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婚約破棄を狙って「おバカ令嬢」を演じます!

掲載日:2026/09/13

「初めまして~☆ 氷の騎士、スコール様っ!

私、このたびあなたと婚約いたしました、レイズ・ホートンでーす☆

よろしくお願いしま~す☆」


そう言って私は、スコール様に向かってポーズを取った。

Vサインを横向けにし、その人差し指と中指の間に右目を入れる。

ついでに膝も曲げ、胸元を強調。

ペロリと舌も出してみる。


やはり、というべきか、氷の騎士様は文字通り凍り付いていた。

それどころか、周りの王族の方々も、唖然とした様子でこちらを見つめている。


「あの、あなたが、レイズ・ホートン男爵令嬢?」


確かめるように、ご婦人が尋ねる。

私は「そうで~す☆」とわざと声を張った。

同時に、スコール様の眉間に皺が寄る。


(そう、その調子! あなたは、こんな軽々しい女はタイプでないでしょう?

早く! この部屋から追い出すなり、婚約を破棄するなりしてよ!)


チラリとスコール様を伺い見る。

彼は険しい表情ではあるが、一言も発しない。


(こうなったら……)


私は勢いのまま、スコール様にズンズンと歩み寄る。

彼は一歩下がり、軽く腕を構えた。


(怯んでは駄目よ! レイズ! 恥を捨てるの!)


自分を奮い立たせつつ、彼に飛び込むように、その腕をつかんだ。


「やぁ~だぁ~! やっぱりすっごいマッスル―! やば、マジすごいんだけど!!」


彼の右腕に絡みつき、筋肉をつつく。


テンション高く騒ぎ立てる私をよそに、室内の温度は急速に冷えていく。

それでいい。それこそが狙い通りなのだ。


スコール様は、さりげなく私を振りほどくと、こちらを見下ろし、口を開く。


「婚約破棄宣言か……!」と期待したのもつかの間。


「悪いが、そのくらいにしてほしい。所用を思い出した。本日はこれでおひらきとしよう」


こうして、私は屋敷に帰されることとなった。


***


(初顔合わせでは、破棄とまではいかなかったかぁ……)


屋敷に帰った私は、そのまま自室のベッドにダイブする。

目を閉じると、スコール様の顔が脳裏をよぎる。


(確かに、眉目秀麗だったな……)


そんな彼の腕を取り、ベタベタと触っていた事実が思い出された。

冷静に振り返ると、途端に頬が紅潮する。


まぁ、無理もない。

私は生まれてこのかた、男性の腕に絡みつく、どころか、手を繋いだことさえなかったのだから。


恥ずかしさに一人でのたうち回っている最中、ノックの音が部屋に響いた。


「レイズ様、今日も本屋が参りましたよ」


使用人の声を聞き、私はすぐさま起き上がった。




「いやぁ、レイズ様、今日もありがとうございます」


街から本を届けに来た老人は、包みを持ちながら深々と頭を下げる。


「そんな体制で腰を曲げては、身体に触ります! ほら!」


私は慌てて老人から包みを受け取った。

本が数冊入った包み。その重量は、今回も中々のものである。


「レイズ様こそ、そのようなか細い手で重い包みを持たれては、手が折れてしまいますぞい!」


本屋の老人はわなわなと手を震わせる。


「大丈夫です。 自らこの手で本を受け取ることが、私の至福のひと時であることをご存知でしょう?

それに以前、『身体を鍛えるコツ』の本を読了しておりますから。このくらいの重量では、全く動じませんわ」


私が微笑むと、老人は苦笑した。


「もう、本の内容をご習得なさったのですな。レイズ様は本当に勉強家であらせられて……」


その言葉に内心嬉しく思いながらも、「そんなことありませんよ」と首を振る。


おそらく、私が学びに貪欲であることをこの世で一番良く知っているのは、この老人だろう。

なんせ、10数年前から毎週、私の屋敷に本を届けてくれているのだから。


包みを受け取った私は、急いで自室へと駆けた。

そして茶色の包装紙をびりびりと破る。


今回、届いた書籍は、次の通りだ。


『宮廷ゴシップ集』

『酒場で男性を射止めるための5か条』

『浮気令嬢メアリーの恋愛遍歴』

『娼婦のためのメイク術』

『尻軽女モーラ』


小説からハウツー本まで様々である。


半年前の私であれば、こんな内容の本は読むどころか、手に取ることすらなかっただろう。

しかし今回、私がこのような選書をしたのには理由があった。


(なんとしてでも、スコール様に婚約破棄をしてもらわなければ!)


そう、私は数か月前、親によって知らぬ間に、「氷の騎士」、スコール様と「婚約」させられていたのだ。


***


スコール・ヴァレンタイン。

若くして王室の近衛騎士団副長を務める、騎士団きってのエリート。


彼は平民からの成り上がりであり、その優秀さは他の追随を許さない。


しかし、その非凡さゆえなのか、彼は他人に対して非常に厳しいところがある。


部下にはもちろんのこと、友人や使用人に対しても、きわめて冷淡で厳格に接する。

笑顔を見せることなど、全くもって、ない。


それ故、人は彼のことを「氷の騎士」と呼んでいた。


麗しい見た目とその能力で、彼は社交界の注目の的である。

よって、彼に言い寄る女性は多数いた。

しかし、スコール様は一切、女性陣になびくことはなかった。


そんな彼が、私と婚約する運びになった理由は一つ。

私が社交界きっての「地味令嬢であるから」だ。


彼が元々、軽い女性が好みでなかったこともあるが、

どうやらスコール様は、自身の職務を全うする意思が強すぎて、

女性からのアプローチを心底疎ましく思っていたようだ。


そのため、自身の「女避け」として、大人しい女性を婚約者として求めていたらしい。


そこで白羽の矢が立ったのが、私だった。


確かに私は、地味で社交性に欠けていた。

なので、舞踏会やパーティなどにはほとんど参加せず、日々を読書と父の手伝いに費やしていた。


父は私を本好きと見込んで、様々なアドバイスを私に求めた。

私に実地経験はないが、知識だけは蓄えていたため、古今東西の情報を伝えることができる。

父はそれを参考とし、領地経営に生かしていた。


自分の持つ知識の種が、父により育ち、開花する。

その過程を見ると、私は本当に、この家に生まれてきてよかったと思えた。

父のサポートをすることこそが、私のなによりの喜びであり、生きがいだった。


ところが、だ。


父は、私を有用だと見てくれている一方で、私をずっとそばに置き続けていることに対して、ひそかに罪悪感を抱いていたらしい。


自分のせいで、娘は婚期を逃しているのではないか、と。


「結婚こそが女の幸せ」という考えが浸透しているこの貴族社会で、私は異端な存在だ。


そんな時に、舞い込んできたのが、「氷の騎士」との見合い話。


私に話が知れれば、反対すると思ったのだろう。私は知らぬ間にスコール様と婚約していた。

父は「私のためだ」と言うが、正直言って、ありえない。


騎士というのは、基本的に王国の軍事を担う。

領地経営のように、幅広い知識は必要ない。

スコール様と結婚すれば、「知識を実践に生かす」というこのサイクルが崩れてしまうのだ。


さらに言えば、スコール様は今、この国きっての注目株だ。

王の命で、様々な会合やパーティに顔を出していると聞く。


そんな彼の妻になったが最後、私は、嫌いな社交の場に引っ張り出され、ワイン片手に愛想笑いを浮かべる日々を過ごすことになるだろう。


(それだけは、絶対、嫌っ!)


と、いうことで私は作戦を立てた。


まず、こちらから婚約破棄をすることはできない。


女性側からそんなことしては、スコール様のメンツがつぶれるし、父の顔にも泥を塗る。

また、彼は王のお気に入りであるため、家の存続すら危うくなるかもしれない。


となれば、スコール様の側から婚約破棄してもらうしかない。


そこで私は考えたのだ。

彼の好みではないのであろう、

「ウザくて、姦しい、ナウでヤングなパリピ」を演じて見せる、と。


スコール様に、私が「ちゃらちゃらしたおバカ令嬢」であることを見せつけ、円満に婚約破棄にこぎつける。

それこそが、私の目標だった。


届いた本を早速開く。


(なるほど、ブルーのアイシャドウを濃く入れるのが、娼婦の方々の最新メイクなのね……)


私は頷きながら、栞を挟む。


濃いめのメイク、胸元の開いた服。

その他、仕草や立ち振る舞い、言葉遣いに至るまで、私は「最近のパリピ令嬢」を学びつくす。


(なるほど、よく分かったわー。いや、勉強になる)


羽ペンでメモを取る。しかし、ふと思い至り、ペンを置く。


(いや、でも、今日だって私は充分、おバカ令嬢を演じきれたわよね……。

顔を合わせていた時こそ、婚約破棄されなかったものの、後日、文書で、なんてこともあり得るわ)


もしそうなった場合、今日届いた本の数々も、今の学びは無駄になる。

同時に、初対面時の彼の表情を思い浮かべた。


困惑を隠しきれない、険しい表情。そう、彼は確実に、私に「引いていた」。


(じゃあ、ここまで勉強しなくても大丈夫かしら……?)


しかし、そこで私は顔を振る。


試験しかり、領地経営しかり、大切なことは「念には念を入れる」ことだ。

私は気を取り直し、再びページをめくった。


***


結果的に、その行動は「吉」とでた。


私は今日、スコール様との二度目の会合に出発する。


しかも今日は、貸切られた城の庭を、二人で散策するらしい。


(どうしてこうなった……)


城へと向かう馬車の中で、私は一人で頭を抱えた。


先日、スコール様からの手紙が届いた時、私は婚約破棄を確信した。


(これは、絶対に絶縁状だわ! 私は目的を達成できたんだ!!)


完全にそう思い込みながら、私はペーパーナイフでわくわくと封筒を切った。

しかし、そこに書かれていたのは、「二回目のお誘い」だった。


(しかも、今度は二人っきりで、で、で、デートですって!!!)


うなだれる私をよそに、父はご満悦な様子で


「良かったな、気に入られたようで」


と、私の肩を叩いた。


いやいや、全然よろしくないですわ! と思わず返しそうになったが、喉元でぐっと耐える。


(いや、でも、大丈夫よ、レイズ! まだ諦めるには早すぎるわ。今日のデートで、私の軽薄っぷりを見せつけて、婚約破棄してもらえばいいのよ!)


私はポシェットからコンパクトを取り出すと、青いアイシャドウを瞼に塗りたくった。

ついでに唇もグロスでつやつやに仕上げる。


メイクは普段、屋敷のメイドにしてもらっているが、こんな化粧を頼めば怪しまれる。

だから私は事前に調達した化粧品を隠し持ち、直前でこのような「けばけばしいメイク」を施したのだ。



こうして、お城に到着した私を出迎えたのは、やはり、予想通りの反応だった。


皆が私のどぎついメイクに顔を引きつらせている。

しかし、なぜか、当の本人であるスコール様は口元を引き結んだまま、静かに私を見下ろしていた。


「やっほー、スコール様☆ おひさー☆☆

さっ、庭行こ! 庭っ! 私、お城のバラ園、覗いてみたかったんだぁ~☆」


挨拶もそこそこに、私はスコール様の右腕に絡みついた。


前回のように振り払われるかと思いきや、彼は大臣に向かって「行ってまいります」と静かに敬礼した。



私がリクエストしたからか、スコール様は最初にバラ園を訪れた。

彼の腕にしがみついたまま、私は「ヤバ、ちょーきれい。マジありえないんですけど」と辺りを見回した。


「白薔薇の花言葉は知っているか?」


雑談の一つなのだろう、急に話を振られ、私は思わず「純潔、尊敬、敬意、ですね」とこぼしそうになる。


しかし、寸前のところで押しとどめ、


「花言葉ってなに~? 食べれるのぉ~??」


と首をかしげて見せた。


すると。


「知っているはずだ。おまえは私の父の誕生日に、白薔薇のブーケを贈っているのだから」


スコール様は立ち止まる。


私は目を丸くしながら、思わず彼の顔を見上げた。


澄んだ青空の下、日の光が彼のつややかな黒髪を煌々と照らしている。


彼は軽く眉を寄せ、続けた。


「父は大層喜んでいた。花言葉の事典を購入し、花言葉に精通したお前から、白薔薇を受け取ったのだから。おまえが思慮深い人間であることは、すでに知っている」


スコール様はじっとこちらを見つめる。私はすぐさま、口角を上げねばと思った。


「な、なに言ってんの~、スコール様ったらぁ☆☆ 誰かと勘違いしてない? 私、スコール様のお父様なんて知らないし、花束なんて送っていな」


「街の本屋の老人に、心当たりは?」


話を遮り、発せられた言葉に、私は声を失う。


スコール様は呆れたように鼻を鳴らした。


「勉強好きのお前でも、婚約者の生家までは知らなかったのか。まぁ、無理もない。私は平民の出ではあるが、表立っては『医師の息子』ということになっている。しかし、それは後付けでな。本当は小さな本屋の出だ。平民出身とはいえ、本屋の息子ではあまりにも権威がないということで、王の命で、わざわざ医者に養父となってもらった」


私は唖然としながら、彼の言葉を聞いていた。


彼は本屋の息子だった。そして、私が白薔薇の花束を贈った老人と言えば。


(あの、いつも来る本屋のおじいさん?!)


固まる私をよそに、スコール様は続けた。


「おまえの噂は常々、父から聞いていた。社交界では『寡黙な人見知り』として通っていたおまえだが、その実、知的で聡明、そして勉強家だということを。そんなお前の前回の態度を見て、私は父に迫ったのだ。最近、レイズ令嬢の行動に何か不可解な点はあったか、と」


「そ、それで、お父様はなんと……?」


震える声を絞り出す。


「何も語りはしなかった。父は昔気質で、顧客の情報を決して他人に漏らさない。だから、失礼ながら、おまえの書籍注文票を勝手に見させてもらったよ。過去5年間分」


「5年分も!」


思わず声が裏返った。


「この婚約が決まって以降、お前の選書傾向はガラリと変わったな。そこで気が付いたのだ。おまえの真の目的が。おまえは婚約破棄を狙って、軽薄な女を、ただ演じているだけなのだと」


「おかしいと思ったのだ」と彼は言う。


「初対面の日であるというにもかかわらず、おまえは一人で応接室に入ってきた。普段の自分を知る人物に同席されては困るから、おまえはわざと、人払いをしたのだろう」


私の肩が、小さく跳ねる。


図星だった。私を知る人物、特にお父様などに同席されてはたまったものではない。

だから「知り合いがいると緊張するから」と適当に言い訳をして、付き添いを拒んだのだ。


「おまえが『聡明である証拠』は他にもある。私の利き手は左腕だが、おまえはそれを知っていて、わざと右腕に絡みついたのだな。私の身体を何度も触ってきたが、けっして左腕には触れなかった。また、先ほど城の階段を降りる際に、おまえはわざと先陣を切っただろう。私が万が一、段を踏み外した際に、自らが支えられるようにと。おまえが、こう見えて中々の腕力を持っていることも、父から確認済だ」


唾を呑み込む。

どうしよう。ここまで見破られていたなんて、完全に予想外だ。


「そ、そんな~、何言ってるんですか、スコール様ぁ。『聡明だ』なんて、いくら私を褒めたたえても、なにも出ないぞっ☆」


そう言いながら私は、スコール様の胸をツンとつつく。


すると、彼はフッと吹き出すように息を漏らした。


「その仕草は、小説『尻軽女モーラ』の198ページの仕草と同じだな。軽薄なモーラの真似をすれば、私に振ってもらえると思ったか?」


(なんでそこまで知ってるの?!)


私はもはや、なす術もない。

閉口する私に、スコール様は微笑みかける。


「おまえは、私がただ、女避けのためにおまえと婚約したと思っているかもしれないが、違う。確かに当初はそうだったが、おまえの過去5年間分の注文情報を見て、確信したのだ。おまえが、常に努力を惜しまない、生粋の勉強家であることを。そして、おまえの知識が領土経営に生かされていることを。けっして知識をひけらかさず、日々、黙々と精進している。そんなおまえの姿勢に、私は……」


スコール様はそこで一瞬、言い淀む。しかし、急に私の手を取ると、そのまま意を決したように、口を開く。


「私は、おまえに好意を抱いたのだ」


瞬間、目を見開く。

それと同時に、なめらかな風が、私と彼との間に流れた。


スコール様は目を細め、じっと私を見つめている。


黒髪に、切れ長の目。長いまつ毛。スッと通った鼻筋。

「氷」に喩えられたその精悍な顔立ちの彼が、今、確かに微笑んでいる。


(……駄目だ。この人には敵わない)


頬に熱が帯びていくのを感じる。


私は冗談を言うことも忘れ、ただ、彼の厚い眼差しを、静かに受け止めていた。


この展開は、自分の本意ではない。

これでは、この数ヶ月の「おバカ令嬢」になるための研究が、すべて無駄になってしまう。


だが、なぜか私は、それが嫌ではなかった。


ただ、今は、この不器用ながらも美しいこの笑みを、いつまでも見つめていたかった。









最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

心から感謝いたします。


☆の評価をいただければ、今後の参考になりますので、よろしければお願いいたします。


なお、現在、不遇ヒロインが、ヒーローの献身的な愛情により自分を取り戻していく小説、

「猫にされた薄幸令嬢は、いつまでも呪われていたい」を連載中ですので、

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こちらは、こちらは、架空の京都、大正時代を舞台とした、

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くじょう様の素敵すぎるイラストが、お目に留まれば幸いです。


最後までありがとうございました。

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連載中の長編小説です。  「猫にされた薄幸令嬢は、いつまでも呪われていたい」 また、先日発売しました新刊です。 「如月夫妻の春夏秋冬」  覗いていただけると嬉しいです。
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