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Love Sick ② 【城南インパクト!】

練習試合では城南高校に完敗だった富ヶ丘高校女子バスケ部。足のケガも治った双川結愛ふたかわゆめは気持ちを入れ替え、新人戦のウィンターカップへ向けての練習が再開する。

 


 ・[それぞれのオフ…]



 夏休みも二回目の日曜日。パステルカラーの夏の花々が咲く庭を臨む茶室に、早朝から着物姿の婦人方に混じっているのは双川結愛ふたかわゆめだ。今日は部活もオフなため、幼少のころから祖母と通うお茶会に参加していた。

 妹の結蒔といえば正反対。お茶にはからっきし興味を持たず、今ごろはまだベッドの中で熟睡中であろう。


 「…結構なお手前でございました。」


 「お粗末さまでございます。」 


 結愛が慣れた手つきでお茶を点てるその姿は、凛としていてこちらも背筋が伸びてしまうその空気は、まるで涼しい風が体を吹き抜けたような清々しさを覚える。 

 一通りのやり取りを終えたところで、祖母の車へと替えの懐紙を取りに戻った時だった。


 「あれ?…たしか富高(富ヶ丘高校)の。」


 「えっ?」 


 結愛が振り向くと、そこにいたのは大きな古い葛籠つづらを抱えたあの人だった。それは忘れもしない、保健室の記憶…。


 「えぇっ!あっ。た、たしか東くん…だよね?ど、どうしてここに!?」


 「どうしてって…。俺のうち茶器とかの店なんだよ。昔っからここへも卸しててさ、配達させられてんだよ。ーーちょっと待ってて。」


 動揺する結愛に対して、東 あずましょうは飄々としている。葛籠を屋敷に運び終えると、首にかけたタオルで汗を拭いながら話しかけてきた。


 「双川…でいいんだよな?聖に聞いたよ。足は大丈夫か?」


 トクッ…。


 「ーー?どうした?聞いてる?」


 トクットクッ…。


 「あ、うん、ごめん。こ、この前は本当にありがとう。うん…。もう大丈夫。」


 双川…。聞き慣れた自分の苗字が胸に響くのはなぜだろう。


 「そか。良かった。」


 ーーー。


 「じ、じゃあ俺行くから。また。」


 「えっ?うん。ご、ご苦労様でした…。」


 なぜか頭を下げてお礼をする結愛。その姿を見た翔が吹き出して笑う。


 「ぷっ。ははっ!なんだよそれ。…着物っていいじゃん。それじゃっ!」 


 そう言うと翔は足早に去っていく。


 「…双川って言ってた。」 


 また"あの"違和感が結愛を包む。少しの間、あっという間に消えていく彼の背を見つめていた。

 


 ・[twins]



  予期せぬ再会の後のお茶会はずっと上の空だった。おかげで祖母に叱られたのも何年ぶりだろうか…。リフレッシュのために参加したはずなのに、それは心が落ち着かないまま帰宅する結愛。


 「ただいまぁ。」 


 脱いだ草履を揃えていると、双子の妹の結蒔ゆまがドカドカと階段を降りてきた。


 「うるさいなぁ。結蒔、今起きたの?」


 「別にいいでしょ?またお茶?何が楽しいんだか…。あ、そうそう。あとで城南まで聖に届けるのあるんだけど、結愛も行く?」 


 着物姿の結愛に対して、ひどい寝癖とまだスウェット姿の結蒔。富校の女バスは休みだが、城南男バスの練習は午後にあるらしい。


 「行かない。私は用事ないしーー。」


 「ふぅん。行かないんだぁ。…つまんないの。」 


 何かを含ませた言葉を残して、結蒔はキッチンへ行ってしまった。

 《別に…用なんてないし。》 

 そしてお茶会で使った帛紗ふくさをたたむ。和室でお茶の道具に触れ、片付けをしているうちに心が落ち着いてきた。

 着替えを終えてリビングに戻ると、結蒔がスマホ片手に朝食のシリアルを食べている。彼女と向かいのソファーに腰掛けると、何やら視線を感じる…。向かいの結蒔に目を向けると、首を傾けてこちらの顔を覗き込んでいるが。


 「な、何見てんの?」


 「ーーなんかあった?」


 「べ、別に…。なんで?」


 「ん…。なんとなく。あ、リモコンとってよ。」


 一つ溜息をつきリモコンを渡す結愛。すると、リモコンを受け取った結蒔がニヤッと笑う。


 「な、なんなの?最近あんたキモいんだけど…。」


 「そう?結愛のほうが変だよ?あははっ!」


 変なヤツ。テレビは結蒔の好きなアメコミヒーロー映画が流れている。サブスクの料金はなぜか自分が払っているのを思い出した。シリアルを食べながら片手にスマホ、片手にリモコンを使い分ける結蒔はさすがの現代っ子だ。それは、茶道や編み物などが趣味の結愛にはできない芸当である。

 《私だって観たいチャンネルあるのにな…》

 諦めた結愛はソファーに寝転びスッと目を閉じた。まぶたの裏には、今日の出来事が浮かんでくる。 やがて大音量の映画も気にせずに、結愛はいつの間にか眠ってしまっていたーー。



 ・[双川さん、事件です…]



 8月の最初の月曜日。進学校でもある私立富ヶ丘高校では『夏季特別講義』と言う名の登校日があり、毎年の恒例だ。 ここでは休み前の期末考査の結果でクラスが振り分けられるシステムになっており、双子の姉の結愛は上位クラスの常連だが、妹の結蒔はと言うと…。


 「あ〜。何が楽しくて勉強すんだか。」


「結蒔がやらなすぎなの!これ以上赤点取ったら大会に出られなくなるよ!」


「えっ?ちょっ、それマジなん?」 


 真夏の太陽が照りつける中、顔が青ざめていく結蒔。学校へ着くとそれぞれの教室に分かれていった…。 特別講義が終わったのは15時をすぎたころだった。この日は部活もオフになるため、夕方はフリーだ。


 「あ、結蒔。どっかいくの?」 


 結愛が駐輪場に着くころ、そそくさと出ようとしている結蒔がいた。


 「あ、結愛〜!ナイスタイミング!あのさ、ちょっと付き合ってよ。」


 自転車のカゴにスクールバッグを乗せながら話す結蒔。


 「は?どこいくの?」


 「城南高校〜!あのね…聖に差し入れもってくの。練習試合続きだから疲れてると思ってさぁ。」


 結蒔が昨夜に母からレモネードドリンクの作り方を聞いていたのはこのためだったようだ。結蒔のこうした行動力には、いつも感心させられてしまう。


 「結蒔ってさ、そういうとこマメだよね。…わ、私はいいよ。帰って講義の復習したいし…。」


 するとグイッと自転車を一漕ぎした結蒔が振り向く。


 「いいから!早くいくよ!ほらほらぁ!」


 《ま、いっか。もしかしたら瑠衣にも会えるかもしれない…》


 仕方なく付き合う結愛だった。


 ・

 

 城南高校に到着した姉妹はさっそく体育館を目指す。入り口に辿り着くとドアは閉め切られ、なにやら張り紙が貼られている。


 「なになに?ーー本日の練習は非公開です。…だって。」


 インターハイ常連校ゆえに専門誌の記者などが頻繁に出入りしている城南高校は、ときどきこうした措置をとって練習に励んでいた。


 「なんだぁ〜。これじゃ渡せないよぉ。」


 「終わるまで待ってたら?私は帰るよ?」


 ガックリと肩を落とす結蒔。しかしすぐに振り返ると、ゾンビのようにゆっくりと体をお越して、結愛の顔をのぞいた。


 「よし。こうなったら…。」


 「なに?わ、私は付き合わない…よ?」


 「ーー部室。」


 「はっ?」


 「部室においてくっ!LIMEにメッセしとけばわかるっしょ?」


 ーーその発想に絶句し、一瞬硬直する結愛。


 「ほら!行こっ!」


 「ち、ちょっとぉ!」 


 結蒔は強引に姉の手を引いて走り出す。部室はすぐ近くに建ち並ぶ部室棟の一角だ。


 「ここだ!男バス!ーーふふふ…。開いてるぅ〜。」


 「結蒔ぁ…やめなさいよ…。」


 結愛が周りをキョロキョロ見ながら囁く。こんな時、人はなぜか小声になるものよね…。


 「失礼しまぁす…。あ!聖のロッカー!隣は……東くんだぁ。ほら。」


 カァァァッ…。みるみる紅潮する結愛。


 「そーゆーのいいからぁ!早くしてよ!」


 結蒔はとても楽しそうだ。しかし冷静に部室内を見渡すと、男子たちの部屋にしては整頓されているようだ。そしていたる所にこれまた達筆の書で約束事が書かれていた。 特に目を引いたのは部室の真ん中に貼ってある【全国制覇】の力強い文字。結愛はしばしその書に見入ってしまう。

 そして…。


 『ガチャガチャ!バンッ!』いきなりドアが開いた!


 「だ、誰だっ!」


 独特の低い声が狭い室内に響く。


 「きゃあぁぁぁっ!ごめんなさい!あの!これは!ーーノリタカ…くん?」 


 ドアを開けたのは城南高校のキャプテン、両角憲崇もろずみのりたかだった。2メートルを超える身長と、ヘビー級の肉体を持つこの男の登場に姉妹は腰が抜けてしまった…。


 「あ、あ、あ。ゆ…ゆ、結蒔さん。そ、それにお、お姉様まで…。こ、これは一体?」


 「あのね!じ、実は差し入れをーー。」


 結蒔が説明する途中でまたひとり入ってきた。…聖だ。


 「ノリ?どした?ーーって!結蒔!それに結愛ちゃんまで!な、何してんだよ!?お前ら、へ、変態だったのか…?」


 結蒔は真っ赤な顔で大パニック!聖と憲崇に必死に説明をする。


 「変態ってなによ!ーー差し入れ!なの!あ、あのね。体育館に入れなかったから…。か、勝手に入ってごめんなさい。」


 慌てて言い訳をした結蒔だが、一転して大人しく謝罪した。


 「わ、私からもごめんなさい。勝手に部室に入るなんて、軽率でした。の、ノリタカさん。聖くん。ごめんなさい…。」


 「……。」 


 憲崇の視線は姉妹の顔を行ったり来たりしながら固まっている。結蒔はドリンクボトルの入った袋を聖に差し出した。


 「聖、ハチミツも入ってるから疲れにいいんだよ!ちゃんと水分とってね!」


 「えっ?結蒔の手作りなん?…すげぇ。さっそくもらうわ!ーー今ちょうど休憩に入ったとこなんだよ。ノリとさ、ジュース買いに行くかって。なぁノリ。…ん?」


 「ーー。あ、あぁ。」


 「はっはっは!…コイツさ、女の子の前だと固まっちゃうんだよっ!バスケじゃ鬼教官みたいなのにさー!」


 聖はカチコチの憲崇を茶化して笑う。しかしそんな彼を横目に笑えない結愛は急ぎ退室しようとする。


 「いや、でも。…本当にごめんなさい。ほら、結蒔!行くよ!」


 「う、うん。聖、ごめんね!頑張ってね!」


 慌てて部室を後にする双子の姉妹。結愛は恥ずかしそうに外へ飛び出す。すると。


 ドンッ!!


 「うわっ!ーーご、ごめんなさい!」


 部室を飛び出したところで今度は誰かにぶつかってしまい、慌てて頭を下げて謝る結愛。しかし、顔を上げてみるとそこにはあの記憶が蘇る柑橘系の匂い…。


 「うぇぇっ!あ、東くん!」


 「びっくりしたぁ。双川かよ。どうしたんだ?」


 「い、いや。なんでもないの。ごめんなさい!」 


 結愛は下を向いたまま後ろも振り向かず、結蒔を置いて走り去ってしまう。


 「あ、東くんもお騒がせしました!聖!またね!ーー結愛ぇ〜!待ってよぉ〜!」


 《もう!ぜんっぶ結蒔のせいなんだから!》


 恥ずかしさに耐えられず、結愛は急ぎ自転車をまたいで漕ぎ出した。結蒔も追いかけるように走り出す。かくして差し入れ大作戦は失敗に終わった…。



 ・[ホレタハレタ]



 「あの二人、どうしたんだ?そんで、なんでノリが固まってるんだ?」


 「あのな翔。結蒔たちが俺に差し入れ持ってきてくれたんだけど、ノリと鉢合わせてビックリしたらしいわ。なぁノリ。…ノリ?」


 「ぷふぅ〜。ーーあ、あぁ。」


 憲崇は真っ赤な顔を隠すように、大きなため息をつきながらその場へしゃがみ込む。


 「ノリ…。」


 「ん?」


 「惚れたべ?」


 「ぬぅっ!ひ、ひじりぃ〜!そ、そんなことは!ふぅっ、不覚っ!」


 トクンッ…。


 「マジかよ!まあ結愛ちゃんも可愛いからな!…って、翔までなにボケっとしてんだよ!?」


 「…え?そ、そうか?ノリ、ジュース買いに行こうぜ!」《なんだ?さっきの…》


 そして部室の前で束の間の休憩時間。しばし無言の3人は静かにドリンクを口にする。


 「ふぅ。しかし差し入れとは。聖、彼女がいるのは良きものなんだなぁ。」


 「まあな。よくケンカもするけど、楽しいもんだぜ。…じゃあ俺もいただくかぁ!」


 そして結蒔特製のレモネードをひと口。


 《う…。マズ。》


 「ん?聖、どうした?」


 「い、いや。差し入れ最高〜!」


 差し入れのおかげか、聖はこの後の練習でキレッキレだったそうだ。


 ・


 「ねぇ〜結愛ぇ〜。夕飯食べようよぉ〜。早くおいでよぉ!」


 「ーーいらないっ!ほっといてよぉ!」


 《わたし…。どうしちゃったんだろ。》

 自分でもわからない違和感はどんどん大きくなる。結愛は夕食を食べる気もおきず、いつの間にか眠りについてしまっていた。



 ・[フルボッコ]



 「ほらみんな!足が止まってるよー!走って!」 


 富ヶ丘高校の体育館にキャプテン結愛の声が響き渡る。ついに先週から始まったウィンターカップ予選。まずは初戦を制し順調なスタートを切った富ヶ丘高校女子バスケ部。おそらく城南高校は予選グループを一位通過してくるだろう。 浪川瑠衣とは準決勝まで対戦を避けたい。そのためには自分たちもグループ一位で通過する必要があった。


 『パンッパンッパンッ!』

 「よぉし!みんな一度集まってくれ。」 


 練習の途中から体育館へやってきた顧問の渡辺が手を叩きながら集合をかけた。部員たちは、息を切らせながらコーチを囲むように集まる。


 「ふむ。なかなか来れなくて申し訳ない。…みんな知っての通り、予選二位通過では決勝トーナメント初戦で城南高校の可能性が高い。それは是が非でも避けたいと思っている。そこでだ!突然で悪いが今日の練習後にB.B.Qをやろうじゃあないかぁ!」


 「えっ!ま、マジ!」「ヤバッ!マジで『かみさま』なんだけどぉ〜!」 


 真面目な表情から一転、ハイテンションの渡辺からのバーベキュー宣言には一斉に歓喜の声が上がった。いつも優しい顧問の渡辺は部員たちから「かみさま」と呼ばれている。まあ、バスケ部保護者会の協力あっての決起集会だが…。


 『お疲れさまでしたぁ!』 


 練習後の着替えを済ませ、部員たちは足早に校内の中庭を目指す。ここは富高の文化祭ではメイン会場となる芝生のキレイな広場だ。 中庭に到着するとすでに炭火の香りが漂っている。あらかじめ学校に許可を得た保護者たちと渡辺が炭を起こして準備していた。


 「さあ、みんな飲み物は持っているかな?ーーでは。"新チームになってからの公式戦初勝利おめでとう!そしてこのまま一位通過しちまおうぜ激励会"の始まり始まりぃ!乾杯〜!!」 


 顧問の渡辺の音頭でバーベキュー会が始まった。学校内で行うと言うこともあり教師、保護者ともにノンアルコールだが、ゲリラ的に行われる渡辺のノリはウケが良く、部員たちの楽しみでもある。双川姉妹の両親は仕事で来れないが、複数の保護者が肉と世話を焼いてくれていた。


 「結蒔センパーイ!焼けましたよぉ〜!」


 「ありがとう〜。美波も一緒に食べよっ!」


 会場の中庭に食欲旺盛な女子高生たちの元気な声が響き渡る。その最中、結愛のところへ同じ二年生の椎名りりがやってきた。


 「ねえ結愛?この前の練習試合の時さ、保健室で何かあったの?」


 「ーー!?ゴホッゴホッ!……えぇっ?別になにもない、よぉ!」


 驚いた結愛は飲みかけのオレンジジュースでむせてしまった。


 「そうなの?なんか結蒔がね、面白くなりそうって言ってたから。」


 《キッ!》すかさず結蒔に鋭い視線を送る結愛。そんなことを気にもとめずに椎名は話を続ける。


 「城南の男バス部員に手当てしてもらったんだって?え〜だれだれ?城南はイケメン率高いからなぁ。」


 「えぇっと、なんて言ったっけなぁ。あ、頭も打ってたからよく覚えてないよぉ!」


 慌ててとぼける結愛だがJKたちの攻撃は止まらない。


 「はいはーい!百済美波、初耳であります!双川結愛ファン一号としては放っておけませんなぁ〜。」


 「へぇ。結愛がねぇ。もちろんLIME交換したんでしょ!?」


 もはやノックアウト寸前の結愛は、やっとのところで言葉を返す。


 「ちょっとぉ。ホントに何もないってばぁ…。た、ただアイシングしてもらっただけだから。《バカ結蒔ぁ〜。覚えてろよォ》」


 「ヤッバぁ〜!どうだったどうだったぁ?いい匂い、した?」


 ギクッ!


 「さあ〜!盛り上がってるところ悪いが、この辺でえーと…。今日は美玖から一言、みんなに向けてお願いしようかな?」


 「えっ?あ、はい!」


 顧問の渡辺の一言でようやく結愛への集中砲火が止まり、ほっと肩を撫でおろしながら心で呟いた。《かみさま…。ありがとう。》安堵し、その場へ座り込んでしまう結愛だった。

 


 ・[rival]


 

 「だいたい結蒔は口が軽すぎるの!」


  バーベキュー会も終わり、帰りがけに結蒔にはたっぷりと文句を言ってやった。結愛は気持ちを切り替えて一人、駅前の商店街へ向かう。やってきたのは【ムーン商会】。野球やサッカー、もちろんバスケ用品まで取り扱う地域のスポーツ用品店だ。結愛の注文していた新しいバッシュが届いたと言う。


 『ガラガラッ!』

 「こんにちわぁ。双川です。」


 ピクッ。《双川…?》


 「…おお!結愛ちゃんいらっしゃい!すぐに出すから座ってておくれ。」


 店主の月岡は相変わらず声が大きい。どうやら今は先客のシューズのフィッティング中のようだ。入り口横の丸イスに腰掛ける結愛。


 「よしっ!瑠衣ちゃん立ってみて!ーーうん。良さそうだね!」


 ピクッ。《瑠衣…?》 


 立ち上がったショートヘアの後ろ姿は忘れもしない、彼女だった。


 「うん。ピッタリです!月岡さん、ありがとうございます!」


 そしてこちらを振り向く。


 「あー!やっぱり瑠衣だ!」


 「あたしも!聞いたことある名前だなぁって思った!」 


 鉢合わせたのは城南女子バスケ部のキャプテン、浪川瑠衣だった。それは、練習試合ぶりのライバルとの再会。

 試合中の迫力とは一転して、瑠衣は心配の表情で話しかけてきた。


 「結愛、ケガはどう?…LIMEもできなくてごめん。心配してたんだ。」


 「うん。ありがとう。ケガはもう大丈夫…。瑠衣もバッシュ?ーー!?それ私のと色違いじゃん!」


 「そうなの!?…うん。チームカラーのイエローのが欲しくってさ。そしたらこれしかなくって。でも、試しに履いてみたらすごく良かったからさ!」


 「そっかぁ。瑠衣はいつもアシックスだったもんね!ナイキもいいでしょ?」


 瑠衣の新しいバッシュを持ちながら細かなディテールを二人で見ている。


 「そう!ナイキって重そうなイメージあったんだけど、全然そんなことないしこう言うちっちゃいロゴとかデザインもいいよね!」


 しばしバッシュ談義で盛り上がる二人。そして帰り際…。


 「瑠衣。お互い予選頑張ろうね!…話せてよかった。」


 「あたしも会えて良かった。ーーぜったい決勝トーナメントで会おうね。じゃあね!」 


 お互いに手を振りその場を別れた。


 「富高の双川姉妹。城南の浪川。中学から有名だもんなぁ。みーんなウチのお客さんだなんて、俺ァ幸せだ。…ま、頑張れよ!」


 ニコニコと嬉しそうに月岡が話す。


 「はい!頑張りまっす!また観に来てくださいね!」


 「もちのろんっ!女子も男子も楽しみだなぁ。」


 《今度は負けない…。》 次第に離れていく瑠衣の背中を見つめながら、改めて強く決意した結愛だった。



 ・[城南IMPACT!]

 


 双川姉妹の所属する富ヶ丘高校女子バスケ部が予選一位通過を決めたのは昨日の話だ。やや苦戦を強いられた試合もあったが結果は全勝。同じく予選一位通過の城南高校との対決は、お互いに勝ち上がると準決勝でぶつかることとなった。 

 そして今日……男子バスケの予選が始まる。強豪、城南高校は大会初日からいきなりの登場だ。


 「ちょっとぉ!急ぎなさいよ!結蒔が観にいくって言ったんでしょ!?」


 「そ、そうだけど…。でも起こしてくれたっていいじゃん!もぉっ!」


 姉妹が大会会場へ到着したころは、試合開始の直前だった。


 「はぁっ、はあっ…。間に合ったぁ。」


 「あっ、聖くん出て来たよ!」


 「うん!東くんもね…。フフッ。」


 「ん……。ほら、始まるよ!」


 そして一瞬静まり返った会場内にバッシュの擦れる音が響く。いよいよ試合開始のティップオフだ。予選とは言え流石は注目度ナンバー1の城南高校の試合だ。見渡す限りほとんどの席が埋まっている。


 「あっ!いきなり聖に入った!行けぇ!ひぃ〜じりぃ〜っ!」 


 城南高校ポイントガードの勝地陸斗かつじりくとは196センチとポイントガードとしては大きいが、ミニバス時代からコートの司令塔一筋の男だ。

 彼がボールを手にし、迷いなく振り向いたところへディフェンスが迫る。しかし半拍もつかぬわずかな隙にすかさずパスが通った。それを受けトップスピードに乗ったまま、いとも簡単に二人のディフェンスを抜き去り豪快に先制のダンクを叩き込んだのはエースの聖だ。


 「きゃぁ〜!やっぱカッコいぃっ!」


 その一撃に会場が揺れた。結蒔は目をまんまるくして頬を抑える。観衆はいきなりのエースのダンクに驚きを隠せず、一瞬で火がつき大歓声が響き渡る。


 「っしゃあぁ!もう一本いこうぜ!」


 「おう!」 


 気合いがみなぎる城南ファイブ。そしてエース聖を中心とした城南高校の怒涛の攻撃が始まった。 キャプテンのセンター両角憲崇と、センターフォワードの伊東新太いとうしんたの強力なブロックとリバウンドを誇るツインタワーがゴール下の支配権を与えずにいる。そしてもう一人…。

 審判の三本指が高く掲げられた。サウスポーから放たれたスリーポイントシュートは誰よりも高く美しい弧を描き、リングを射抜く。


 「…キレイ。」


 シューティングガードの東 あずましょうだ。結愛はその美しいシュートフォームから放たれるロングシュートにすっかり魅せられてしまった。


 「きゃあ〜っ!もうみんな凄すぎ!ーーちょっと結愛?何ボーッとしてんの?」


 「あ、うん。み、観てるよ。…聖くんやっぱ凄いね!」


 「あったりまえっしょ!聖ぃ〜!もう一本!」


 そして初戦を終えてみれば96対32と、主力を途中交代させても城南高校は圧倒的な強さを見せつけたのだった。


 ・


 「結愛いこっ!みんな戻ってくるから声かけようよ!」 


 試合後の整列も終わり、城南ベンチが手早く片付けを始めた。まもなく控え室に選手たちが戻ってくるだろう。


 「えっ。い、いいよ、私は。…この前ので気まずいし。」


 「気にしない気にしなぁい!さあ行くよぉ!」


  結愛の背中を強引に押して進む結蒔。通路で待っていると、城南高校が戻って来た。


 「聖!お疲れさま!」


 「おっ!来てくれてたんだ!結愛ちゃんまでありがと!あっ、翔ならすぐ来るぜ!」


 トクンッ…。


 「えっ?あ、えと。ーーお疲れさま!な、ナイスゲームだったね!」


 ズンッズンッ…。聖と話していると、大きな足音が近づいてきた。結愛の横をカチコチになった巨人、憲崇が通り過ぎる。手足が揃って歩くその姿はまた面白い。結愛は憲崇に会釈をしながら謝罪する。


 「お、お疲れさまでした。…の、ノリタカくん。この前は失礼しました。」


 「い、いや。大丈夫。こちらこそ。」 


 憲崇は視線を合わせられぬまま、控え室へ入って行った。そして続いて赤いタオルで汗を拭いながら戻って来たのは翔だ。目が合い、二人の視線が重なる。


 「試合、お疲れ様…でした。あ、あの。この前はぶつかってごめんなさい。」


 「…あ、あぁ。全然。観に来てたんだ。」


 「あ、東くんのスリーポイント、凄かった。あんなにキレイなシュート、見たことがないよ!」


 「そ、そうか?ま、まあ入って良かったよ。うん…。」


 ーー。


 「それじゃ。」


 「あ、うん…。お疲れさま。」


 控え室に戻っていく翔を目で追いかけていた。そして視線を戻すと、"あの"カップルがニヤニヤしてこちらを見ていた。


 「なんだかいい感じじゃん?」


 「へぇ〜結愛ちゃん、翔はいいやつだぜ!」

 

 カアァァァッ。

 

 「そ、そんなじゃない!から…。わ、私、飲み物買ってくるね!」


 ーーそして自販機に入れたのは500円玉。

ガタンッ!…一本。

ガタンッ!…二本。

 もうお釣りは出てしまっているのに、胸の奥が落ち着かない結愛は心在らずに続けてボタンを押し続けている。


 《やっぱ、どうかしてる…。うぅん。そんなじゃない。》 


 そんな結愛の後ろ姿を不思議そうに見つめていた憲崇が声をかけてきた。


 「あ、あの。お釣りが…。」


 「えっ?あ、ノリタカさん。…ありがとうございます。」


 「いえ、いや。あの。」


 「ノリタカさんのブロック、すごかったです!それじゃあ、また。」


 ペコっと頭を下げて戻っていく結愛を見つめる憲崇。だが彼女の姿が見えなくなった瞬間だった。


 「ぶふぅぅ〜。…す、すごかった?ーーでへ。」


 大きく息を吐きながらしゃがみ込み、結愛に褒められた喜びを噛み締める憲崇。


 「憲崇っ!キャプテンがミーティングすっぽかしてどうする!早く来い!」


 「は!はいー!」


 突然監督から叱られる憲崇だった。



 ・[ヨケイナオセワ]



 「…まぁた溜め息ついてる。結愛、なんだか最近いい顔してるよ。」


 双子の妹の結蒔が顔を覗き込んでくる。入浴を先に終えた姉の結愛が鏡の前で一つ、溜め息をついた時だった。


 「は?な、なに?お風呂上がりだもん。」


 結愛はバスタオルで髪を拭きながら目をそらす。


 「…気になるんでしょ?」


 「な、なにが?うるさいなぁ。ワケわかんないこと言わないでよ。早くお風呂入って!」


 そう言うと結愛は、黒のロングヘアをターバンで包みながらさっさとサニタリーを後にする。

 城南高校の東 翔。彼に会うと調子が狂うことは、自分でも感じていた。


 《決勝トーナメントが始まっているのに、これじゃあ。…集中集中!しっかりしろ!結愛!》


 なんとか集中力を高めようと自分に言い聞かせる。とても明日の準々決勝を前に心が落ち着かないことで、これは試合前の緊張とは違う何か別の落ち着きの無さを感じていた。


 ・ 


 明くる朝。準々決勝は午後の第一試合だ。早朝からスポーツパークで結蒔が聖にシュート練習を見てもらっていると聞いた結愛は、母から預かった朝食のおむすびを届けにやって来た。

 二面あるストリートバスケットのコートでは結蒔たちと、もう一面では黙々と基礎的な練習をしている人が見える。コート脇のベンチに座りしばし眺めていると、足元に隣のコートからボールが転がってきた。


 「ボールすみません!」


 「いえ、大丈夫ですよ。」


 ボールを拾い、顔を上げた先にいたのは…。


 「あっ!あ、東くん!?ーーなんで!?」


 「双川!?…お、おはよう。」


 「お、おはよう…ございます。」


 ーー。


  二人「あのっ!」


 「あ、ど、どうぞお先に…。」


 話を促す結愛。


 「あ、あぁ…。えっと。た、たまに聖やノリタカ達と朝練に来るんだ。アイツ今日は彼女と一緒だったから俺、一人でやってて。」


 「そ、そうなんだぁ。」


 「試合…。」


 「えっ?」


 「試合さ。今日は準々決勝だよな?か、勝てば準決、うちの女バスとだね。」


 「あ、うん。そ、そう…です。」 


 それはぎこちない二人の会話が続く。するとそこへやって来たのは結蒔と聖。体を動かしているからか、二人のテンションは高く楽しそうだ。


 「あー!結愛、来てくれたんだぁ。」


 「う、うん。はいコレ、ママから。ーーじゃあ。」 


 おむすびを渡した結愛は帰ろうとするが、聖が慌てて呼び止めた。


 「ち、ちょっと結愛ちゃん!せっかく来たんだからみんなで練習しようよ!」


 「うえぇっ!?わ、私はいいよ。」


 慌てた結愛は顔の前で手をバタバタさせる。


 「そうだよ!結愛もスリーポイント打てたらって言ってたじゃん?東くんに教えてもらったら?」


 「そ、そんな!いいからいいから!もう帰るし。」


 「なるほど。ーー翔、時間いいだろ?」


 「えっ?…あ、あぁ。いいけど。」


 トクンッ…。


  翔は両手でボールをクルクル回しながら答える。

 

 「じゃあうちらは戻るか。行こうぜ結蒔。」


 「そうだね!さあ、続き続き!聖、さっきのフェイントもっかい教えて!…じゃあ結愛たちはここでね。フフッ。」


 聖と結蒔は足早に去っていく。あまりに唐突な展開に戸惑いを隠せない結愛。


 「ち、ちょっと、もう…。」


 残された二人。


 「じ、じゃあやろっか…。」


 「あ、はい。お願い…します。」


  そして結愛と翔の二人での練習が始まる。


 ・


 タムタムッ…。

 ジャリッ! 


 早朝の静けさにボールをつく音や大地を踏みしめる音が響いている。 ここは住宅街からは少し離れているせいか、四人以外には散歩をしている老夫婦やマラソンをしている人などを時おり見かける程度だ。

 結愛が苦手とするロングシュートを、得意な翔がやって見せたりイメージを伝えたりと、バスケの話では不思議とぎこちなさが消える二人。翔へ積極的に質問をぶつけている。


 「やっぱりこの距離…。いざという時にここから決められたらいいんだけど。」


 「うん。それはよくあるよね。でも双川はもともとシュートセンスがいいから自信持っていいと思う。」


 「ホント?…うん。でも、もっと練習しないとね。それっ!」


『ガンッ!』

 

 話しながらシュートを放つ結愛だが、またリングに嫌われてしまう。


 「惜しいな。もうちょい軌道を上げれば確率が上がるかも。…そうすりゃこれが最終兵器になったりするぜ?ブザービートってやつ。」


 「最終兵器かぁ。確かに。軌道を上げて…もういっかい!それっ!」


『バスッ!』


 「は、はいった!東くん!」


 「おおっ!やっぱシュートセンスいいよ!」


  今の感触を忘れぬよう、しばし二人の練習は続く。結愛は苦手なロングシュートを少しだけ自信が持てた気がした。そして翔が入り口にある時計を見ながら話す。


 「今日、試合だろ?バテちまったら良くないし、時間もそろそろ。」


 「あ、そっか。…東くんの練習も邪魔しちゃってごめんなさい。でも、少し自信が持てた気がする。ーーホントに有難う。」


 トクッ…。


 「そ、それは良かった。ーー双川あのさ、LIME……。」


 「えっ?」


 「LIME、交換しないか?ーーあ、いや、ば、バスケの話とかできるしさ。」


 「え、えっと。…はい。お願いします。」 


 照りつける朝の陽が二人の距離を縮める。画面が見づらいことも相まってか、連絡先を交換するのもぎこちない二人。


 「結愛〜!そろそろ帰ろうよ!聖たちもこれから練習だってさ!」


 隣のコートから結蒔の声が聞こえ、サッとスマホを隠す二人。


 「う、うん。そうだね。ーー東くん、有難うございました。」


 「あ、あぁ。試合…頑張ってな。」


 今日の試合に勝てば、いよいよ城南高校との対決が待っている。


 「おむすび!せっかくだからみんなで食べよ!ーーほら、東くんもどうぞ!あぁ〜おなかすいたぁ。」


 結愛は彼の横顔をちらりと見ると、一瞬目が合う二人。胸の高鳴りがまた大きくなり、手に持ったままのおむすびを食べることはなかった…。



Love Sick ②【城南インパクト!】〜end〜

【次回予告】

次はいよいよ城南高校とのリベンジマッチだ。そして男子の試合も盛り上がりをみせる。結愛と翔。二人の距離は縮まっていくのか?お楽しみに!


【あとがき】

意識していた人と、意図しないところでの急接近。だけどまだ恋未満という時の苦しさってありますよね。


※この物語は、私の大好きなある楽曲に込められている青春の感情を表現したい。そんな想いから生まれました。

恋と呼ぶにはまだ早い。そんな青春の「心の揺れ」を大切にしていきたいです。読んで頂き有難うございます。

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