透明になる薬
ある科学者の日記
2012-05-25
私はついに長年探し求めていた古代マヤ文明の古文書を手に入れた。そこには私の予想通り、「人体透明化技術」の内容が記されていた。解読に5年、研究に10年の時を費やし、ついに私は透明化薬の試作品を作り上げるに至った。コードネーム「エスケル」と名付けたその透明化薬はモルモット、サルなどへの臨床試験を経て、ついにヒトへの臨床試験をおこなう段階に突入した。
2012-06-03
ヒトによる臨床試験は順調に推移。しかし、最近気づいたのだが、私はこのエスケルの「用途」について、全く考えたことがなかった。この現代社会においていったいどのような用途に使われていくのだろうか。
2012-06-23
■透明になって不便に感じることベスト3(被験者アンケートより)
第1位
しょっちゅう人とぶつかる
第2位
歩きづらい(たまに自分の足を自分で踏んでしまう)
第3位
目薬が差しづらい
快適な透明人間生活を楽しむにはある程度訓練が必要なようだ。というよりも「日常生活には適さない」と言ったほうが早いかもしれない。
2012-07-15
透明化後の姿はサーモグラフィーなどをもってしても確認することができない。また、電子顕微鏡などを使用しても同様に確認できなかった。細胞レベルで透明化が起こっているということだろうか。「神の領域」はほとんどブラックボックスだ。
2012-08-16
被験者6番が研究所を脱走した。が、6時間後無事に身柄を確保。「何をしていたのか?」という問いには頑なに黙秘を続けたが、一つ気になることを話してくれた。6番が言うには、「透明化後に男性器が勃起すると、勃起現象により膨張した部分のみが透明にならず、露呈してしまう」らしい。つまり、透明化後の状態変化にエスケルが対応できていないということか。
2012-08-23
研究所近くの女子高の更衣室で、「マッシュルーム」のような浮遊物体が複数の生徒たちに目撃されたという話題が持ち上がっているらしい。・・・・ん?マッシュルーム?・・・・まさかな。
2012-10-29
被験者18番が研究所を脱走した。彼の所在は未だ掴めていない。実験前は、頭脳明晰で好青年に見えた18番も、最近は少し様子がおかしかった。エスケルの影響であろうか。何事もなければいいのだが・・・・。
2012-11-13
科学者としての探求心を抑えられず、ついに私は自分にエスケルを投与した。
2012-12-22
この一週間は、人類史上最も悲劇的な一週間となった。事の発端は、12月17日の月曜日に起きた米大統領暗殺事件だった。白昼堂々に米大統領が暗殺され、その犯人は未だ特定されずにいた。不可解なのは、現場の状況から考えると明らかに至近距離からの発砲による暗殺であるのにも関わらず、近くで大統領を警護していたシークレットサービスの誰一人として、犯人の姿形を目撃していないという点であった。ケネディの呪いなのではないか、はたまた透明人間の仕業では?という「突拍子もない」噂やデマが飛び交った。しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。米大統領暗殺の6時間後、今度は何者かによって、某米軍基地から1基の核ミサイルが中国へ向けて発射された。中国当局はいち早くそれを察知し、核ミサイルの撃ち落としを試みたが、ことごとく失敗。そして、核ミサイルは中国北京の都市中心部に深く突き刺さり、炸裂した。推定死者数は一千万人を超えた。米国防総省はこの核ミサイルについて、「誤発射である」という声明を出した。が、世間では「先の米大統領暗殺において、中国側の関与を決定づける証拠が見つかり、それに対する報復だったのではないか、しかし、核ミサイルはさすがにやりすぎだろう、しかしかといって、誤発射というのはありえない、やはりこれもケネディの呪い、はたまた透明人間の・・・・」などの憶測が飛び交い、情報が錯綜していた。しかし、悠長に考えている時間はなかった。中国当局は当然のように核ミサイルによる報復を開始。また、「世界の警察」を謳っていたアメリカが核を使用したというこの事実が、各国に強烈な疑心暗鬼の念を抱かせ、「やられる前にやれ」と言わんばかりに、各国は堰を切ったように核兵器の使用を始めるに至った。ここに、決して始まってはならない「核」による第三次世界大戦の火蓋が切って落とされたのだった。大戦はわずか一週間あまりで終息。しかし、地球上の4分の3以上の人類が死亡、あるいは被爆するという未曾有の被害をもたらした。
・・・・というニュースが連日朝から晩まで報道されていた。が、自分でも不思議なくらい関心が薄かった。そんなことよりも私は一刻も早くこのエスケルを完成させなければならない。それがこの私に与えられた大いなる使命なのだから。そのためにもまず、あの「勃起問題」を解決せねばなるまい。
2012-12-23
どうやらエスケルには、人体を透明にするだけでなく、道徳心や倫理観までをも希薄にするという副作用があるようだ。なるほど、どうりでヒトが何十億人死んでも気にならないわけだ。いや、むしろもっともっと殺したいという衝動に駆られる。この殺戮破壊衝動も副作用のひとつなのだろう。しかし、なんでこんなことになったのだろう。私は間違っていたのだろうか。私はただ純粋に、子供に夢を与えられるようなものを生み出したかっただけなのに。そう、ドラえもんのように・・・・。