第30話 「少年達の昔話-切っ掛け編-」
これは、1人の少年の挫折の話。
彼には、3つ年上の姉がいた。
姉は、やれば大抵の事は出来るような天才タイプの人間であった。
そんな姉の事を親は自慢に思っていたし、彼からしても、姉は立派で憧れの存在だった。
自分も姉のように、何でも出来る様になりたい。
それが彼の目標だった。
ただ、姉と比べれば、彼の能力はどうしても見劣りした。
それでも、「努力すれば追いつける」と親に言われたし、実際彼もそう思っていた。
姉も、そんな彼を可愛がり、越えてみせろと応援していた。
傍目にも、仲の良い姉弟だった。
しかし、中々上手くはいかなかった。
彼は努力した。
勉強もしたし、運動も得意じゃないながら頑張っていた。
結果もそれなりに伴っていた。
それでも、姉には及ばなかった。
時に辛いと思う事もあった。
そんな時は、これは山登りみたいなものだと自分に言い聞かせた。
頂上を目指すのは、一筋縄ではいかない。
でも、多くの苦難を乗り越えた末、頂上にたどり着いた時、全ての苦労が報われる。
そんな内容のテレビ番組を見て、すっかり感化されていた。
彼が小学4年生の時の時、事件は起こった。
学校の作文コンクールで、彼は優秀な成績を残して、表彰状も貰った。
誰かに自慢しても差し支えない様な素晴らしい結果で、彼にとっては初めてのことだった。
当然、彼はとても喜んだ。
その日は誰とも遊ぶ約束をせず、真っ直ぐ一直線に家へと直行した。
頑張った甲斐があった。
親や姉はどんな顔をするか。
褒めてくれるか。
様々な期待に胸を躍らせていた。
結論を言うと、その期待は打ち砕かれた。
彼の貰った賞を、親は褒めてはくれた。
だが、何か違和感を感じた。
その違和感の正体がなんなのか、その時はまだよく分からなかった。
同じ日の夜、親が姉を褒めるのを見て、彼はやっと気付いた。
自分の時と違う。
いや、少し前までは自分もあんな風に褒められていた。
それがいつからか、親の目は姉の方ばかり見る様になっていた。
この日、彼は直感的にこの事を理解した。
それから、彼の頭はその事で埋め尽くされた。
親には悪意も、そんな気も無かったのだろう。
それでも、幼かった彼は酷くショックを受けた。
努力すればと言ってくれたのに。
その言葉を信じて努力したのに。
なのに、親はもう自分をしっかり見ていない。
彼は次第にそう考え始めた。
1度始まった負の思考のスパイラルは、簡単には止まらない。
どうして親は姉ばかりを見るのか。
姉が優れているからだ。
どうして自分は碌に見られないのか。
自分は劣っているからだ。
努力したのに、どうして見られないのか。
それでも劣っているからだ。
どうして努力しても劣っているのか。
……どうして。
山は登れても、自分は姉という頂上には、永遠に辿り着けないんじゃないか。
……今までの自分は何だったんだ。
なんで自分は、そんな出来ないことを必死で頑張ってたんだ。
努力しても、最後には虚しさしかなかった。
こんな事なら……努力なんて無駄じゃないか。
彼から熱がなくなっていく。
それまでの性格が嘘だったかの様に、彼は冷めた少年となっていった。
なにかに真剣に打ち込む事は無くなり、最低限の事だけやるようになった。
その内彼は、何をやるにも気怠さを覚えだした。
そうして中学では、登校する事も少なくなっていった。
逃げだった。
現実を虚しいものと決めつけ、彼は逃げていた。
部屋からも殆ど出なくなった彼の様子に、家族は心配した。
だが、彼に虚しさを印象付けた親の言葉なんて、なんの響きも感じなかった。
かつて憧れだった姉の事も、今や嫉妬の対象になってしまっていた。
そんな相手から心配され、励まされても、ストレスが溜まるだけだったので、無視で通していた。
何度かこれが続いた時、彼の中で何かが切れた。
そこから爆散したどす黒い感情を、彼自身どうする事も出来なかった。
その時怒鳴るように自分が言った事を、彼はよく覚えていない。
ただ、全て吐き出した後の家族の顔だけは、嫌になる程はっきり覚えている。
彼は激しい自己嫌悪に陥った。
最悪の気分だった。
謝ろうと思ったが、それから顔も碌に見れない。
同じ家にいながら、彼だけが別の場所にいるようだった。
*
これは、1人の少年の誓いの話。
彼は、日本人の父とロシア人の母との間の子供だった。
彼の髪と瞳は、母譲りの美しい銀髪碧眼だった。
しかしこれが、彼にとってはコンプレックスだった。
その日本人離れした容姿は、同年代の子供達から好奇の目で見られる事が多かった。
時にからかわれ、時に爪弾き者扱いもされた。
子供達にとっては何てことない、遊びの様なものだった。
大人達が注意してもその時だけで、しばらくすればまたからかわれた。
彼は元々気が弱かったが、更に人の目を恐れる様になっていった。
目立ちにくいように髪を短く切り、常に何かを被っていた。
目を見られないように、常に俯いて過ごすようになっていった。
誰とも深く関わろうとしないがために、口数も少なくなっていった。
そして、他人が怖いがために、常に他人の顔色を伺うようになっていった。
中学生になる少し前、事件は起こった。
両親が離婚した。
親権は母親にわたり、2人は父親の元を去っていった。
母親はぼかしていたが、彼は理由を知ってしまっていた。
原因は、自分にあるんじゃないかと。
離婚の数日前の夜中、彼がトイレで目を覚ました時、両親が部屋で揉めているのが聞こえた。
彼が気付かれないよう聞き耳をたてていると、どうやら父親が母親を責め立てているらしかった。
話題は、自分の事だった。
俺が仕事してる間に、お前がアイツの世話をちゃんとしないから、あんなウジウジした奴に育ったんだ。
お前達なんかとやっていくのはもう限界だ。
他にも色々と言っていたが、この言葉が彼の脳に食らいついた。
彼は他人を怖がったが、家族だけは好きだった。
ずっと自分の味方でいてくれると信じていた。
だが父親は、自分に愛想をつかしていた。
その所為で、母親まで傷ついてしまった。
そんな自分なのに、母親は優しく彼を諭してくれた。
自分に原因があるというのに、本当は自分よりも傷ついているのに。
自分が情けないから、家族の繋がりが、大切なものが崩れてしまった。
大切な人を傷つけてしまった。
そんな事もう耐えられない。
彼は変わろうと決心した。
幸か不幸か、他人の顔色を伺ってきたお陰で、相手の感情を読み取る才能が開花していた。
これを利用しない手はない。
彼は外見からも変わろうと思い、短くしていた髪を、とりあえず伸ばしてみることにした。
誰とでも話せるように、頭の中でイメージトレーニングをしてみたりした。
俯かないように外をうろうろしてみたり、なんとなく筋トレしてみたり、母親にパルクールを教わってみたり。
とにかく思い付いたことは色々やった。
そうしてるうちに中学に入学した。
変わろうという彼の目標は、見事に達成された。
相手の考えに合わせて会話するだけで、スムーズにコミュニケーションが取れた。
元々ルックスはよく、背もかなり伸び始めていたので、女生徒の間では噂になった。
筋トレの成果か、運動もそつなくこなせるようになった。
彼をからかったり苛めようと思う相手など、誰1人いなくなっていた。
彼にも、変われたという確固たる自信があった。
あったのだが、どこか間違ってる様な違和感も感じていた。
それが何なのか、まだ彼には分からなかった。
*
「向井………なんで学校来てなかった諏訪間まで引っ張ってきたんだ?」
放課後、5人で偽造の家に向かう途中、響人が俺にそう聞いてきた。
「アイツ、ああ見えて寂しがりだからな」
「………見えないな」
「だろ?」
過去が過去だし、そうなって仕方ないと言えば仕方ない。
陽気に振る舞ってる癖に、「輪」が崩れるのを誰より恐れている。
「まあ全員で行って、適当に喝いれてやろうぜ」
「そうだね、勾原君心配だし。……ところで響人、なんで焼きそばパン持ってるの?」
「確か好きだって言ってたから………見舞いの品」
「ヤベ‼︎ 俺見舞いの品持ってねえッス‼︎」
「あ、私も。……これじゃダメかな?」
「お前なあ……カバンの奥に詰まってた飴玉持ってこられて嬉しい奴いると思うか?」
賑やかなこった。
これならアイツも安心するだろ。
「あ、命くん?」
「!」
偽造の住むマンションの前まで来た時、誰かに名前を呼ばれた。
そちらを向くと、綺麗な銀髪をなびかせた女の人……偽造の母親、アリサさんが立っていた。
「ああ、こんにちは」
「もしかして偽造のお見舞いに?」
「ええ、まあ」
「わざわざありがとう……! あの子喜ぶわ。お友達まで連れてきててくれて」
今にも嬉し泣きしそうな勢いだ。
なんか恐縮である。
「あ、この人偽造の母さん」
「よろしく。勾原アリサです」
アリサさんはペコリと頭を下げる。
「どうも………鳴谷響人です」
「崎和天音です……初めまして!」
「諏訪間雄生ッス、宜しくお願いします」
「は、初めまして……葉隠叶恵です……」
全員自己紹介も済んだところで、話を切り出す。
「それで、偽造はどうなんですか?」
「それが……全身が筋肉痛だとかなんとかで、私にもよく分からないの」
「全身筋肉痛……?」
どうやったらそうなる……?
「まあせっかく来てくれたんだから、みんな上がっていって。お茶くらいしか出せないけど」
「迷惑じゃないですか?」
「迷惑なんてとんでもない! 命くんならいつでも大歓迎よ。もちろん響人くん達もね」
「はあ、どうも……」
のほほんとしてそうで、この人結構押しが強い。
ついでに、パルクールが出来るレベルで身体能力も高い。
なにこのハイスペック。
*
玄関が開く音がした。
お母さんが帰ってきたらしい。
それと同時に、何やら騒がしい声が聞こえた。
誰か来た……?
「よっ……と」
一日中寝転んでいたせいか、体は大分楽になっていて、なんとか立つことはできた。
歩いてドアの前に来て開けようとした時、ノックする音と共に呼び声が聞こえた。
「おい偽造? 筋肉痛の調子はどうだ?」
「!」
よく知ってる声だ。
ずっと付きまとっていた不安が取り除かれ、軽い気分になった。
僕はドアを開け、笑いながら答えた。
「大分マシになったよ」
「……そうか。思ったより大丈夫っぽいな」
ドアの向こう側には、5人の友達が勢ぞろいしていた。
「ほれ………焼きそばパン」
「偽造さん‼︎ 元気そうで何よりッス‼︎」
「よかった、なんともなくて」
「えっと……飴とかでよかったらこれどうぞ」
ああ、僕は幸せ者だ。
いい友達に恵まれた。
1年前、君に会わなかったらこうはなってなかった。
「ありがとう……」
自然と、この言葉がこぼれ出た。
*
夜乃が情報を掴んできてから、おれはずっと考えていた。
奴らに仕掛ける場所、時間、方法、色々な事だ。
「狩真〜、ずっと何考えてんだ?」
「色々だ」
「ふ〜ん……あ、これ食う?」
夜乃が差し出したフライドチキンを受け取り、齧りながらなお考える。
「俺にはよく分からんけど、アイツ等倒す作戦かなんかたててんの?」
「そんなとこだ。少し静かにしてくれ」
「ならちょっとお願いがあんだけどさ」
「……」
話を聞いてるのかこいつは。
「偽造だけ……ああ、銀髪の奴だけでいいから、残しといてくんね?」
「……お前の顔面殴ったって奴か」
「そうそう!」
最初は耳を疑った。
あの夜乃を殴り飛ばせる奴がいるとは思わなかった。
「カハハ! 次会うのが楽しみだな〜! あんな奴久々に会ったぜ全く!」
とは言っても、そいつだけ外すのは色々と面倒臭そうだ。
なら。
「……夜乃、お前おれに協力するか?」
「あ?」
「そいつと戦わせてやる」
「マジで⁉︎ サンキュー狩真!」
あっさり了承した。
これでかなり楽になる。
チキンを残さず食べきり、夜乃の方を見て言う。
「2日後だ。奴らを仕留める」
「明日じゃ駄目なのか?」
「準備がある」
「なるほど……ってアレ?」
「なんだ?」
「お前これ骨つきチキンなんだけど……骨は?」
「……何を言ってる?」
「まさか食べ……⁉︎」
よく分からん事を。




