかけ、チェーンロックまでかけた。
覚悟が足りなかった。
「ちょっと! なんで閉めるの⁉︎ 開けてよ〜!」
訪問者……もとい俺の姉貴「向井凛」は、ドンドンとドアを叩きながら悲痛に叫んでいる。
とても大学生とは思えない所業だ。
「あーもう冗談だよ。うっせーからやめてくれ」
ガチャガチャと全ての鍵を解錠すると同時に、姉貴はドアを引き開け、俺に飛びついてきた。
「たっだいまーーーーーー!」
「…………」
俺が身を躱すと、姉貴はそのまま床に墜落した。
「ぎゃふんっ」
「……現実に『ぎゃふんっ』とか言う人絶滅危惧種だぞ」
「うおぉ……顔面打った。鼻痛い」
姉貴は顔を押さえて蹲った。
とまあ、この一連の流れを見ていただけたら分かるように、まあまあ残念な娘である。
なのに、やれば大抵の事は人並み以上に出来てしまう。
勉強も運動も得意で、現在は大学の近くに下宿している。
「アレ……そー言えば土曜なのに早起きだね命」
「たまにはな。そっちこそ、何でこんな早朝に到着してんだよ」
「フッフッフッ。愛する弟の為なら、1分1秒でも早く行かなきゃって思ってね。夜行バスで飛んで来たのだよ!」
姉貴は床に倒れたまま顔を上げ、親指を立てた。
俺が起きてなかったらどうする気だったんだこの人。
いや、合鍵持ってるか。
「……とりあえず立てば?」
「ん、起こして」
「なんでだよ。自分で立てよ」
「うぅ……命が冷たいよ〜」
ホントこの人は……。
仕方なく手を貸し、姉貴を立たせた。
「うんうん、なんだかんだ、やっぱり命は優しいね〜!」
「やめてくれ」
「朝ごはんまだでしょ? お姉ちゃんが食べたいもの作ってあげよう! 何がいい?」
「いや、朝はトーストとかで」
「え〜⁉︎」
*
「ごちそーさん」
「本当にトーストだけ……」
「いいんだよ朝は」
姉貴はつまらなそうにトーストを咀嚼している。
いつもはどんな朝飯なんだ。
「まあいっか。それより命、久々になんかして遊ぼうよ!」
「アンタは子供心を忘れないな……」
今年で20歳の筈なのに、精神年齢は小学時代を最後に成長してない気がする。
こう言うのはなんだが、弟の俺とは真逆だ。
「ねえ遊ぼうよ〜。お姉ちゃん退屈なんだよ〜」
机に倒れ込むようにして、顔だけこっちに向けて喋る姉貴は、もはや姉というか妹みたいになっている。
「暇ならじゃらしてやろうか?」
「誰が猫だ! コイツ〜」
「痛い痛い!」
姉貴は身を乗り出して、両手で俺の頭をワシャワシャしだす。
昔から姉貴がよくやるやつだ。
「意地悪しないでよ〜! ゲームとかやろうよ〜」
「ゲーム……?」
それは、俺が姉貴に勝てる数少ない分野だ。
「いいのか? 俺の全勝だぞ?」
「フッ。私が今までの私だと思わない方がいいよ。なんたって私だからね!」
不敵に挑発してみたら、意味不明な理論が帰ってきた。
姉貴らしい。
「よし、部屋にゲーム機あるから取ってくるわ」
「片手で捻ってやる!」
「コントローラー片手で使うのか?」
俺はリアルに出来るけどな。
*
3時間経過した。
ぶっ通しで格ゲーを2人でやってたのだが、今の所俺がリアルに片手であしらい続けている。
「くっ……命強すぎる」
「なあ、野暮な事かも知れんが……姉貴は両手使えば?」
「いや! 片手相手に両手使うのは違う!」
「何がだよ?」
とは言っても、姉貴は下手なゲーマーよりよっぽど強い。
その辺は流石だ。
「さあ命! もう1ラウンド!」
「はいはいっと」
再スタートしようと思った時、またインターホンの音がなった。
「ん?」
「誰かな〜?」
姉貴がインターホンのカメラを確認しに立ち上がった。
しかし今日は来人が多いな。
「はい、向井です」
『鳴谷ですけど………』
え、鳴谷って……響人?
「あ、命の友達?」
『まあそんなとこです』
「ちょっと待ってね〜。命、鳴谷って子が来てるよ〜」
「おう」
立ち上がって玄関のドアを開けると、確かに響人だった。
「どうした?」
「………ちょっと時間あるか?」
「まあ、あるけど……」
チラリと後ろを振り向くと、案の定残念そうにした姉貴がいた。
「え〜? 命どっか行くの〜?」
「すいません………ちょっと借りていきます」
「ん、まあ、そういう訳でちょっと出てくるわ」
「うん……早く帰ってきてね」
段ボール箱の中の猫みたいなオーラで見送られ、謎の罪悪感が残った。
「そういや響人、なんでウチ知ってんだ?」
「勾原に聞いた」
いつの間に聞いたんだ?
昨日?
まあどうでもいいや。
「で、わざわざなんのようなんだ?」
「まあ………ちょっと今後の事をな。勿論ブレード云々の」
「今後……? なんか分かったのか?」
「分かったというより、俺の推測なんだが………」
響人は考えを整理するためか、少し間を置いて話し出した。
「まずこの前の夜乃という奴………お前はどう思った?」
「……あんなのアリかって思ったな。あの時はブレード使ってなかったとか、今でも信じらんねーよ」
「確かに………人間離れって、ああいうのを言うんだろうな。あの時に俺たち全員を捻るのも簡単だった筈だ。………だが奴はそうしなかった。何故だと思う?」
「何故って……」
あの時の奴の言動を思い出しながら、俺は結論を出す。
「アイツは普通じゃなかった。なんつーか、戦うのを心底楽しんでる風に見えたぞ」
「ああ………それも圧倒的な力で叩き潰すんじゃなくて、力が拮抗したギリギリの戦いを望んでる」
「どういう事だ?」
「ブレード無しでお前に競り勝ち、俺の攻撃に擦りもしない様な奴だぞ。単に力で蹂躙したいんなら………ブレードを使えば一瞬だった筈だ。もっと言えば………アイツは俺たちの中から、敢えてお前を選んで喧嘩をふっかけた。多分、1番手応えがありそうな奴をチョイスしたんだろう。更に、復活した勾原がアイツを殴り飛ばした後………奴はそれまでで1番嬉しそうにしていた」
ここまで言った後、響人は「要するに」とまとめに入った。
「アイツは自分と実力が近い奴………ひいては自分より強いかも知れない奴との、さしの真剣勝負を望んでいる………」
「お前……あの状況でよくそこまで考えられたな」
「まあ………その辺が俺の取り柄だからな」
前々から思っていたが、響人の冷静さには目をみはるものがある。
冷静過ぎて、たまに怖くなるほどだ。
しかも、頭の回転も速い。
「なあ、仮にそれが本当だとしたら夜乃は……」
「多分………勾原に狙いを定めるだろうな」
「それってやばいんじゃ……!」
「いや………何故夜乃はあの時、勾原と碌に戦わず帰った? 奴からすれば願ったり叶ったりの筈だろう?………なのに撤退した。長時間戦えない理由があるんじゃないか………俺はそう考えてる」
「お前、マジでスゲーな」
「それより、本題はこれなんだが………夜乃とは別に厄介そうな奴がいるかもしれない」
「……?」
なんでそんな事が分かるんだ?
聞こうとしたが、響人はその前に話し出した。
「あの時夜乃は、俺たちを倒しに来たんじゃない………それはもう何と無く分かるだろ?」
「まあ、単に戦いに来たって感じだった」
「アイツの目的はもう一つあった………俺たちの情報だ」
「情報?」
「ああ………」
言われてみれば、戦いの最中奴は、響人のブレードの射程や、天音のパワーを見切ったりしていた。
だが、相手の能力を分析するのは当たり前とも言える。
「それがなんで、厄介な奴が別にいるって分かるんだ?」
「アイツ個人の目的を思い出してみろ………」
「?……強い奴と戦う事」
「正確には1番強い1人と………なら俺や天音の能力を、いちいち正確に分析する必要はない。アイツの観察力なら、1番強い奴位すぐ見つかるだろ?」
「けど、能力を見てから判断する気だったのかも知れねーだろ?」
「考えられなくはない………だが分析中、アイツはひっそり頼まれごとがどうのと言っていた」
「え、そうだったか?」
「聞き違いじゃなければな。仲間の誰かに、新しく加入した俺と天音の事を調べてくれ………とか言われたんだろ。それと私情で、周りの態度からお前が中心だと見て、ふっかけてきた………」
「ちょ……ちょっと待ってくれ」
色々言われて、頭の整理が追いつかない。
つまり、夜乃は自分の目的のついでに、仲間の頼み事もこなしたって事か?
つーか、あの時の事だけからここまで推測できる響人って……。
何考えてるか分からんが、ここまで色々と考えてる奴だったとは。
「にしても、アイツかなり変わってるよな。俺たちを見下してるって雰囲気はあんまりなかった」
「それを言えば、頼み事した奴もだ………見下すのが基本スタンスの奴が、こっちを探るためにあんな爆弾投げ込んだりしない。最悪、俺たちの心がへし折られてた………奴もその位の目論見はあっただろうな。コイツは近い内に攻めてくると思うぞ」
狡猾だし、頭も結構きれるらしい。
なるほど、厄介そうだ。
「まあ………切り札はギリギリまで見せないものだがな」
「? それってどういう意味だ?」
「………内緒」
なんだよ気になる!
コイツ色々隠し球とか持ってそうだけど。
「ともかく………この2人でもヤバイのに、向こうには更にもう1人いるんだ。かなり厳しいぞ」
「ケッ! 今更だ」
「………やっぱりお前に直接話しといてよかった。流石だ」
「褒めても何も出ねーよ」
相手がなんだろうが、今更逃げるわけにはいかない。
自分のためにも。
*
その頃、部屋のソファでだらしなく寝転ぶ女性。
退屈かつ、放ったらかされて寂しくなり始め。
「命遅い! お姉ちゃん孤独で死んじゃうよ!」
子供のような事を1人で叫んでいた。




