第28話 「銀の狐と黒い蛇-邂逅-」
「へえ、ついに幽永が動き出したか!」
雲村見児は、自身の能力で創った空間から、鏡越しに戦闘を傍観していた。
運命が大きく動き出すぞ、と興奮気味に、彼なりの感想を漏らす。
「幽永は全く本気出してないな。これじゃ結果は見えてるね。まあ気の毒とは思わないけど」
これも運命、とあっさり割り切る。
そもそも彼には、誰かへ対する情なんて存在しないのかもしれない。
理屈をこねそうな博士風の出で立ちに反し、根からの運命論者たる彼に、そんなものは必要ない。
「役者はもう粗方揃ってる。あとは運命がどう転ぶか……それが君等の命運を左右する……『命』の『運』命と書いて『命運』、だよ」
彼は今の所は傍観者。
ただのそれだけ。
*
遊びたい。
コイツのいう「遊び」とはなんなのか。
それは、恐らく「戦う事」だろう。
響人の攻撃を躱している間、奴はとても生き生きとして、楽しそうだった。
自分に危機が迫っているというのにその状況を、心から楽しんでいた。
意味が分からん。
イかれてる。
「なあ、いいだろ? ずっと体力温存してたのに、これじゃまだ不完全燃焼なんだよ」
「……分かった。けど条件がある」
「向井………?」
平静時の俺なら、こんな馬鹿げた誘いには絶対乗らない。
だが今は平静じゃない。
「俺以外の奴には、これ以上手を出すな」
「へえ……!」
「向井、お前………」
これでこれ以上の事が起きないなら、喜んで乗ってやるよ。
向こうが条件を飲めば、だが……。
「カッケェ事言うなお前。俺そういう青臭いのは…………大好きだぜ!」
奴はナイフを俺に向け、尚嬉しげに笑う。
「オーケーオーケー、その条件飲んでやるよ」
案外すんなりと承諾された。
ヘルメットや望川とはまた違う印象の奴だ。
俺は偽造じゃないから、アイツの考えはよく分からんが。
まあなんにしろ、俺にふっかけてきたのはラッキーだった。
見た通り、奴はかなり強い。
それこそ、あのヘルメットなんか比べ物にならないだろう。
俺もどうなるか分からない。
けど…………………………………………………。
偽造と雄生と叶恵の分、最低でも3発は見舞わないと気が済まない。
「カハハ! なんか楽しくなりそうだな! 行くぜ影男!」
奴は俺に向かって、一直線に走り出した。
かなりのスピードだが、叶恵の方が速い……!
それ位なら対処出来る。
奴の進む軌道上に影をスタンバイする。
射程に入った所で、影の拳を繰り出した。
それだけスピードが乗っていれば、急には曲がれない筈……。
そう思っていたが、奴は体を回転させる様にして難なく攻撃を躱した。
その回転を利用し、偽造の時の様に裏拳をかまそうとする。
空を切る鋭い音が徐々に近づいてくる。
けど、不意打ちだった偽造の時とは違う。
すかさず影で盾を作り、裏拳をガードした。
その瞬間凄まじい音が響き、耳がジンジンする。
なんで裏拳でこんな音鳴るんだよ……⁉︎
「やっぱり、まあまあやるじゃん!」
「そりゃどうも……!」
攻撃を防いだ盾から更に影の拳を伸ばし、
カウンターを狙う。
「うおっ⁉︎」
どうやら腕でガードしたようだが、それでも多少はくらった筈だ。
「とりあえず1発……」
バランスを崩した奴に、更に影で攻撃を繰り出すも、奴は体をよじるようにうまく躱した。
その不安定な姿勢の状態で、奴はブレードを持った方の手を振りかぶり、
「そらよッ!」
「!」
ブレードを、俺に向かって投げつけた。
今度のは不意を突かれた。
「くっ」
なんとか影でガードし、ブレードを弾いた。
「カハッ! 今度のは防げるか⁉︎」
が、その隙に奴は姿勢を立て直し、俺の近くまで接近してきていた。
「オラァ!」
奴は俺の頭を狙い、回し蹴りを繰り出した。
しまっ……影が間に合わな——
「くっ……!」
咄嗟に腕で防御した。
ただ、この瞬間思い出した。
奴の攻撃をくらった雄生が、治癒能力を持つにも関わらず……苦悶の表情を浮かべ動けなくなった事を。
奴の蹴りは、俺の腕に直撃した。
「いっ…………!」
蹴りを受け止めた左腕から、ミシミシッという嫌な音が聞こえた。
「ッ……だぁ……」
おい……。
今のただの蹴りだろ……?
まるで鈍器で殴られたみてーだ。
「どうする? 降参しとくか?」
奴は少し後ろに距離をとる。
さっき弾いた奴のブレードが、ちょうど奴の手元に落下してきた。
「はっ……馬鹿言え。まだ1発しか食らわせてねーからな……今の1発分加算してやろうか」
くそっ……アイツ終始笑ったままだ。
あのカウンターも殆どきいてねーのかよ?
どうする……。
「カハハ! 中々いい目付きじゃん。ま、本当に無理ならコッチで判断してやるよ。見りゃ大体分かるし」
「うっせー、あんま舐めるなよ……」
とは言ったものの、もう右手しか使えない。
まだハッキリした能力も使ってないのにこの体たらくだ。
そんな奴に、俺が片手で勝てるのか?
「向井………大丈夫か?」
「ああ、やるしかねー」
「よし、再開だ! かかって来いよ!」
「言われなくても!」
俺は右手でブレードを構え、奴に斬りかかった。
同時に、足元から影のアッパーを仕掛ける。
「ブレードと影のコンビネーションは確かに厄介だな。けど……」
この2連撃を、奴は半身になりながらバックステップして躱す。
「この位じゃ、俺には当たらねえよ」
「どうかな?」
アッパーに使った影を壁の様に変形させ、そこから影のラッシュを繰り出した。
「おお……! これで攻防一体の技ってか? 考えるもんだな」
ご丁寧に解説しながらも、奴は全ての影を躱しているようで、手応えが一切ない。
掠りもしない。
「お前……本当に何者なんだよ」
「別に? 今はお前の対戦相手ってとこだ」
何発かラッシュを続けて、影の壁を解除した。
「?……どこ行った?」
壁の向こうにいる筈だった俺の姿を見失い、奴は疑問符を浮かべた。
が、地面に不自然な丸い影があるのにすぐ気付いたらしい。
「ああ、そういや影の中に入れるって聞いたな。なんだ、早打ち勝負でもする気か?」
「…………」
俺は無言で、奴に注意を払う。
ラッシュの間、咄嗟に思いついた手段だが、喧嘩素人な俺にとってタイミングがシビアだ。
ゲームならちょろいんだけどな……。
「……どうした? 来るなら来いよ」
1度深く深呼吸する。
……よし。
奴の見る影から、俺は飛び出し、ブレードを突き刺そうとする。
「遅い!……⁉︎」
一瞬、奴にはそう見えただろう。
「これは……影の人形か⁉︎」
奴の目の前に現れたのは、俺を模した影だった。
奴の突きは、影の人形に命中していたが、当然人形にダメージはない。
俺は影の人形を操作し、両拳で1発ずつ奴を殴った。
「今ので3発」
「っ! 後ろか⁉︎」
奴は振り返り、背後にいた俺を視界にとらえた。
「余所見すんなよ」
「あ⁉︎ コイツ……!」
影の人形が、奴の脇から両手を回し、奴を拘束した。
「お前……さっきのラッシュの隙に影を2つに分割したのか。片方にお前が潜んで、俺の背後に回り込んだって訳だ……!」
「解説どーも」
俺はブレードを構え、奴に斬りかかった。
「カハハ! こりゃ1本取られたな! 咄嗟にこんな事思いつくとはよ!」
どこにそんな笑える余裕がある?
もうこれで終わりだぞ。
「4発目……!」
「これだから戦いはいい……楽しいね」
俺はブレードを、奴に振り下ろした。
「でも、お前じゃ俺には勝てない」
「っ……⁉︎」
コンクリでも殴ったのかと思った。
奴を切りつけた右手はジンジンと痛み、ブレードを握ることすら出来なくなった。
ブレードを落とし、俺は堪らずしゃがみ込んだ。
何が起きた……?
攻撃したのは俺だった。
奴は抵抗も出来ない状態だったのに。
「お前……何しやがった?」
「何もしてねえよ。何も」
影の人形は今ので消えてしまったらしい。
奴は肩を回しながら、しゃがみこむ俺を見下ろした。
「お前は大した奴だ。けど、戦いには向いてねえ」
「どういう意味だ……?」
「そのままの意味だ。俺をブレードで攻撃する時、殺傷力をかなり弱めたろ? 最早『切る』っつうか『殴る』に近い位にな」
確かに……俺はかなり殺傷力を弱めている。
影のラッシュなんかも、今まで最低限の威力に調節していた。
「もうちょっと殺傷力上げてりゃあ、切り傷くらい与えれたかもしれねえな。けどさ、お前結構強かったぜ? 真剣に鍛えりゃかなりのもんになるだろうな」
くそ……。
もうどうしようもないのか?
コイツの能力も分からず、このまま負けるのか?
いや……!
「せめて……お前の能力だけでも解明してやるよ」
両手とも碌に使えない癖に、俺はなんとか立ち上がりそう言った。
それさえ分かれば、あとは響人に託せるかもしれない。
まだ希望は潰えたわけじゃ——
「ん〜……。まあいいや、言っちゃおう」
「……?」
「これはただのバタフライナイフ。俺、まだブレード使ってねえんだけど」
「……は?」
ブレードを使ってない……?
コイツは1人で、俺たちブレード使いを相手取って、楽々と蹂躙した。
殆ど圧勝と言っていいだろう。
殺傷力を弱めたとはいえ、ブレード使いの攻撃を食らって平然としていた。
逆に、攻撃した俺の腕が、反動で麻痺した……。
こんな化け物じみた所業を、全部生身でこなしたと、コイツはそう言ったのか……?
……駄目だ。
どうしようもない。
俺がどうにかできる奴じゃない。
コイツは本当に、俺と同じ人間なのか?
「…………」
俺はまた膝から崩れ落ちた。
希望が潰えた。
「ハア……ギブアップだな」
「…………」
奴はそのバタフライナイフを真っ2つに折り、適当に投げ捨てた。
俺は何も言えなかった。
「このまま続けるのは俺の主義に反するし……帰るわ。じゃあな」
奴は残念そうな表情を浮かべ、その場を後にしようとした。
……ふと、誰かが走る音が聞こえた。
こちらに近づいてきている。
……誰だ⁉︎
俺は顔を上げた。
奴も足音に気付いたのか、音のする方向を見ていた。
「ッ⁉︎ グァ!」
その時には、走ってきた人物の拳が奴の顔面に命中していた。
殴られた奴は吹き飛び、仰向けに倒れた。
何が起きたか分からない。
そして、奴を殴り飛ばした人物を見て、俺は更に混乱した。
「偽造……?」
「…………」
偽造は何も言わず、ただ倒れた奴を睨むように見ていた。
その目つきは、明らかにいつもの偽造とは違う。
青い色で塗り潰したかのような……言ってしまえば、奴の目と同じに見えた。
「なんだ……? お前巴にやられた奴じゃ……」
吹き飛びはしても、奴はピンピンした様子で立ち上がった。
「口切った……カハッ! 痛いってのが久々だな」
「…………」
偽造は依然何も言わない。
「おい偽造……?」
「…………」
偽造は息を大きく吸い込み、叫ぶように言った。
「僕の友達に何をした‼︎‼︎ お前ェッ‼︎‼︎」
偽造はブレードを出し、迷いなく奴に振り下ろした。
奴は転がって攻撃を躱す。
「うおっ!」
「許さないぞ……‼︎」
更に、奴に蹴りをいれる。
「ガッ!」
蹴り飛ばされながらも、奴は立ち上がる。
「カハハハハハハハ! やるねえお前! とても巴に負けたとは思えねえよ!」
「うるさい……」
「このまま続行したいのは山々なんだけどよ……今からフルスロットルはちょいと厳しい。悪いが帰らせてもらうぜ」
「帰すと……思うかい?」
「そう言うなよ。……なあ、お前なんて名前だ?」
「……君から名乗りなよ」
「ああ、そりゃそうだな」
「夜乃幽永だ」
「……勾原偽造」
あまりの緊張感に、息が止まりそうになる。
「そうか……今回のは背中ついたし、俺の負けでいいや。じゃあな偽造。またいつか、ちゃんと遊ぼうぜ?」
そう言い、夜乃幽永と名乗った奴は、何かを偽造の目の前に投げた。
「待て……!」
瞬間、奴が投げた物が激しい光を放った。
「なっ⁉︎」
「閃光弾……⁉︎」
なんでそんな物を⁉︎
光で視界を奪われ、なす術もなくなった。
*
ようやく目が慣れ始めた頃には、奴の姿はなく、偽造はその場に倒れていた。
「おい、偽造……痛っ!」
「向井君、大丈夫⁉︎」
「いや、あんまり……」
「命さん……すぐに治します」
「……悪い、何も出来なかった」
奴は、どうしようもない怪物だった。
ブレードを使ってないというのが、未だ信じられない。
アイツの他に、あと2人いる……。
俺なんかに、どうにか出来るのか?
正直……できる気がしなかった。




