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Love Sick ①【真夏の出会い】

これは、とある双子の姉妹が織りなす青くて淡い青春群像劇。そして高校二年の夏休みが始まった…。

 ・[真夏の出会い]



 七月も終わるころ…。夏休み真っ只中の女子高生、双川結愛ふたかわゆめは、猛暑の憎ったらしい太陽を背に自転車を走らせている。

 彼女の打ち込むバスケットボールもあと一カ月で新人戦を迎えるとあって、流れる汗も心地よく気持ちが充実していた。


「あっつ〜!ねえ結蒔?今日の練習試合で多く得点した方が焼肉おごってもらうってどう!?」


 双川結蒔ふたかわゆまは双子の妹で、同じ私立の富ヶとみがおか高校に通っている。姉妹でありながら二人は、ミニバス時代からの仲間でありライバルでもある。


「はぁ〜!?どうせアタシが勝つんだからやめといた方がよくない?…ってか、焼肉とか言ってるから彼氏もできないんだよ!」


「ああっ!もうっ!また男のはなし!?そーゆーのほんっといいから!」


 二人は国道を進む。


 あと二つ角を曲がれば今日の目的地、隣町のライバル校が見えてくる。双川姉妹は高身長でルックスも良く、男女問わずにモテる美人姉妹だ。妹の結蒔には中学時代から同級生の彼氏がいるが、姉の結愛ときたら恋愛には疎く、交際経験はゼロだ。バスケの実力は互角なのだが、こと恋愛に関しては結蒔に先を越されているーー。


「あっ、ほら着いたよ!」


「これが城南高校かぁ。思ったより近いんだね。」


 県立城南高校。結蒔の彼が通っており、彼女は何度も来ているが結愛は初めてである。バスケットボール部は男女ともに県内屈指の強豪校で、インターハイの常連だ。双子の通う高校とは少しレベルに開きがあるのだが、双川姉妹の実力は決して引けを取らない。

 二人が来客用の自転車置き場へ停車するころ、他の部員たちはすでに到着しており後輩の一人がすぐに駆け寄ってきた。


「あ、キャプテン!結蒔先輩!お疲れさまでぇす!城南ってイケメン多くないっすか?ーーあ!また!あれは…?サッカー部かな?」


 [イケメンハンター]を自称する彼女は、この春に入部した一年生マネージャーの百済美波くだらみなみだ。キョロキョロとイケメンを物色することに夢中で、まるで双川姉妹のことなど視界に入っていないようだ。


「こらマネージャー!試合はすぐに始まるんだから準備して!ドリンクも作っておいてね。」


「はぁ〜い。かしこまりましたぁ。」


 結愛に叱られ、すごすごと準備に取り掛かる美波だった。そんな彼女を横目に体育館に入ると、バスケットボールのコートの多さや公式専用のデジタル得点表示板などが目に入った結愛は、その圧倒的な設備に度肝を抜かれた。


「ち、ちょっと!ヤバッ!バスケコートが3、4…ご、五面も!大学生も大会で使うって聞いてたけど、ホントに凄いんだぁ…。」


「今日は女子が三校と男子が二校だからね。ここじゃなきゃ無理っしょ。アタシらは…Bコートか。」


 時々ここへ彼の練習を見に来ているからか、結蒔は慣れた様子で入り口に貼られた今日の組み合わせ表を見ながら話す。

 Bコートへ荷物をおろし、さっそくウォーミングアップに取り掛かる富ヶ丘高校女子バスケ部。


「ほら回して回して!みんな足が止まってるよ!」


 キャプテン結愛の号令でボールを使った練習に差し掛かるころ、隣のコートからだろうか、ちょうど駆け出そうとする彼女の足下に隣のコートからボールが転がってきた。


「うわっと!あぶなっ!」


 間一髪のところでボールを避けた結愛。それを拾い上げると隣のコートから城南高校の男バス部員が走ってきた。


「ご、ごめん!ケガは無かったかな?」


 女バスより先に第一試合を終えたからか、すでにユニフォームは汗だくだ。少しムッとしながら振り返りボールを返す結愛。しかしそこにいたのは。


「えっ。だ、大丈夫…です。ーーあ、こ、これ。」


「ありがとう。もうすぐ試合なのにごめん。頑張って!」


 ボールを受け取った彼は丁寧にお礼を伝えてすぐに戻って行った。かすかに柑橘系の制汗剤が香る印象的な好青年だった。ほんのひと時ボーッと彼を見送る結愛。するとそこへ結蒔が声をかける。


「ねえ、何ボケっとしてんの?キャプテンなんだから指示出してよ。」


「あ、そか。ごめん。…よぉし五分前!みんな集合!」


 結愛にとっては初めて覚える不思議な違和感だった。


 《いい匂い…だったな。》


 妙に彼の顔と、あの柑橘系の香りが脳裏に焼き付く。試合前のミーティングのため、コーチのもとへ集まる部員たち。ミーティングの最中、どうしても気になった結愛は、少しだけ振り返る。だが、もちろんそこに彼の姿はない。


 《もう試合なんだから。集中しなくっちゃ!》


 ーーワケの分からない感覚が胸に残っていた…。



 ・[ティップオフ]



 県内屈指の強豪校、城南高校との練習試合が始まった。スタートのジャンプボールを担うのは、チームで一番の身長をほこる結蒔。

 先に攻撃のボールを手にしたのは富ヶ丘高校だ。


「さあ!まず一本だよ!落ち着いて行こう!」


 手を一つ叩きながらキャプテンの結愛が大きな声を出す。170センチ越えの双川姉妹が誇る得点力は、インターハイ常連校の城南高校をもってしても簡単には止められるものではない。

 さっそくポイントガードの高石美玖たかいしみくからゴール下の結蒔にセオリー通りのパスが入った。


「結蒔っ!」


 すかさず結愛が、ディフェンスを通せんぼするスクリーンをかける。その隙にノーマークになった結蒔があっという間に先制点を奪ってみせた。


「よし!さぁディフェンス!締めていくよ!」

『よっしゃぁ!』


「ドンマイ!一本返すよ!」


 試合開始から両チーム共に大きな声があがる。

 そしてエースの結愛が点を取れば妹の結蒔も続き、富ヶ丘高校は順調に得点を重ね第一ピリオドと第二ピリオドの前半終了時点で42対33とリードし、ここまでは有利に試合を進めているように見えた。

 ハーフタイムに入り、後半の作戦を練る富ヶ丘高校。


「ハァッハァッ…。よしよし!ナイスゲームだよ!後半もこのまま行こう!」


 キャプテン結愛がそう声をかけると、ポイントガードの美玖は大粒の汗をタオルで拭いながら少し不安げに話し始める。

 前半の城南高校の様子を見て、なにやら不安なことがあるようだ。


「ふぅ。でもどうかな…?向こうのエースの浪川瑠衣なみかわるいが大人しいのが気になるの。」


「たしかに。いつもなら前半だけでも20点はあげるペースだよね?美波、瑠衣の得点は?」


 ドリンクとタオルを配り終えた一年生マネージャーの美波は、慌ててスコアブックを確認する。


「は、はい!えーと…。6点です。」


 ーー確かに少ない。それぞれが違和感を抱く中、口を開いたのはコーチで顧問の渡辺晴樹わたなべはるき先生だ。


「あのオフェンスの鬼がなぁ。ーーふぅむ。考えすぎかもしれんが、去年のウィンターカップの一年生大会。…あの時は結愛が後半だけで30点もとって城南に逆転勝ちしたっけ。まさか…な。」


 結愛と同じくチームの点取り屋の浪川瑠衣は、双川姉妹をライバルとして強く意識している。そんな彼女の前半の沈黙が不気味だった。


「ま、まあとにかく基本のディフェンスを徹底しよう!後半のスタートはハーフコートマンツー。いいよね?美玖。」


「そうだね。とりあえずマンツーで様子を見ながら、瑠衣に動きがあればケースバイケースでダブルチームで止めよう。高さは結蒔の方があるけど、瑠衣のカットインは鋭いからね。」


 コートに審判のホイッスルが鳴り響いた。作戦会議はまだ途中だが、10分のハーフタイムはあっという間に終わりを告げ、両チームがコートへと戻っていった。




 ・[Second half]




 そして後半のティップオフ。

 その相手はなんと、浪川だ。強い気迫のこもった視線を結蒔と結愛に向けている。

 その眼に一瞬たじろいだ結蒔は、彼女にジャンプボールを奪われてしまった。


 城南ボールで後半が始まる。さっそく浪川にパスが通り、結愛とのエース同士のマッチアップだ。

 手を広げ結愛が腰を落とした瞬間、呼吸が整う前の出来事だった。


「えっ!早っ!」


 ショートヘアの彼女の髪が、残像でロングヘアに見えるほどだった。

 一瞬で結愛を抜き去った浪川は、続いてブロックに入った結蒔の上から得点を叩き込んだ。軽く仲間とハイタッチを交わし、あっさりとディフェンスに戻りながらこの試合で一番の声を上げる。


「さあ一気に行くよ!私たち城南バスケを見せてやろう!」


 エース浪川のあげた後半先制点がコートの空気を一変させた。しかしすぐに富ヶ丘高校も巻き返しを図り、相手ディフェンスを一人抜き去った美玖からゴール下へパスが放たれる。

 だが、まるで待っていたかのようにパスが通りかけたところを奪われてしまった。

 すかさず速攻をかけ、浪川が追加点を重ねる。着地するさま振り返り、ブロックが間に合わなかった結愛の目を見ながら呟いた。


「30点…だっけ?」


 その言葉と視線に背筋が凍りそうな感覚を覚える。

 《い、以前の瑠衣とは違う…。》

 結愛はその動揺を隠せなかった。


 そして試合は第四(最終)ピリオドを迎えていた。

 攻撃のパターンを読まれた富ヶ丘高校はすっかり沈黙してしまい前半の勢いは鳴りをひそめてしまった。

 逆に城南高校はエース浪川を中心に軽く試合をひっくり返し、その得点差はみるみると開いていく。

 焦る富ヶ丘高校も劣勢を覆そうと果敢に攻め、ポイントガードの美玖からこの日一番のパスが結愛に通った。


 《ここで私が、なんとかしなきゃ!》


 鋭いドライブで浪川の固いディフェンスを抜き去る結愛も負けてはいない。やはり彼女の超高校級のオフェンス力も全国クラスだ。


 その会心のシュートに湧き立つ富ヶ丘ファイブ。しかしその直後のディフェンスリバウンドだった。


『ドシーンッ!』


 リバウンド争いに参加し、ジャンプした結愛が着地の際に足首を捻りバランスを崩して倒れてしまった。それと同時に頭を強く打ってしまったようで、動けない彼女の下へコーチやチームメイトが駆け寄る。


『結愛!大丈夫!?』

『キャプテン!』


 頭が朦朧とする中で、かすかにみんなの声が聞こえる。

 《た、立たなきゃ…》

 頭では考えることができても体が動かない。結愛はそのまますぅっと意識を失ってしまうのだった…。




 ・[保健室の遭遇]




「ーーう、う〜ん。こ…ここは?イタタッ。」


 目が覚めると保健室だろうか、結愛はベッドに寝かされていた。

 ずっと付き添ってくれていたのだろうか、隣に座っていた美波が顔を覗き込んできた。


「あ!目が覚めましたか!良かったぁ…。まだ休んでてください!せ、先生に報告してきます!」


 美波はそう告げると、慌ただしく駆け出していった。

 パタパタと軽い足音が遠ざかって行くと、室内に静寂が訪れる。

 ここにはどうやら結愛以外は誰もいないようだった。


「お、起きなきゃ…。痛〜。し、試合は?」


 頭がズキズキと痛む。体はさほど痛みを感じていないが、頭を打ったためなのか、乗り物酔いをしたような気持ち悪さも感じていた。

 体をググッと起こしてベッドから降りようと右足をついたその瞬間、足首に激痛が走る。

 その痛みに結愛は立ち上がることができずに、そのまま床へうずくまり動けなくなってしまった。


 自力では立ち上がれない結愛。

 すると、向こうから廊下をバタバタと走る音が近づいてくる。美波が帰ってきたのだろうか?


 《た、立てない。助かったぁ。美波に手伝ってもらおう。》


 ガラガラッ!


 ドアが開く。

 少し古い引き戸は大袈裟な音を鳴らした。開くと同時に飛び込んで来たのは美波ではなかった。


「美波ぃ!待ってたよぉ。…えっ?あれ?」


「あ、君は?さっきの…。」


 結愛の記憶回路が瞬時に繋がり、みるみる目が覚めていくのがわかる。

 入室して来たのは試合前、ボールを拾ってあげた"あの人"だ。


「あ、あの。えと、え〜と…。」


 突然のことにしどろもどろの結愛。彼は結愛の状況を見るや、すぐさま駆け寄ってきた。


「お、おい。大丈夫?右足か?ーーこ、こんなに腫れてるじゃんか!ちょっとごめん。」


 そう言うと彼は結愛に肩を貸す。ようやくベッドへ腰掛けると、差し出した膝の上に彼女の足を乗せ、ソックスをゆっくりと下ろす。


「これじゃ歩けないよ。とにかくすぐにアイシングしないと。ーーちょっと待ってて。」


 そう言うとキョロキョロ室内を見渡した彼は、奥の戸棚からアイシングバッグを取り出し、慣れた手つきで氷と少しの水を入れる。


「足、乗せて。」


 すぐに患部へ氷を当てる。ヒヤッとしたことに驚き、つい声が出てしまった。


「わっ!冷たっ!」


「我慢して。そのうち慣れてくるよ。捻挫は…素早く冷やさないと回復が遅れるから。」


 結愛の足首に氷を当て、これまた慣れた手つきで包帯を巻き固定していく。お互い無言のまま…。


 ジッとその手元を見つめている結愛。


「あ、あり…ありがとう。」


「うん。これでしばらく安静にしていて。もう君たちの試合も終わるだろうから、先生に病院へ連れてってもらうといいよ。

 やべ!早くテーピング持っていかないと!」


 彼はそっと結愛の足をベッドへ戻すと、テーピングボックスを手に持ち出口へと向かう。


「あ、あの!!」


 無意識のうちに声が出ていた。退室しようとする彼を呼び止める。


「ん?なに?」


「な、名前…。なんて。」


「俺?ーー俺は、東。東翔あずましょうだよ。城南の二年。足、早く診てもらえよ。それじゃあ。」


 ガラガラッピシャッ。

 バタバタバタ…。

 翔は足早に去っていく。


 残された結愛はまた一人。

 静かな保健室のベッドの上で、無意識に彼の名を呟いていた。


「あずま…しょう。」


 かすかに残った柑橘系の匂い…。



 トクンッ。




 ・[母登場]




「お大事にどうぞ〜。」


 診察を終えて松葉杖をつきながら整形外科を後にする結愛。

 練習試合で痛めた右足首は、翔に言われたとおりで骨に異常はなく捻挫だった。固定して一週間の安静とのことで、新人戦のウィンターカップに影響がないのは幸いだった。


「骨折してなくて良かったよ。」


 病院には顧問の渡辺先生が同行してくれた。彼は重傷ではなかったことにホッと胸を撫で下ろしている。

 しかし結愛はケガをしたことよりも城南高校のエース、浪川瑠衣に完敗したことのショックのほうが大きかった。


「き、今日はすみませんでした。瑠衣にやられて焦っちゃった。おまけにケガするなんてーー。」


 病院を出たころは日が傾き始め、夕方になっていた。しかし真夏の日差しはこの時間でも容赦なく降り注いでいる。結愛の診察中に渡辺が彼女の両親へ連絡を入れており、まもなく迎えに来るはずだ。


「浪川…凄かったなぁ。ありゃ完敗だ。まっ、ケガをするってのも不運ではあるけど、時にはコートを外から見るのもいい勉強になる。いつか結愛、結蒔、美玖の三本柱が完璧に機能した時を想像すると楽しみでな。」


「勉強になるかぁ。…ケガで離脱なんてなかったからなァ。ーーでも先生。やっぱり瑠衣には負けたくない!あぁ〜。バスケしたぁい!」


 病院の外のベンチに座りながら地団駄を踏む結愛。


「はははっ。まあ焦るこたぁないさ。まずは治療に専念だ。おっ?あれお母さんじゃないか?」


『ボーボボボボッ』

 独特なエンジン音と一際目立つミルクティーブラウンのミニクーパーは、一度見たら忘れられないインパクトだ。

 車を停めるとエンジンも切らずに急ぎ駆け寄ってくるのは結愛の母、双川未来ふたかわみきだ。


「あぁ。渡辺先生!ご連絡ありがとうございました。病院まで連れてきてもらっちゃってもう、本当にすみません。ま、松葉杖!?えっ!骨折!?ちょっとぉ、大丈夫なの?」


「ちょっとママぁ!捻挫だから!ネ・ン・ザ!一週間の安静だって!」


「そ、そうなの?…良かったぁ。」


 未来は安心すると手で口を覆いながらその場にしゃがみ込む。

 まったく。早とちりな母である。


「いやぁ双川さん。本当にこれくらいのケガで良かったですよ。僕は片付けがありますのでこれで。結愛、おとなしくしてるんだぞ!ーーそれでは失礼します。」


 未来も礼を言い、それぞれの帰路につく。まだ太陽は出ているが、長い昼間が終わろうとしていた。




 ・[謎解きは試合のあとで…]




 家に到着すると、ちょうど結蒔も帰ってきた。そして隣には結愛の自転車に乗ってきた彼氏の郡山聖こおりやまひじりの姿があった。


「ひ、聖くん!?なんで私のチャリ?」


 突然のゲストに驚く結愛。すると結蒔が不満げに腰に手を当てて物申してきた。


「アンタのせいで聖にチャリ運んでもらったんだよ!ったく。感謝しなさいよ!」


「ご、ごめん。聖くん、ありがとう。助かりました。」


 松葉杖をつきながら頭を下げる結愛。


「全っ然いいよ。俺、今日も試合出てねーから体力有り余ってるし!…ところで足、大丈夫なのか?派手に倒れたの、見たからさ。」


 郡山聖。城南高校男子バスケ部のエースで中学時代からの結蒔の彼氏。今日も体育館には来ていたのだが、肩を痛めているため出場を見合わせていた。


「あ、うん。軽い捻挫だった。全治一週間だって。」


「そっかぁ。ウィンターカップは問題なさそうで良かったじゃん。」


 聖は長髪をかきあげながら頷いている。


「じゃあ結蒔、俺は学校に戻るわ。結愛ちゃんお大事にな!あ、お母さん、お邪魔しましたぁ。」


 軽く頭を下げてから振り返ると、聖はおもむろに歩き始める。


「ちょっと聖くん!城南まで歩くの?車で送るわ。乗って行って!」


「えぇっ!?いやそんな。ありがとうございます。…でも、軽く走って行くんで大丈夫っすよ。じゃっ!」


 今度は走り出す聖。しかし。


「ち、ちょっと待って!」


 次に慌てて呼び止めたのは結愛だ。母も結蒔も、隣で驚いた顔をしている。


「えっ?」


「あ、あのさ。今日ね、保健室で休んでいた時。あの、8番のユニフォームの…えっと。」


 しどろもどろの結愛は何を言っているのかよくわからない。そこに反応したのは結蒔が突っかかる。


「保健室?8番?それがなんなの?」


「い、いや、その。」


 聞いていた聖も少し考えてから答えた。


「8番?もしかして翔か?東翔じゃないか?…翔が、どうかしたのかよ。」


 結愛は軽くうつむきながら話す。


「うん。足が痛くて立てないのを助けてもらって。それに足首にね、アイシングまでしてくれたのにちゃんとお礼が言えなかったから…。」


「あ〜。そういやテーピングがなんとかって急に保健室に行ってたな…。その時のね。アイツ、困ってる人見るとほっとけないからなぁ。ーーでもなんで急にテーピングなんか取りに行ったんだろう…。」


 トクンッ。


 また結愛の中で不思議な音がした。


「そういえば東君、後半戦は手首にテーピング巻いてたよ。アタシ見た。」


「えっ!結蒔、知ってるの?」


「は?まァ聖のチームメイトだし?話したことあるし。」


「そ、そう…なんだ。へ、へぇ〜。東くんっていうんだ!ひ、聖くん。アイシングありがとうございましたってあ、東くんに伝えてくれる…かな。」


「??…あ、あぁ。伝えておくよ。俺ら明日も練習試合あっから、良かったら二人で見にこいよ。ーーそれじゃな。」


 聖はそう言うと、ようやく学校へ戻って行った。手を振りながらお礼を言うと、結蒔が振り向く。目を細めて覗き込むその表情は、何かを疑っているようでもある。


「ふぅ〜ん?そんなことがあったんだぁ。ふぅ〜ん。」


「な、なに?キモいんだけど。」


「べぇ〜つにぃ。笑」


 とぼけた顔で唇をさわる結蒔。


「そ、そんなことより、今日の瑠衣。凄かったね。…ちょっと怖いくらいだった。」


 話題がバスケに変わると、結蒔も素の表情に戻った。


「確かに。まったく止められなかったね。後半にいきなり取られたじゃん?結愛がケガしたあとはもうフルボッコ。無双しまくり。」


 城南戦の最終スコアは87対65。浪川瑠衣には後半だけで33得点を奪われ大敗だった。


「かみさま渡辺も言ってたじゃん。去年のウィンターカップのこと…。あの時はうちらが勝ったけどさ、大会終わって三日くらい?瑠衣が学校休んでたって聖から聞いた。」


「うん。瑠衣、あの試合のあとも話してくれなかったしね。あれから会ってなかったから、今日はびっくりしちゃった。」


「そうだね。まあ、ウィンターカップは返してやろうよ!あ〜、お腹減ったァ!ママァ!今日のご飯何?」


 未来に話しかけながら家に入って行く結蒔。西の空に沈み始めた夕陽を見つめながら結愛は呟く。


「瑠衣。負けないから…。」


 新人戦のウィンターカップ開始まで一か月ちょっと。すでに予選グループの組み合わせは発表されており、浪川瑠衣率いる城南高校とは決勝トーナメントでの対戦になる。決勝トーナメントは11月。双川姉妹の新たな闘いが静かに始まっていた…。



 Love Sick ① 【真夏の出会い】〜end〜


[次回予告]

練習試合でのケガも治り、気持ちも新たにウィンターカップへ向けてキャプテン結愛を中心とした新チームが始動する。そして束の間の休日では思いもよらない再会が待っていた!

お楽しみに!


[あとがき]

ふとした出会いから日常が突然変わることってありますよね。それが恋だったり人生だったり、もしくは両方だったりして。そんな経験を積み重ねて大人になって行くものですねぇ。


※この物語は、私の大好きなある楽曲に込められている青春の感情を表現したい。そんな想いから生まれました。

恋と呼ぶにはまだ早い。そんな青春の「心の揺れ」を大切にしていきたいです。読んで頂き有難うございます。

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